18-2.暴露

文字数 3,723文字

 瞬間――〝放送〟にノイズが一瞬。
 視覚の端、マリィはそれを捉えた。理解が頭を駆け抜ける。〝放送〟そのものにマリィの虚像を嵌め込む、それは詐術――即ち、マリィはもう〝要らない〟。
「アレックス!」
 懐。抜いた。ケルベロス。
 〝アレックス〟が合わせて動く。シンシアから受け取ったクラッシャを発動し――、
 ――〝放送〟にノイズが、再び一瞬。

〈マリィ!〉キースが最初に気付く。
〈キース!〉〝キャス〟が次いで声を上げる。
〈お姫様が!?〉ロジャーが眉をしかめ、
〈〝ジュエル〟が!?〉オオシマ中尉が歯を軋らせる。
 彼らの視覚、〝放送〟を映すウィンドウで――、
 仁王立ちのマリィ・ホワイトが、ケルベロスを自らの顎へ擬していた。

「動かないで!」決然とマリィ。
「ほう?」大佐が片眉を踊らせた。
『あらあら』〝キャサリン〟の声が余裕を見せる。『無理しちゃって』
「この〝放送〟を妨害したら、」マリィが大佐を真っ向見据え、「引き鉄を引くわよ!」

〈〝キャス〟!〉鋭くキース。〈通信アンテナ! アクティヴ・サーチ!!
〈それ!〉〝キャス〟に得心。〈それ早く言えってのよ!!
 言うが早いか、信号がホットラインを駆け抜けた。宇宙港〝サイモン〟の送信アンテナへ至ったそれは、蹴飛ばすような出力でパルス波を全周囲へ打ち放つ。
〈ぶちかませ!!

「ミス・ホワイト、」ヘンダーソン大佐が傾げて小首。「これは何のつもりかな?」
「決まってるわ」マリィが大佐を睨み据え、「〝放送〟に細工されないようによ」
「その銃からは」大佐がなだめるように、「弾丸を抜いてある。他ならぬ君の眼の前でね」
 マリィの親指が撃鉄を――起こす。
「私はそう思わないわ」銃口の上、マリィの眼に力。「この撃鉄が落ちる時は――あなたが私を謀殺する時よ!」
 その時――鳴り響いて警報音。『敵性信号! アクティヴ・サーチです!!

〈視えた!〉〝キャス〟に快哉。
 キースの視覚、戦術マップに影。それが1つ2つに留まらず、瞬く間に宇宙港〝サイモン〟周辺を埋め尽くす。
 アクティヴ・ステルスを実現するゴースト編隊は、内部で突発した電磁波までは欺けない。宇宙港〝サイモン〟の通信アンテナから光の速度で伝播したサーチ波は、第6艦隊の所属艦艇ことごとくをあぶり出す。
〈このやろ!〉ロジャーが指を一つ鳴らして、〈送信アンテナなら敵のど真ん中ってわけか!!
〈今だ!〉無視してキース。〈敵ゴーストの表面を!!
〈〝ダルトン〟へ命令! 最優先!!〉艦隊司令ラズロ少将が即応。〈主砲、スウィープ照射! 目標、第6艦隊! 現在座標はくれてやれ! 並行して緊急離脱、最大加速!!

〈主砲、スウィープ斉射!〉フリゲート〝ダルトン〟の戦闘指揮所に艦長からの指令が飛ぶ。〈タイミング優先、自動射撃! 命令を待つな、撃て!!
 姿勢制御スラスタを噴きつつ、〝ダルトン〟が艦体軸線を貫く主砲を撃ち放つ。500メガワットの出力で撃ち出された自由電子レーザは、わずかに拡散角を帯びて第6艦隊の装甲表面を薙いでいく。

〈レーザ被弾!〉ヘンダーソン大佐の聴覚へ悲鳴じみた報告が届く。〈これは――本艦だけではありません!!
〈マッケイ大佐?〉大佐がデータ・リンクに問いを投げる。
〈失礼、ヘンダーソン大佐〉大佐の視覚に通信ウィンドウが開いた。〈第3艦隊方面からのレーザを被弾。出力は1ギガワット以下と確認――ですが、〉
〈敵の狙いは――〉苦い声がヘンダーソン大佐の口を衝く。〈――こちらのゴースト、か〉
〈その通りです〉第6艦体司令代理としてマッケイ大佐。
〈この際ステルスは捨てても構わん〉ヘンダーソン大佐から鋭く指示。〈主砲スウィープ斉射、第3艦隊をあぶり出せ!〉

『〝サイモン〟近傍に艦影――多数!』ノース軍曹の声に続いて、戦術マップに新たな影――が1つや2つに留まらない。遂には旗艦〝ゴダード〟の艦影を識別するに及んで、艦影群にタグが立つ。『――第6艦隊、ステルス・アウト!!
 宇宙港〝クライトン〟、軌道エレヴェータを取り巻く宇宙港区画。
『くそ!』ニールセン大尉が拳を気密隔壁へ。『あと少しのところで!!

〈主砲スウィープ斉射!〉第6艦隊のデータ・リンクをマッケイ大佐の指令が駆ける。〈目標、第3艦隊推定位置! ゴーストの表面を灼けばいい、タイミング任意――撃て!!

