14-10.吐露

文字数 5,584文字

〈勿体つけるな〉
 高機動仕様タロスから、せっつくキースの声が低い。
〈なら悪い報せから話す〉データ・リンク越しに前置いてオオシマ中尉。〈〝ジュエル〟が制圧された。こいつは電子戦艦の艦長から聞き出した〉
〈……そいつは察しがついてた〉減速Gを受けて重い身体からキースは声を絞り出す。〈でなきゃミサイル艇が襲撃されたはずはない〉
〈その通りだ〉オオシマ中尉に首肯の気配。〈我々が加速を開始してすぐの事だったらしい〉
〈……問題は、〉キースが奥歯に苦い想いを噛み潰す。〈連中がマリィをどこまで無事で置いておくか、か……〉
〈そこで、さらに悪い報せだ〉オオシマ中尉の声が暗示してその先。〈〝オサナイ〟が先ほどから全力加速に入った――もう我々の脚では追いつけん〉
 重い息を呑み下してキース。〈……俺達が電子戦艦に取り付いたところでか?〉
〈恐らくな〉データ・リンクにオオシマ中尉の重い答え。〈タイミングからして、そういうことになる。我々が取って返さないのを見越してのことだろう〉
〈なら話は第3艦隊をどれだけ早く第6艦隊へぶつけるか、ってことだが……〉言いかけたキースの声が淀んだ。〈最低の報せってのはそれか?〉
〈悪いが当たりだ〉溜め息混じりにオオシマ中尉。〈電子戦中枢だが、手のつけようがない。検証もくそもないほどにな。〝キャス〟をサルヴェージするどころの話じゃない〉
〈――確かなのか?〉キースの声が鋭さを帯びる。
〈私がこの眼で確かめた〉オオシマ中尉に硬い声。〈回路どころか本体から物理的に破壊されてる〉
〈やったのは誰だ?〉吸収衝動に衝き動かされていた時の〝キャス〟の足掻きようを思い起こしてキースが告げる。〈そこいらの雑魚ができることじゃないだろう?〉
〈艦長と電子戦長の2人だ〉返してオオシマ中尉。〈直接破壊キィを回したと言ってる〉
 キースはそこで眉をひそめた。〈それは確かなんだな?〉
〈間違いない〉オオシマ中尉の声に怪訝。〈――心当たりがあるのか?〉
〈ああ――直接話が訊きたい〉キースが視覚上、〝ネイ〟の示す戦術マップに意識を振りながら断じた。〈もうすぐそっちへ乗り移る。用意しておいてくれ〉

「ヒューイの容態は?」
 救難艇〝フィッシャー〟医務室で、シンシアの発した第一声がそれだった。同行したイリーナが呆れて一言、
「自分の身体を先に心配しなっての」
「彼の容態なら、相変わらず先が見えんと言うしかないな」迎えたドクタはそう言って、シンシアを手招きした。「他人の心配ができるようなら上等、こっちに来て見せてみい」
「こっちはかすり傷だ」シンシアは意地を張ってみせる。
「聞いたぞ。タロス2機を相手に大立ち回りしたそうじゃないか」ドクタは含み笑いを一つ、「無事に動けるだけでも充分に常識を外れとる。見たところ、脚を少しやられとるようだな」
 見抜かれたシンシアが押し黙る。ドクタは手招き一つ、「宇宙服を脱いで見せてみい。打撲や捻挫の一つもないわけではなかろう」

