5―3.発火

文字数 3,041文字

〈〝キャサリン〟、ゲリラの計画は!?〉ジャックは〝キャサリン〟に噛み付いた。〈ここでことを起こすつもりか?〉
〈それは何とも言えないわ。手元にあるのはただの組織図よ〉
〈くそ!〉ジャックはハンドルに八つ当たりして、〈マリィにコールを〉
 〝キャサリン〟の反応はなかった。代わりに〝キャス〟が応える。
〈うわ、すっごい妨害波! 軍用じゃないのこれ!?
 外との通信が断たれたのであれば、〝キャサリン〟を維持するネットワークも保たれないのが道理。ジャックは苦々しく呟いた。
〈……始まったか……〉

 この時、軌道エレヴェータ高高度に位置する通信モジュールを介して、軍用レーザ通信回線を駆けた声がある。
『〝カウンタ〟より全〝ショット〟へ。モード〝R〟、コード〝K〟』
 連邦軍の暗号表にない、それは言葉だった。

 銃声――。
 血煙と、悲鳴が上がった。
〈軍曹殿!〉移動中の装甲兵員輸送車MAT―9アルマジロ、その中で狼狽した1等兵が銃を構えた。〈何を……〉
 眼前には床へ倒れた伍長の姿と、それを撃った軍曹の拳銃――その向こうに据わる、冷徹な瞳。
 再び銃声。
 1等兵は事態を理解できぬまま崩れ落ちた。
〈こちら〝ウォトカ3〟、〉軍曹は輸送車内を見渡し、次いで声をデータ・リンクへ乗せた。〈制圧完了〉
〈〝ウィスキィ1〟、制圧完了〉
〈〝ラム4〟、制圧完了〉
 同様の報告が、データ・リンクを駆けていく。
 そして、通信回線は悲鳴で満たされた。
〈司令部、大隊司令部!〉
〈味方が撃ってくる! 攻撃停止を! 司令部!〉
〈くそ、応答しろ、〝イエロゥ2〟、〝イエロゥ2〟!〉
 連邦軍内では同士討ちが始まっていた。
 〝ハミルトン・シティ〟に展開する大隊本部にも、〝ハミルトン〟陸軍駐屯地にすらも、対応する動きはなかった――いずれも、似たような状況に陥っていたのだった。

 群衆の眼前で爆発、悲鳴、ややあって呆然、そして歓声――。
 自分たちを鎮圧に来たはずの装甲車MAT―9アルマジロ――それが味方の砲撃を受けて火を上げる。随伴する歩兵たちも同士討ちを始めている。
 警官隊の中にも似たような動き。
 やがて戦闘が収まった頃、今度は困惑の声が群衆に満ちる。
 その眼の前で、装甲車の上部ハッチが開いた。中から現れた兵士が、両の手で旗を掲げる。
 〝テセウス解放戦線〟――その手には、独立派ゲリラの旗印。
 群衆から、前にも増した歓声が上がった。

 ジャックは軽装甲スーツを身に着ける。胴体の他に両肩、前腕、すねに強化繊維装甲をマウントし、センサ・ヘルメットをかぶる。突撃銃AR110A2ヴァリアンスに軽機関銃SMG404ベア・クローと予備弾倉8本、加えて携行ロケット砲RL29を4発まとめて〝ヒューイ〟へ積み込むと、腰にMP680ケルベロス、右足首にP320ショート・ハンマの感触を確かめてアルビオンを後にする。アルビオンは自動制御の待機状態において、〝ヒューイ〟の鼻先を〝ハミルトン・シティ〟へ。
 その時、妨害波混じりの通信回線へ流れてメッセージ。

『我々は〝テセウス解放戦線〟である。非道なる〝惑星連邦〟に、これまで植民惑星〝テセウス〟の市民たちは搾取され続けてきた。だが、機は熟した。我々は〝惑星連邦〟に対し、惑星〝テセウス〟の独立を宣言する! すでに3基の軌道エレヴェータは全て我々の制圧下にある。志を同じくする市民たちよ、立ち上がれ! 今こそ決着の時である! ……』

