18-12.破孔

文字数 5,034文字

 空気を裂く――警報。
 甲高く――金属音。
 ヘンダーソン大佐から鋭く眼。マリィの胸元、ケルベロス。
『漏水警報!』スピーカから警告が迸る。『漏水警報! 空気循環、緊急停止!!
 大佐の眉が跳ねる。横眼を飛ばす。通気口にシャッタ――と弾痕一つ。

 金属音を確かに聞いた。
 マリィは正面、ヘンダーソン大佐――が横へ投げて眼。
 辿る。側壁――違和感。通気口にシャッタ――と弾痕。
「大佐!!
 理解した。その悪意。その狙い。
 受け止めた大佐の、その眼に――確信の色。

 耳に警報。
 金属の悲鳴を確かに聞いた。
 ハリス中佐が視覚の片隅、〝放送〟へと意識を振り向ける。そこに映る異常が――ない。
 悟る――干渉。記憶にある限り、それが可能なのは――〝キャサリン〟。
 だがハリス中佐がその名を声に出すより早く、通信スタジオのハッチが――開く。

〈介入!〉〝キャス〟が視覚、〝放送〟ウィンドウに重ねて警告の赤。〈来たわ、ママよ!!
 ロジャーに舌打ち。〈くそ、お姫様を押さえる気か!〉
〈〝トリプルA〟は!?〉ガードナー少佐の声に疑問符。〈さっきの手は効いてないのか?〉
〈あれは撤退を誘う手だ――〝キャス〟!〉すぐさまキース。〈〝キャサリン〟に妨害だ、吸収衝動にぶち込んだクラッシャがあったな!?
〈あれを!?〉言いつつ〝キャス〟がクラッシャをロード。〈どうやってママにぶち込むってのよ!?
〈シンシアだ!〉ロジャーが指を戦術マップ、揚陸ポッドからの〝放送〟ウィンドウへ。〈あいつのポッドを拠点に!!
〈〝放送〟に!?〉〝ネイ〟が噛み付く。〈バレバレじゃない!!
〈誰が〝放送〟にこだわるっつったよ!?〉打ち返してロジャー。
〈そうか――〝キャス〟!〉キースが指示。〈〝トリプルA〟に直通回線!!
〈そのうちバレるわよ!?〉言いつつ〝キャス〟が回線を開く。

 ハリス中佐の怒声――を背後へ追いやる。
 ハッチ横からジャンヌ・チアリ兵長が視線をマリィへ巡らせる。
 視界が開けた。ハッチの向こう。反射。突入。訓練通り。
 マリィの位置は通信スタジオの監視カメラ群から割り出してある。事実その位置は間近――ただしその手元、ケルベロスの位置を除いては。
〈!〉
 咄嗟。跳び込む。貫き手をケルベロス、その銃身へ。
 気付く。マリィ。その眼線――交錯。

〈レーザ通信!〉〝ウィル〟が告げる。
〈どこから!?〉シンシアが訊く間にも視覚、戦術マップに重ねてウィンドウ。〈――〝フィッシャー〟!?
 さらに文字情報がスクロール。シンシアの声に理解が兆す。
『やあ悪いね』悪びれもなく〝トリプルA〟。『取り込み中かな?』

 弾けた。マリィの手元。ケルベロスが宙へと弾かれる。
 勢いそのまま、ジャンヌ兵長がマリィの懐へ。腕を取られ、脚をさばかれ、マリィは宙へと投げ出された。
「!」
 悲鳴を上げる暇もなく、ジャンヌ兵長にマリィの腕が絡め取られる。背後から胴に絡んで脚、さらに首へと腕が回る。抵抗を試みる隙すらない。
「……!」
 マリィの頸動脈に圧、意識が遠のき――。

〈〝トリプルA〟!〉〝ウィル〟が声。〈第6艦隊の〝裏口〟を!!
『いいけど』〝トリプルA〟から〝裏口〟データ。『こいつはもう対策されてると見た方がいいね』
〈構わねェ!〉シンシアが両断。〈このポッドで次のを探す!!
『じゃ、手土産を渡しておくよ』さらに〝トリプルA〟がデータを転送、『キースと僕からだ』

「大佐!」ハリス中佐が声を荒げる。「何故このような!?
 言いつつ視界の隅へ意識をやれば、〝放送〟には不穏の影すらない。「〝放送〟まで操作するとは、一体何の……!?
「中佐、」ヘンダーソン大佐は軽く肩をすくめて、「自殺を止めて何か問題でも?」
「信用に関わる問題でしょう!」ハリス中佐の声に険。「ミス・ホワイトが命まで懸けた取り引きを……!!
「ではミス・ホワイト自身が、」大佐が右手の指を踊らせる。「命を軽んじるのはいいのかね?」
「〝K.H.〟の前で!」ハリス中佐の語調が尖る。「大義をかなぐり捨てるおつもりか!?
「まさか」大佐に苦笑一つ、「どうやら中佐には、私とは違う光景が見えているようだな?」
 陸戦隊から中佐へ銃口。
 ハリス中佐は歯軋り一つ、「……そういう肚か!」
 そこで、視界、〝放送〟ウィンドウに――ノイズが走る。
「――!」
 呆然の半拍。次いで得心。眼に事実。
 晴れた。〝放送〟ウィンドウ、ハリス中佐自身の背中――すなわち無加工のままの、〝事実〟。

