15-1.機略

文字数 5,910文字

『カウンタ当てろ!』強襲揚陸艦〝イーストウッド〟、気密ハッチを全閉鎖したままの艦内に、暗号変換も何もなしのオープン回線で艦長の声が駆け抜ける。『ロール右90度、スピン相殺! 上舷以外のスラスタに被害はない、ねじ伏せろ!』
〈イカれてる!〉キリシマ少尉から思わず言葉。〈こんなデカブツで格闘戦かますつもりか!?
 だが眼前に突き付けられた実績がその言動の裏を打つ。先刻は間違いなくカミカゼを狙い、成功にさえ手をかけた――データ・リンクも機能しない、この現状で。そして艦長の言葉通りに横転を示すGが来る。
 迷う暇など端からない。キリシマ少尉は肚をくくった。
〈ノイス曹長、手持ちの爆薬は?〉
〈艦内の隔壁なら〉迷いも見せずノイス曹長。〈5枚は相手にできます〉
〈艦橋には届くな〉視覚の艦内図へ眼を走らせてキリシマ少尉。
〈本気ですか?〉言いつつもノイス曹長の手は既に動いている。
〈冗談に聞こえるか?〉返すキリシマ少尉の頬に笑み。
〈笑えませんぜ〉ノイス曹長が親指を立てた。〈――準備完了〉
〈〝クロー・ハンマ〟各員!〉データ・リンク越し、キリシマ少尉が告げる。〈隔壁の向こう側じゃ歓迎の用意が万端だ。覚悟はいいな!?
〈何を今さら〉〈用意よし〉〈お伴しますぜ〉思い思いの、それは肯定。
〈上等だ〉不敵な笑みがキリシマ少尉の口元を飾る。〈フォーメーション2A、カウント3! 3、2、1、突入!〉

〈くそ!〉ブリッジス大尉の舌打ちがデータ・リンク越し、届いてキースの耳。〈逃がしてはくれんか!〉
 電子戦艦〝レイモンド〟艦橋。減圧警報で気密ハッチは全閉鎖、それも外周部では装甲から破損しているので解除は決して容易ではない。どころか姿勢制御スラスタがあらかた逝っている現在、〝イーストウッド〟の突撃をかわそうにも姿勢を変えることにさえ事欠く始末。艦の姿勢を安定させる余裕はない。できることといえば――、
〈機関、最大出力用意!〉
 安定しない姿勢を、この際は利用する手に出るしかない。振れる噴射炎が艦をランダムに振り回す、その一点に望みをかけて。
〈ブリッジス大尉!〉データ・リンク越しにキースが投げて案。〈時間を稼げないか!?
〈稼ぎに行くところだがな!〉言ってからブリッジス大尉に理解が兆す。〈稼いで何を待つ!?
〈〝ハンマ〟中隊だ!〉返してキース。〈〝イーストウッド〟の中にいる!〉
〈アテに出来るのか!?〉ブリッジス大尉の声に怪訝の一語。〈閉じ込められてても不思議はないぞ!〉
 突っ込んできた〝イーストウッド〟の側さえ装甲に深手を負ったとなると減圧警報の発報は必至、気密ハッチは緊急閉鎖されていると見て間違いない。
〈連中は近接戦闘の専門家だ!〉キースが食い下がる。〈艦内隔壁くらいなら通常装備で抜けるはずだ。連中なら艦橋を押さえにかかる!〉
〈確信犯だな〉ブリッジス大尉の声が帯びて苦笑。〈それまでどうやって時間を稼ぐ!?
〈この艦の管制中枢を使う!〉叩き返してキースの言。
〈おい!〉ロジャーが慌てて割って入った。〈ありゃシステムの洗い出しやってるだけの状態だぜ!〉
〈狙いは連中の無線通信だ!〉振り返ってキース。〈こっちの最大出力なら割り込みが利く!〉
 ブリッジス大尉とロジャーの声が重なった。
〈やれるもんなら早いこと頼む!〉〈どうやって!?
〈連中、決起までどうして存在を隠せてたと思う?〉キースがロジャーに投げ返して問い。〈催眠暗示だ――麻薬を使ってな! ヒュドラの名前は聞いたことあるだろう!?
