9-1.伏兵

文字数 3,793文字

『〝ジェネラル・ニュース・アーカイヴ〟、ジョゼフィン・クレメンズです。〝テセウス開放戦線〟を巡る情勢に変化がありました。星都〝クライトン・シティ〟郊外において、目下戦闘が進行している模様です。お届けしているのは、衛星軌道の当社連絡船が撮影に成功した映像で……』
『現在展開されている戦闘について、〝惑星連邦〟軍はコメントを発表していません。ですが、間近に迫ったジャーナリスト解放については、何らかの影響が避けられないとの見方が……』



〈静かすぎるな〉
 ハンドルを握るロジャーに声。ヘッド・ライトを消したストライダの鼻先、非常灯の赤い光が照らす中には、人一人いない地下街が続く。
〈何か言ったか?〉
 助手席のジャックが訊き返す。フロント・ウィンドウを失い車内を吹き抜ける風の中、声の通りは冗談にもいいとは言い難い。
〈静かすぎやしないか!?
〈ああ、〉応じるジャックの声も心もち大きい。〈連中、待ち構えてるだろうな〉
 行き止まった角を折れて、ロジャーが訊く。
〈どの辺りだと思う?〉
〈連絡橋だろうな、多分〉
 マリィからの連絡にあった〝空港〟こと〝クライトン・エアポート〟は、軌道エレヴェータ基部と同じ人工島の上にある。シティから人工島を結ぶ連絡橋は、避けて通れない関門と言っていい。
〈この状況で待ち伏せするなら、あそこ以上の場所はない〉
〈待ち伏せ、か〉ロジャーが言葉を舌の上で転がした。〈またぞろ戦車かVTOLか? こうなりゃ何が出ても驚かねェぞ〉
〈偵察機とか狙撃兵とかな。迂闊に顔を出したら――〉ジャックが左手を持ち上げ、指先をこめかみへ突き立てる。〈ズドン――案外、馬鹿にならんぜ〉
〈心当たりがありそうだな、おい〉ロジャーがうそ寒げに舌を出す。
〈……まあ、な〉ジャックはハドソン少佐の顔を頭に描いていた。〈外れてくれてりゃいいが〉
〈すぐ〝ジョーンズ・ストリート〟――100メートル先で左〉
 ロジャーの聴覚に〝ネイ〟の声。連絡橋へ通じるメイン・ストリート下、地下街の幅も目に見えて広がる。
〈待った〉ジャックが左手をかざす。〈入るな。手前で曲がれ〉
 ロジャーは反射的に従った。進路を変え、脇道へ入る。
〈――いるのか?〉
〈多分な〉
 ジャックがロジャーの肩を叩く。
〈地下も見張られてるってか〉
 ロジャーがうそ寒い声を出す。連絡橋側に狙撃兵がいるなら、地下街でも見通しが良ければ狙われかねない。
〈そりゃいいとして、どこから出る?〉
〈そこ、角地で寄せて停めてくれ。当たりを付ける〉
 ジャックは意識を視覚の隅、〝キャス〟が描いた地上図へ。摩天楼が立ち並ぶ中、狙撃に向きそうな地点は掃いて捨てるほどにある。
〈手当たり次第か?〉
 ストライダを交差点近くのビルに寄せて、ロジャーが訊いた。
〈連中、張り込み場所の監視システムは立ち上げ直してるはずだ〉突撃銃を片手にストライダを降りたジャックが、端末へケーブルを伸ばす。〈他にいい方法があったら今のうちに言ってくれ――〝キャス〟?〉
〈気が乗らないわ、こんな手。まだるっこしいったらありゃしない〉
 ジャックが足を向けた先には〝ドナー・トレード・ビル〟のプレート。その脇、路地を入って裏手へ回る。
〈他にいい手があったらな〉
 言い置いて、ジャックが〝キャス〟を裏口の端末に繋ぐ。
〈うっわ、重ッ!〉〝キャス〟が悲鳴に似た声を上げる。〈駄ッ目ダメ、バリバリに感染してるわ〉
〈次だ〉
 ケーブルを抜いて、ジャックが路地から走り出た。街路の向かい、〝シルヴァ・ロジスティクス・カンパニィ〟の入り口へ。
 ストライダを前進させたロジャーが、降りてジャックの後に続く。
〈敵が張ってないんなら、そこから上に出られるってことじゃないか?〉
〈上から狙われる心配がなきゃな〉
 裏口、ケーブルを繋ぎながらジャックが応じる。
〈探し出してどうするよ?〉
〈決まってる〉さも当然とばかりにジャックが答えた。〈襲うのさ〉
 その聴覚に〝キャス〟のうんざりした声が乗る。
〈ここも駄目! あーもううっとうしいったら〉
〈自業自得だ。それで俺も付き合ってる〉
〈そりゃ自分で作ったんだけどさ。もう勘弁してよ〉
 ケーブルを引き抜き、さらに次――〝レオーネ・アドバタイズメント・ビルディング〟。
〈襲うとしてだ、〉突撃銃片手に周囲へ警戒の眼を配りつつ、ロジャーがジャックの後を追った。〈相手が1人とは限らんだろ〉
〈少なくとも本隊じゃない〉小走りに裏口へ回りながら、〈どっちにしろタダじゃ通してくれんさ〉
 裏口、警備用端末に〝キャス〟を繋ぐ。
〈ビンゴ!〉
 〝キャス〟が喜色さえ浮かべて告げた。その語尾を待たずにジャックが命じる。
〈警備ホストを押さえろ〉
〈今やってる〉
