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文字数 5,099文字

〈け!〉シンシアが舌打ち一つ、〈大した面の皮だぜ〉
 視覚にはチャンネル001、〝放送〟越しにヘンダーソン大佐、その不敵。
 そこへ声。『けど、大義名分を狙うくらいの計算は働いてるね』
『〝トリプルA〟!』シンシアの声に怪訝の色。『〝トーヴァルズ〟は!? 弾かれたのか!?
『〝裏口〟を塞がれたよ』〝トリプルA〟は苦笑気味。『外部からの干渉はこれが限界だね』
『マリィは!?
『僕は神じゃない――残念だけど』事務的に〝トリプルA〟。『だけど敵のナヴィゲータを黙らせた。それに〝ウィル〟と〝イーサ〟も、ハリス中佐とかいう証人だって残ってる』
『孤立してるじゃねェか!』シンシアが歯を剥いた。『電子戦艦が相手だぜ!?
『マリィ独りより状況はマシさ』〝トリプルA〟は悪びれもしない。『それに敵も完全ってわけじゃないらしい』
『遊んでる時間はねェんだ、』シンシアが苛立ちを噛み殺しつつ、『いい報せなんだろうな!?
『出てこなかったんだよ、』〝トリプルA〟が声を潜めて、『〝キャサリン〟が』

「何を勝手な!」後ろ手のハリス中佐が歯を軋らせる。
 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟第1格納庫横、エアロック横でハリス中佐は陸戦隊員らへ睨みをくれる。「これが貴官らの指導者か!」
『優先すべきは惑星〝テセウス〟と星系〝カイロス〟の秩序です』カリョ少尉の声が聴覚へ。『大佐の功績なくして、それが成立するとでも?』
「我欲の塊に!」ハリス中佐から怒り。「〝テセウス〟を売り渡してでもか!?
『では連邦の首脳部に、』負けず、カリョ少尉の声にも静かな怒り。『――我欲の影がない、とでもおっしゃる?』
「……平行線か」ハリス中佐が歯を軋らせる。
『犠牲を抑えるためなら、』頑然、カリョ少尉。『それも一手というものです――中佐の拘束を解除』
『は』中佐の背後、陸戦隊員がプラスティック・ワイアへナイフを入れる。
「よく言う」鼻息一つ、ハリス中佐――の視覚へ文字列。
 いわく『チャンネル001介入準備完了――〝ウィル〟』。

 電子音――が手許、携帯端末から。
 キースが眼を一瞬――だけ落としてヘンダーソン大佐へ向き直る。
 フォーク軍曹の携帯端末、モニタに文字列、読み取れたのは『SOS from 〝Cath〟(SOS 〝キャス〟ヨリ)』
 引き抜く。ケーブル。携帯端末2台が孤立する。
「それで、」〝放送〟越し、キースが大佐へ厳しく眼。「大佐がマリィを――エアロックにいる〝実物〟に手を出さない保証はどこに?」
『簡単なことだ』大佐が口の端を吊り上げる。『そちらが干渉をやめればいい』
「よく言う」キースが鼻白む。「マリィを殺す動機がこちらにあるとでも?」
『私を陥れる理由なら』大佐が声を低めて、『事実、今回の〝茶番〟でも〝実物〟のミス・ホワイトは無事だった』
『異議あり!』チャンネル001、そこで割り込む声がある。『こちらスコット・ハリス中佐! 〝ゴダード〟第1格納庫前から引き続きエアロックを監視中!!

〈割り込まれたか!〉カッスラー大佐が眉をひそめる。
 電子戦艦〝トーヴァルズ〟戦闘指揮所、モニタの一つにカッスラー大佐が仁王立ち。
〈しかもこっちの庭でですよ〉クィネル大尉が舌を打つ――モニタの副表示は『チャンネル001』。〈〝クラリス〟でも止められなかったか……!〉
〈洗え〉一言残してカッスラー大佐が背後へ、〈電子戦中枢、パワー解放!〉

〈割り込め!〉デミル少佐が号令を下す。〈回頭後主機関全開! 撹乱幕を焼き払え!!
 フリゲート〝シュタインベルク〟が急回頭、主機関の噴射炎を〝オサナイ〟の傍らへ。プラズマ化した推進剤は撹乱幕の粒子を灼いて、光の柱を描き出す。
〈感あり!〉索敵士の声とともに戦術マップの霧が晴れる。〈敵揚陸ポッド、数――1!!
〈1!?〉砲術長席、ウィルキンス大尉が声を尖らせ、〈数が合わん!!
 その間にも揚陸ポッドは戦闘機動、ランダムな軌跡を曳きつつ〝オサナイ〟至近へ。
〈構わん!〉デミル少佐が即断、〈墜とせ!!
 すかさず対空レーザ、照準を敵の予測軌道へ――。
 と――。
〈発見!〉索敵手が声を跳ね上げた。〈噴射炎!!
〈位置は……くそ!〉デミル少佐が歯を軋らせる。〈〝オサナイ〟の!!
 戦術マップ、敵影――〝オサナイ〟の陰、輝点が2。