〈士官食堂、クリア!〉入り口に張り付いていた陸戦隊員、その2人目をねじ伏せたキリシマ少尉が声を上げた。〈制圧2、損害ゼロ!〉
 食堂内には丸腰の士官が5名。
『ここの最先任は?』問いを投げてキリシマ少尉。
「私だ」見るからに実直そうな、宇宙船乗り然とした中年の大尉が名乗り出た。「ブリッジス大尉だ。航海副長を務めている」
「失礼、キリシマ少尉と申します」ヴァイザを開いて敬礼一つ、キリシマ少尉は言を継ぐ。「この艦の指揮をお願いしたい」
「願ってもない……と言いたいところだが、」ブリッジス大尉が苦り切った顔で応じた。「恐らくまともに機能させるには人員が足るまい?」
「先に曹士食堂を押さえましたが、」キリシマ少尉も頷きを返して、「解放したのは28名に過ぎません。それに電子戦中枢も破壊されていました」
「では、この艦は動くだけの飾りに過ぎんな」
 解放された味方の数字は乗組員の3割にも満たない。艦を動かすだけならまだしも、本来の機能を発揮するには寡勢に過ぎた。
「それでも第3艦隊の電子戦中枢が陥ちた事実に変わりはありません」だがキリシマ少尉は事実の重みを説く。「艦隊に投降を呼びかけていただくだけでも、意義はありましょう」
「命の恩人の頼みだ、断る理由はない――指揮官にお会いしたいが」
「お連れします。こちらへ」



「ふン、」電子戦艦〝レイモンド〟の電子戦中枢――であった保護殻内――で、後ろ手に拘束されたウェアハム中佐が鼻を鳴らした。「今度は何を訊きに来た?」
「電子戦中枢を破壊した時のことを」第1格納庫から直行、戦闘用宇宙服もそのままに、ヴァイザだけを開けたキースは無重力の保護殻に顔を出すなり告げた。「お前達が破壊キィを回したそうだな」
「だからどうした?」不敵に艦長。「敵に渡すくらいなら壊した方がマシだ。違うかね?」
「その時の様子は?」構わずキースが衝いて問い。「操作卓の表示はどうなってた?」
 その問いに、怪訝の一語を踊らせて2人の顔。眼を見合わせ、眉を踊らせ、次いでウェアハム中佐が答えた。
「規定のシークェンスが走っただけだ。解説が必要かね?」
「奇妙な模様だとか、」キースの問いに淀みはない。「音だとかがなかったか?」
「ないな」艦長が即答。
 そこで、キースが小さく笑った。
「何がおかしい?」ウェアハム中佐が見咎めた。
「そうだな、〝キャス〟も人が悪くなった」そう言ってハッチの外へ振り返る。「オオシマ中尉、こいつらのナヴィゲータは何て言ってる?」
 オオシマ中尉が隣、ギャラガー軍曹と眼を見合わせた。ギャラガー軍曹が2人から取り上げていた携帯端末へ〝キンジィ〟を繋ぐ。
『なるほどね』ギャラガー軍曹の懐から〝キンジィ〟が声を出す。『ナヴィゲータの記憶とは食い違ってるわ。当時はヘインズの言う通りの状態だったみたい』
「そういうことだ」意地の悪い笑みを、キースはオオシマ中尉に向けた。「〝キャス〟のヤツ、こいつらの脳をジャックしたのさ。そうだな――」
 顎に指をやって少しだけ考える。次いでキースは言葉を紡いだ。
「キィワードはこんなところか――〝Black Jack Hacks Dack〟」
「悪いが、」ウェアハム中佐は大袈裟に溜め息をついてみせた。「何のことか理解できんな」
「……なら、こっちだ」キースが片眉を躍らせる。「〝Black Jack Hacks Eric〟」
 途端、ウェアハム中佐の意識が飛んだ――表情がごっそり消え失せる。艦長の顔も同じく色を失った。
「『〝キャス〟よりジャック、またはエリック、あるいはキースへ』」機械さながら、ウェアハム中佐の口から科白が転び出る。「『艦長と電子戦長、2人のナヴィゲータに融合して時を待つ』」
 キースが背後、ロジャーへと投げて声。
「〝ネイ〟の出番だな」