 一斉に、軌道エレヴェータの運行スケジュールが書き替わっていく――。
 マリィは、軌道エレヴェータ・旅客ターミナルの出発ロビィでそれを眼にした。宇宙港行きの便全てに〝欠航〟のマーク、地上への到着便にも次々と〝遅延〟のマークが点灯していく。遂には運行案内盤、その中央に〝運航停止〟の一語が大きく重なった。
 宇宙港を目指す人々がごった返すロビィで、失望の溜め息が拡がった。
 それまでニュースを流していた大型モニタが切り替わる。〝LIVE〟のロゴを左上に掲げた画面の中から、緊張した顔のキャスタが告げる。
『速報です。先ほど、独立派ゲリラ〝テセウス解放戦線〟が、〝惑星連邦〟に対して惑星〝テセウス〟の独立を宣言しました。〝テセウス解放戦線〟は3基ある軌道エレヴェータを全て制圧したと発表しており……』
 マリィは傍、エリックと眼を見合わせた。
『こちらは軌道エレヴェータ管制室です』
 ロビィにアナウンスが流れ出した。皆まで聞かず、エリックはマリィの手を引いた。
「出よう」
『〝テセウス解放戦線〟は、戒厳令を発令しました。事態が沈静化するまで、軌道エレヴェータに対する出入りを禁止します。これは市民の皆さんの安全を確保するための措置であり……』
 人混みを掻き分け、2人は非常階段へ。ここにいる〝地球人〟がどう扱われるか、素人のマリィにも見当はつく。運が良くても人質扱いがいいところ、悪ければ見せしめの類にもなりかねない。
 人の影が群れなす隙間、ロビィの入り口に兵士の姿が垣間見えた。非常階段へ辿り着き、ドアを開ける。
 広くもない階段室、下方からは足音の群れ――〝テセウス解放戦線〟の兵士と窺えた。
 揃って上を見上げる――が、上は上でせいぜい屋上と機械室、大した逃げ場があるでもない。が、マリィは上への階段を駆け上がる。エリックもわずかに遅れて上へと向かった。
 機械室の前でマリィは足を止める。が、エリックは追い抜きざまその手を引いた。
「ここだとすぐ見つかる」
 2人はそのまま屋上へと向かう。

〈〝キャス〟、マリィの現在位置は?〉
 〝ハミルトン・シティ〟へ向けて〝ヒューイ〟を駆りつつ、ジャックは〝キャス〟へ問いを投げた。
〈軌道エレヴェータのターミナル・ビル〉端的に最も剣呑な答えを返して〝キャス〟。〈とっくに乗っ取られてるんじゃないの?〉
〈くそったれ!〉
 ジャックは〝ヒューイ〟をシティ外縁、北回りに走らせた。渋滞と暴動の地帯――早い話が市街全域――を可能な限り避けて、軌道エレヴェータのあるシティ西部へと向かう。
 しかしそれもつかの間――正面、ビル陰から戦車が飛び出した。128ミリ滑腔砲を巡らせるその姿は攻撃戦車AT―8ホプリテス。
 ジャックは急ブレーキ、〝ヒューイ〟はすんでのところでやり過ごす――その鼻先で、ホプリテスに対地ミサイルSSM―144アルバレストが命中する。内部から火を噴き出して、攻撃戦車は沈黙した。
『そこのフロート・バイク、止まれ!』
 まだミサイルの発射煙が残る中から、ジャックへ向けて声が飛ぶ。
 声の主はフロート・タンク、キャタピラの代わりにフロート・エンジンを装備した機動戦車MT―3ダリウス。
 砲塔上の12.7ミリ対人機銃がジャックへ向けて首をもたげる。そこへ一瞥をくれるなり、ジャックはスロットルを開けた。炎と残骸の陰を通って、さらにその先のビル陰へ。着弾の連なりが彼を追い――その先のビルで阻まれる。
 機動戦車が追いかける。高度を上げて、できたての残骸を乗り越え、ジャックへ向き直る。威嚇に機銃を1連射、そして恫喝。
『次は当てるぞ!』
 構わず、ジャックは右へ舵。再びビルの陰へと消える。その後、わずかに遅れて銃撃が壁を抉る。
〈〝ウォトカ1〟より〝ウォトカ2〟〉機動戦車が味方を呼んだ。〈敵を発見、追い込むぞ!〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み