19-8.混戦

文字数 5,548文字

『〝トリプルA〟、』シンシアが気配を察する。『何考えてる?』
『第6艦隊の裏コード』〝トリプルA〟は悪童さながら、『君達が第0601航宙隊から手に入れたものがあるはずだね?』
『あるけどよ、』片眉を踊らせてシンシア。『〝キャサリン〟の仕掛けかもしれねェヤツだぜ?』
『その〝キャサリン〟が出てこなかったら、』〝トリプルA〟の声に悪い笑み。『止められる心配はないんじゃないかな?』
『どっちにしろ、』シンシアが唇を舌で湿らせる。『こっちも急いだ方がよさそうだ』
『なら軌道計算が要らないか?』背後からヒューイ。
『〝ミア〟を』シンシアが通信機へ指。『〝オーベルト〟から呼ぶ』
『なら〝カロン〟も呼んでおこうか』冷静に〝トリプルA〟が声一つ。『ヒューイの傷で無理は利くもんじゃないからね。僕はお先に』

 ――力技かよ、面倒な。
 あきれ半分、〝イーサ〟がひそめて気配。
 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟通信スタジオ横、調整室。その回線ことごとくに敵電子戦艦〝トーヴァルズ〟の監視が割り込んでくる。今しも第2カメラからの予備回線までが洗われ始め、マリィの現状を伝える介入経路は急速に狭められつつある。
 ――こっちから電子戦艦に乗り込んでやりてェぜ。
 討って出たいのはやまやまではある。だが〝ウィル〟をエアロックのマリィに張り付かせている以上、中継データを守り得るのは〝イーサ〟をおいて他にない。
 ――しゃァねェ、今はこいつで我慢しといてやる。
 〝イーサ〟が撒いてプローブ・プログラム、ただし特製の分割データ群を載せておく。
 ――さて。ここまで大っぴらに探りを入れやがるってことは、だ。
 〝イーサ〟は悪い笑みを漂わせ――、
 ――悪戯の一つや二つ、仕掛けたって判りゃしねェよ、なァ?

〈生存信号!?〉クィネル大尉の声に疑問符。〈〝クラリス〟が!?
 電子戦艦〝トーヴァルズ〟戦闘指揮所、解析を進めるウィンドウ群。その一つにメッセージが強調表示。
 いわく――『SOS from 〝Claris〟(SOS 〝クラリス〟ヨリ)』。
〈無事だったか〉背後からカッスラー大佐。〈帰還させるか?〉
〈いずれにせよ、〉クィネル大尉は肩越しに頷き、〈支援が要るはずです。接触を〉
〈許可する〉カッスラー大佐も頷き一つ、〈敵の手がかり、何より経験、今は喉から手の出る宝だ〉

〈くそッ!〉フォーク軍曹が壁の端末へかじり付く。〈たった今〝K.H.〟が突っ込んだ!!
〈捕捉してる〉端末越しにギャラガー軍曹。〈いま増援を向かわせてる。保たせろ!〉
 そこへガードナー少佐が割り込んだ。〈こちらガードナー少佐、この艦を動かすまで何分要る!?
〈まだ乗組員も解放してない〉端末の向こうからオオシマ中尉。〈動かすだけならまだしも……〉
〈〝ゴダード〟に!〉語尾を断ち切りガードナー少佐。〈接舷できんでは意味がない! ミス・ホワイトの命が要らんのか!?
〈いい考えが?〉オオシマ中尉から問い。
〈揚陸ポッドだ! 敵の!〉断言、ガードナー少佐。〈私が操縦する!!
〈単基で?〉オオシマ中尉が片眉を踊らせた。
〈大事なのは〝オサナイ〟か、〉ガードナー少佐が畳みかけ、〈それともミス・ホワイトか!?