「中尉!」キリシマ少尉がブリッジス大尉を案内した電子戦中枢では、〝キャス〟のサルヴェージ作業が始まっていた。「当艦の最先任士官をお連れしました」
 振り返ったオオシマ中尉が敬礼を決める。「〝ハンマ〟中隊を率いております、オオシマ中尉です。ご協力を頂きたい」
「ブリッジス大尉だ。こちらこそ礼を言わなければならない」敬礼を返してブリッジス大尉。「命の恩人を相手に惜しむものはない――ご覧の有り様なのが残念だが」
 ブリッジス大尉が眼を向けた先、電子戦中枢は保護殻の中身を露わにしている。オオシマ中尉の肩越しにさえ、まともな状態でないのは見て取れた。
「まずは艦隊全艦に降伏勧告を」オオシマ中尉は、ブリッジス大尉の視線を悟った上で告げた。「あらゆる手段を使って呼びかけていただきたい」
「これからどうするつもりかね?」
「連邦兵を解放して回ります」打ち返してオオシマ中尉。「まずは旗艦からですな」
「慈善事業ではなかろう?」探るような眼を、ブリッジス大尉は投げた。
「もちろん」オオシマ中尉は決然と頷きを返す。「艦隊解放の暁には第6艦隊と一戦交えていただきたい」
「……正気かね?」ブリッジス大尉がひそめて眉。
「慈善事業ではないとおっしゃった」言質を取った詐欺師さながら、オオシマ中尉が大尉の眼を覗き込む。「正にその通り。幸い、捕虜には事欠きません。敵にしてもさぞかし撃ちにくい相手でしょうな」
「捕虜交換、」ブリッジス大尉が苦く唸る。「とは考えないのかね?」
「時間がありません」一言の下に斬って捨てて、オオシマ中尉が言を継ぐ。「我々は第6艦隊を突破して、一刻も早く〝サイモン〟に辿り着きたい」
「辿り着いてどうする?」興味を見せてブリッジス大尉。
「ケヴィン・ヘンダーソン大佐の唱える大義――その嘘を暴き、その首を挙げます」
 オオシマ中尉が口にしたのは、今や他ならぬ〝テセウス解放戦線〟を統べる男の名。ブリッジス大尉は思わず喉を鳴らした。
「可能なのかね、そんなことが?」
「それは、」オオシマ中尉は背後を示した。「彼をご覧になればご判断いただけましょう」
「彼、とは?」
 オオシマ中尉が示す先は電子戦中枢の防護殻内、拘束した艦長と電子戦長の前に浮かぶ、引き締まった体躯。振り返った焦茶色の眼は、触れれば切れるかと思われる鋭さをたたえていた。
「キース・ヘインズといいます」オオシマ中尉が説明を加える。「〝クライトン・シティ〟の包囲をほぼ単独で突破して、〝サラディン・ファイル〟を白日の下に晒した男です。そして今また我々を味方に付け、今度は第3艦隊をここまで追い込んだ」
「あの、男が……?」
 只者でないことだけはその眼で知れた。息を呑むブリッジス大尉にオオシマ中尉が付け加える。
「あの男がいなければ何も始まりませんでした。ヘンダーソン大佐の〝叛乱〟も、この艦隊のこの状況も」
「危険、ではないのかね?」
「我々もそう思っていましたよ」オオシマ中尉は片頬に苦笑を乗せた。「その結果がこれです。彼は我々の手をすり抜け、あまつさえ〝テセウス解放戦線〟の虚構を暴いてみせたのです。我々としては、もはや彼に手を貸さざるを得ません。大義を信じるなら、もはやヘンダーソン大佐の首を挙げるしかなくなりました。敵の敵を味方にしてでも――そう、あの男の思う通りに」
「何を、考えているのだ……」ブリッジス大尉の声が揺らぐ。「……その、彼は?」
 電子戦中枢保護殻の中から、キースがブリッジス大尉へ向き直る。焦茶色の瞳で大尉を射すくめ、内壁を蹴って身体を流してくる。
「ヘインズ、」オオシマ中尉が肩越しに問いを投げた。「こちらのブリッジス大尉が訊きたいそうだ、お前が何を考えているのか」
「生き残る、ただそれだけだ」地の底から響いたかと思わせる、その声。「勝手な都合を押し付けて、死ねと言う連中をねじ伏せてな」
「……我々は、」ブリッジス大尉の声がかすむ。「連邦のために死ねと命令される身だ。ならば連邦さえ潰す気でいるのか?」
「必要なら」キースに即答。「俺は連邦に捨てられた。〝テセウス解放戦線〟も勝手な都合で俺と仲間の命を奪いに来た。世界が敵に回るなら、俺はその世界を相手に戦うまでの話だ」
 言葉の綾などでないことは、その眼で知れた。絶望の底を覗いてきたと思わせる眼差し。これまでの戦績がそれを裏付けてもいる。
 そして逆に飛んで問い。
「あんたはどうだ、俺の敵に回るか、味方に付くか?」
 ――逡巡。
 厳密に言えば、この男は〝惑星連邦〟の味方ではない。敵の敵――ただそれだけに過ぎない。しかしその手が白日の下に晒した事実は――連邦とゲリラ、敵と味方の境界をすら陰謀と欺瞞の殻に過ぎないことを暴いてみせた。今や忠誠を誓うべき相手も、それどころか戦うべき相手すら正体は定まらない。
 だがこの男の行動原理は、明解の一語に尽きる――殺しに来る者こそが戦うべき敵、単にそれだけ。
 そして選択はこのまま〝テセウス解放戦線〟に降ってこの男を敵に回すか、この男と共に世界を敵に回してまで戦うか、そのいずれかに思われた――だが、
「……協力しよう」ブリッジス大尉は別の答えを見出した。「私は連邦そのものの平和に生命を捧げると誓った身だ。行政総長の私兵にまで身をやつした覚えはない」
 と、大尉の眼前に差し出されて右の掌。キースは眼を揺らがせもせずに言った。「よろしく頼む」
 ブリッジス大尉はその手を取った。
「ここは任せる」オオシマ中尉はキースの肩を叩いた。「ギャラガー軍曹は置いて行けんが、どの道サルヴェージには時間が要るだろう。我々は旗艦と強襲揚陸艦の制圧を急ぐ。お前とエドワーズは眼付け役も兼ねて残れ」
「助かる」キースは小さく頷いた。

