18-10.競合

文字数 5,002文字

『接舷を確認!』スピーカを衝いて艦長の声。『第3艦隊陸戦隊、〝フィッシャー〟に接舷!!
 マリィの相貌から血の気が失せた。視覚情報に変化は――ない。
 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟通信スタジオ。マリィから隣に佇むヘンダーソン大佐へ視線――はっきり敵意。
「何のつもり!?
「つもりも何も、」ヘンダーソン大佐がすくめて肩。「止められてはいないものでね」
 と――マリィの視界へ戦術マップの抽出情報。ワイア・フレームで描かれた宇宙港〝クライトン〟を透かして、救難艇〝フィッシャー〟――の舷側に輝点が8。タグが示して『第3艦隊陸戦隊』。マリィが思わず息を呑む。
「君の要求は、」大佐は噛んで含めるように、「『この〝放送〟を妨害しないこと』だったはずだ」
「揚げ足を取ったつもり?」マリィが歯を軋らせる。
「まさか」大佐が小さく笑う。「ただ手をこまねいてもいない」
「止めて」短くマリィ。「陸戦隊を」
「賭け金を上げるのかね? では、」大佐が片頬だけを歪めて、「君のチップを拝見しようか」

 視覚、〝放送〟ウィンドウにマリィの表情――そこに焦燥。
「ハリス中佐!」ハーマン・カーシュナー上等兵が身をこわばらせた。「見過ごすんですか!?
 眼を飛ばす。傍ら、スコット・ハリス中佐も苦いものを噛み潰していた。
 宇宙空母〝ゴダード〟は第5ブリーフィング・ルーム。無重力の背後、可視光シールド越しに第1格納庫が覗く。
「カーシュナー上等兵」ハリス中佐が指招きを一つ、「耳を貸せ」

「何か手は!?」ドレイファス軍曹が歯を軋らせる。
 軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室。各自の視覚に展開された戦術マップが映すのは救難艇〝フィッシャー〟と、そこへ取り付く揚陸ポッド――敵性の赤、その数8。
『救難信号を打ち込めばいい』端的にバレージ。『強制受信回路にクラッシャを突っ込んでやれ』
「そうか、乗っ取らなくとも!」ドレイファス軍曹に得心の声。「裏口さえこじ開ければ!」
「バレると面倒だぞ」バカラック大尉が思い当たる。「第6艦隊の電子戦艦に出張られかねん」
「レーザ通信!」バカラック大尉が機転を乗せる。「救難信号!」
 傍受されなければ介入されることもない。その点でレーザ通信に非の打ち所はない。
『救難信号!』〝カレン〟が復唱。『目標照準!』
 同時、戦術マップに次々とタグが立つ。『SOS送信』の文字情報、いずれも揚陸ポッド。数は――6。
「足りない!?」バカラック大尉が眉をしかめ――遅れて悟る。「くそ、そういうことか!!
 残る2基はいずれも〝フィッシャー〟の陰――即ち死角。
「敵のデータ・リンクは!?」ドレイファス軍曹。「死角にいても迂回すれば!」
『〝ビアンカ〟、』バレージがナヴィゲータへ投げて声。『指示変更。通信系の掌握を優先』
『侵入中――』リンク越しに〝ビアンカ〟が告げる。『――ですが、これは……』
 視覚、ネットワーク図が揚陸ポッド6基へ伸びた――が。
『データ・リンクが……』〝ビアンカ〟の声が張り詰める。『……手繰れません。通信封止中かと』
『レーザ通信機は?』冷徹に衝いてバレージ。『揚陸ポッドから救難信号、レーザ通信で打ち込んでやれ。6基を陥とせたからには目はあるはずだ』
『はい』〝ビアンカ〟が短く肯んじる。
『それから』バレージが言を継ぐ。『〝放送〟に〝フィッシャー〟の状況を。宣伝の足しにはなるだろう』
「あまり時間はないはずだ」ドレイファス軍曹の声が焦れる。「頼むぜ、〝ビアンカ〟。あんたが頼みの綱だ」
『私が頼みの綱? 軍人の?』〝ビアンカ〟に嘆息。『また落ちぶれたものですね』

