14-8.苦闘

文字数 3,983文字

 6隻目が赤熱の果て、弾薬の誘爆と思しき煙の中に果てた。
 ロジャーは照準を目測で巡らせつつ――大体の勘は掴めつつある――電子戦艦〝レイモンド〟に取り付いた敵の数を思い返す。
 その数、すでに7隻。〝シュタインベルク〟が墜としたのは今までに3隻、残る数は一目で判る――6隻。
 それがここへ来て、急速に数を減じつつあった。〝シュタインベルク〟が対空砲火をこちらへ振り向けたからだが、その理由は優先目標たるタロスを救難艇〝シュタインベルク〟の中に見失ったからに他ならない。
 この期に及んでは墜とすべき目標を片付けつつ〝フィッシャー〟に接舷、中に乗り込んだタロスへ兵力を差し向けるしかない――が、そんな陸戦要員など存在しないのが実情――ただ一人、〝フィッシャー〟に残ったシンシアを除いては。
〈畜生、〉加速のGに耐えながらロジャーが呻きともつかぬ呟きを洩らした。〈〝フィッシャー〟はシンシアに任せっきりかよ……!〉
〈〝フィッシャー〟にはまだタロスが残ってる〉キースが思い当たった事実は果たして慰めになるものかどうか。〈1対2ならまだ勝負に持ち込める〉
〈忘れてるだろ、お前!〉ロジャーは一言でキースの楽観を打ち砕いてみせた。〈マリィはもう乗ってないんだぜ! ヤツらにゃ手加減する理由なんて残ってねェんだぞ!!

 手加減のない一撃が襲った。
 シンシアの操るタロスが身を翻したその鼻先、新たなタロスがかすめて過ぎる。返す爪先を見舞って敵の背。〝イプシロン1〟を再び壁面へめり込ませた〝シータ2〟が背後を左腕、高出力レーザで薙ぎ払う。灼熱の跡が這って回転居住区、その外殻。
〈この!〉
 頭上にその腕を捉えたシンシアは、力任せにねじ切り――かけたところで横腹へ蹴りを見舞われた。〝イプシロン1〟からの一撃と知る間に、頭上から〝シータ2〟の拳が降ってくる。振り払う挙動で隙をこじ開け、スラスタを噴かして左肩から相手の懐へ。
 〝シータ2〟はすかさず後退、衝撃を殺しつつ抱き込む右腕を回してくる。その腕を下から突き上げ、シンシアはスラスタの出力を上げた。勢いそのままに相手を前部隔壁へ――突っ込みかけたところで敵がスラスタ噴射、カウンタを当てにくる。
 自分を潰しに来たその推力。
 咄嗟に推力を反転、シンシアは取った相手の右腕を肩に負う――すかさず体を入れ替えて背負い投げ。あり余った推力が、ぶつかる先を失ってすっぽ抜ける。推進軸を見失った機体が壁に擦過の火花を散らして〝イプシロン1〟へと飛んでいく。
 シンシアも追う。スラスタの推力を前部隔壁に叩き付けて最大加速。側壁から身を引き剥がした〝イプシロン1〟が右腕の高出力レーザをシンシアの側へ振り向ける、その様が〝シータ2〟の向こうに垣間見えた――離れたら撃たれる。
 〝イプシロン1〟の眼前で〝シータ2〟が機体を立て直す、そこへシンシアは左肩から突っ込んだ。弾かれた〝シータ2〟が玉突きさながら〝イプシロン1〟を巻き込む。ヴェクトルが急転、機体が側壁に弾けてスピンに陥る。
 間を詰める。右腕の高出力レーザ、擬する先は姿勢を回復しつつある〝イプシロン1〟、その頭部跡。
 そこへレーザが薙ぎかかる。〝イプシロン1〟からの盲撃ち。咄嗟にかばった生身の上、両腕の鏡面装甲が光芒を弾く。灼熱の跡が壁面を走る。
〈くそったれ!〉
 シンシアがスラスタを噴かした。姿勢を立て直しかけた〝シータ2〟、その足元を引っかけて姿勢を再び崩し、勢いそのまま〝イプシロン1〟の胸元へ。モーメントを殺しに開いた四肢、その右腕を取るなり足を絡めて関節を極めにいく。
〈今だ、撃て!〉
 オープン回線に〝イプシロン1〟の高速言語。視界の端に〝シータ2〟――その右腕、高出力レーザの昏い砲口と眼が合った。

