9-2.反応

文字数 3,366文字

〈〝スローイング・エコー〟、通信途絶!〉
 副操縦士が告げた。
 ビルの合間を駆け上るUV-88アルバトロスの操縦室、。キャビンから顔を出した小隊長スコルプコ少尉はデータ・リンクに指示を乗せた。
〈〝スレッジ・ハンマ〟各分隊へ、こちら〝スレッジ・リーダ〟。目標を挟撃する!〉視覚情報に狙撃チーム〝スローイング・エコー〟のマーカが消えたことを確かめながら、〈目標は〝レオーネ・アドバタイズ・ビルディング〟、配置は予定通り! 〝アルファ〟、〝ブラヴォ〟は屋上から、〝チャーリィ〟、〝デルタ〟は地上から突入! 各員奮闘せよ、以上!〉

 手摺を伝って非常階段を滑り降り、最上階。ロジャーは床を蹴って階段室から飛び出した。ジャックが続く。
 とっつきのトイレを通り越し、もう一つ奥の会議室へ。壁面の端末を探して、〝ネイ〟を繋ぐ。
〈〝ネイ〟、警備ホストに潜り込め。敵はどこから来る?〉
〈ここの警備システム、外覗けるようになってないわ。見えるのは出入口の近辺だけ〉
〈まあ、それでこっちも近付けたわけだけどな〉
 ロジャーが呟いた。確かに文句が言えた立場ではない。音からすると、敵は上と下から来るように窺える。その視界の端、ジャックも〝キャス〟を端末へ。
〈〝キャス〟、空調ダクトのマップを取れ〉
〈逃げないのか?〉ロジャーが顔を向けた。
〈逃がしてくれるような相手か〉ジャックが眼だけを返す。
〈肚のくくりどころってか〉
 ヘルメットの下で、ロジャーは小さく唇を舐めた。

〈降機!〉
 小隊長の号令一下、アルバトロスから兵士達が屋上へ一斉に懸垂効果。軽機関銃LMG156グラインダが睨みを利かせる中、先鋒2人が階段口脇へ取り付いた。
〈確保!〉
 周囲に射界を確保しつつ、〝スレッジ・アルファ〟と〝スレッジ・ブラヴォ〟の2班が展開する。うち1人が階段口前の狙撃兵へ走り寄る。
〈クリア!〉〈クリア!〉
 分隊長と副長が宣言する。
〈どうだ?〉小隊長が、横たわる狙撃兵へ足を向ける。
〈駄目です〉脈を取っていた兵が首を振る。〈端末も盗られてます〉
〈こっちもです!〉階段室の上からも声。〈やられてます〉
〈警備ホスト確保!〉
 階段口の端末に張り付いた副小隊長〝スレッジ・マザー〟から声。
〈敵の位置は?〉
〈見えません。敵が介入しているものと〉
〈よし、〝スレッジ・マザー〟はここを確保、索敵を継続〉小隊長が立ち上がる。〈〝アルファ〟、〝ブラヴォ〟突入用意!〉
 階段口に2班が張り付く。
〈地上側、突入用意よし!〉副小隊長が声を上げる。〈〝チャーリィ〟、〝デルタ〟各班用意よし!〉
〈〝アルファ〟は奇数階、〝ブラヴォ〟は偶数階を制圧!〉〝スレッジ・リーダ〟が指示を飛ばす。〈敵にトラップを張る暇はないはずだ。順次有線で状況確認! 質問は?〉
 頷きが帰ってきた。
〈よし、各班突入!〉
 〝スレッジ・アルファ〟班が先に立って非常階段へ。先頭の2人が互いの射界を確保しながら前進、最上階に達する。その横、〝スレッジ・ブラヴォ〟はその下、24階へ。
 〝アルファ〟班は階段口の扉を蹴り開けた。発煙弾を投げ込む――銃撃なし。廊下へ滑り込む――敵影なし。廊下を確保しつつ、手近のトイレを捜索――敵影なし。
〈クリア!〉
 一つ奥の会議室へ向かう――そこで火災報知機が作動した。戻る間もなく隔壁が降りる。
〈くそ、警備ホスト確保!〉
 先鋒が壁の端末へ繋いでナヴィゲータ。警備ホストへ侵入したところで、〝スレッジ・マザー〟とコンタクト。そこで〝スレッジ・リーダ〟も回線を繋ぐ。
〈状況を!〉
〈状況不明。警備ホストから火災警報が――ちょっと待って下さい!〉〝スレッジ・マザー〟に一拍の間。〈反応を検知! 〝スローイング・エコー〟です!?
〈いかん、〉
 罠だ――〝スレッジ・リーダ〟が言い終える前に、回線が警備ホストごと自壊した。