〈ありゃ〝メルカート〟が卸してる……!〉思い当たった声でロジャー。
〈そういうことだ!〉キースが語尾を叩き斬る。〈特定のキィワードで暗示が解ける! 逆に暗示を呼び返してやりゃ、連邦軍への敵意は消えるはずだ!〉
〈そうお手軽なもんかよ!?〉ロジャーの声に疑問の色。
〈だから時間稼ぎだと言ってる!〉管制中枢の操作卓を叩きながらキースが言い足す。〈後は〝ハンマ〟中隊のヤツらが頼りだ!〉
〈……何で今まで黙ってた?〉声を低めて、ロジャーの問い。
〈……自分がそうだったからさ〉
 独りごちるように言い捨てて、キースは〝イェンセン〟への回線を開いた。
〈オオシマ中尉へ、こちらヘインズ!〉
〈まだいたのか!?〉苛立ちを交えてオオシマ中尉。
〈こっちも減圧警報で動きが取れん! それより中継を頼みたい!〉
〈中継!?〉オオシマ中尉にはっきり怪訝。〈何を!?
〈催眠暗示だ!〉キースは端的に一言、〈こっちから強襲揚陸艦の連中に暗示をかける! ヤツら通信回線はオープンだ、力押しで割り込むぞ!〉
〈理由を訊いてる時間はなさそうだな!?〉オオシマ中尉が意図を汲む。
〈そういうことだ!〉言ってからキースは声の矛先を変えた。〈〝キャス〟、通信系出力最大! 通信回線に割り込みをかけろ!〉
〈――OK!〉指の一つも鳴らさんばかりに〝キャス〟の声。〈いいわよ!〉
〈オオシマ中尉!〉キースから注文。〈艦橋突入にタイミングを合わせたい! 連中、艦橋の入り口で待ち構えてるはずだ!〉
〈1分待て!〉
〈こちら〝クロー・ハンマ〟!〉データ・リンクの向こうからキリシマ少尉が食い付いた。〈艦橋突入にタイミングを合わせればいいんだな!?
〈配置に就き次第合図をくれ!〉キースが叩き返す。〈時間が惜しい!〉
〈ちょっと待て!〉キリシマ少尉の声に間。〈――あと15秒!〉
 待つこと10秒。待ち切れず〝レイモンド〟が全力加速を開始した。不規則なスピンに振り回されたランダムなGが艦内を襲う。
〈まだか!〉投げ出されかけてキースの声。
〈クリア! いま爆薬をハッチにセットしてる。あと5秒!〉
 無意味な呟きがキースの口中を転がっては消える。無用なストレスを〝ハンマ〟中隊に強いる意味はない。その苛立ちが頂点に達しかけた、その時――。
〈用意よし!〉
〈こっちの合図に乗じて突入!〉キースが指示を下す。
〈第3艦隊の同志に告ぐ! こちら〝K.H.〟!〉多分にハッタリを意識してキースが声を上げる。〈モード〝U〟、コード〝S〟! 繰り返す、モード〝U〟、コード〝S〟!〉
 そして号令。
〈今だ、突入!〉

 ハッチ脇の隔壁2箇所を輪状に吹き飛ばして〝クロー・ハンマ〟が突入した。
 先陣を切った一人はノイス曹長。照星越しに眼にしたのは――凍りついたかのような敵兵の群れ、そしてその手元ことごとくに銃口。
 構わず照星ごと視線を巡らし、見付ける――無反動砲を構えた人影。正確にその頭部へ9ミリ弾の群れを叩き込む。防弾とはいえ連続で食らえば脛骨が保たない。1人――2人。3人目と4人目は別口で突入したキリシマ少尉が仕留めていたのを視界の端に確かめて、そのまま奥、敵の懐へ。
 そこへ例外。壁を背に機関銃MMG78、愛称のジャックポットもかくやとばかりに7ミリ小銃弾を撃ちまくる――その姿はマニング中佐。その弾痕がノイス曹長の後を追う。
 キリシマ少尉から一撃、ノイス曹長からさらに一撃。食らってなお怯まぬその姿に幽鬼じみたうそ寒さ――を覚えた瞬間、後続の隊員から銃弾が集中した。さすがに弾幕の途切れた隙、そこを衝いてノイス曹長が斬り込む。喉元、戦闘用宇宙服の継ぎ目へナイフを衝き込み――一閃。
 そこへ熱――。ノイス曹長へレーザの直撃、しかも至近。戦闘用宇宙服を貫かれたノイス曹長が垣間見た相手の階級章は――大佐、すなわち艦長。

〈艦橋、クリア! 殺害25、損害1!〉
 キリシマ少尉の声にキースは耳を疑った。
〈動けたヤツがいたのか!?