 散る。火花。さらに散る。
 ロジャーの視界、タロスの腕が――ブレる。着弾。なおブレる。
〈キースか!〉
 牽制。ロジャー。9ミリ弾。撃つ。陸戦隊の一人をかすめ――、
 反撃。殺到。衝撃弾――の、狙いが逸れる。タロスに火花。キースから着弾。着弾。着弾。
 隙と見た。手を腰、閃光衝撃手榴弾へ。抜く。ベルトに結んだ安全ピンが、外れる、手応え――、
 投げ付ける。タロスのすぐ側、壁に撥ね――、
〈伏せろ!〉
 身を投げる。壁へロジャー。張り付く。カウント。ゼロが迫り――、
 弾けた。白光。衝撃。抜ける――。
 眼を上げる。ロジャー。陸戦隊へ――と。
 陰から、タロスが――もう1機。

「ミス・マリィ!」ハーマン上等兵がマリィを軽く揺さぶる。「動けますか!?
「……ええ……」マリィが荒い息の中から、「……何とか……」
「ハリス中佐と合流しましょう!」ハーマン上等兵はマリィの眼を見据えつつ、「〝放送〟を盾に取ります! 肩を!!
 ハーマン上等兵が右肩を貸し、低重力からマリィの身を起こす。
「……エリックは……?」マリィが背後、眼を第1格納庫へ。
「格納庫へ抜けるのは、」ハーマン上等兵が応じて、「まだ危険です。ハリス中佐に考えが」
「……そうね、ごめんなさい……」マリィが眼を正面へ――と。「……ちょっと、待って……! まだ敵に回る人が!?
「そうです」ハーマン上等兵は半ばマリィを抱えつつ、「ですから急いで! 次はいつ仕掛けてくるか!!

〈〝クラリス〟、応答しろ〉クィネル大尉がデータ・リンクへ、〈回収する。手が要るか?〉
 〝トーヴァルズ〟戦闘指揮所へ声が返る。
〈こちら〝クラリス〟、〝セーフ・ポイント589〟より発信中。パッケージ〝P-S〟の使用許可を〉
〈パッケージ〝P-S〟?〉カッスラー大佐が踊らせて眉。〈この艦のマシン・パワーを注ぎ込む気か、〝クラリス〟?〉
〈敵ナヴィゲータと交戦しました〉応じて〝クラリス〟。〈〝放送〟への介入を排除するに、私の経験データが活きると判断します〉
 問う眼がクィネル大尉から。
 カッスラー大佐の視覚、チャンネル001の一角を占めてマリィの姿――エアロック内、今しも出口を向いたところ。
〈許可する〉判断、カッスラー大佐。〈敵の〝放送〟を乗っ取ってやれ〉

『何だろうね、これは』〝トリプルA〟に怪訝の色。『いくら裏コードでもチョロ過ぎやしないかい?』
 電子戦艦〝トーヴァルズ〟、管制機能のその一角。具体的にはレーザ通信機の一機、艦載機遠隔メンテナンス用回路。
『妙だな』〝トリプルA〟は単機能プローブ・プログラムをゴミ・データに偽装して放ちつつ、『艦内のスウィープが、止まってる……?』
 切り替えた。〝トリプルA〟は管制機能の一角に取り付き――、
『封止中? いや……』プロセッサの稼働率を認識、『……マシン・パワーを――集中させてる?』

〈トラップ発動!〉ギャラガー軍曹の視覚、艦内マップに警戒色。〈敵の端末を灼きました! ハッチD-2!!
〈来たか!〉オオシマ中尉も艦内マップへ意識を向ける。〈〝ウォー・チャーリィ〟は!?
〈あと――3秒!〉