〈作動確認!〉
 〝ネイ〟の声を聴覚に確認して、ロジャーは端末からケーブルを引き抜いた。
 警備ホストに敵の潜入をあえて許し、火災警報を発すると同時に奪ったナヴィゲータを接続、仕組まれた自滅型トラップを発動させてホストごと敵のネットワークを遮断する――ことは思惑通りに運んだ。
 ロジャーは空調ダクトへ這い上がる。先を進むジャックは敵の頭上を通り越し、非常階段室のダクト・カヴァーを打ち壊した。閉じ込めた敵を尻目に階段室へ這い出る。
 やや遅れてロジャーが続く。待ち受け、2人で非常階段を駆け上がる。階段口へ張り付くと、出口横に回線復旧を図る〝スレッジ・マザー〟。
 反射。〝スレッジ・マザー〟が横へと跳んだ。ロジャーからの銃弾が遅れて床に散らして火花。その火線をくぐってジャックが前へ飛び出した。〝スレッジ・マザー〟はさらに跳んで、階段口へ5.6ミリ弾を流し撃つ。
〈こいつ!〉
 ロジャーが首を引っ込める。一方で、飛び出したジャックが7ミリ弾を流し撃ち、さらに床を蹴る。その先に、エンジンを回したまま待機するアルバトロス。
〈上がれ!〉気付いた〝スレッジ・マザー〟が声を飛ばした。〈上がれ! 上がれ!!
 アルバトロスのエンジン音が一段上がる。再び顔を出したロジャーが、〝スレッジ・マザー〟に牽制の一連射。それを横目に、ジャックはアルバトロスへ飛び込んだ。
 突撃銃を左手に持ち替え、腰のケルベロスを抜いて操縦士に突き付ける。
〈降りろ!〉
 操縦士がシート・ベルトに手をかけた。確かめつつライフルの銃口を上げ、副操縦士にも恫喝の一言。
〈お前もだ!〉
 操縦士が機首ハッチを開ける――それを確かめると、ジャックは相手を突き飛ばした。背後、隙を狙った副操縦士へ素早く眼を戻す。拳銃を抜いた右腕へライフル弾。ハッチへ赤黒く血がしぶく。悲鳴。その頭部に突き付けて銃口。
〈次は頭をやるぞ!〉
 一喝を受けた副操縦士が、残る左手でベルトを外す。その向こう、ハッチ越しにロジャーの姿。弾丸をばら撒きつつ走り寄り、外からハッチを開くと副操縦士を引きずり出す。
 ジャックが操縦席に就いた。ハッチ越し、操縦士へ警戒の眼を投げつつ、操縦桿を握る。右から機体に着弾。〝スレッジ・マザー〟がエンジンを狙っていた。ロジャーが腰を落ち着けるより早く、ジャックはスロットルを開ける。浮遊感――。

〈〝フック1〟、離陸しました!?
 困惑の声が通信士の口に上る。ハドソン少佐は片眉を跳ね上げた。
 〝ハンマ〟中隊が装甲戦闘指揮車AT-12Cシャイアン・コマンダ上に設けた司令部、作戦指揮モニタ横。軌道エレヴェータを介したレーザ通信が伝えるのは、〝レオーネ・アドバタイズメント・ビルディング〟屋上に1個分隊を降ろしたアルバトロス〝フック1〟が、命令もなく離陸したという事実。降機した分隊からの報告はない。
〈やられたか!〉さすがに舌を打ったハドソン少佐が指示を下す。〈〝フック3〟離陸準備! 〝スレッジ・エコー〟、〝フォックストロット〟乗機。ヤツが上から来るぞ!〉
〈私も出ます〉
 オオシマ中尉がヘルメットを手に取った。
〈その隙はない! 〝チャーリィ〟、即時撤収!〉即断で却下、ハドソン少佐はさらに指示を飛ばす。〈〝デルタ〟、ビルを掃討後〝アルファ〟と〝ブラヴォ〟を救出して撤収! 〝フック1〟の進路は?〉
〈〝カーツ・ストリート〟を低空で東進中――レーザ通信途絶!〉
〈〝フック3〟へ、こちら〝ハンマ・ヘッド〟、〉ハドソン少佐がデータ・リンクに指示を乗せた。〈〝カーツ・ストリート〟から来るぞ。即時離陸!〉

 〝フック3〟が両翼端、ターボシャフト・エンジンの回転数を上げた。機体両側面のスライド・ハッチを開放したアルバトロスが上昇する。
〈〝カーツ・ストリート〟から回り込め!〉
 前進を始める機体の中、分隊長が命じる。ビルの側壁を視界後方に押し流して、アルバトロスが速度を上げた。中隊司令部から送られた予想邂逅地点に達して、左旋回。ブロックの中ほどで空中静止。
〈〝フック1〟予想位置、正面へ〉副操縦士が、視覚へ投影された予想図を見て声を上げる。〈3、2、1――〉
〈ゼロ!〉
 〝フック3〟が前進を開始。鼻先、低空ををかすめてアルバトロス。〝フック3〟はその後ろ上方へと回り込み、加速。
〈捉えた!〉
 スライド・ハッチ際に兵が2人、突撃銃AR113を構えて左右から身を乗り出す。
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