〈階級は大佐と中佐!〉キリシマ少尉が続ける。〈多分、艦長と陸戦大隊長だ!!
〈何で高級将校だけ動けたんだ?〉ロジャーの口を衝いて問い。
〈キィワードが違うのか、〉キースが洩らして舌打ち、〈暗示のかけ方が違ってたか……〉
〈ノイス曹長がやられた。だが徹甲散弾が4発も控えてた〉キリシマ少尉の声に咎める色はない。〈隙をこじ開けてなかったら全滅してたかも知れん。感謝する〉
〈私からも感謝する〉オオシマ中尉の声が割って入る。〈この損害で済んだのはお前のお陰だ、礼を言う。だが手持ちの時間が増えたわけじゃない。急いでそこから這いずり出せ。旗艦で落ち合おう〉



「よろしく」マリィが右手を差し出す。「マリィ・ホワイトよ」
 マリィともども〝オサナイ〟B-5区画に閉じ込められていたのは、副砲の砲手2人に対空砲の砲手が4人、そしてサブ・スラスタの管理要員。相手はその対空砲を担当する最後の一人になる。
 相手――東洋の血筋を匂わせる女兵士――は胡散臭げな顔一つ、差し出された手に眼をくれさえもしなかった。
「あんたが噂の詐欺師か」
「かもね」マリィは苦笑しつつ手を引いた。
「何しにのこのこ這いずり出てきた?」
「事実を話すため」マリィが小さく首を傾げる。
「極秘じゃなかったのか?」
「ヘンダーソン大佐は、」マリィは口元に不敵な笑みを作ってみせた。「そういうことにしたいみたいね」
「やけに言い切るな」女兵士がこれ見よがしに眉をひそめる。
「そういう大佐はどうかしら?」見なかったかのようなマリィの声。「私が何か知ってるなんて、それこそ決めつけだと思わない?」
「知らぬ存ぜぬか」女兵士は鼻を鳴らした。「その調子で男共をたらしこんだのか?」
「たらしこんだも何も、」マリィは肩を一つすくめて、「薬漬けの私を起こしてくれたのが陸戦隊長だとしたら?」
「相当なもんだね」女兵士の眼があからさまな嘲りを帯びた。「寝顔だけで男はみんなイチコロってか」
「それだけで命まで懸けると思う?」マリィは指を顎に当てつつ首を傾げてみせた。「そんな計算が働かないほど愚かな人には見えないわ」
「そうだな」女兵士が鼻を鳴らす。「じゃ訊いてやる。なんつってたらし込んだ?」
「事実を」返すマリィの声が低く凄味を帯びた。「つまり私の頭の中には〝真実〟なんてないってこと」
「おいツァイユー!」マリィの背後から助け舟。「少なくともこいつは嘘をついてない!!
「ハッタリに決まってんだろ!」ツァイユーと呼ばれた女兵士が声を荒げる。「どいつもこいつもたぶらかされやがって!!
「事実よ」マリィが断じた。
「じゃあ手前が言いたいのは何か?」ツァイユーの声に感情が滾る。「第3艦隊は使い捨てられたってのか?」
「そうよ」断言。
「何のために!?」理性のタガが外れる、その音を思わせてツァイユーから問い。
「真相は大佐しか知らないわ」マリィの声が突き放す。「大佐が自分の言葉を裏打ちする――ただそれだけのためかも」
「ぶっ殺してやる!」ツァイユーがマリィへ掴みかかる。
「可能性の話だ!」マリィの横から制してハーマン上等兵。「大佐に訊かなきゃ解らない話だ! 落ち着け!!
「黙れ!」ツァイユーの激情は一向に収まりを見せない。「こいつが狙ってんのは同士討ちだ! それくらい解んねェのかよ!?
