7-9.襲撃

文字数 4,126文字

 輸送機C-241ナルヴィの後部ハッチが開いた。マリィはシンシアに促され、シートから腰を上げる。
 〝クライトン・エアポート〟、貨物ターミナル・エリア。スロープを兼ねたハッチの向こうに迎えのフロート・ヴィークル・サヴァンナが見えている。
 地へ降りると、まだ回ったままのターボプロップ・エンジンからの風。踊る髪を押さえながら、導くシンシアに付いて歩く。後ろから女性兵士が続く。
 眼を上げると、周囲を照らす照明の群れ。その向こうに、星が浮かんでいるはずの空。潮風が教える、海の気配。
「これから、どこへ?」
 訊きつつマリィが後席へ就く。
「ターミナル・ホテル」隣から、シンシアは小さいながら笑みを向けた。「喜べ、今夜はベッドで眠れるぜ」
 さすがに心が踊らなかったといえば嘘になる。〝サイモン・シティ〟でアンナと別れてからこの方、まともなベッドで眠る機会などなかった。
 サヴァンナが走り出した。貨物ターミナル・エリアを抜け、旅客ターミナル・エリアを横断して、空港ターミナル・ビルに横付けする。
 シンシアに続いて、マリィはロビィへ。旅客がすっかり絶え、耳に痛いほどの静寂が満ちる中、広い床に歩を刻む。横切ってエレヴェータに乗り、7階へ。降りたところが受付カウンタ、キィを受け取り、さらに上る。シンシアがドアを開けたのは1408号室――中にはベッドが2つ。
「ツイン・ルーム?」
「オレと相部屋だよ」振り向きつつ、シンシアは自らに親指を向けた。「〝眼を離すな〟とさ――トイレもシャワーも。お前さん、何やったんだ?」
「ちょっと、ね」気まずそうに、マリィは肩をすくめた。「――まあ、探検とか」



『本船はこれより離床します。Gにご注意下さい』
 船長のアナウンスと共に、軽いGが身体を座席に押し付けた。アンナはふと座席横、船外モニタへ眼を移す。
 群れなす光点の塊――宇宙港〝ハミルトン〟が視界後方へ流れていった。続いて現れたのは、視界を埋める星の群れ。惑星〝テセウス〟ははるか足元、ここからでは船体に遮られて見えないほどに小さい。
 静止衛星軌道上、ジャーナリストと〝ハミルトン・シティ〟領事館員を乗せた連絡船。
 平時と違うのは、無骨なライアット・ガンRSG99バイソンを手にした兵士の姿。暗灰色の耐弾スーツに身を包んだその頭が、客席のところどころから覗いている。
「物々しいのね」
 アンナの呟きにイリーナが付き合う。
「そうですよね、こんな所で逃げ出せるわけじゃなし」
「まさか、護ってくれてるとか」
 苦笑したアンナに、イリーナは手を振ってみせた。
「何が襲ってくるってんです」

 連絡船の白い船体が発する信号灯、その灯りと識別信号を辿って、黒い短艇が並進していた。航法灯も点けず、識別信号も発しないまま、速度ヴェクトルを合わせ、高高度方向からゆっくりと距離を詰めにかかる。
『〝ホスピタル〟、こちら〝サージョン〟。〝ペイシェント〟を視認』
 事実上傍受不可能なレーザ通信に乗せられたその符牒は斜め上方、さらに高高度に乗った母艦へ届けられた。
『〝サージョン〟、こちら〝ホスピタル〟。続行せよ、繰り返す、続行せよ』
 短艇から人影が複数。3箇所に別れ、連絡船に取り付くと、テント状の気嚢を張る。
『こちら〝サージョン〟、〝キュア〟準備完了』
『〝サージョン〟、こちら〝ホスピタル〟、〝キュア〟開始』

 硬い衝撃と短い爆音。それが頭上から降ってきた――それも複数。
 アンナは眼を上げた。音源、その群れは天井の向こう――それだけは判る。その視界のそこここ、兵士達が席を離れる。宙に浮くや、半数は客室の前後に別れて、ドアを蹴り開け、向こうへ消える。残り半数が客室の宙に散った。
 動揺のざわめきが客室に満ちる。そこへ小さな破裂音が連なった。続いて怒号。客室内の兵士が声を上げる。
「ブラヴォ、チャーリィ、どうした!?
 耳に手をかざす。が、反応があったようには見えない。
 客室入り口、その斜め上――炎の輪。長径1メートル強の楕円形に穴が開く。
「伏せろ!」
 叫んだ兵士が、殴られたようにのけぞった。弾き飛ばされ、壁に打ち付けられて、動かなくなる。胸部には軟質の衝撃弾――弾丸の運動量をひたすら打撃力に転化する、鎮圧用の非殺傷弾。
 イリーナがアンナの頭を押さえる。思い出したような悲鳴が上がった。
 壁の穴から、黒づくめの兵士たちが押し寄せる。その背後に、兵士の身体が力なく漂う。
『落ち着いて! 皆さん、落ち着いて!』
 客室内の兵士を一掃して、侵入者の1人が声を上げる。
『我々は〝惑星連邦〟軍の者です! 皆さんを救助にきました!』