 今この瞬間にも、ジャック達の姿は警備システムに捉えられている。見分けられたら、ビルに潜む狙撃兵はおろか、ゲリラ全体に自分の位置を報せることにもなりかねない。
〈間に合った!〉〝キャス〟がジャックの視界へ警備ホストのモニタ映像を転送する。〈警報はまだ出てないわ〉
〈罠か?〉
〈かもね〉
 〝キャス〟に否定の声はない。警備ホストの稼働ログを遡る、そのさまが視界の隅を流れた。
〈でもログには残ってないわ〉
〈どうだ?〉
 ロジャーが訊いた。
 ジャックは裏口のドアへ顎を向ける。
〈やるぞ〉
 〝キャス〟がロックを外した。ジャックがドアを開ける。ドアの両側、2人が視線に重ねた銃口を巡らせる――クリア。〝キャス〟が監視カメラの映像をすり替える。合わせて前進。非常階段室へ。
〈何階あるんだこれ?〉
 ロジャーが訊いた。〝ネイ〟が地図と照合して答えを出す。
〈25階。よかったわね、低い方よ〉
〈……訊かなきゃよかったぜ〉
 警備システムをだましながら、1階づつ上へ。繰り返すこと27回、屋上へのドアへ辿り着く。
〈〝キャス〟、屋上のセンサに反応は?〉
 ドア脇に張り付きながらジャックが訊いた。
〈反応なし。向こうも警備をだましてる――んでしょうね。当たり。屋上の端末に繋いでる奴がいるわ〉
〈侵入できるか?〉
〈手間かかりそうね〉〝キャス〟が侵入を試みる。〈あー……軍用の匂いがプンプン、ちょっと面倒ね。ぶっ潰しちゃっていい?〉
〈駄目だ〉
 〝キャス〟を抑え、ジャックはロジャーへ眼を向けた。
〈やるぞ〉
〈相手の数と場所は? ――あー、判んねェか〉
 こちらも〝ネイ〟に状況を聞いたか、合点の行った顔でロジャーが小首を傾げる。
 ジャックが付け足した。
〈ああ、出口が狙われてる可能性もある。出たとこ勝負で飛び出すぞ〉
〈上から狙われてる可能性も……あるわな、やっぱり〉
〈足を止めるなよ――カウント3〉
 ジャックが指を3本立てる。ロジャーが頷きを返した。ジャックが身構え、指を順に折る。
〈3、2、1、ゴー!〉
 ジャックがドアを蹴り開けた。ロジャーが先に飛び出した。
 ドア脇、壁沿いを右へ動きながら視線を巡らせる。ジャックが続く。こちらは左側へ。
 ジャックは視線を左右へ投げた――人影はない。ヘルメットのセンサにも反応なし。
〈どこだ!?
 ロジャーから声。ジャックが振り返る前に銃声が連なった。ほぼ直上にセンサの反応。
〈上!〉
 跳弾の火花が床に閃く。ジャックは床を蹴り、振り向きざまに横へと跳ぶ。銃口を向ける。相手は2人。
〈待ち伏せだ!〉
 声を上げる間に、硬い音が足元に弾けた――手榴弾。とっさに伏せた、その先で爆発。軽装甲スーツが、雨と叩きつける破片を弾く。爆音の余波が耳にこびり着く。
 爆煙の中、生きている――それだけを確かめた。振り向きざまに銃口を上げ、引き鉄を絞る。弾幕を張って起き上がり、階段口を目がけて床を蹴る。
 腰のベルトから手榴弾を引き抜く。手にピンの抜ける感触。身体が覚えている距離感を頼りに、上へ。
 眼前に壁。階段口、ドア横へ張り付く。
〈伏せろロジャー!〉
 声を上げた、直後に爆発。
 壁を伝って回り込み、上へ続く梯子を見つける。伝って上がり、顔半分で爆煙の中を確かめる――いた。
 親指で突撃銃のセレクタを単発へ。銃口を覗かせ、引き鉄を絞る。1発、立ち上がりかけた敵をもう1発で薙ぎ倒し、さらに1発をその隣へ――こちらは先に飛び降りた。弾丸が跳ね、虚しく火花を散らす。
〈ロジャー、行ったぞ!〉
 声を上げると同時に飛び降りる。階段口の向こうに銃声、それが重なる。
〈クリア!〉
 ロジャーから声。聞いたジャックは、再び梯子に取り付いた。上へ出て、倒した敵へと駆け寄る。
 軽装甲スーツの胸当てを引き剥がす。中から端末を探り出し、〝キャス〟からのケーブルを繋ぐ。
〈〝キャス〟、やれ!〉
〈――ちょっとこれ自滅型トラップ!?
 瞬間、〝キャス〟の声が途切れる。
〈どうした、おい!〉
 さらに沈黙。
〈――もう! 〝身代わり〟がやられたわ〉
 〝キャス〟の罵声を聞いた聴覚にロータ音。それが複数、遠くない。これだけ派手にやり合えば、嫌でもこちらの場所は知れる。その道理に舌を打ちつつ、ジャックは声を上げた。
〈ロジャー、無事か!?
〈生きてる!〉
 ロジャーの声が耳に入った。声の方向へ手を、次いで顔を出す。ロジャーの無事な姿を確かめる。
 聞く合間に、ロジャーはもう1人の懐を漁っていた。端末を奪い、ロジャーが振り返る。
〈敵が来る。ずらかるぞ!〉
 ジャックは飛び降りた。ロジャーが先に立って階段室へ。ロータ音が近付いてくる。
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