18-8.残像

文字数 3,748文字

〈決まりだ〉決然とロジャー。〈〝ネイ〟、〝トリプルA〟の直通回線を〉
 〝ネクロマンサ000〟操縦室。各自の視界に通信マップがポップ・アップ。
〈下手なところを経由するとまずいんじゃないのか?〉ガードナー少佐から当然の疑問。
〈この際、軌道エレヴェータや宇宙港の方が危険と見た方がいいだろう〉キースに思案顔。〈どっちも戦場の真っ只中だ。どこで〝キャサリン〟に引っかけられるとも知れん〉
〈にしても、〉ガードナー少佐が踏み込む。〈下は海のど真ん中だぞ〉
〈考えてるさ〉ロジャーに自信。〈戦場じゃなきゃいいんだろ? なら迂回するまでよ〉
〈〝ハミルトン〟か?〉キースが片眉を踊らせた。
 軌道エレヴェータ〝ハミルトン〟は現在位置から見て惑星〝テセウス〟の裏側にある。
〈そ、回り道しちゃいけねェって法はねェ〉ロジャーは右手に指一本――高高度側。〈地平線を越えりゃいいんだろ? 中継点なら上にあるじゃねェか――光発電ファームが〉

〈狙いは何だ、〝キャサリン〟?〉救難艇〝フィッシャー〟の医務室、暗闇にシンシアの問いが浮く。
 その視界、立体描画のネットワーク図に赤一色――例外はヒューイの生命維持装置と、外部へ繋がる通信系。
〈わざわざ通信系を残した理由、〉涼しく〝キャサリン〟。〈解るでしょ?〉
〈け!〉シンシアが鼻息一つ、〈人質を生かすためってか〉
〈それだけじゃないわ〉諭すように〝キャサリン〟。〈あなたなら解ると思うけど?〉
〈救けを求めろって?〉シンシアが声を低めた。
〈要らないなら切っちゃってもいいけど?〉むしろ楽しげに〝キャサリン〟。
〈……!〉シンシアが歯を軋らせて、〈……やりゃいいんだろ、畜生め〉
〈察しがよくて助かるわ〉柳に風と〝キャサリン〟。〈素直は美徳よね〉
〈こきやがれ〉シンシアの声に、しかし勢いはない。〈〝ウィル〟?〉
〈……少し待て〉〝ウィル〟の声が重い。〈罠を外す〉
〈時間稼ぎはほどほどにね〉〝キャサリン〟が軽く差して釘。
 赤の輝点がネットワーク図上、しかも多数――それが、掃くかのように緑へ転じた。
〈中継プロセッサは掃除しといたわ〉次いで〝キャサリン〟が声を低める。〈小細工は考えない方が彼のためよ?〉
〈〝ウィル〟?〉細く、小さく、シンシアの声。
 ネットワーク図に明滅、ヒューイを囲む赤が――消える。
 と。
 明滅。医務室に光。視覚へウィンドウが複数、いずれもノイズ。
 そして再び――暗転。今度は〝キャサリン〟の気配が消える。
「くそ!」ドクタが耳をヒューイの胸へ。
 シンシアが跳んだ。ヒューイのベッドへ。〝ウィル〟からのケーブルを生命維持装置へ。視覚へヒューイのバイタル・サインが――映らない。
〈早く!〉シンシアの声が闇に滑る。
〈早く!〉〝ウィル〟に焦りが滲む。
〈早く!!〉祈りが虚しく響く。
 いびつに視覚へウィンドウが群れを成す。戦術マップ、ネットワーク図――遅れてヒューイのバイタル・サイン。
 直線――。
〈――!!〉シンシアが息をはっきり呑んだ。

『手短に頼むよ』〝トリプルA〟は余裕も見せず、『さっき〝フィッシャー〟の反応が途切れてね』
 〝ネクロマンサ000〟操縦室。〝トリプルA〟への直通回線は軌道エレヴェータ〝クライトン〟を経る。
「深刻か」ロジャーが低めて声。「代わる。〝キャス〟だ」
『データ送信中』〝キャス〟も言葉を切り詰める。『こいつを〝フィッシャー〟にぶち込んで』
『穏やかじゃないね?』それだけ〝トリプルA〟。
『説明が要る?』応じて〝キャス〟。
『いや、』短く〝トリプルA〟。『賭けるよ』