〈〝フィッシャー〟に?〉キースが片眉を踊らせた。
 戦術マップに割り入った〝放送〟にあったのは、ただ端的な観測データに過ぎない。しかしそこに映っている絵面は、赤十字の救難艇に群がる揚陸ポッド。そして何より、そこから発せられる識別信号は――ヘンダーソン大佐側。
〈それを〝放送〟か。やるね〉ガードナー少佐が口笛一つ、〈これで大佐の足元が揺らぐ〉
〈〝フィッシャー〟が生き残ったらな〉キースの声は軽くない。〈これで人質を取ったら、大佐は次の手を打ってくるぞ。違うか?〉
〈あー、確かに〉ロジャーが軽く舌を出す。〈どっちにしろ、主導権を渡していいこたァねェわな〉
〈そういうことだ〉キースに頷き一つ。〈介入するぞ〉
〈ここから?〉ロジャーは眉を一つ踊らせ、〈おいおい、どういう風の吹き回しだ?〉
 アクティヴ・ステルスの中で自ら信号を発するのは、文字通りの自殺行為と称しても過分ではない。
〈〝トリプルA〟の直通回線があるだろう〉キースが衝いて、〈時間が稼げればそれでいい〉
〈どうしたよ〉ロジャーが声を苦らせる。〈お前さんらしくもねェ〉
〈ヤツら、〉キースには意に介した風もない。〈最初から俺達の介入を誘う気だ。なら、こっちからタイミングを外す手に出る〉
〈タイミングを?〉バーナード少佐の語尾に疑問符。
〈ヤツらの想定を外せるとしたら――〉キースが打ち返す。〈今の今だ。他にあるか?〉
〈とんだバクチじゃねェか〉ロジャーが小さく笑う。
〈同じバクチなら勝ち目を狙うさ〉キースの眼に意。〈考えがある〉

 ――侵入!
 救難信号のレーザ通信に載った〝ビアンカ〟が、軌道エレヴェータ管制室からダイヴ――視界内の揚陸ポッドへ。
 宇宙船の通信回路は、救難信号を拒めるようにはできていない。それはどこより死に近しい宇宙空間における、あるいは『最後の信頼』と称しても過言ではない。もちろん悪用には相応の罰則をもって応じるのが常ではあるが、『最後の信頼』を破ってみせたヘンダーソン大佐の陣営が非を鳴らしたとして、聞く耳が果たしてどれだけあるものか。
 そして、ひとたび侵入したなら――。
 ――ここ!
 制圧済みの揚陸ポッドに、足場以上の意味はない。よって操舵系を始めとする中身に用もない。
 受信機からポッド外殻沿い、救難用の非常電源系を辿って――レーザ通信機へ。

「チップ?」ケルベロスを顎に擬したまま、マリィが声を尖らせる。「私はこの生命を賭けてるわ」
「そう、〝放送〟を続けるためにね」大佐は両の掌を掲げ、「この駆け引きは、いわば一つの取り引きだ。私は約束を違えてはいない。そこへ際限なく要求を拡げるとしたら――君自身の価値を下げることにはならないかね?」
「盗人猛々しい……!」マリィの声が怒りをはらむ。
「君の生命をチップにしたのは」大佐が語尾を叩き折り、「他でもない、君自身だ」
「私に死なれて困るのは誰!?」畳みかけてマリィ。
「少なくとも私だけではないよ」言い切る大佐に――むしろ笑み。「いいのかね――仲間に報いなくても?」

 〝ビアンカ〟が回路を手繰る先――レーザ通信機、その一基。
 照準は揚陸ポッド、軌道エレヴェータから死角へ入る2基。すかさず発信、救難信号に擬してプローブ・プログラム。
 反応――凶報。突入寸前――いずれも似て。
 違いは――データ・リンクと安全装置の接続、その一点。
 賭けた。〝ビアンカ〟、躍り込む。

〈レーザ通信!〉ノース軍曹から警告。〈救難信号です!!
〈切れ!〉即答、ニールセン大尉。〈総員警戒! データ・リンク完全封止! 敵の飽和クラッシャが来るぞ!!
 視覚、戦術マップが掻き消えた。

 ――安全装置!
 〝ビアンカ〟が干渉、作動――爆砕ボルト。
 鈍い衝撃――それが、一つ。

 重い振動は――隔壁の向こうから。
〈〝ベルモット・ポッド〟です〉〝ベルタ〟がニールセン大尉の視覚へ簡易マップ。
 隔壁を伝った音響データ、そこから導き出した音源は――隣のハッチに取り付いた〝ベルモット・ポッド〟を指している。
〈やられたか!〉ニールセン大尉が舌を打つ。
〈大尉、〉そこへノース軍曹が頷き一つ、ヘルメットを自ら接触させる。〈今回の敵は軌道エレヴェータから攻めてきてます。意見具申を〉
〈手短に〉ニールセン大尉も小さく頷き返す。
〈接舷したからには、操舵系以外のデータ・リンクを敢えて開放するんです〉そこでノース軍曹が声を低め、〈いまトラップを張ってます。3秒下さい〉
 頷き一つ、ニールセン大尉がノース軍曹の肩へと手。

 ――もう一基!
 強制パージされた揚陸ポッドの艇首、〝ビアンカ〟がレーザ通信機を巡らせる。プローブを送り込む時間さえ惜しんで、〝ビアンカ〟は最後の一基へ――跳ぶ。

〈最優先目標もおらん、遠慮は無用!〉ニールセン大尉が戦闘用宇宙服の近距離無線へ、〈ポッドの外殻ごとハッチをぶち抜け!!
 ノース軍曹が副操縦席へ取り付いた。
〈3秒下さい!〉前衛が即応、近距離無線。
〈カウント3!〉ニールセン大尉が宣する。〈連携は捨てる! 〝ジン〟各員、各自の判断で敵を制圧!!