〈主砲、自動照準!〉フリゲート〝リトナー〟の戦闘指揮所で、ピョートル・グロモフ少佐も指示を下す。〈スウィープ角5度、タイミング任意!!
 以降の指令を待たず、〝リトナー〟が艦首から主砲の自由電子レーザを扇状に撃ち放つ。その軌跡をナヴィゲータが視覚の戦術マップ重ね、第3艦隊の推定位置を次第に埋めていく。
〈反応あり!〉索敵手の声と同時、戦術マップに影が一つ――フリゲート〝ダルトン〟の、さらに前。
 ナヴィゲータが瞬時に形状分析、立てたタグに――『SMD-025ゴースト』。
〈捉えたか!〉グロモフ少佐が応じて指示。〈絞り込め! スウィープ角1度!!

 時を同じくして、第6艦隊の各艦がスウィープ角度を絞り込む。レーザの照射密度が――上がる。

〈ゴースト被弾!〉
 第3艦隊旗艦〝オーベルト〟、総合戦闘指揮所にナヴィゲータの報告――と同時、戦術マップに赤いタグ。SMD-025ゴースト――その1機。
〈来や……がっ……た!〉ロジャーが呻き混じりに、〈さあ……来い! 食い付け……!〉
 赤いタグは第3艦隊本体から遠ざかりつつある。対する本体を示すマーカは――低高度側へと逃れていた。モニタに映る加速ヴェクトルは前方上方、推進力は11G。
〈転……進!〉ラズロ少将が声を絞り出す。
 Gが止んだ――と、艦体が旋回する体感。一から十まで計算し尽くされた動きで、第3艦隊の各艦が鼻先を転じる――進行方向、宇宙港〝サイモン〟へ。
〈進路修正! 加速開始!!

〈いない!?〉索敵士の声がすっぽ抜けた。
 〝ゴダード〟の総合戦闘指揮所、グロモフ少佐が眉をしかめる。メイン・モニタの戦術マップ、暴き出された反応はゴーストの反応、しかもたった1つだけ。
〈第3艦隊の推定位置は!?〉グロモフ少佐が問いを衝き込む。
〈出します!〉応じて索敵士。〈戦術マップ!〉
 メイン・モニタ、戦術マップにいびつな円錐台形の影――それが時間とともに拡がっていく。

〈ふむ、〉ヘンダーソン大佐が顎を撫でる。〈〝トカゲの尻尾〟か〉
 大佐の視覚にも戦術マップ、第3艦隊の推定存在位置――円錐台形の影が落ちる。〈なるほど、これは面白くない〉
〈完全に切れたとは限らないわよ〉〝キャサリン〟が笑みを声に含ませた。〈あのアクティヴ・サーチ、連中がどうやって打ったと思う?〉
〈宇宙港のホットライン辺りが臭いな〉大佐は思考ゲームさながらに、〈ということは、ステルス中でも回線を保持していることになる〉
〈でしょ?〉したりと〝キャサリン〟。
〈乗り気だな〉ヘンダーソン大佐の片頬に笑み。
〈ちょっと遊びたい気分なの〉〝キャサリン〟の声も笑む。〈面白いものを手に入れたから〉
〈期待していいのかな?〉皮肉交じりに大佐の声。
〈中身によるわね〉返す〝キャサリン〟。〈私は私よ。好きにやるわ〉
〈油断はするなよ?〉大佐に余裕。
〈せいぜい気を付けるとするわ〉〝キャサリン〟に鼻息一つ、〈さて、楽しませてくれるかしらね?〉

 宇宙港〝クライトン〟、気密隔壁の外側にニールセン大尉の拳が弾けた。『くそッ!』
『軌道エレヴェータ区画へのアタックは……』ためらいがちにノース軍曹。
『ヤツらが!』ニールセン大尉が吐き捨てた。『バカ正直に尻尾を残しておくとでも?』
 アクティヴ・ステルスへ突入したからには、外部との通信を保つのは初歩的なタブーに他ならない。通信の大元を手繰られでもしたなら、宇宙艦隊ぐるみの努力がそれこそ水泡と帰して果てる。
『あの救難艇、』戦術マップを注視していたノース軍曹が、ヘルメット越しに顎を掻いた。『そもそも何だって残したんだと思います?』
『戦闘機動の足手まといだからだろう』ニールセン大尉はにべもない。
『てことはですよ』ノース軍曹が首をひねる。『戦闘機動に耐えられない人間を――つまり患者を載せてるってことじゃないですか』
『それが?』
『その患者をですよ、』ノース軍曹が思考の底を探るように、『我々の眼に付くとこへ残していきますかね?』
『何が言いたい?』
『私も、考えてるんです』つっかえながらもノース軍曹。『連中が患者を守り切る――そう、自信てのはどこから……?』
『自信?』
『連中、』ノース軍曹がようやく思い当たったように、『手も打たないで人質を残して行くような真似をしますかね?』
『つまり、』ニールセン大尉の声が低まる。『救難艇には罠が?』
『上手くすれば、』考えつつノース軍曹が言葉を編む。『第3艦隊の手がかりが』
『だからって、』ニールセン大尉に怪訝声。『こっちから罠に嵌まりに行くのか?』
『罠があるってことは』そこへ割り込んだ声がある。『弱味が隠してあるってことよ。面白いじゃない』
『ちょっと待て、いつの間に……!?』ニールセン大尉の声が青ざめる。
 ノース軍曹にかすれ声。『……〝キャサリン〟……!』
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