「議論して欲しいのは確かだわ」マリィがツァイユーの怒りに敢えて油。
「議論ン!?」ツァイユーが激昂した。「オレたちゃ命のやりとりやってんだ! 悠長にくっちゃべってる場合かよ!?
「あなた達の命に関わる問題よ」マリィが冷たく声を衝き込む。「命をやりとりする相手がそもそも間違ってるとしたら?」
「証拠がどこにあるってんだ!?」噛み付いてツァイユー。
「ここに」マリィは自らの胸に手を当てた。「薬でも何でも使ってもらって構わないわ。私は嘘はついてない」
「じゃあその身体に訊いてやるよ!」ツァイユーがなおいきり立つ。
「その前に教えて」マリィが問いを打ち返す。「大佐を信じる証拠はどこ?」
「独立をやってのけたろうがよ!」即答。
「その割にはあなた達の艦隊をやけにあっさり捨てたわね」マリィは一言のもとに斬り捨てた。「そして私が秘密を知ってることにしたがってる――都合のいい〝真実〟とやらを」
「命惜しさにまだ言うか!」ツァイユーが激昂を募らせる。
「言いたいことは一つだけ」マリィの瞳がツァイユーの眼を射すくめた。「ヘンダーソン大佐その人が嘘をついてる可能性もあるってこと――私が嘘をついてる可能性と同じにね」
「どっちもやめろ!」マーカンド兵長までが割って入る。「意見が割れてるのは事実だ! 何もツァイユーだけが疑ってるわけじゃない!!
「よく見て」引き離されつつマリィが言葉を投げる。「大佐の語る〝真実〟の軽さを。たかが私の言葉ひとつで揺らぐ、その事実を」
「マリィ!」ジョナサン・フォーク軍曹までが間に入る。マリィもそれ以上は語らなかった。ツァイユーも抵抗はしなかった。
「……おい」
 連れ出されるマリィの背中に届いた声――その主はツァイユー。マリィが振り向く。
「じゃあシャオロンやウンが見捨てられたのは……」怒りの矛先を探してツァイユー。
「私に言えることは一つだけ」マリィが静かに返す。「大佐に訊くしかないわ」
「そうかよ」その一言を最後にツァイユーは視線を外した。
「……勘弁してくれないか」ジョナサン軍曹が困り果てた声を上げた。「いちいちこの調子じゃ身が保たん」
「ごめんなさい」マリィは素直に頭を下げた。「でも、信じていたものを考え直してもらうのって、簡単なことじゃないわ」
「それは解るが……」己が身を顧みてジョナサン軍曹が勢いをなくす。「まあいい。とにかく意見は割れた――これで思った通りなんだな?」
「ええ」マリィは頷いた。
「次はどうする?」
「区画ごと閉鎖されたって言ってたわね?」ジョナサン軍曹の頷きを確かめながらマリィが問う。「本当に外と接触する手はないの?」
「隔壁は完全閉鎖、データ・リンクはおろか電力や空気の供給も止まってるんだ」ジョナサン軍曹が両の手を軽く上げて見せた。「手があるなら、むしろこっちが教えて欲しいな」
「隔壁ってどのくらい強固なの?」
「突入装備を持ってれば破れん代物じゃないが、」ジョナサン軍曹の声が曇る。「いかんせん監視任務中だったからな」
「艦内の隔壁でしょ、」揚陸ポッドに閉じ込められた際の記憶を手繰りながらマリィが訊く。「放射線まで防御してあるの?」
「……何を考えてる?」ジョナサン軍曹が怪訝の色を声に乗せた。
「向こうの通信に割り込むの」マリィ自身も思考を巡らせながら言葉を紡ぐ。「揚陸ポッドの外殻は無理だったけど、艦内の気密隔壁なら無線の電磁波くらい通らないかしら?」
「……待てよ、」ジョナサン軍曹が考え込む。「無線か。通らないことはないはずだ――だが宇宙服の無線機じゃ弱すぎる」
「じゃ、」マリィが傾げて小首。「本当に閉じ込められたらどうするの?」
「その時は自力で……そうか!」ジョナサン軍曹の眼に閃き。「救難ポッド!」
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