17-6.惑乱

文字数 3,760文字

『抹殺、ね』声を潜めてマリィ。『〝テセウス〟で指揮を執っていた人物も?』
『〝K.H.〟――かね?』小首を傾げて大佐。『君も見たろう。キリル・〝フォックス〟・ハーヴィック中将も〝偽りの独立〟に加担した裏切り者に過ぎんよ』
『ハーヴィック中将は〝地球人〟だわ――しかも生粋のね』マリィが衝き込む。『それどころか独立派ゲリラの天敵よ。〝フォックス〟の二つ名も植民惑星の独立運動を潰して回った産物よね?』
『単刀直入に聞こうじゃないか』ヘンダーソン大佐が先を促して眉一つ。
『そんなハーヴィック中将が〝テセウス〟の独立運動の最高指導者? ――そんな暇あったはずないわ』断じてマリィが大佐を見据える。『〝テセウス〟で指揮権を握っていた人物がいたはずよ――ハーヴィック中将の、その他に』

『……何だと?』ネット越しの声が低まる。
『今すぐこちらと連携を……!』ニールセン大尉が言い募る。
『無理な相談だ』一蹴。
『しかし……!』ノース軍曹が食い下がる。
『連携は取らない』断言。『こちらで対処する』
『この石頭が!』
『奔放すぎるのも考えものだな』相手は鼻息一つ、『こうやって羽目を外しすぎることにもなる』
『こちらは名乗ったぞ』ニールセン大尉の声にはっきり不快。『所属と姓名ぐらいは訊いてもいいだろう』
『ケント・ターナー大尉』相手は素っ気なく言い捨てる。『空間警備隊〝クライトン〟管区第1警備部隊』
『続きがありそうだな』ニールセン大尉がさらに衝く。
『――情報警備大隊第2中隊長』ターナー大尉が苦く結ぶ。
『なるほど、腕っこきか』ニールセン大尉が唇を噛む。『マシン・パワーが要るかもしれん。手伝える時は……』
『その時は改めて頼むとするさ』言い残してターナー大尉の声は途切れた。

〈繋がるのか?〉訊くキースの声が丸くない。
〈そいつを試してみるってわけよ〉ロジャーが人の悪い笑みを覗かせて、〈直通回線で直接かけ合ってみる〉
〈手前!〉シンシアの声がいつになく尖る。〈――いつの間に!?
〈お前さんの雇い主だろ?〉なだめるようなロジャーの声が匂わせて穴。〈ちょっと頼まれ事があってな、そいつのついでだ〉
 ロジャーは戦闘用宇宙服の胸、二重のファスナを下ろす。中から取り出したのは――データ・クリスタル。
〈こいつがキィだ〉ロジャーがクリスタルを読み取り機へ挿し込む。〈さァて、回線が生き残っててくれてりゃいいがな――〝ネイ〟?〉
〈ちょっと待って――〉返して〝ネイ〟。〈――OK、繋がったわ〉
『やあロジャー』呑気な声がスピーカに乗った。

〈侵入用意〉宇宙港〝クライトン〟、管制中枢の一角でターナー大尉。〈〝ヴィッキィ〟、〝メルカート〟への直通回線を〉
 大尉のナヴィゲータ〝ヴィッキィ〟が視覚へ宇宙港の管制マップ。錨泊中の宇宙船群、その一隻をズーム・アップ。立ったタグには運行状況と所属、見るものが見れば判る〝メルカート〟の関連会社。
〈眼の付けどころは悪くないが、〉ターナー大尉の奥歯に苦味。〈密約に踏み込むか。無知は怖い〉
〈承認取得〉〝ヴィッキィ〟が示して暗号キィ、そこに付されたサインは――ピエトロ・ドナトーニ。
〈影のドン直々か〉ターナー大尉に舌なめずり。〈賊を相手取るには気合が入ってるな――行くぞ。目標、軌道エレヴェータ管制中枢!〉

『〝テセウス〟での指揮権、か』片頬だけで笑ってヘンダーソン大佐。『つまり、その人物が実質上の指導者だと?』
『断言はまだできないけど、』眉を小さくひそめてマリィ。『あなたの他に人材がいてもバチは当たらないはずだわ』
『なぜそう考えるね?』大佐が小刻みに揺らして肩――笑い。『それこそ〝偽りの独立〟の片棒を担いだ急先鋒だろうに』
『〝テセウス解放戦線〟の結成当初まで遡っても?』むしろ冷気さえ帯びてマリィの声。『だとしたら罠にしても気の長い話ね』

〈キース、侵入を検知〉〝キャス〟が声を潜めつつ、〈軌道エレヴェータ管制中枢。早速来たわね〉
〈かませるか、逆侵入?〉問うキースの声に確信の色。
〈私を誰だと思ってんの?〉応じる〝キャス〟に不敵の一語。
〈引きずり出せ〉慣れた口調でキース。〈手掛かりがあるかも知れん〉
〈言われなくても〉鼻歌の一つも鳴らさんばかりに〝キャス〟。〈芋づる見逃すほどヤワじゃないわ〉