 強烈な電磁波――アクティヴ・サーチ。
〈伏せろ!〉
 キリシマ少尉の指示一つ、〝クロー・ハンマ〟が伏せて床。
 無人機ゴーストの足元に撃ち込まれた索敵擲弾、そのアクティヴ・サーチが露わにするのはゴーストの群れと整備ブースのシルエット。
〈手を変えてきたな〉
 キリシマ少尉が遠く反射波を感知しながら呟いた。敵は積極策に出た――自らの位置を明かす危険と引き換えに、〝クロー・ハンマ〟の位置を暴きに来ている。火力に自信を持ってのことか、小心が圧力に耐え切れなくなったか、いずれにしろ始末が悪いことには変わりない。
 もっとも、反射波が描き出す戦術マップの中に敵の影は見られない――ここで尻尾を出すようなら陸戦要員として失格だが。逆を辿って考えたなら反射波の陰、かつ索敵擲弾を撃ち込めた場所に敵は潜んでいる――そう自ら宣言したに等しい。そして放置しておく選択肢もない。キリシマ少尉が下して断。
〈〝ブラヴォ〟と〝デルタ〟は俺と正面から来い。ノイス曹長と〝アルファ〟は右翼、〝エコー〟は左翼から接近。できるだけ近付くな、囮の可能性が高い〉
〈自分が先行します〉そこで小隊副長ノイス曹長が唱えて異。〈罠の可能性があるなら、本隊を危険に晒すのは得策ではありません〉
 キリシマ少尉としては絶妙のタイミングで機先を制された形になる。
〈お前は副長……〉
〈少尉は小隊長です〉キリシマ少尉の語尾を断ち切ってノイス曹長が口を挟む。〈自ら囮になるのはリスクが大き過ぎます〉
 キリシマ少尉としては返す言葉がない。阿吽の呼吸が時として仇になる。女房役の頑固さ加減を少尉は嫌というほど知っていた。
〈議論してる時間はない〉呆れ気味に嘆息一つ、キリシマ少尉はノイス曹長の肩に手を置いた。〈先鋒はお前に任せる。俺と〝ブラヴォ〟、〝デルタ〟が掩護する。索敵擲弾を遅延信管で使え。恐らく敵は発信のタイミングで仕掛けてくる――気を付けろ〉
〈は!〉
〈よし、散開!〉
 上下左右の壁面沿いに〝クロー・ハンマ〟が移動する。先陣を切ってノイス曹長、物陰伝いに索敵擲弾の電磁波を避け、這い寄る。狙いはやはり電磁波の陰、発信源から距離をおいた無人機の一機。遅延信管をセット、撃ち込んで索敵擲弾。
 信管が作動するまでに5秒、その間に発射位置から移動する。
 アクティヴ・サーチ。それまで電磁波の影にあった無人機の側面をあぶるように電磁波が舐める。
 と、それまでノイス曹長がいた一点を襲って徹甲散弾。無人機を蜂の巣よろしく貫き通し、虚しく空を切り裂いて過ぎる――に留まらず、さらに徹甲散弾。今度は他所、それまで電磁波の影にあったところを狙って連発。その数は実に6発にも及ぶ。
〈突入!〉キリシマ少尉の命令は簡を極めた。〈蹴散らせ! 敵に次を撃たせるな!!

 網膜を灼かんばかりの、光。シンシアは思わず生身をかばった。間に合わない――間に合っていたはずがない。
 続いて衝撃。そこに痛み――違和感。感覚がある。そこで気付いた――生きている。
 これは敵のレーザではない。高出力レーザを浴びていたなら、痛みを感じる暇などない。
 閃光衝撃榴弾――そう気付いて我に返る。〝イプシロン1〟の腕を取り直し――損ねた。わずかな隙にすり抜けた。
 側壁にタロスの機体がぶち当たる。跳ね返る。
 探す――闇。視覚が閃光にやられていた。
『生きてるか!?
 データ・リンク越しに届いた声――イリーナ・ヴォルコワ。あの女探偵。
「生身で出て来んな!」鋭く警告。遅れて感謝。「助かったぜ。けどあとは引っ込んでろ!」
 と言ってはみたものの、振り回した腕に手応えはない。ただし敵も条件は五分、一通りのセンサは機能を一時的に失っていると見る。あとは時間の勝負――シンシアの眼と敵のセンサ、どちらが先に回復するか。
 ――思い至る。敵は正面装甲を開いてしまえば生身の眼が使えてしまう。直視で探しに来られたら先を越される。
 思う端からタロスの身体が側壁を叩く。下手をすればこの音から居場所を特定されかねない。〝ソルト・ボトル〟の姿勢を安定させるにしてもスラスタの噴射音から悟られる――そこで気付いた。
 ――音。
 聴覚センサは麻痺したが、気密ヘルメット内の生身の耳はまだ護られて生きている。そして艇内にはまだ空気がある。一も二もなくマニピュレータを操作、ヘルメットのヴァイザを開放する。
 タロスの姿勢が安定した。スラスタの噴射が止まる。無音――の向こうに噴射音。
 すがるように飛び付いた。手応えを得るや、四肢を求めて探り――当てた。腕か脚か、極めるべき関節をまさぐる間に轟音が弾けた。
 途端に四肢が重くなる。恐らくは直撃、それも背面上部の動力系を撃ち抜かれた。
 咄嗟に除装。這い出しつつ、手探りで腰のホルスタから抜いてP45コマンドー。
 殺気が肌に突き刺さる。空気が冷たく張り詰める。這い上がる。宇宙服越し、敵の感触をその手に確かめる――太い。胴部、その下方。正面装甲の継ぎ目があるのは下腹部、そこにコマンドーを突き立てる。
 引き鉄を絞る。撃つ。撃って、撃って、さらに撃つ。防弾素材が弾丸を阻む鈍い音――それがさらに鈍く、重くなっていく。なおも撃つ。抜けた、その手応え。まだ撃つ。タロスの装甲内を弾丸と破片が跳ね回る、その音が触覚を通じて伝わる。
〈このおォ!〉
 無線越しに〝イプシロン1〟の悲鳴。撃つ。背後、乗っていた〝ソルト・ボトル〟の巨躯が横に弾かれた。まだ撃てる。引き鉄をまた絞る。撃つ。敵がのたうつ。撃つ。
 敵が振りかぶる、その気配――咄嗟に跳び退く。〝イプシロン1〟の拳が下腹部を打つ――すんでの差。
 視覚が戻りつつある。その眼が暴れる〝イプシロン1〟を捉えた――途端に背が壁を打つ。
 くぐもった爆音が衝いて耳。タロスの正面装甲が爆砕ボルトで破棄された、その音と判る。理由は一つ。
 聴覚を頼りに銃口を向ける。残弾はあと6。
 シンシアは賭けた。おぼろな視界の向こう、敵の音像へ向けて速射、残弾全てを叩き込む。
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