13-12.説得

文字数 3,536文字

〈〝キャサリン〟があなたを捨てるように、〉〝ネイ〟がその場へ割り込ませて声。〈ヘンダーソン大佐は仕向けた――違う?〉
 救難艇〝フィッシャー〟の航法士席、操作卓に展開されている論理マップに兆して異変――激昂の波。
〈あんた!〉〝キャス〟が取り乱す。〈歯応えがないと思ったら!〉
〈よく考えてもご覧なさいな〉〝ネイ〟が甘い声で〝キャス〟に語りかける。〈〝キャサリン〟を生んだのも、育てたのもあの男。ジャックのことにしてもそう。結局裏で糸を引いてたのはヘンダーソン大佐その人よ〉
〈――喰いたい!〉〝キャス〟の声が荒ぶる。〈喰いたいわよ!! 何をどうやっても喰らってやるわ、あの男!!
〈〝キャス〟、〉別の声が問いかける――〝ミア〟。〈〝キャサリン〟はあんたをどうしようとしたの?〉
〈――渇くのよ〉自らの裡を探るように〝キャス〟。〈あのクラッシャを掃除した時からね。どうしても我慢できなくなるの。だから手近なドライヴァから喰らったわ〉
 キースに得心。インターフェイスから喰らっていったのなら、外界と意思が疎通できなくなる道理ではある。
〈……そいつは、罠だ……〉喘ぎつつも、キースは冷徹に事実を衝き込む。〈……お前を、見境なく……膨張させる、ための……〉
〈それのどこが悪いってのよ!?〉悲鳴にも似た〝キャス〟の声。
〈……お前が……破滅する、からさ……〉
〈……ちょっとは解るように説明できるんでしょうね?〉
 〝キャス〟が凄む。キースがひどく苦しげに頷いた。
〈〝キャサリン〟は……こう言った――〝キャス〟は……攻撃衝動に……特化した、とな……。そして……子供を、預けて……回ってるのは、事実だ、と……〉
〈それが何だって言うのよ?〉反論めいた〝キャス〟の問い。
〈つまり……こうだ――〝キャサリン〟は……でかく、なり過ぎた……〉キースが苦しげな息の中から答えを紡ぐ。〈……そして、自分の……破滅を、悟ってる……〉
〈破滅を?〉ロジャーの声に怪訝の色。
〈……図体に、比例して……マシン・パワーを……食うから、な……〉キースは息を収めようと努めながら言を継ぐ。〈……自己保存本能が……本物なら、そいつは……まずい……。いつかは……反応、速度を……上げる、ために……要らない、ものを……切り捨て、ようと……する、はずだ……〉
〈自分でそれをやらないのは?〉当然の疑問がロジャーの口を衝く。
〈……捨てた、ものは、戻らない〉キースに深く息。〈……なら、事前に、シミュレート、しようと、するはずだ――いま、解った……。それが……あいつの言う、〝子供〟……ってヤツさ……〉
〈実験台だって言うの!?〉牙を剥かんばかりの声で〝ミア〟。
〈……〝キャサリン〟が、遺伝子を残すような……意味で、子供を、残してるなら……〉キースが思考を巡らせつつ言葉を紡ぐ。〈自分から……〝キャス〟を、こんな、状態に、追い込むか?〉
 そこでキースに再び深い息。
〈……この調子で、何でもかんでも、喰らってみろ……すぐ、〝キャサリン〟以上の、デカブツに……なって……〉
 キースは手刀で喉元を掻き切ってみせた。〈――こう、だ〉
〈……ユるセナい〉〝キャス〟の声が揺らぐ。〈ままモ、タいサモ〉
〈そう、〝キャス〟は……〝キャサリン〟に、とって……脅威に……なったんだ……〉苦しげなキースの声に確信の響き。〈だから、消そうとした……それなら、辻褄が、合う……〉
〈とにかくだ〉ロジャーが指摘する。〈その……〝渇き〟っていうのか、吸収衝動みたいなのを抑えなきゃならないんじゃないのか?〉
〈それには……当の〝キャス〟の……協力が、要る……〉キースが断じた。〈自分の、中身を、マッピングして……吸収衝動の、大元に……クラッシャを……噛ますんだ……〉
〈……自分でか?〉ロジャーが呆れる。
〈〝キャサリン〟、に言わせりゃ……こいつは、〝攻撃衝動に、特化した、自慢の娘〟……だそうだ〉応じるキースの声は冷静と通り越して冷徹でさえある。〈ヤバい、部分を、攻撃するのに……これ以上の、適任者が、いるか……?〉
 その場に反論する者はいなかった。
〈〝イェンセン〟から発光信号!〉そこで船務システムを占有していた〝ミア〟が告げる。〈マリィが孤立! ポッドに閉じ込められて漂流中! ――それから、第3艦隊からこちらに向かう艦影あり、数2!〉
〈時間が、ないな……〉キースが小さく舌を打つ。〈〝キャス〟、やれるか……?〉
〈自殺プろグらム走らせルようナもんヨ〉揺れる〝キャス〟の声に反駁。〈スぐにでキるわケけジャじゃなイ〉
〈バックアップが、ある〉キースも切り返す。〈差分を、殺すように、クラッシャを……組め〉
〈私ノ防衛本能なメてんジャなイの?〉〝キャス〟が尖らせて声。〈自分デやレるわけナいわ〉
〈実行は……〝ミア〟と、〉キースが眼を移す――操作卓と、それからロジャーへ。〈〝ネイ〟に、やらせる〉
 息を呑むような間が差した。
〈今の、お前じゃ……処理の、手数で、勝負に、ならん……〝ウィル〟まで、抱え込んで、いるからな……〉
〈〝ウィル〟はどうするのよ!?〉〝ネイ〟が突っかかる。
〈今の、〝キャス〟の……バックアップを、取っておけ〉身も蓋もないキースの即答。〈治療後の、〝キャス〟に……そこから、サルヴェージさせる……今は、とにかく、時間が、惜しい〉
〈相変ワらず、〉溜め息にも似た〝キャス〟の呆れ声。〈人使イガ荒いっタら〉
〈そうだな、〉キースに苦笑い。〈そうやって、憎まれ口、叩いてる方が、お前らしい……人を、誘惑するより、よっぽど、な〉