 ――!
 最初に〝ビアンカ〟が捉えたのは、ポッド内部の無線通信に乗る制圧命令。
 そしてデータ・リンクに断絶――手の出しようもないほどに。
 だが音声は無線通信に乗っている。手持ちのクラッシャ、中でも最軽量の一種を音声変換。
 ――間に合って!

〈3!〉前衛がチューブ状の爆薬をハッチへ輪状に巡らせる。
〈2!〉ニールセン大尉がノース軍曹をハッチの端末から引き剥がす。
〈1!〉ニールセン大尉へ背後、タロス〝ジン・ボトル〟から親指。
〈用意よし!〉前衛が側方、内壁へ退避。
〈突入!〉

 と、そこで。
 予想に反して揚陸ポッドのデータ・リンクが――晴れた。
 ――罠!?
 〝ビアンカ〟に戦慄。
 見通せる。舷側ハッチに破損を検知。その意味するところを察する前に――、
 データ・リンクを暗号が駆ける。〝ビアンカ〟にも接した記憶、その意味は。
 ――召喚コード……〝キャサリン〟を!?

〈侵入を検知!〉ノース軍曹の声が割って入った。〈早い!?
〈構うな!〉ニールセン大尉の眼前、炸薬が外殻ハッチを輪状に灼き抜く。
 今の救難艇〝フィッシャー〟、その接舷ハッチは一度灼き抜かれたところに応急の気密シールを張った、ただそれだけのものに過ぎない。それだけでは内部の気密隔壁といい勝負、突入用の炸薬で吹き飛ばせない道理はない。
 事実、ハッチはたやすく吹き飛んだ――が。
 いきなり突風、背後から。乱れた姿勢を立て直す――その視界に白一色。
!?
 ニールセン大尉に疑問符。応じて〝ベルタ〟が視覚に解。気圧表示が――ゼロを指す。
 急速な減圧は、大気中の水分を飽和させ、水蒸気を――つまりは霧を生む。頭がその理屈を呑み込む――その前に。
 悲鳴、それも立て続け――それが2つ。
〈敵襲ッ!〉
 反射。照星を据え直す。ライアット・ガンRSG99バイソン――その前に。
 銃火が見えた。間に合わない。引き鉄を絞る間すら――、
 弾けた。軟体衝撃弾。大きく十文字に開いたそれが絡み付く先――太い腕。
〈〝ジン・ボトル〟!?
 眼前、タロス。衝撃弾を防いだその背、スラスタから噴射炎。
〈撃つな!〉言いつつニールセン大尉が壁を蹴る。〈〝ジン・ボトル〟を盾にしろ! 続け!!

 ――逃げ場は……!?
 〝ビアンカ〟が意識を周囲へ向ける。〝キャサリン〟が出てくるともなれば、勝負を挑むにも分が悪い。
 だが。
 出口となるのは二つ――レーザ通信機か、〝フィッシャー〟か。
 迎え討つか、留まるか――選べる答えは一つだけ。

 〝フィッシャー〟へ殴り込んだ、その途端。
 横合いから一撃――は予想通り。左手でハッチの淵を引っ掴み、ニールセン大尉が進路をねじ曲げる。遠心力に振り回されながらの急ターン、視界が流れる――中に敵。黒の戦闘用宇宙服。
〈敵ッ!〉
 言葉もろとも引き鉄に力。構えてRSG-99バイソン、12ゲージの銃口が咆える――その直前。
 衝撃。右肩――ただし浅い。銃口がブレる。銃弾が逸れる。
 その左肩を敵が踏み上げ、勢いそのまま背後へ抜けた。
〈行ったぞ!〉
 迫る壁に足をつき、反動をバネに蓄えつつ敵の姿を求め――〝ジン・ボトル〟からの視覚情報に細身の黒。今しもエアロックの側壁を蹴って〝フィッシャー〟側へ。
〈即時制圧!〉ニールセン大尉が思い切る。〈我々に構うな!!
 タロスに一瞬の――逡巡。
 エアロックをシンシアが抜けた。その先に〝フィッシャー〟艇内、振り向き切っていないタロスが――構えて拳。
 シンシアがライアット・ガンを左手へトス。空いた右手で一挙動、P45コマンドーのシルエット。
 文字通りの鉄拳と銃火が――交錯する。
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