8-14.逆襲

文字数 3,512文字

〈畜生、ここもか!〉
 ロジャーが苛立ちの声を上げた。思わずハンドルに八つ当たりの拳を叩き付ける。
 地下鉄プラットフォームから上がったストライダの目前にあったのは、通路のことごとくを塞いだ防火シャッタ。〝ネイ〟の誘導する方向へシャッタをぶち抜いて進むこと3枚、その向こうの4枚目を見たところで、ロジャーはジャックへ眼を向けた。
〈これじゃ先が思いやられるぜ!〉
〈だな〉助手席、ジャックは組んだ腕の上で指を踊らせている。〈一旦戻れ〉
〈どこへ!?〉ロジャーの声が思わず尖る。
〈駅だ〉ジャックが背後へ向けて顎。〈駅員の詰所に端末があったろう〉
〈――向こうも先刻承知じゃねェのか?〉
 後ろを振り返り、ストライダを後進させながらロジャーが問うた。
〈だとしたら逆侵入だってできるはずだ〉
〈あー馬鹿馬鹿しい!〉ジャックの聴覚、〝キャス〟の声に険が乗る。〈逆侵入ゥ? そォんな予想通りの出方してどうすんのよ。第一まだるっこしくてやってらんないわ!〉
 聞き取りようのないロジャーに、ジャックは肩をすくめてみせた。
〈〝キャス〟に考えがあるらしい〉
 ロジャーが手招き。ジャックは携帯端末からのケーブルをロジャーへ渡した。ストライダを停めたロジャーがケーブルを懐の〝ネイ〟へと繋ぐ。
〈ヘイ、名案があるって?〉
〈逆侵入よりゃよっぽどマシよ。ねえジャック、あんたいつか言ってたわよね。私は金庫番じゃなくて壊し屋だって〉
 ロジャーが眼で問う。ジャックに頷き。
〈ああ〉
〈要は監視の眼がなきゃいいんでしょ? ネット丸ごと停めてやりゃ話は早いってのよ〉
〈丸ごとと来たか〉
 ロジャーが改札、駅員詰所へストライダを横付けた。ジャックがサイド・ウィンドウから滑り出し、詰所の扉を開け、中の端末へと〝キャス〟を繋ぐ。
『見てなさいよォ』
 端末のスピーカを借りて、舌なめずりせんばかりの声を〝キャス〟が奏でる。続いて〝キャス〟から呪文めいたキィワード。駅端末へ乗り込んだ〝キャス〟自身を核の一部として、惑星各所に分散したキィ・ポイントに接触し、巨大な擬似人格を呼び出す――〝キャサリン〟が覚醒した。
『あら、お困り?』
『お久しぶり、ママ』
〈〝ママ〟だ?〉ロジャーが思わずジャックに眼を投げる。〈お前んとこの〝家庭事情〟ってヤツはどうなってんだ、おい?〉
〈ちょいと特殊でな〉それでジャックは説明を打ち切り、〈〝キャサリン〟、〝キャス〟のやつがぶちかますそうだ。協力を頼む〉
『ァはん』心もち楽しげな〝キャサリン〟の声。『スピード勝負ならこの子の方が得意だわよ?』
『サシの勝負じゃないもの』〝キャス〟が鼻息混じりに、『シティの監視網、丸ごとぶち抜いてやるのよ』
『あら、楽しそうね』
 むしろ淡白に、肯定の意を〝キャサリン〟が返す。〝キャス〟が畳みかけた。
『そっちのネットワークに便乗させてもらうわよ』
『即効性のクラッシャ使ったら、かえって面倒よ』〝キャサリン〟がたしなめるように、『監視網へ行き渡る前にネットワーク自壊しちゃうから』
『だから並列でばら撒くの!』もどかしげに〝キャス〟が返す。『増殖の方は取っておきの〝ステルス・ラット〟ベースでお任せ。中味は単純計算で充分よ。超階乗計算でも仕込んでオーヴァフロゥさせてやるわ』
 音声のやり取りが途絶えた。アクセスを示すランプが瞬く、その合間にプログラムが組まれていく。
〈……何者だ、こいつァ?〉
 ロジャーの指先が、ヘルメットの上にリズムを刻む。
〈〝元〟軍事用の擬似人格――本人によるとな〉
〈〝元〟?〉
 ロジャーが眉をひそめて、ジャックを見やった。
〈脱走したそうだ〉ジャックが小首を傾げてみせる。〈今は野良だと言ってる。データを取り込みまくって増殖して、預け先を見つけちゃ〝子供〟を渡してる――そう話してる〉
〈それが何でお前んとこに?〉
〈アクセス・キィを見つけた〉
〈いいねそれ。どこの宝の山だ?〉
 ジャックが言い淀み――それから吐き出した。
〈……ゲリラの巣窟さ〉
〈おいおいおい、〉ロジャーは首を振った。〈よくここまで任せてるな〉
〈どっちにしろ選択肢はなかった〉ジャックの両の掌が天を向く。〈俺は落武者だしな、利用価値があったとも思えん〉
『いいわよ』〝キャス〟がスピーカから促した。『ママも退避したわ。ネットワーク切断。派手にいくわよォ!』

