19-14.結節

文字数 5,292文字

〈送電中枢に!? 通信の機能を!?
 電子戦艦〝トーヴァルズ〟戦闘指揮所、船務長席の大尉から苦い声。送電中枢を呼び出し――かけて、〈ああくそ! 聞き耳が!〉
〈確か、〉クィネル大尉が声をひそめて、〈送電担当班長の趣味が〉
〈趣味は趣味!〉ぶった切りに船務長が歯を剥いた。〈職務は職務! 第一セキュリティの問題は!?
〈追求はせん〉カッスラー大佐の声が割り込む。〈予定外の手札だ、文句はない〉
〈具申します!〉そこへクィネル大尉が声。〈携帯端末ネットワークも〉
〈〝裏口〟の心配は!?〉噛み付いて船務長。
〈だからだよ〉クィネル大尉が涼しい顔で、〈並列化しときゃ、敵の手間も増えるだろ〉
 睨み合い――も一拍、船務長が声をデータ・リンクへ。〈フォッケ中尉! フォッ……ああくそ!〉
〈そりゃそうか、〉クィネル大尉から苦笑い。〈帯域がこれじゃな〉
〈笑いごとか!〉鼻息一つ、船務長はシート・ベルトを外しつつある。〈引き抜きなら断るぞ。うちは托卵の巣じゃないからな!〉

『メッセージ:ギャラガー軍曹よりヘインズへ』キースの視界、マリィの険しい細面――の斜め上へとテキスト表示。『ネクロマンサのレーザ通信を確保。〝ハンマ〟中隊は短艇およびミサイル艇の回線を確保、並行してレーザ通信機の制圧を続行する』。
 キースが表情を抑えて打鍵、『〝キャス〟、〝ネクロマンサ000〟だ。アクティヴ・ステルス同期権限、こいつで対策ツールを強制送信』
『ああ、その手ね』皮肉混じりに即応、〝キャス〟がキースの視覚へリストを表示。『まだ同期設定さえ解除してなきゃ、確かにぶち込める道理だわ』
 リストには第3艦隊、データ・リンクの優先度設定。『救難信号』すら第2位に差し置き、『アクティヴ・ステルス同期権限』は最上位。
 敵からの最優先コードを第3艦隊の味方が警戒するのは当然――だがその警戒をもすり抜けて、対策ツールでセキュリティを書き換えることになる。
『ま、敵に気付かれたら面倒だけど』〝キャス〟が続けてテキスト、『第6艦隊の陸戦隊が最優先コード書き換えたんでしょ? ならネクロマンサの〝裏口〟くらい、ママがバラしてて当然よね?』
 元はといえばネクロマンサの所属は第6艦隊、悟られて得は何もない。
『なら、』キースが打ち返し、『艦内ネットワークには繋ぐな』
『当然でしょ』〝キャス〟から即答。『ママが侵入しといて〝裏口〟を追加してないとか、寝言だったら墓から言って』
『それから、』キースが続ける。『こっちの最優先コードも、いつまで保つか保証はない』
『でしょうね』〝キャス〟は即答。『仕掛ける?』
『〝ゴダード〟へ付けろ』キースが単刀直入、『最優先コード発動と同時に、〝オサナイ〟で』
『言うのは簡単よね』返して〝キャス〟。『細かい希望はこの際なしよ。移乗も短艇とかネクロマンサとかで適当にやって』
『オオシマ中尉とギャラガー軍曹へ返信』キースが打鍵、『〝第3艦隊の回線開放には〝ネクロマンサ000〟、アクティヴ・ステルス同期権限を使用。携帯端末ネットワークのみ経由、優先順位を最上位へ。奪還と同時に〝オサナイ〟を操艦、〝ゴダード〟へ寄せる。短艇とネクロマンサで移乗。突入用意〟』

〈カリョ少尉、〉クロード・ナセリ伍長が深い美声をデータ・リンクへ。〈制圧指示を〉
 ナセリ伍長の視線は傍ら、ハリス中佐へ据えたまま。
〈まだだ〉カリョ少尉の声に沈着の色。〈まだ敵の中継映像が制圧できん。第1分隊B班は現状維持、ヘンダーソン大佐の安全を確保。最優先〉
 視覚、監視映像の一角へ――ハリス中佐のライアット・ガンへ、ナセリ伍長は意識を向ける。〈難題ですよ?〉
〈承知の上だ〉カリョ少尉が声をわずかに苦らせて、〈手は尽くす〉

