9-9.迎撃

文字数 3,096文字

〈やっぱりか〉
 会議室の入り口、壁際の有線端末にケーブルを繋いだシンシアが、ふと呟きを洩らした。床を伝わる轟音を感じた時から、薄々勘づいてはいた。が、軌道エレヴェータ内のデータ・リンクに乗せられた作戦情報に事実を示されると、感情がつい声に混じる。
「彼ね?」
 奥で息を詰めていたマリィが、愛想のない椅子から身を乗り出した。室内中央のテーブルは応急のバリケードにと持ち出され、野戦服のマリィの姿を遮るものはない。勢い込む彼女の眼は、胸中の不安と期待を物語る。
「当たり」
 〝シーフ〟ことジャック達は、軌道エレヴェータの到着ロビィを突破。管制室を目指して侵攻中と推定されるも未捕捉――流されている情報はここまで。察するに、〝シーフ〟がデータ・リンクに侵入することを想定している。あるいは、もう侵入されたか。
「ねえ、」マリィが唐突に問いを向けた。「あなたは、どうするの?」
「何を?」
「彼らを、よ」マリィはまっすぐな眼をシンシアへ投げた。「殺すの?」
「オレが出る幕なんざありゃしないさ」眼を外さず、シンシアは両の掌を上へと向ける。「ハドソンの旦那が相手だぜ」
「でも、彼らはここまで来たわ」マリィが斬り込む。「その時が来たらって、あなたは肚をくくってるの?」
「そりゃそうさ」いかにも意地の悪い笑みを、シンシアは作ってみせた。「何が言いたい?」
「協力して」
「何に?」
 シンシアはとぼけてみせる。マリィは立ち上がった。
「逃げ出すの」マリィがもどかしげに、「ジャックのクリスタル、あのデータを公表するのよ。今からでも……」
「遅くないってか?」マリィの科白を先回りして、シンシアは腕を組んだ。「日和見にもならねェな」
「けど、あの時は私を救けてくれたのよね?」
「〝あの時〟?」
「ジャックを突き飛ばした時」
「言ったろ、」小さく、シンシアは肩をすくめた。「そういうことさ」
「でも私が解放されたら、」マリィは胸に手をかざした。「やっぱり連邦に消されるんでしょ? 救けてくれるつもりなら、何を目論んでたの?」
「ハドソンの旦那が言ったろ、秘密」シンシアは考えるように、右手を顎先へと持ち上げた。「ま、謀殺どころじゃなくしてやる予定――とでも言っとくか」
「彼が来るのも予定のうち?」痛い所をマリィが衝いた。「計画なんてとっくの昔に崩れてるんじゃない? 混乱に紛れて逃げた方が分があるってものよ。違う?」
「データを公開して、それからどうなるよ?」分の悪さを自覚しながら、シンシアは問いを衝き返す。「それこそ連邦が生かしといちゃくれないぜ。その覚悟があんのか?」
「覚悟も何も、」マリィは首を振った。亜麻色の髪が踊る。「選択肢なんて最初っからないも同然なんでしょ。それより、あなたはどうなの? 〝テセウス解放戦線〟の実情は知っての通りなのよ。出来レースの片棒を担いでるだけ。知って、それでも肩入れできるの?」
 マリィはシンシアの腕を掴んだ。
「一緒に逃げましょ」
 その語尾を切り裂いて――非常ベル。

 火災警報――非常ベルとともに、非常灯の赤が視覚を塗り潰す。
 一瞬の空隙が、通路に伏せる兵たちの意識に差した。
 爆発――。
 会議用テーブルを積み上げた応急のバリケードが吹き飛ぶ。
〈敵襲!〉
 銃声が続いて飛んできた――方向は予想に違わず、旅客ターミナル側。〝ブラヴォ3〟がやられた。
 すかさず応射。突撃銃AR113ストライカが、14条の火線を宙に描く。
 天井の散水機が霧を吐く。視界が曇る。
〈敵は少数だ、動じるな!〉ジダーノフ少尉が小隊長の威厳を込めて一喝。〈手榴弾の使用を許可! 追い散らせ!〉
 2人――〝アルファ1〟と〝ブラヴォ1〟が手榴弾の安全ピンを抜いた。投擲。硬質な音を伴って、手榴弾が床に跳ね返る。
 爆発。飛び散った破片が壁を叩く、その音が非常ベルの音さえ覆って響く。
〈〝ブラヴォ〟前進!〉
 ジダーノフ少尉が号令を発する。〝アルファ〟班の絶え間ない火線に掩護を受けて、〝ブラヴォ〟班の4人が前進しようと身を起こした――その時。
 異音。耳慣れた、硬い音。ハドソン少佐の肌が粟立つ。
〈いかん、伏せろ!〉
 叫ぶが早いか、爆発が襲った。