〈〝スレッジ・ハンマ〟、離脱する!〉
 電子戦艦〝レイモンド〟舷側から4隻の短艇が離脱した。ごく近距離に相対停止したミサイル艇〝カヴール〟へ向けて舵を取る。次いでオオシマ中尉を乗せた短艇が第1飛行甲板から離脱した。こちらは〝イェンセン〟へ。わずかに遅れて〝クロー・ハンマ〟が続く。
 後を追うように〝レイモンド〟から発光信号。第3艦隊全艦へ向けて、投降を促すメッセージが飛ぶ。曰く、『〝イーストウッド〟所属の陸戦隊はことごとく〝ハンマ〟中隊に敗北した。この期に及んでの抵抗は虚しい。この場はいたずらに犠牲者を増やすことなく投降せよ』――。

〈第6艦隊に噴射炎!〉〝シュタインベルク〟の戦闘指揮所にナヴィゲータの声が上がった。
〈数は!?〉艦長席のデミル少佐から問いが飛ぶ。
〈増えてます!〉返して索敵士。〈2、3……!〉
〈メイン・モニタに回せ!〉
 メイン・モニタの映像が切り替わる。第6艦隊を望遠で捉えた粗い画像の中、時折小さな光が現れる。
〈小型ですね〉デミル少佐のナヴィゲータが映像を解析して判じる。〈しかも直列に発進しているようです。宇宙空母からの戦闘機では?〉
〈くそ、〉デミル少佐が歯噛みする。〈動き出したか……!〉
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