19-13.伏流

文字数 4,462文字

 ――ようやく、だな。
 〝イーサ〟に届いて監視映像、通信スタジオ前、マリィの姿。
 ――敵の〝家捜し〟は、と……。
 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟各所に仕込んだプローブは、ここ10秒ばかり断末魔を伝えてこない。つまり――、
 ――敵もトラブルの真っ只中、だといいがな。
 とは言え長く続くとも期待せず、〝イーサ〟はプローブを準備。データ送出経路の自動生成プログラムとクラッシャを組み合わせ、断片化させ――る、その前に。
 ――そうそう、こういう〝悪戯〟もアリだよなァ?

〈中継機の反応は!?〉〝トーヴァルズ〟電子戦指揮所、カッスラー大佐が問いを飛ばす。
〈厄介です!〉オペレータの声に焦燥。〈グリーンの信号を!!
 サブ・モニタにネットワーク図、艦内全域の中継機を染めて一色――緑。
『最優先コードを?』テキスト・メッセージ、クィネル大尉から。
『それが、』カッスラー大佐が打ち返す。『敵の狙いだったら?』
『安心しました』クィネル大尉からまた文字列。『第3艦隊の教訓もあります』
 皮肉の息が鼻から抜けた。釘を刺したところで代案が湧くなら苦労はない。
 と、そこへクィネル大尉から声。〈電源系ネットワークを!〉
〈中継機を?〉カッスラー大佐が眉を踊らせ、〈いや――直接演算! 中継機をスキップ!〉
 そこでカッスラー大佐から艦長へ眼配せ、〈艦長、よろしいな?〉
 艦長から――頷き、と苦笑。
〈よし!〉カッスラー大佐が声を向け直す。〈送電中枢、周波数変調!!

 チャンネル001、ヘンダーソン大佐が視点をカメラから――宙へ。
〈何かやる気か〉キースが眼を細め――たその視界へ。
 テキスト表示。『〝キャス〟より。対策コード立案完了。それから対応ファームウェア作成も』
 応じて指、キースが宙にコマンド動作、最小限。筋電位がセンサを介してコマンド受領、指に再現――ヴァーチャル・キィボード。打鍵の感触を確かめつつ文字入力。『オオシマ中尉へメッセージと対応ファーム送信、携帯端末ネットワーク経由。文面は〝対策立案完了、友軍全艦へ展開用意。隠密裡〟』
『なにトロいことぶっこいてんのよ?』〝キャス〟が即応、テキスト表示。『艦内中継機、制圧進行中。秘匿回線仕込んでるけど、プロセッサの負荷ちょろまかすのだってタダじゃないんだからね!?
『バレると面倒だ』キースがなお打鍵、『タイミングを捉えて一斉にやる』
『ああそう。で、』〝キャス〟がデータ転送バーに並べてテキスト表示。『〝友軍全艦へ〟、ってネクロマンサから? 〝ハンマ〟中隊の短艇から? まさかこの艦からとか言わないでしょうね?』
『全部だ』キースが打ち返す。『手も尽くさずに勝てる相手か』
『はいはい、そうだったわね』〝キャス〟から文字列、皮肉が滲む。『野暮で失礼。で、労力は?』
 キースが即答。『〝ハンマ〟中隊の手を借りる』
 〝キャス〟が即応、『電子戦班の?』
 キースが即答。『物理の〝手〟もだ』
『ああそう』〝キャス〟が打ち返し、『で、艦隊はママの偽装も警戒するわよね。どうすんのよ?』

