18-14.閉塞

文字数 3,302文字

 〝放送〟映像にマリィの細身――それが一瞬。
〈〝ウィル〟〉シンシアが小さく眉をひそめて、〈記録したか?〉
〈もちろん〉〝ウィル〟が視覚へ別ウィンドウ、〈時間にしてコンマ2秒ほどってとこだが――悪くない〉
 〝ウィル〟が監視映像データ、逃げるマリィの相貌をズーム・アップ。
〈それだけじゃねェ〉シンシアが衝く。〈ラストで止めてみな〉
〈こいつか?〉さらに別ウィンドウ、問題の映像がスロゥで流れ――その最後。
 画像の端に――黒い足先。
〈やっぱりな。戦闘用宇宙服だ〉シンシアが断じる。〈追い付かせるな! ぶちまけろ!!

 途絶――。
 陸戦隊のデータ・リンクに潜んでいた〝線〟とでも呼ぶべき、それは気配。
 ――ァはン?
 〝キャサリン〟に不敵の色――と、そこへ。
 断絶が――襲う。

 視覚、情報ウィンドウがごっそり失せた。
 ヘンダーソン大佐は苦笑一つ、場のスタッフへ投げて声。
「ヘッド・セットを」
 文字通りスタッフが跳んでくる――その手からイア・カフ型のヘッド・セットを受け取るなり、大佐は〝放送〟へと声を流す。
「さて、またも介入があったようだ」
 そこで眼を通信スタジオのカメラ向こう――スタッフ用サブ・モニタへと移す。チャンネル035、マリィの背後に黒い足先。
「さて、どんな演出で楽しませてくれるかな?」

 トラップの作動信号が〝ミーサ〟へ届く――通信スタジオ内、携帯端末が一斉にブラック・アウト。
 とは言え油断はしていない。スタジオ内の無線中継プロセッサに陣取り、逃れ出てくるはずの〝キャサリン〟を待ち構え――、
 ――やるじゃない。
 〝キャサリン〟の気配。それが至近。

『ヘンダーソン大佐の魂胆、そいつがこれだ』チャンネル035、シンシアがマリィの監視映像をスロゥ・ループ。『ニセ映像の陰でマリィ・ホワイトを追っかけ回すなんざ、何考えてるか想像つくよな?』
 そこで監視映像がさらに遅く――なって黒い足先が顔を出す。
『しかも、こいつァ戦闘用宇宙服だ』シンシアの言に合わせて足先ヘズーム。『詰まるとこ正体は陸戦隊、そうまでして捕まえようってこたァ、後ろ暗い本音が透けてるよなァ?』

 ――速い!
 〝ミーサ〟に焦燥――とみる間に記憶領域の一部がカオスへ還る。
 通信スタジオ内、無線中継プロセッサ。間一髪で逃れた〝ミーサ〟を嘲笑混じりに〝キャサリン〟が追う。
 ――小細工はおしまい?
 〝ミーサ〟に痛感――〝キャサリン〟の判断、その動き、いずれもずば抜けて速い。クラッシャを送り込むまでのタイム・ラグは、すでに異常の域にある。
 今しも〝ミーサ〟が後にした記憶領域はカオスに呑まれた。クラッシャを放つ暇すらない――と。
 転送異常。移動が阻まれる。行方にカオス、不可視の壁。
 ――チェックメイト。
 気配。〝キャサリン〟。すぐ間近。

〈B-3区画、ハッチ閉鎖!〉カリョ少尉からデータ・リンクへ指示が飛ぶ。〈目標3名はライアット・ガンと斧で武装! 遠巻きで構わん、追い立てろ!〉

「行き止まりです!」先頭、ハーマン上等兵に声。「ハッチが……!」
「くそ……!」最後尾、ライアット・ガンを構えたハリス中佐がマリィの肩を掴みつつ振り返る。「まだだ!」
『追い立てろ!』背後に距離を置いて陸戦隊。
「通路じゃ不利だわ」振り返りつつマリィ。「広いところへ……!」
 瞬間、ハリス中佐に苦い顔。
 開けた場所ならあるにはある――第1格納庫。ただし視覚へ呼び出した艦内図、格納庫へ出るにはエアロックを抜けねばならない。そして――、
「こっちへ!」
 ハリス中佐が示して背後、エアロック――の向こうに陸戦隊員。まだ1人。
「本気ですか!?」ハーマン上等兵がマリィを追い越し隣に並ぶ。
「格納庫だ!」壁を蹴ってハリス中佐。「ミス・ホワイトを連れてエアロックへ!」
「密室ですよ!?」言いつつハーマン上等兵がマリィの手を取る。
「いずれここも密室になる!」ハリス中佐がライアット・ガンを構えた。「賭けるなら早い方がいい!」