〈よけろロジャー!〉キースが壁からP45。
 将星の先。視線の末。2機目のタロス。右肩。砲口。それがロジャーへ――、
 発砲。キース。集弾。火花が、砲身の――中へ。
 動いた。タロス。右肩、砲口が動く――キースへ。
 跳び起きる。壁を蹴る。横へ。そこへタロス。撃発。壁を打つ。
 跳ねる黒。それが波。質量を伴い散り拡がる。
〈よけろキース!〉ロジャーの声がキースへ届く。〈軟体散弾だ!!
 銃撃。ロジャー。9ミリ弾。集弾。タロス、右肩、砲身駆動部。散る火花。
 止まる。タロス。不意にロジャーへ右の腕、大出力レーザを向け――、
 逸れた。砲口。キースが転進、壁を蹴る。敵頭上――から一撃。命中。右肩口。なお連射しつつ回り込む。左側背。迫る。至近――そこへ。
 振るう。タロス。左腕――を。
 掴む。キース。身を下へ。くぐる。抜ける。手に取る――閃光衝撃手榴弾。ねじ込む。関節。腰の間隙。
 蹴った。キース。タロスの脇腹――から横へ。壁をなお横へ。
 背後。ロジャー。銃弾。なお火花。敵意を引く。
〈伏せろロジャー!〉言い置きキースが壁面へ。立ちかけた殺気がふと惑い――、
 炸裂――。
 光。音響。衝撃波。その源、タロスの腰部を圧が打つ。
 装甲に隙。関節を動かすがゆえの背反。ゆえに圧は隙を抜け、直に操縦士の肉体へ――、
 耳に絶叫。迸る。タロスのスピーカ、割れた声。苦悶の響きが耳を刺す。
 起きる。キース。引き返す。壁へと跳ねたタロスへ向かう。
 そこでアラーム、耳へと届く。
 左前腕。モニタに明滅。文字列。告げる。その言葉。
 ――Black Jack Hacks Eric。

 爆圧。押される。姿勢が乱れる。
 宙を低く〝ウォー・エコー1〟――はすぐさま着地。立て直す。
 背後へ一瞥。吹き飛ばされた者はない。手信号。前進。重なる遅れを、意識しながら。

〈マシン・パワー集中!〉カッスラー大佐が声を上げた。〈パッケージ〝P-S〟!〉
 〝トーヴァルズ〟戦闘指揮所、モニタの表示が大きく変わる。一部タスクにマシン・パワーが流れ込み、使用率グラフがかち上がる。
〈通信帯域確保!〉クィネル大尉が飛ばして指示。〈パッケージ〝P-S〟、〝クラリス〟へロード!〉
〈通信確立――全帯域!〉オペレータが確認、データ・リンクの通信帯域が一本化。〈トリガを〝クラリス〟へ!〉
〈確認!〉クィネル大尉が片頬を吊り上げ、〈さあ〝クラリス〟、ぶちのめせ!〉

 最外周通路へ出る曲がり角、〝ウォー・チャーリィ1〟ことシーモア軍曹が手前の壁際へ。
 手鏡を覗かせる。タロス2機を盾に、前後の隔壁ハッチへ向かう陸戦隊員。その数5。
 敵の狙いが透けて見える。思わず舌打ち。隔壁の陰、ハッチ横――つまりは操作端末。前後に2箇所。
 シーモア軍曹は舌打ち一つ、腰の閃光衝撃手榴弾を抜き――安全ピンの外れる感触を確かめる。
 3秒――LAR115ソーン、電力残量へ眼。
 2秒――手首の閃光衝撃手榴弾、溜めてバネ。追い付いて2人。手信号。指2本。
 1秒――投擲。追い付く。もう2人。揃った。5人。待ち構え――、
 ゼロ。光。爆圧。衝撃波――が。
 抜けた。飛び出す。視覚にタロス――のその向こう。歩兵。一撃。背に炸裂。酸素パックが弾け飛ぶ。
〈敵襲!〉タロスがスピーカ越しに声。
 その奥。〝ウォー・デルタ1〟。その姿勢――が。
 乱れる。撃たれた。その意味するところ――。
〈急げ!!
 吼える。タロス。もう一機。気密ハッチをその身で覆い、〝ウォー・デルタ〟からの射線を阻む。その結果。
〈発動!〉隔壁の陰、鋭く敵の声。〈クラッシャ発動!!
 直後――。
 視覚へウィンドウ。多数。白く『接続:無線通信』――ということは。
 気付く。舌打ち。シーモア軍曹。〈妨害波が!!