〈来た!〉オオシマ中尉が呟きに力。
 視界、〝オサナイ〟艦橋の光景に重ねてテキスト表示――『対策立案完了、第3艦隊友軍全艦へ展開用意、隠密裡』。わずかに遅れて『データ受信、転送経路確認:〝ジュディ〟より』。
〈ヘインズから?〉問う端からギャラガー軍曹の視覚へ、『データ受信中』のシステム通知――に添えて、さらにキースからのテキスト・メッセージ。
 その向こう、オオシマ中尉がデータ・リンクへ指示を飛ばす。〈〝ハンマ〟中隊各員へ、こちら〝ハンマ・ヘッド〟!〉
 言う端から、ギャラガー軍曹の視覚へ表示――『データ受信中:携帯端末ネットワーク』。
〈最優先コードの対策ファームを展開! 携帯端末ネットワーク使用! これより艦内ネットワーク中継機、個別制圧、用意! 手動操作! 合図を待て!〉
 一呼吸、オオシマ中尉が眼をギャラガー軍曹へ。
〈〝友軍〟全艦へ、ってのは――まあそうでしょうな〉ギャラガー軍曹が操作卓のシートだけを軋らせる。〈〝友軍〟ったって3艦なら、個別にレーザ通信で、ってことでしょう〉
〈我々の短艇かミサイル艇、か〉オオシマ中尉が一拍、〈この艦自体は?〉
〈対策ツールの展開に?〉ギャラガー軍曹が眉を一つ踊らせて、〈レーザ通信機がどうかって話も〉
〈以後のデータ・リンクにも響く〉オオシマ中尉が衝き込む。〈ダメージは?〉
〈馬鹿にならんでしょう〉ギャラガー軍曹は操作卓を小突きつつ、〈今はこいつがだんまりなんで、〝キンジィ〟の簡易シミュレーションで出しますが〉
 携帯端末ネットワーク経由、オオシマ中尉の視覚へウィンドウ。〝オサナイ〟表面、レーザ通信機の状態マップ――赤が半ばを大きく越える。そこからコピィが分裂――してズーム・アウト、静止衛星軌道、宇宙港〝サイモン〟から〝クライトン〟近傍までを収めて止まる。その上に味方を示す緑の輝点が3。さらに〝オサナイ〟から末広がりに半透明の円錐、黄緑――それが複数。立ち上がったタグが示して『射界:レーザ通信機』。
〈ご覧の通り、〉ギャラガー軍曹が苦く添えて、〈敵味方のスウィープにやられてこのザマです〉
 レーザ通信機が射界に収めているのは、第3艦隊ではただ一艦――近傍、〝シュタインベルク〟。

「銃をこちらへ」
 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、通信スタジオ前。警衛の陸戦隊員が、気密ハッチ横からハリス中佐へ示して手。
「先に撃っておいて?」冷たく低い声一つ、ハリス中佐がライアット・ガンを腰だめに。「わきまえた上での要求か?」
 惑い――が、陸戦隊員の手に乗った。ハリス中佐が鋭く眼線――ヴァイザ越し、陸戦隊員に揺らぎが兆す。
『通信スタジオ入り口へ、』そこへスピーカから声。『こちらヘンダーソン大佐。ハリス中佐の武装を許可する』
 眼線そのまま、ハリス中佐が傾げて小首。陸戦隊員が示して掌、やや退がる。
「それだけ?」凝視を投げつつマリィが一言。「私達は?」
『ああ、』ヘンダーソン大佐の声が素知らぬ色で、『ミス・ホワイトとカーシュナー上等兵も。ただしこちらも陸戦隊は展開する。ご承知おきいただこうか』
「その陸戦隊、」ハリス中佐が、衝く。「先ほど発砲した人員を、です。まさか残してはおりますまいな?」
『その〝発砲〟とやらについても、』ヘンダーソン大佐はあくまで涼しく、『双方の見解が噛み合わんではな。それに先の漏水警報、あれが意味することに気付かんではあるまい?』
「閉じ込められている、とおっしゃる」ハリス中佐は声をより低めて、「ですが通常弾なら、通気筒ごときは楽に撃ち抜けますな」
『ならば私を盾にするかね?』笑みさえ含んでヘンダーソン大佐。『立ち位置を選べばいい。今ではチャンネル001に小細工を仕掛けてもいるだろう。それとも、今さら〝放送〟するに不都合でも?』