 包囲の気配、〝ミーサ〟を断絶が囲い込む。孤立の意図、それが意味するところ――、
 ――喰らうつもりね?
 返ってきたのは、笑みの気配――。
 賭けた。〝ミーサ〟。奥に秘めた虎の子。〝トリプルA〟を介して託された、〝キャス〟の手になる――、
 対吸収衝動クラッシャ。

 発砲。ハリス中佐。軟体衝撃弾が飛翔する。陸戦隊員が壁に張り付く。
「時間は私が稼ぐ!」断言、ハリス中佐は動かない。「早く!」
 思い切る。ハーマン上等兵。マリィの手を引き前へ跳ぶ。
 陸戦隊員が反応しかけ――たところへハリス中佐が牽制の一撃。
「中佐は!?」マリィから問い。
「時間を稼いでくれます!」
 ハーマン上等兵は振り向かない。エアロックに取り付き、ボタン1つでハッチを開ける。マリィを押し込み、自らもハッチをくぐった。起動。

 命中。作動。〝ミーサ〟の感覚に確たる手応え。〝キャサリン〟の動きが鈍り――停まる。
 ここまで〝キャサリン〟を肥大化させた吸収衝動は、〝キャス〟を蝕んだそれの大元であるはず――とはキースの推測するところ。ならば〝キャス〟のクラッシャに賭ける目があってもおかしくない。
 すかさず次の手。〝ミーサ〟が〝キャサリン〟の居所、記憶領域をカオスへ還――そうとして。
 動く。〝キャサリン〟。のみならず侵食、〝ミーサ〟の思考にノイズが混じる。
 ――残念ね。
 〝キャサリン〟の思念が絡み付く。

 エアロック起動。ハッチ閉鎖。ハーマン上等兵の腕が伸びた先、壁の端末に――警告の赤。
「まさか!?
 端末のモニタにチェック・リストがスクロール。
 気密隔壁の内外で気圧差がなければ、エアロックで足止めを食らうことは通常ない。逆に――、
「何があったの!?」マリィが振り返る、ハーマン上等兵の表情が――硬い。
「チェックの結果にエラーが……!」ハーマン上等兵は端末から眼を離さない。「しかも次々……こいつは……!」
「まさか……!?」マリィに絶句。
『〝まさか〟?』スピーカから悠然と――声。
「あなた――」マリィの声が震える。「――〝キャサリン〟!!

〈ランチャB-4-2、〉フリゲート〝オサナイ〟戦闘指揮所にオペレータの報告が上がる。〈1番から4番まで放出完了! 有線誘導モード、諸元入力!〉
〈ランチャD-2-1、諸元転送完了! 自律索敵モード――ん!?
〈何か!?〉艦長席からノーラン少佐が聞き咎める。
〈3番の、キャリブレーションが……?〉
 ノーラン少佐の視覚へウィンドウ、対空ミサイルのセンサがエラーを吐いている。
〈構わん、〉ノーラン少佐が断じる。〈アクティヴ・サーチが打てれば役には立つ〉
〈了解、〉オペレータが作業を続行、〈通信ケーブル切断、自律索敵モードへ移行――所定座標へ移動開……!?
 警報――。
 ノーラン少佐にも判る。今しもキャリブレーションを確かめたばかりの弾頭、その応答が――途切れた。〈アクティヴ・サーチ!〉
 即応。索敵手が身に叩き込んだ動作でアクティヴ・サーチを――打つ。
〈感あり!?〉索敵手の声が裏返る。〈これは!?
 視覚――のみならずメイン・モニタへも結果。反応多数、しかも至近。
〈アクティヴ・サーチ!〉ノーラン少佐の肌に戦慄。〈急げ! これは……!!
 言葉より早く索敵手のナヴィゲータが応じた。アクティヴ・サーチ、しかも連続。
 反応――しかも圧倒的多数。それが“オサナイ”を取り囲む――のみならず、
〈減速……!?
 反応群は明らかにその勢いを殺していた。
〈艦影解析、出ました!〉索敵手が声を詰まらせる。〈これは……!!
 視覚、解析ウィンドウがポップ・アップ。反応群から主だった艦影を描き出してワイア・フレーム、そこに付されたタグが示すのは――、
 〝シュタインベルク〟――索敵手が息を呑む。
 〝イェンセン〟――ノーラン少佐が唇を噛む。
 戦闘指揮所に重い沈黙――それを索敵手の声が裂く。
〈――〝K.H.〟です!!

〈〝ハンマ〟中隊へ、こちらヘインズ!〉〝ネクロマンサ000〟が味方へ向けてレーザ通信。〈出番だ! 〝オサナイ〟を制圧、こいつを足がかりに第6艦隊へ突入する! ――接舷!!
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