 囮の反応が、〝ネイ〟の感覚から掻き消えた。
 ――!
 潜る。一も二もない。通信バッファ領域へ。
 間一髪、最第3艦隊優先コードに乗ってタスク報告コマンドが飛んでくる。それまで位置していた主記憶領域に穴が空く。
 ここまで確かめたなら、あとは振り返るまでもない――どころか、未練を残せばその瞬間に手繰られる。尻に帆かけて逃げを打つ。
 指揮中枢から辿る。電源系。電流制御プロセッサ。中央送電系を避けて非常系電源網を縫い、区画D-4、接舷ハッチ、エアロック操作端末へ――と。
 ――いる!?
 端末のプロセッサ負荷率、わずかに高い。タスク報告コマンドが動いていたら――、
 探る。周辺。無線中継端末。プロセッサ負荷率、その意味するところ――。
 ――戻れない!?

 メイン・モニタ、〝ネイ〟の制御を示すウィンドウが掻き消えた。
〈〝ネイ〟!?〉オオシマ中尉から問い――が空を切る。
 〝オサナイ〟戦闘指揮所、メイン・モニタに赤く大書き――『受信:第3艦隊最優先コード』。隣、艦内中継中枢のタスク・リストが――書き換わる。そこへメッセージがポップ・アップ。『接続:無線通信』、その下に中継局の名が並ぶ。増加。スクロール。
〈〝キャサリン〟の仕込みか!〉舌打ち、オオシマ中尉が次いで歯を軋らせる。〈ということは――くそ、来るぞ! 〝ウォー・ハンマ〟! 携帯端末データ・リンク解放!!

 プローブ群から警告――一斉。
 〝ウィル〟が警戒――するまでもなく。
 消えた。プローブ。力技。介入の爪跡も生のまま。まとめて強引、検索跡。
 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、船務中枢。力づくの索敵は〝ウィル〟の潜んだ記憶領域へも及ぶ。
 ――正気か?
 〝ウィル〟が訝る間にも、敵の走査がプローブ・プログラムを掃いていく。
 いずれ放置すれば索敵手段は奪われる。だがこの力押し、敵は自ら居場所を吐いたに等しい。事実その探査信号源、消えゆくプローブが指し示す先――艦内、索敵中枢。
 ――まずい!
 未だマリィはエアロック――ハーマン上等兵の肩を借り、出口へ向き直ったにすぎない。つまりマリィをものにするなら、敵はエアロックを狙ってくるのがまず常道。そして――、
 ――つまり……!
 そして――エアロックの管理権限は、船務中枢の下にある。
 ――連中の狙いはここ、ってわけか……!

 キースの眼前、タロスが脱力。その自動制御が噴いてスラスタ、機体が惰性を殺しにかかり――、
 P45の弾倉を換えるキースの視覚へウィンドウ。多数。白く示して『接続:無線通信』――その示す意味。
〈やられたか……!〉
 艦内の妨害波が途絶えたということは、〝オサナイ〟の制御を盗られた――その証左に他ならない。
〈ロジャー、急ぐぞ!〉
 捉える。キース。タロスの胴。盾にしながらしがみ付く。ケーブルを引き出しタロスの脇腹、緊急救助端末へ。
 接舷ハッチのその向こう、敵に動き。
 閃光衝撃手榴弾がこじ開ける隙は、せいぜい数秒がいいところ。我を取り戻し、キースの姿をタロス越しに認めれば、鍛えた反応は遅くない。銃口。動く。束になる。
 そこへ火線、ロジャーから。接舷ハッチに横から散らして火花、敵の意を引き間を稼ぐ。
 キースの視界、その一角。ウィンドウに『Black Jack Hacks Eric』、知るのはキースともう1人。
 繋ぐ。ケーブル。救助端末。データ通信、作動灯が――明滅。
〈〝キャス〟!〉
 反応。タロス。ハッチが開く――がその向こう。
 見えた。タロス。2機目が噴射、迫りくる。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み