〈そう来たか〉ギャラガー軍曹が片頬で笑む。〈中尉、ヘインズから返信です〉
 視覚にキースからの返信テキストが重なる。
『〝第3艦隊の回線開放には〝ネクロマンサ000〟、アクティヴ・ステルス同期権限を使用。携帯端末ネットワークのみ経由、優先順位を最上位へ。奪還と同時に〝オサナイ〟を操艦、〝ゴダード〟へ寄せる。短艇とネクロマンサで移乗。突入用意〟』
〈確認した〉オオシマ中尉の声に苦笑が混じる。〈眼の付けどころとしては悪くない――まあ万全ともいかんが〉
〈〝キンジィ〝、〉ギャラガー軍曹は頷きつつ、〈携帯端末ネットワーク、優先順位変更。ヘインズの通信を最上位へ〉
 と、ギャラガー軍曹の視覚へウィンドウがポップ・アップ。優先順位リストを突き抜けて『ヘインズ=〝ネクロマンサ000〟』が最上位へ。
〈いたちごっこ、〉ギャラガー軍曹は肩をすくめて、〈まあ仕掛けたのはこちらですがね〉
〈そういうことだ〉オオシマ中尉の指先がギャラガー軍曹の肩で踊る。〈揺らがん舞台では仕掛け甲斐もない。ヘインズへ送信、〝携帯端末ネットワーク、優先順位設定完了。艦内ネットワーク制圧準備中。以下提案。〝ネクロマンサ000〟のアクティヴ・ステルス同期権限、必要に応じて中継する。留意せよ〟〉
 ギャラガー軍曹が肩越し、親指一本を立ててみせる。
〈〝ハンマ〟中隊総員!〉オオシマ中尉がデータ・リンクへ、〈こちらオオシマ中尉。移乗および突入用意! 短艇使用!!

〈〝ホリィ〟、〉ドレイファス軍曹が操作卓へ向き直る。〈〝テルプシコレー〟の稼働状況を〉
 軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室。主任オペレータ用操作卓上、モニタの一角で状態表示ウィンドウが自己主張。〝テルプシコレー・モジュール〟――その名に添えて輝点の配列、黄緑が不規則に点滅中。
〈検証用タスクを全シャット・ダウン〉ナヴィゲータ〝ホリィ〟が応じて視界へウィンドウを展開、複数。〈コマンド発行――進行中〉
 ウィンドウの一つがポップ・アップ、〝テルプシコレー・モジュール〟の検証用タスク・リスト。居並ぶその行頭、赤の点滅が――染める。

『そこまでだ』第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、通信スタジオのモニタ越し――キースの声が刺して釘。『陸戦隊を下げろ。通信スタジオに入れるな』
「『下げろ』、とは?」メイン・カメラ前、ヘンダーソン大佐はスタジオ入り口――マリィへ眼を向けたまま、「ミス・ホワイトの身を守るに、陸戦隊が邪魔になるとでも?」
「その陸戦隊で!」
 マリィの眼前、ハリス中佐がライアット・ガン。銃口をヘンダーソン大佐へ。周囲、陸戦隊の面々が囲む。銃口。ハリス中佐へ。
「ミス・ホワイトの、抹殺を図ったのは――」ハリス中佐は動じたとも見せず、「――誰、でしたかな?」

 舌打ち――を呑みつつ、ナセリ伍長は意識を眼前、P45コマンドーの将星越し、ハリス中佐へ。〈カリョ少尉!〉
〈まだだ!〉聴覚へカリョ少尉。〈まだ撃つな。ヘンダーソン大佐の指示を待て〉
 歯軋り一つ、引き鉄の指――へ抑止の力。

〈〝テルプシコレー・モジュール〟、検証用タスクの全シャット・ダウン、を――完了〉〝ホリィ〟がドレイファス軍曹の視覚、ネットワーク図からウィンドウをさらにポップ・アップ。複数。〈実働モードで再起動に入ります〉

〈こちらデュラック軍曹、〉オオシマ中尉の聴覚へ高速言語。〈対策ツ-ル受信――完了。レーザ通信機B-1-1、セッティング開始〉
〈デュラック軍曹へ、〉オオシマ中尉が視覚、デュラック軍曹の視覚映像へ眼。〈現状で確実に捕捉できるのは〝シュタインベルク〟だけだ。合図と同時に回線開放、即時ツール転送。以後の報告は事後でいい〉
〈向こうが応じない可能性は?〉デュラック軍曹から問い。
〈必要なら、〉即答、オオシマ中尉。〈こちらでこじ開ける。作業急げ〉
〈こちらナッタ軍曹、〉次いで声、艦体マップの左舷前方、区画C-1に『発信中』のタグがポップ・アップ。〈〝ダルトン〟と〝オーベルト〟は次点ってことで?〉
〈レーザ通信機の射角に入ったら、〉オオシマ中尉が視覚の別ウィンドウ、戦術マップへ眼を移す。〈〝ダルトン〟と〝オーベルト〟にも接触を図れ。敵のスウィープを喰らった可能性も否定はできんが、手を止める理由にはならん。合図と同時に通信試行開始、自律判断で作業継続〉
〈こちらホンダ軍曹、〉さらに声、艦体マップの右舷前方、区画E-1。〈本艦の姿勢制御は?〉
〈盗るが、〉オオシマ中尉が打ち返す。〈いずれにせよ動いた瞬間に気取られる。操艦はヘインズと〝キャス〟に任せろ。自律判断で通信試行。一気に行くぞ、合図を待て〉