「伏せろ!」
 シンシアがマリィを押し倒した。上に覆いかぶさるその眼に写って入り口、ドアの姿。無数の破片を浴びて無残に歪んだそれは、追い討ちの爆風を浴びて根本から吹き飛んだ。床に跳ね、傍らを過ぎる。
「何!?
「来たか」半ば呟くように、シンシアが答えた。「あいつらだ」

 破片の嵐に〝ブラヴォ〟の4人が薙ぎ倒された。
〈後ろだ!〉
 ハドソン少佐が声を上げる。背後、保守用エレヴェータのドアが半ば口を開けていた。そこから覗いた銃口が火を噴く。その下、火線をくぐるように人影が踊り出した。その姿は見たまま黒い影。軽装甲スーツと判別がつく頃には、後方から掩護に当たっていた〝アルファ5〟へ至近からライフル弾を浴びせていた。

 狙いは図に当たった。
 ジャックとスカーフェイスが軌道エレヴェータ・シャフト内を回り込み、ロジャーが旅客ターミナル側から気を引き付けた隙に乗じる――保守用エレヴェータ・シャフトから飛び出したジャックは、敵の後方、突撃銃を手にした軽装甲スーツ――〝アルファ5〟――へ向けて引き鉄を絞っていた。手にしたAR110A2ヴァリアンスの7ミリ・ライフル弾が、振り返りかけた相手の肩口から胴体を貫くさまを見届ける。
 とは言え、残った敵は少なくない。
〈くそ、囮か!〉
 ジャックへジダーノフ少尉が飛びかかる。至近、突き出されたAR113、5.6ミリの銃口が火を噴く。AR110A2の銃身を銃身に重ね、狙点を逸らしてかわすなり、ジャックはジダーノフ少尉の腹を蹴り上げた。左手で受け止め、ジダーノフ少尉が叫ぶ。〈擲弾銃! 保守用エレヴェータはくれてやれ!〉
 〝アルファ2〟と〝アルファ3〟が擲弾銃GL11の引き鉄に指をかけた。
 ジャックがジダーノフ少尉のヘルメットに頭突きをくれた。怯んだ隙を衝いて、ジャックは相手を突き飛ばす。銃口を〝アルファ2〟へ向けて、狙いもそこそこに引き鉄を絞る。3点連射。発射寸前の銃身を弾く。
 壁際、場に似合わぬ軽い発射音。〝アルファ3〟が榴弾を撃ち放っていた。
〈く!〉
 蹴り。〝アルファ3〟が身を引いた。背後に爆発。結果は見ない。ジャックは前へ踏み込み、銃身を突き込んだ。〝アルファ3〟の胸板をかすめる。
〈〝アルファ1、4〟、ターミナル側を確保!〉
 指示が飛ぶ。聞き違えようのない、カレル・ハドソン少佐の声。〝アルファ3〟の胸板を銃把で打ち据えて、眼を向ける。壁際に暗灰色の軽装甲スーツ――冷静に突撃銃の銃口を据える、その姿。
 咄嗟に身を沈める。頭上、銃火がかすめた。飛び出す。銃口が追う。逃げ切れない――。
 2人の間をよぎって一連射。方向は保守用エレヴェータ側。そこにスカーフェイスの無事を聞き取るや、ジャックは前方、〝アルファ4〟へと飛びかかった。肩口に腕を絡め、もつれ合って床へ転がる。

 巻き上がった爆煙を背に、身をかがめて壁際を突進する。スカーフェイスは牽制の弾幕を張りつつ〝アルファ2〟――突撃銃を捨てて身を起こした、その隙へ。その右、横合いから邪魔。ジダーノフ少尉が銃床を打ち込んできた。
 あきらめて、スカーフェイスは銃床を掴む。身をひねって勢いを逃し、右腕で突撃銃を絡め取る。勢いそのまま、スカーフェイスは後ろから左肘を繰り出した。ジダーノフ少尉が後ろへかわす。さらに踏み込んで懐へ。
 眼前に拳銃――ジダーノフ少尉のバッカスP45コマンドー。9ミリの銃口と眼が合った。
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