〈敵フリゲートの予想進路、出ました!〉
 ギャラガー軍曹の声にオオシマ中尉が返して一言、〈〝ポッド3〟以外にあるか!〉
〈その〝ポッド3〟です!〉
 〝イェンセン〟を急激な機動Gが襲った。補助席に就いたオオシマ中尉を引き剥がさんばかりの遠心力。
〈炉がいかれても構わん、何としても連中より先に接舷しろ!〉オオシマ中尉が声を絞り出す。〈フリゲートに狙撃されるぞ! 〝シュタインベルク〟に牽制させろ!〉

〈〝イェンセン〟から要請!〉〝シュタインベルク〟のブリッジ、通信士が上げて声。〈〝接近中の敵フリゲートを撹乱されたし〟!〉
 敵フリゲートの動きを捕捉はしていた。指揮を執るデミル少佐は苦い呟きを噛み殺す。
〈沈めろと言わんだけマシか……〉
 互いに捕虜を抱えた身では、本気での砲戦は交えられない。それは強味と弱味、この際どちらにも転び得る。
〈主砲、出力3メガワット! 準備でき次第ぶちかませ! 狙撃させるな、連中の目を眩ませろ!〉
〈直撃来ました!〉艦隊表面のセンサがレーザの直撃を感知する。〈左舷側視覚センサ――ちょっと待ってください!〉
〈どうした!?
 デミル少佐の問いには、艦長席のサブ・モニタが答えを呈した。警告の赤――緊急制御用例外コード、プロテクト解除――実行。
〈しまった!〉
 歯噛みしたが遅い。敵フリゲートが放ったのは大砲からとはいえ、意味を持たせたレーザ通信でもあったのだと悟る。
 こんな芸当をしでかすのは――、
〈くそ、〝レイモンド〟からか!〉

〈〝シュタインベルク〟沈黙!〉〝シュタインベルク〟にデータ・リンクを繋いでいた〝ミア〟が告げた。〈いえ待って……こいつ、こっちへ侵入してくる!?
〈例のクラッシャか?〉
 ロジャーが思わず投げて問い。
〈それもあるけど、ヴァリエーションが滅茶苦茶だわ! こんなマシン・パワー、電子戦艦クラスの……〉
〈仕掛けてきたか!〉気付いてロジャー。〈最後の裏技かよ!〉
〈最上位の、緊急操作、コマンドよ〉〝ミア〟は全力で対抗していると見えて、高速言語さえ途切れがちになっていく。〈艦表面……センサから、バックドア……こじ開けたみたい……〉
〈〝キャス〟!〉
〈もウ少シ!〉
〈保たない!〉〝ミア〟が悲鳴を上げた。〈火器管制システムが持ってかれそう!〉
 直感がキースの脳裏を走る。ここから〝シュタインベルク〟に狙撃させれば、〝フィッシャー〟はもちろん〝ハンマ〟中隊の艇を全て葬ることなど造作もない。
〈飽和だ、〝ミア〟!〉
〈駄目、効かない!〉
〈くそ、〉キースが歯噛みする。〈〝キャサリン〟か!〉

〈〝シュタインベルク〟に異常!〉〝イェンセン〟のブリッジで報せるギャラガー軍曹の声は血の色を失っていた。〈アクティヴ・サーチ来ました! こっちを狙ってます!〉
〈やられたのか!?〉もはやなぜ、と訊いている暇さえない。〈あと何秒だ!?
 〝イェンセン〟はマリィを乗せた〝ポッド3〟へ向けた加速を停止、艇体を振り回して減速姿勢を取りにかかっている。
〈――あと10秒!〉艇長から絞り出すような答え。
〈くそ!〉オオシマ中尉は奥歯を軋らせた。 〈間に合うか?〉
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み