〈〝テルプシコレー・モジュール〟、再起動――完了〉〝ホリィ〟の声とともにタスク・リストが伸びていく。〈実働モード、確認。広域接続権限を取得中。アクセス・コード――取得。タスク優先レヴェルC-2〉
 ウィンドウの一つに緑の輝点。それが群れ。ズーム・アウト、緑が繋がり網目をなして、拡張――宇宙港の港湾区画を這う。〈星系資源探査プログラムに――アクセス。接続権限取得プロセス、継続中〉
 緑の網目がさらに拡張――物流区画へ。その一部はさらに伸長、スウィープ済みの居住区画へ――と、停滞。変色。黄色。
『邪魔するな』バレージから声――を追ってシステム通知、〝音声接続〟。『掃除に使う。少し待て』

「ハリス中佐、」ハリス中佐へ背後から、マリィの耳打ち。「弾痕が、通気口に」
「いいのかね?」将星の向こう、ヘンダーソン大佐の声はなお涼しい。「軟体衝撃弾では、脅しにしてもチャチに過ぎる。一方で、ここの機材を損ねるには充分だ――〝放送〟を途絶えさせる、その可能性に見合うかね?」
「学びましたのでね」ハリス中佐が視線そのまま、棘を吐く。「あなたの想定内に留まることは――つまり危険の極みだ、と」
「なるほど」ヘンダーソン大佐は肩をすくめ、声をさらに一段低めて、「さて〝K.H.〟は、だ。自ら約したことを、望んで――違えるのか?」
『理由にならんな』チャンネル035、キースの声も冷気を帯びる。『そういう論理に出るならなおのことだ。陸戦隊は入れさせられん』
「抑止、という意味があるだろう」ヘンダーソン大佐が掌を、持ち上げて――入り口へ。「ハリス中佐が、ここで暴れないという保証でも?」

 電子戦艦〝トーヴァルズ〟、船務長は電子戦指揮所から艦橋へと飛び出す。さらに艦橋を出て融合炉横、送電中枢へ。
〈フォッケ中尉!〉気密ハッチへ船務長は顔を突っ込み、〈出番だ! 趣味の許可が出た!!
 出迎えたのは怪訝顔――のうち一人が親指を、自らへ。〈趣味、ですか?〉
〈電子戦長のご指名だ!〉船務長が宙を伝って操作卓へ。〈連中の鼻をあかしてやれ!!
 一拍、フォッケ中尉が頭を掻きつつ、〈5分下さい〉
〈許可が出たと言ったろう!〉そこへ船務長が噛み付いた。〈下手な細工は要らん! 趣味の真価を見せてやれ!!
〈宗旨替えですか?〉フォッケ中尉がキィボードへ指。〈托卵は嫌いだったんじゃ?〉
〈今でも嫌いだ〉船務長が歯を剥いて、〈時間は!?
 フォッケ中尉は表情を締める。〈2分!〉

 軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室。ドレイファス軍曹が視覚へ展開するウィンドウ群、その一角で一部プロセッサ群の負荷グラフが――急変、跳ね上がる。変色。橙。
『居住区画、プロセッサの負荷が――』〝ホリィ〟が急変を示したプロセッサ群を括り、『――いえ、ご協力に感謝ですね。タスク報告データまでご丁寧に』
「さすがですなァ」ドレイファス軍曹が口笛一つ、「いい〝裏口〟をご存知で」
『要らん茶々で』一蹴、バレージ。『時間を潰すな』
 言う間にウィンドウがポップ・アップ、表示に『スウィープ進行中』。居住区画のネットワーク図、軌道エレヴェータ区画側から緑の網目が育ちつつある。
「じゃ、この際ですけど」ドレイファス軍曹がコマンド入力、モニタ上の状態表示ウィンドウが――動く。『〝テルプシコレー・モジュール〟――実働モード』
「使いません?」ドレイファス軍曹がなおコマンド入力、「動作確認にも、ちょうどいいってとこなんで」
『同意が前提か』バレージの声に苦笑の色。『体のいい実験台だとでも?』

「実際に!」ハリス中佐が将星越し、眼を細める。「ミス・ホワイトに手を出した後で! 口に出す科白では――ありませんな」
「なるほど、」ヘンダーソン大佐は小首を一つ傾げ、「実に血気盛んなことだ。歯止めも見当たらん、となれば――ミス・ホワイトの中継、これを保証はしかねるな」
「それ以前に!」ハリス中佐が声を張り上げ、「通気口シャッタの、あの弾痕!」
「ハリス中佐、」その背後、言を受けたマリィが、指を、視線を――通気口へ。「私の視界データを」
 ハリス中佐の懐、携帯端末から〝シンディ〟が反応。携帯端末ネットワーク越し、マリィの〟アレックス〟へ。アクセス。許可。マリィのコンタクト・レンズ型網膜投影装置、その外部カメラへ。接触。その映像を――ハリス中佐の、視覚へ。
 通気口、漏水警報で作動したシャッタ、の中ほどに――穴。9ミリ。弾痕。
「〝K.H.〟!」ハリス中佐が声を上げる。「ミス・ホワイトの視覚情報を!」
 反応。〝シンディ〟。開放回線へ映像データ。通気口――の、弾痕をズーム・アップ。
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