 妙な引っかかりを覚えて、ギャラガー軍曹は眉をひそめた。
〈軍曹殿、〉隣のマルケス兵長から声がかかる。〈感じますか?〉
〈兵長もか〉
 眼を手許のモニタへ投げる。シティ地下街の監視映像、〝シーフ1〟――ジャック・マーフィ――とその周辺を映す複数のウィンドウに、あるかなきかの違和感が兆す。
 転じてマルケス兵長のモニタ、こちらは現地周辺の防火隔壁の閉鎖状況、それから〝クロー・ハンマ〟小隊の身体状況モニタ――やはりここにも兆して違和感。
〈どうした?〉
 背後から声がかかる――ハドソン少佐。ギャラガー軍曹が振り返る。
〈いえ、どうも……〉
 言いさしてモニタを見たところで、違和感の正体に気付く――コマを落としたような、映像の鈍り。それが明らかに、先刻より度を増している。
〈……電子攻撃です!〉
 言い終わる前に、ギャラガー軍曹が動いた。シティ内監視網との接続を切断にかかる。同時にナヴィゲータへも指示を飛ばした。
〈〝キンジィ〟! ネットワーク切断、急げ!!
 その間にも、モニタの光景に異変。映像があからさまに固まった。ギャラガー軍曹とマルケス兵長が、使っていた端末に強制終了をかける。
〈軌道エレヴェータを守れ!〉
 ハドソン少佐は察して指示を飛ばした。臨時作戦司令室へも指示を投げる。
〈シティとの通信を切断! 急げ、クラッシャにやられるぞ!〉
 手近の端末へ移動しながら、ギャラガー軍曹が応じる。
〈司令室とシティの接続を切ります!電力線は――?〉
〈構うな、切れ!〉
 軌道エレヴェータは、衛星軌道上の発電所と直結している。シティとの電力線を切っても困ることはない。どころか、むしろシティに電力を融通する側にある。
 そして、電力線はデータの通り道――この場合、ネット・クラッシャの侵入口になり得る。
 ギャラガー軍曹が、軌道エレヴェータとシティを結ぶインフラ制御に割り込んだ――強制遮断コマンド。臨時作戦司令室が軌道エレヴェータ副管制室に設けられていたのを幸い、端末の権限を最大限行使して、送電制御をはじめ各種接続を丸ごと停止させる。
〈遮断確認!〉
 声を上げる端から異変。臨時作戦司令室の正面、大型モニタの映す戦況図――その更新頻度に、あるかなきかの遅れ。
〈〝ドロシィ〟、司令室にクラッシャだ!〉反射でハドソン少佐が命じる。〈強制終了コマンド、最優先!〉
〈コマンド実行。司令室ネットワークに展開。確認をオミット〉
 〝ドロシィ〟がインフラ制御へ強引に介入した。室内の端末が一斉にダウンする。
 ギャラガー軍曹は駆け出した。臨時作戦司令室を飛び出し、隣室、管制制御室へ飛び込む。手近の制御端末へ走り寄るや、ナヴィゲータ〝キンジィ〟を接続。そのモニタを睨み、息を詰めて、数秒――。
〈間に合ったか……?〉
 さらに数秒。異常は現れなかった。
〈異常、見られません〉
 〝キンジィ〟の声に、詰めていた息が口を衝く。
 ここで間に合わなければ、軌道エレヴェータ本体の制御が停まりかねないところだった。ギャラガー軍曹は小走りに臨時作戦司令室へ。
〈隔離成功――危ないところでした〉ギャラガー軍曹は息を緩めつつ報告した。〈端末を単独起動、スウィーパにかけます〉
〈戦闘情報データ・リンクを最優先で処置〉ハドソン少佐が指示を出す。〈次に生命維持系統だ〉
 生命維持系統は、各エリア単独でもしばらく持ちこたえられる。それよりも、戦闘の損害を抑える方が先に立つ。
〈は!〉
 端末の合間を抜けるギャラガー軍曹を見やりながら、オオシマ中尉が頭を掻く。
〈やられましたな。まさかここまでやるとは〉
〈手負いの獣というところか〉
 ハドソン少佐が顎に手を当てた。
〈しかも見失いましたよ。追跡もできなくなりました〉
〈なに、知れたことだ〉ハドソン少佐は片眉を上げた。〈ここへ来るには連絡橋を通らねばならん〉
〈では――?〉
 オオシマ中尉がインターコムへ顎を向ける。認めるように、ハドソン少佐が頷いた。
〈〝クロー・ハンマ〟を呼び戻せ。〝ハンマ〟中隊を連絡橋、シティ側に展開! ヤツを迎え討つ!〉
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