〈来ました、ハイジャック信号です〉
 オオシマ中尉が顔を上げた。見上げる先にカレル・ハドソン少佐の苦い顔がある。
〈先に手を出させる、か。シナリオ通りとはいえ、みすみす見過ごすのは性に合わんな〉
 連絡艇の手前に黒い短艇を捉えつつ、そのさらに上方から艇を寄せていく。乗っているのはミサイル艇――弾頭を外し、代わりに気密室と座席を設けた急造の快速艇。少佐らの眼前には各隊員の視界と体調パラメータ画面が並ぶ――ただし現在は回線を封鎖中、画面はいずれも空白のまま。
〈苦労性ですな〉
〈全くだ。こちら〝ハンマ・ヘッド〟、各〝ハンマ〟、配置に就け。予定時刻1835〉
〈予定時刻1835、了解〉
 ミサイル艇から短艇へ、黒一色の宇宙服。その5人組が2組。さらに4組が連絡船へ、斜め後方から忍び寄る。
 一足先に、2組が短艇へ取り付いた。気嚢を張り、宇宙服を脱ぐと、爆薬をハッチに仕掛けて準備完了――時刻を待つ。
 ややあって、連絡船へ4組。これは〝惑星連邦〟軍が張った気嚢の上に、さらに一回り大きな気嚢を張る。予定時刻まで、1分強を残していた。そのまま待つ。
 予定時刻1835――ジャスト。
〈各班、回線開け!〉ハドソン少佐が短く命じる。〈突入!〉

 またも爆音。今度はアンナも自ら頭を下げた。
「また!?
 先刻よりも声が出るだけ落ち着いている。
 客室の前から、後ろから、打撃音。客室にいた兵士が前後の入り口に別れて、外へ銃を向け、撃つ。
 そこへ爆音――客室の天井がまたも楕円形に灼き抜かれた。内壁が引き剥がされ、銃口が覗き、客室入り口の兵士たちを的確に撃ち倒す。使われたのはやはり軟体衝撃弾、振り返る物が出るまでに3人が倒れた。反撃に至った者はゼロ。
『お静かに! お静かに!』
 客室の天井から兵士が声をかける。客室の前方、操舵室から物音――それも気が付く間に大人しくなっていた。
『――お騒がせしました』
 確認を取るように頷き一つ、黒づくめの兵士が――もはやどちらがどちらか、アンナには区別がつかなかったが――宣言した。
『もう安全です。〝テセウス解放戦線〟が、皆さんの安全を保証します』

〈〝ツール・ボックス〟へ、こちら〝ハンマ・ヘッド〟、〉ハドソン少佐は、その言葉をレーザ通信に乗せて宇宙港へ送った。〈〝ゲスト・ハウス〟を確保。繰り返す、〝ゲスト・ハウス〟を確保。これより〝ゲスト〟を移乗させ、このまま〝ホテル〟へ向かう〉
 ミサイル艇が、制圧済みの短艇の横を過ぎる――連絡船へのランデヴー軌道へ。



 コンテナの積み上がった壁を横切るヘッド・ライト。
 第1大陸〝コウ〟中東部、〝ヴィアン・シティ〟も東の外れ、港湾地区。
 ほぼ走り詰めで一昼夜。ジャックら3人を乗せたストライダがこの街へ入った頃には、母恒星〝カイロス〟は天を一巡、とうに暮れ落ちた後だった。
 コンテナの間を縫って、ロジャーがストライダを走らせる。指定の区画は〝S-022〟。
「見えた、〝T-021〟」サイド・ウィンドウから外を見やって、助手席のジャックが告げる。「次が〝T-022〟、そこを左だな」
 念を入れて、区画を大きく回り込む。一見して判る範囲では、異常なし。
「時間にはちょい早いが……」
 スカーフェイスが腕時計へ眼を落とす。約束の時刻まで約5分。
「まあいいさ」
 ロジャーがハンドルを操った。区画S-022へ。
 コンテナの傍ら、エンジンを回したまましばし待つ――と、側方に矩形の光。振り向けばコンテナの横腹、開かれた扉の向こうに人影が佇む。
 丸顔、寂しくなった頭頂――クロード・ユゴーがそこにいた。印象に反して大柄な身体がストライダ――その助手席、ジャックへ向き直る。見ていたかのような足取りで、ジャック目がけて歩み寄る。
 ジャックはドアを開けた。
「ローワン・ジェンセン様ですな」ユゴーは降り立ったジャックへ右手を差し出す。「クロード・ユゴーです」
「ローワン・ジェンセンだ」ジャックがユゴーの手を握る。
「どうぞ中へ」
 ユゴーがコンテナ入り口を左手で示す。頷き、ジャックは足を運んだ。ユゴーを先に立て、ジャックとロジャー、スカーフェイスが後から続く。
 ドアをくぐると、明るい照明――眼が慣れると、奥に物資の山が見える。壁際に警備と思しき人影、それが5人――いや6人。
「物々しいな」
「申し上げました通り、」ユゴーが丸顔をジャックへ向けた。「当局の眼が厳しい折ですので、ご容赦を」
「で、」ジャックが眼を転じた。「ブツは?」
「ご覧の通りです」ユゴーが奥へ掌を向ける。「ご確認を」
 歩を運ぶと、フロート・バイクが2台、それに突撃銃に短機関銃。
「他は?」
 ジャックが訊く。
「それは隣のコンテナに」ユゴーが親指を隣へ向けた。「よろしければご案内しましょう」
「頼む。試射もやりたい」
 頷き一つ、ジャックは突撃銃AR110A2ヴァリアンスと短機関銃SMG404を手に取った。作動に異常は見られない――ただし定石通り、まだ弾丸は入っていない。
 そこで入り口のちょうど向かい側、もう一つのドアが開いた。中に入る人影がある。
「なるほど――確かに」
 静かなその声に満ちて怨讐。人影が顔を3人へ向ける。撫でつけた黒い髪と青い瞳――アントーニオ・バレージがそこにいた。
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