 救難艇〝フィッシャー〟、医務室の暗闇に――絶叫。シンシア。
〈手前――!!
〈何の……!?〉〝キャサリン〟の気配が――怪訝に歪む。
 視覚へ赤。ネットワーク図。一角、囲う。補助電源。揺らぐウィンドウに一点――緑。通信系。
 〝キャサリン〟の気配が――消えた。
 遅れて照明、視覚を刺す。
『急いで』スピーカへ淡然と〝カロン〟。『隔離したけど、長くは保たないわ』
 視覚の隅、ネットワーク図の通信系に緑。
 ヒューイのバイタル・サインにノイズ――から波形。生命が脈を打つ。
 その横、ネットワーク図上の赤が――崩れる。
〈ァはン、〉怒りを滲ませて〝キャサリン〟。〈結構なお芝居だこと。一杯食わされたわ〉
 バイタル・サインへ再びノイズ。直後、ウィンドウが掻き消える。
『ハイ、』〝カロン〟が割り入る。『お忘れ?』
 ネットワーク図、ヒューイを囲い込んで赤。
〈患者を餌に?〉〝キャサリン〟が鼻息一つ、〈見上げた医者ね〉
『そこを衝いてくるのは、』〝カロン〟が冷ややかに、『どこの下衆?』
〈減らず口ね〉低く〝キャサリン〟。〈恨まれるわよ?〉
『知ってる? 悪党に勝てるのはね』〝カロン〟が不敵に――高速言語。〈悪党だけなのよ〉
 赤が差す。予備電源。さらに一回り、なお一回り。止まる。沈黙――。
〈大丈夫なのか?〉シンシアに疑問の声。
〈〝キャサリン〟のいるブロックを電源系から吹っ飛ばしたから、〉〝カロン〟はさも当然のように、〈しばらくは時間が稼げるはずよ〉
〈いや、〉〝ウィル〟が割り入る。〈どうやって突き止めた?〉
〈秘密〉素っ気もなく〝カロン〟。〈そう自慢げに手の内を晒すもんじゃないわ〉
〈電源落としたのは!?〉シンシアが噛み付く。
〈仕込みはしてあるわよ。そういう演出〉〝カロン〟に反駁。〈不意も衝かずに勝てる相手?〉
〈気に入ったわよ、〉そこへ〝キャサリン〟。〈悪党さん〉
〈褒め言葉と思っておくわ〉動じず〝カロン〟。〈タネを訊いてもいいかしら?〉
〈遠慮しとくわ〉〝キャサリン〟に凄味。〈お互い様ね〉
〈不意を衝かなかったのは?〉〝カロン〟に問い。
〈話すと思う?〉〝キャサリン〟も返して問い。
〈いいえ〉淡然と〝カロン〟。〈相場からして時間稼ぎよね〉
〈だったら、〉〝キャサリン〟に興味の色。〈どうするの?〉
〈こうするのよ〉〝カロン〟が宣言、同時に――途絶。ネットワーク図が掻き消えた。
〈〝ウィル〟!?〉シンシアから鋭く問い。
〈隔離――いや、〉〝ウィル〟が信号を手繰る。〈防壁迷路だ! 〝カロン〟が前に出た!!
〈やべェ!〉シンシアが悟る。〈あいつヒューイから手が離せねェ! ――〝ウィル〟!!
〈了解、〉〝ウィル〟が先を読む。〈〝カロン〟の救けに入る!!
 言い残して〝ウィル〟がダイヴ。気配を手繰る。〝カロン〟の痕跡を手繰り、ネットワークの断絶を抜けて――外へ。
 ――〝キャサリン〟!
 気配。レーザ通信機。押されて〝カロン〟。探る。〝キャサリン〟の気配――、
 航法中枢。
 ――まずい!
 強攻。クラッシャ。叩き込む。洩れる気配も構わない。
 直感。反撃。襲い来る。
 クラッシャ炸裂――間一髪。
 飛ばす。囮――を兼ねてプローブ・プログラム。気配を殺して潜む――操舵中枢。
 いた。〝キャサリン〟。通信中枢。痕跡――破損データにタイム・スタンプ、しかも直前。
 と。
 見る間にプローブの応答が消えた――かと思ったところで反応を検知、ただし断片。見るに、プロセッサの演算速度が極めて遅い。
 ――〝カロン〟か?
 〝ウィル〟に推論。〝キャサリン〟の手とは毛色を異にするその手法、消去法で〝カロン〟を除けば他にない。
 手繰る。形跡――ふと消失。
 察する。戦場。剥き身の敵意。
 ――いる、な……。
 思案する――介入の、その手立て。
 その思考が――ふと加速。気付く。〝カロン〟介入、その影響。
 そこへ敵意。〝キャサリン〟。すんでの差。プロセッサから逃げ出す間もあらばこそ、回路を灼かんばかりの過負荷が襲う。
 餌にされたと思う間もなく異変の兆候、通信中枢の演算速度が――上がる。
 ――まずい!
 〝ウィル〟に焦りが兆す。通信中枢は外部との連携を司る。外部から介入している〝カロン〟にしてみれば、戦場とするに諸刃の剣――タイム・ラグ最短にして接続の要、破損は即ち負けにも等しい。
 過負荷――通信中枢が悲鳴を上げる。
 視えた――〝キャサリン〟。航法中枢――今なら。
 仕掛ける。〝ウィル〟。軌道要素の偽データ。対地速度、各部スラスタ、周辺宙域の航路情報に紛れ込ませて細分化データを送り込む。
 ――さァて。
 猶予はない。よって凝った仕掛けも施せない。だが〝キャサリン〟の一角なりと脅かせれば――その狙い。
 ――行け!
 信号。実行。航法中枢、只中でクラッシャがで組み上がる。
 発動。喰らう。狙うはプロセッサことごとく、目論見は圧倒的な負荷率そのもの。破損を狙わず、回路も損ねず、ただマシン・パワーを奪い去る。
 異変。転じた。〝キャサリン〟の足場が挫ける――かと視えて。
 ――楽しそうね?
 〝キャサリン〟の意志が滑り込む。
 急転。離脱。〝ウィル〟が逃げに転じ――間に合わない。
 暗転――を〝ウィル〟が覚悟した、そこへ。
 違和感。遅延。すぐ背後。視える。〝キャサリン〟が――遅い。
 咄嗟。クラッシャ。〝ウィル〟から奥の手。狙いは〝キャサリン〟――ではなく、その位置にある中継プロセッサ。
 いかに強力なナヴィゲータでも、宿るプロセッサごと破壊されれば無事で済む道理はない。灼けるプロセッサもろとも、〝キャサリン〟の気配も掻き消え――、
 ――やるじゃない。
 明後日の方向から――響く声。
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