〈間に合った!?〉シンシアに快哉。
〈やったか!〉ヒューイが〝放送〟ウィンドウへ眼を投げる。
 チャンネル001に急転、〝放送〟の空気が張り詰めた。
 絵面が変わる――膠着の静から崩壊の動、さらにはその先、悪意の転。

 場が凍る。その光景が意識を縛る。
 〝放送〟ウィンドウにハリス中佐自身の――その背中。
 コマを落としたかのような、空白――。
「ヘンダーソン大佐!」いち早くハリス中佐から声。「ミス・ホワイトに手を出すおつもりか!!
 その意味。息を呑む。ジャンヌ兵長が我へと返る。
 言葉一つに限らない。ハリス中佐の声が〝放送〟へとぶちまけたのは、大佐の義を揺るがす――爆弾そのもの。

〈来た!〉〝ウィル〟に快哉。
〈やったか!〉シンシアの声に力――の向く先、〝放送〟の向こうにハリス中佐。

『――なるほど』一拍、〝放送〟内の大佐に余裕の言。『事実に〝演出〟を加えるとは見上げたものだな』
『大佐……!!』ハリス中佐の喉に声。
『つまりここには』大佐が肩を一つすくめ、『〝事実〟が二つあるということだ――違うかね?』

〈まだ言うか!?〉ロジャーに色。
〈まだだ〉キースが声を抑える。〈まだ早い〉
〈何が!?〉ロジャーから疑問符。
〈見てろ〉〝放送〟をキースが凝視。〈次の手だ。必ず来る!〉

『あなたの示す〝事実〟は、』〝放送〟の中、ハリス中佐が衝き込む。『幻に過ぎない――つまりそういうことでしょう』
『どちらの〝事実〟が〝本物〟か――』大佐が声を低めて、『――いずれ明らかになるだろう。電子戦の只中だ、混乱があっても私は不思議に思わんよ?』
『なるほど』ハリス中佐が声を滾らせる。『で、私に何ができると? ここはあなたの縄張りでしょうに』
『ハリス中佐自身に疑いをかけるわけではないよ』大佐はいっそ優しげに、『ただ、利用されている可能性は否めないがね』
『ほう、』ハリス中佐が細めて眼。『では、誰に?』
『そう、』立ち姿のマリィが、ハリス中佐の視界に割り込んだ。『例えば――〝K.H.〟に』

〈また介入!〉鋭く〝キャス〟。〈ママが切り返してきたわ!!
〈来たか!〉キースの声に刃。〈よし行け!!

「〝K.H.〟に?」
 ハリス中佐の背筋に悪寒。視覚からは、組み伏せられたマリィの姿が消えている。
 思い当たったハリス中佐が片眼を覆う。コンタクト・レンズ型網膜投影機、これを通した視覚に干渉を受けているとしたら。
「それは、あなたに――」戦慄を滲ませてハリス中佐。「――の間違いでは、大佐?」
『それは、』視覚に映るマリィから声。『断言できるのかしら?』
「では――、」ハリス中佐が問いをマリィの像へ。「今見ているこの光景こそが――幻だとしたら?」
『どうやって、』視覚、マリィから反論。「証明を?』
「では、」ハリス中佐が右の瞳へ指。「この眼の網膜投影機を外したら――?」
 と――その間もなく。
 〝放送〟の映像が――歪む。

 ――邪魔が!?
 〝キャサリン〟に怪訝。邪魔とも見せぬ、それは違和感――と。
 ――データ中継中枢!?
 データ配信中枢――の上流、通信スタジオの映像を中継する要への、それは攻撃。ただし歪んでいるのは――背景のみ。

〈やった!〉鋭くシンシア。
〈尻尾は押さえた!〉返して〝ウィル〟。〈オリジナルの方にノイズを入れるとは連中も思わねェ!!
 背景映像が歪む中で巻き込まれないとすれば、それは後ハメの合成に他ならない。ここでは即ち――マリィの像。
 像を取り込む。分析を加えてポッドからの〝放送〟に乗せる。曰く――『チャンネル001、〝放送〟に映るマリィ・ホワイトは合成データ』。