〈ボヌール上等兵〉カリョ少尉の声が聴覚へ。〈ハリス中佐が怒り心頭のようだ。状況を〉
〈にっちもさっちも〉暗い通気筒内部からボヌール上等兵が高速言語、〈さっきの漏水警報で通気口を塞がれてます。出られりゃ苦労しませんよ〉
〈だろうな〉聴覚、カリョ少尉が洩らして苦笑。〈ヘンダーソン大佐もその認識だ。ただしそのハリス中佐が通信スタジオヘ入る。我が物顔にさせておく気はない〉
〈そりゃどうも〉ボヌール上等兵が小首を傾げて、〈こっちは視界もほぼ塞がれてます。現場の出歯亀なら、9ミリの弾痕より監視カメラの方が〉
〈それは承知している〉即応、カリョ少尉。〈制圧は可能か?〉
〈まさかこの状態から、ってわけでもないでしょう〉ボヌール上等兵は小さく舌なめずり、〈何か手が?〉
〈監視カメラ複数から位置を割り出す〉
 そこでボヌール上等兵の視覚へウィンドウ、監視カメラ映像群から通信スタジオの三次元マップが構築されていく。
〈こっちの射線は?〉笑みを意識しつつボヌール上等兵。
〈ヘルメットのセンサ映像から弾道を算出する〉カリョ少尉の言に合わせてウィンドウがもう一つ。〈レーザ・サイトで狙点を出せ〉
 新たなウィンドウにも三次元マップ、構築中。こちらは通気筒内部と知れる。ボヌール上等兵が軽く引き鉄、可視光レーザを一瞬だけ内壁へ。
〈それって、精度に期待してます?〉
〈手札は自分で揃えるものだ。使い道は考える〉カリョ少尉の言葉につれ、三次元マップに輝線。〈もっとサンプルを。レーザ・サイトの照射を増やせ〉

〈つまり敵味方、〉オオシマ中尉が歯を軋らせる。〈どちらかに向いていたレーザ通信機は――〉
 視覚の〝オサナイ〟表面図、半ば以上の赤が点滅。
〈イコール艦砲の射界内、〉ギャラガー軍曹が掌を上へ。〈つまりは灼かれてるってわけです〉
〈姿勢制御で――〉そこでオオシマ中尉が口を曲げる。〈いや、いずれにせよ一筋縄ではいかんか。が――〉
〈『が』、盗りにいくと〉ギャラガー軍曹が頷き一つ、〈しかも今から〉
〈そういうことだ〉オオシマ中尉の右手がギャラガー軍曹の肩を叩く。〈手札は多いに限る。ヘインズへメッセージ、〝ネクロマンサのレーザ通信を確保。〝ハンマ〟中隊は短艇およびミサイル艇の回線を確保、並行してレーザ通信機の制圧を続行する〟〉
 ギャラガー軍曹の頷きを横眼に、オオシマ中尉が声を携帯端末データ・リンクへ。〈〝ハンマ〟中隊係幹部へ、こちら〝ハンマ・ヘッド〟! これよりレーザ通信機、個別制圧! 手動操作!〉

「断片的な手がかりを掘り返して、繋ぎ合わせて、って仕事なわけだ」バカラック大尉が頷き一つ、「地道だが、分散処理に利のある話だな。そこで考えてみるわけだ」
 軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室、バカラック大尉が指を――チャンネル035へ。「〝K.H.〟が解析なり処理なりを望むとして、何をか、ってな」

『さて、』チャンネル001、ヘンダーソン大佐の眼線がカメラへ。『到着したようだ――要となる人物が』

「チャンネル001?」ドレイファス軍曹が、親指をヘンダーソン大佐のバスト・アップへ。

『〝余計な色〟を、』キースがチャンネル035から棘。『付けようなどと考えないことだな』

「だろうよ」バカラック大尉が指を一本立てて、「つまりこっちで〝裏口〟をこじ開けてやる、って手もある」

『もちろん、』顔色も涼しく、ヘンダーソン大佐は掌を向け――カメラの背後へ。『そちらも〝監視〟しての通りだが?』
 その掌の示す先――を捉えて監視カメラ、その映像がポップ・アップ。通信スタジオ出入口、気密ハッチが開く、その向こう――にハリス中佐。その背後に後方を警戒するハーマン上等兵、二人に守られる形で――マリィ。

 バカラック大尉の指が、チャンネル001――副映像上のマリィへ。

 映像の端、3人へ向けてカメラの一基、鼻先を巡らせ――、
 切り替わる。チャンネル001、主映像――ハリス中佐の肩越し、マリィの険しい細面。

「こっちで、ですか?」ドレイファス軍曹が片眉を跳ね上げ――指をやはりチャンネル001へ。「あれ、配信局使ってましたっけ?」
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