『久しぶり、と言いたいとこだけど』呑気の一語を声に乗せて〝トリプルA〟。『――さて、僕を公開処刑にでもする気かい?』
 〝オーベルト〟の管制中枢に、息を呑む――その気配。
「だと思ったらノコノコ出てきやしねェだろ、〝トリプルA〟ともあろう者が?」軽くいなしてロジャーの鼻息。「約束はちゃんと守ってるさ――こっちはこっちで切羽詰まっててね、助けてもらいたいことがある」
『だとして僕に何の得が?』涼しい声で〝トリプルA〟。『それよりエミリィの声が聞きたいね』
「というわけで」ロジャーがデータ・リンクの向こう、シンシアに頷きかける。「晴れてご対面てわけだ。涙が出るね」

『連邦の工作は、』大佐の声に興味の色。『つまり途中からだったと?』
『でもなければ支持も集まるわけないでしょう』マリィが打ち返す。『ハッタリだけの独立劇じゃね。違う? それとも――』
 息一つ、深緑色の瞳が見据えて大佐。
『――都合の悪い事実は書かれていないわけ? 〝サラディン・ファイル〟には』

『何だよその約束ってなァ!?』シンシアがなおロジャーへ突っかかる。
『君に張り付いてもらっていたわけだよ、エミリィ』答えを示したのは〝トリプルA〟。『いきなり消えるのは勘弁して欲しかったな』
『……悪かったよ』バツの悪そうな沈黙の底から、辛うじてシンシアが申し訳を立てる。『結局のとこオレの過去が絡む話だったんだ。あんたを巻き込むわけにゃいかなかった』
『にしてはドライじゃないね』〝トリプルA〟に兆して溜め息。『ビジネスライクな付き合いだと思っていたけど?』

〈まァ大胆ったら〉〝キャス〟の声がほくそ笑む。〈まだ来るわよ〉
 キースの視覚へ描き出されるネットワーク図、異物を示した橙が侵蝕の手を深めていく。
〈そう言うな〉キースが細めて眼。〈せっかくのカモだ。歓迎してやれ〉
〈あーやだやだ、陰険〉〝キャス〟の言葉は裏腹に踊る。〈この手口、見覚えあるわ。ちょっと期待外れかな〉
〈いいだろう〉顎を掻いてキース。〈釣り上げろ、〝キャス〟〉

 大佐の喉に兆して笑い。『――〝キャサリン〟?』
『OK、』応じて〝キャサリン〟。『なかなか鋭いじゃない。データあるわよ』
 マリィが相貌をはっきり細める。『――知っていたの?』
『知らずにいた方が、』大佐の声になお余裕。『幸せなこともあるものだよ』
『おためごかしはやめて』マリィの声が冷える。
『君の心を思ってのことだとも』大佐が芝居がかって肩をそびやかす。『どうしても――と言うなら、止めはしないがね』

『ああもう悪かったってば!』頭を掻きむしらんばかりに呻いてシンシア。『それじゃ何か? 借りを返しゃ頼みを聞いてくれるってか?』
『少なくともロジャーは僕の頼みを覚えててくれたってわけだ』苦笑を匂わせて〝トリプルA〟。『まあ好奇心を隠すつもりもないだろうから、そこは利害の一致ってとこだね。音信不通はいただけないけど』

〈はい釣り上げ……っとっとっと〉〝キャス〟に兆して色。〈写し身? ――なかなか陰険じゃないの〉
〈手こずるか?〉キースが訊く。
〈ひねりは利いてそうね〉舌なめずりせんばかりに〝キャス〟。〈でもまだまだ――よ!〉
 視覚、ネットワーク図に侵蝕する橙を一気に囲い込んで青。撤退の隙も与えず包囲殲滅、一気に異物を染め上げる。

『さて、ロジャーにはもう一つ頼んでおいたことがあってね』〝トリプルA〟の声が一段低まる。『エミリィ、君の狙いを探り出すことだ』
『……シャバへ戻れるなら戻る気でいるさ。これでいいか?』強がってみせるシンシアの声にはしかし分が良くは見えない。
『じゃ、少なくとも君には精算の一つもしていってもらおうかな』〝トリプルA〟の意地悪げな声が含んで笑み。
『こちとら急いでる』シンシアがしびれを切らさんばかりに、『何が望みだ?』
『まず前提だ。〝シャバへ戻れるなら〟と言ったね?』当を得たりと〝トリプルA〟。『君のとっての〝シャバ〟はまだあるのかな?』

〈さァて、と。洗いざらい吐いてもらおうかしらね〉〝キャス〟の声に悪役顔。〈並のバック背負ってるわけじゃなさそうだけれど?〉
 抵抗の跡が、しかし半秒も続いたかどうか。視覚に〝キャス〟が新たにウィンドウ、侵入者から絞り出したデータをスクロール。
〈〝連邦〟の公式――?〉キースがその一角、クラッシャの名に眼を留めた――〝シヴィリアン〟。
〈出処は――へーえ〉〝キャス〟が鳴らして鼻、と同時にウィンドウへ明滅して一語。〈空間警備隊の、情報警備大隊〉

『お気持ちだけで結構よ』言い捨ててマリィの眼尻に険。『いま必要なのは事実だわ、違う?』
『いま一度訊こう』むしろ優しげに大佐の問い。『いいのだね?』
『何を今さら』胸先で跳ね返してマリィ。『構わないわ――ここまで来たなら』
『ならば答えよう』ヘンダーソン大佐が、ことさらにゆっくりとカメラへ向き直る。『ただしそのためには、まず知ってもらう必要があろう――〝K.H.〟の正体というものを』
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