 手繰る――。
 〝キャサリン〟が自らデータを割り込ませた中継点。敵の介入はその上流、手がかりを求めてプローブ・プログラムを打つ――と。
 消えた。罠。しかし同時に人為の跡。ルートを替え、電源伝いに新たなプローブ、消失点へ探りを入れる。
 意識に留まったのは、単純なテキスト・ファイル。ただしファイル名が『親愛なる〝キャサリン〟へ――〝ミーサ〟より』。

「!」ハリス中佐の視覚にシンシアからの〝放送〟、その示す事実。
 意を固める。足を踏み出す。通信スタジオ、その奥へ。
『中佐!』制止の声は背後から。
「ミス・ホワイトが無事だと言うなら!」肩越しに中佐。「止める理由がどこにある!?
 面食らったような――間。
 その隙、中佐は歩を進め――マリィの虚像、その足元へで膝を折る。
「つまりこれは、」ハリス中佐が手を――ジャンヌ兵長と、組み敷かれたマリィへ。「幻だと言うのだろう?」
 途端――、
 中佐の視覚、その片隅に『LIVE』の文字列。
 中佐の眼、コンタクト・レンズ型の網膜投影装置。その外部カメラの捉えた映像が――そのままシンシアからの〝放送〟ウィンドウへ。

 ――!?
 〝キャサリン〟が気付く。携帯端末を結ぶデータ・リンク。中継中枢からのルートを手繰り――そこに。
 ――私をお探し?
 余裕をたたえて〝ミーサ〟の気配。

「どけ、兵長」ハリス中佐が冷たく声。「大佐の信に傷を付けたいか?」
 視線の先、ジャンヌ兵長がゆっくり動き――絡めたマリィの手足を放す。
 マリィが上げて眼線――ハリス中佐へ。表情を引き締め、身を起こす。
「ミス・ホワイト、」ハリス中佐が手を差し伸べる。「動けるかね?」
「ありがとうございます」青ざめながらも、マリィが眼に力。「助かりました」
「移動しよう」マリィの手を取りつつハリス中佐。「ここは危ない」
「どこへ行くつもりかね?」ヘンダーソン大佐から余裕の言。「――〝虚像〟を連れて」
「彼女が〝虚像〟なら」ハリス中佐が眼だけを大佐へ向けて、「どこへ行こうが影響は出ない――違いますか?」
「では、」大佐は肩を一つすくめ、「少なくとも、貴官は私の敵に回るわけだ」
「この眼で」昂然とハリス中佐。「事実を確かめたものでね」
「では、」大佐は頷き一つ、「現時刻をもって、貴官を〝オサナイ〟艦長の任から解く」
 周辺、陸戦隊の銃口が――ハリス中佐へ。
「結構、」マリィを立たせながらハリス中佐。「私は好きにさせていただく――ミス・ホワイト?」
『あなたを拘束します、ハリス中佐』データ・リンクにカリョ少尉。
「おやめなさい!」毅然とマリィが前へと一歩。「味方さえ葬り去るつもり!?
「〝虚像〟の言に従えと?」不敵に大佐。
「なら、」打ち返してマリィ。「〝本物〟とやらの口から〝事実〟を世界へ告げることね」
 沈黙――。視界に虚しく間。
「よかろう、ミス・ホワイト」大佐が片頬を釣り上げる。「この場は君が〝本物〟だ。何なりと好きにするがいい」

 〝キャサリン〟がクラッシャ――〝ミーサ〟の気配へ。
 理解している――いきなり本体を晒すのは愚の骨頂。空振りなのは百も承知、ただし炸裂したクラッシャからは強烈な探知信号――こちらが本命。
 視えた――のは〝ミーサ〟のプローブ、八方へ。定石なら秘すはずの気配も露骨にひた走る。
 釣り餌と判断。〝キャサリン〟はその放出元へクラッシャを送り込――んだところで。
 弾けた。プローブ。探知信号が駆け抜ける。
 バレた。〝キャサリン〟はプローブを切り捨てる。即座に潜伏位置を放棄、仕切り直しへ――と。
 クロックの差でクラッシャ、それが複数。〝キャサリン〟の元座標へ押し寄せ、弾ける。
 〝キャサリン〟に――笑みの残滓。

 視覚隅のウィンドウ、ハリス中佐からのライヴ中継に――途絶。
「やはりか」大佐に余裕の声。「〝キャサリン〟相手にここまで潜り込むとは、なかなかに侮れんな」
「急ごう、ミス・ホワイト」ハリス中佐が促す。
「どうするつもりかね?」大佐が投げて問い。
「教える義務でも?」冷たくマリィ。
「まさか」大佐が肩をすくめ、「老婆心だよ。いずれにせよこの艦から出るわけにもいくまい?」
「あら、」マリィが声を低めて、「エリックが載ってる艇は?」
「そう簡単に」大佐の頬に苦笑が一つ。「出られるとでも?」
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