『スコット・ハリス中佐へ、こちら〝K.H.〟』チャンネル035からキースが呼びかける。『マリィへの支援を感謝する』
「〝K.H.〟へ」エアロック前、ハリス中佐の声は硬い。「単刀直入に告げる。ミス・ホワイトには護衛が要る」
『異論はない』重くキース。『我々は万能じゃない。護衛役を?』
「引き受けた」即答。
『話は決まった』キースが決然、『惑星〝テセウス〟、並びに星系〝カイロス〟の人々へ告ぐ』
 ハリス中佐が陸戦隊へ睨みをくれる。「これで大義名分はこちらのものだ」
『マリィ・ホワイトと護衛役スコット・ハリス中佐、』キースの声が艦内スピーカを震わせる。『二人の中継を絶やしてはならない』
 ハリス中佐が伸ばして右腕、「銃をよこせ」
『マリィを証人としておきながら、』低く、重く、キースの怒り。『偽者を仕立て、あまつさえマリィ本人の抹殺を仕組むなど――卑劣の極みではないか!』
『さて、』そこへチャンネル001、ヘンダーソン大佐。『卑劣なのはどちらかな? この偽者騒ぎが自作自演でないというなら、証拠はどこに?』
 陸戦隊員に躊躇が覗く。ハリス中佐が前へ出る。ライアット・ガンを――掴む。
『減らん口だな』キースの声から嫌悪が覗く。
 ハリス中佐が腕に力。
『その言葉、』ヘンダーソン大佐が肩をすくめて、『そっくりそのままお返ししようか』
『こちらには証人がいる』キースが声を低めて、『スコット・ハリス中佐――彼がどう証言するかな?』
 そこで、チャンネル035に――重い音。それが2度。

〈接舷反応! 区画D-2、およびD-4!!〉艦内隔壁の端末越し、オオシマ中尉の声が届く。〈防衛戦! 外殻端末にクラッシャ展開! 〝ウォー・ハンマ〟、〝チャーリィ〟と〝デルタ〟はハッチD-2、〝エコー〟と〝フォックストロット〟はハッチD-4へ!!
〈こちら〝ウォー・チャーリィ〟、了解〉手信号一つ、〝ウォー・ハンマ〟小隊長代理を務めるシーモア軍曹が壁を蹴る。〈ハッチD-2を防衛〉
〈〝ウォー・エコー〟、了解〉さらにデータ・リンクへ声。〈ハッチD-4を防衛〉
〈〝ハンマ・ヘッド〟へ〉追従する分隊を視界に収めつつシーモア軍曹。〈こちら〝ウォー・チャーリィ1〟。防衛優先ですね?〉
〈こちら〝ハンマ・ヘッド〟、〉オオシマ中尉から即答。〈防衛を優先。繰り返す、防衛を優先。自律戦闘を許可、敵の排除を第一とする〉
〈こちら〝ウォー・チャーリィ1〟、了解〉シーモア軍曹が再び手信号。
 〝ウォー・チャーリィ〟と〝ウォー・デルタ〟、両班が進路を分かつ。
〈〝ウォー・チャーリィ1〟より第2分隊各員へ、〉シーモア軍曹が通路を折れた――外周方向へ。〈挟撃を仕掛ける! 突入位置へ!!

〈来ました――発光弾!〉
 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、戦闘指揮所でオペレータが声を上げる。メイン・モニタの一角からウィンドウがポップ・アップ、〝オサナイ〟近傍の光学観測データに――光。緑。それが3つ。
〈接舷成功!!
〈ヘンダーソン大佐、〉艦長席からシャノン大佐。〈陸戦隊が〝オサナイ〟に接触〉
〈よくやった〉ヘンダーソン大佐がデータ・リンクの向こうから、〈揚陸ポッドへ指示、手段は問わん。モード〝S〟、コード〝V〟〉
〈了解〉シャノン大佐はオペレータへ、〈妨害波停止! 揚陸ポッドへ通信――モード〝S〟、コード〝V〟!!

〈妨害波が……!〉
 〝シュタインベルク〟戦闘指揮所。オペレータの声を待つまでもなく、戦術マップが解像度を――増した。
〈通信波!〉さらにオペレータ。〈発信源――〝トーヴァルズ〟!〉
 戦術マップ上、電子戦艦〝トーヴァルズ〟にタグが立ち――同時に波が戦場を呑む。
〈通信……!?〉艦長席、デミル少佐が眉をしかめる。〈内容を……いや、そういう意味か!〉
 デミル少佐の睨む先に――戦術マップ、〝オサナイ〟、そこに取り付いた揚陸ポッド。
〈〝ハンマ〟中隊!〉デミル少佐が噛み付いた。〈備えろ! 敵が何か考えてる!!

〈クラッシャ発動しました!〉
 〝オサナイ〟艦橋、〝キンジィ〟がギャラガー軍曹へと告げる。同時に視界、艦内マップに赤。2箇所。
〈来ました!〉ギャラガー軍曹が声を上げた。〈エアロック回線隔離! 区画D-2! D-4!!
〈やはりな、最優先コードを使いにきたか!〉オオシマ中尉が噛み付く。〈艦内端末にトラップ展開!!
〈無茶です!〉抗議、ギャラガー軍曹。〈ヘインズの〝放送〟までぶった切りますよ!?
〈エアロック横だけでもいい!〉オオシマ中尉が声を艦内スピーカへ。〈〝ウォー・ハンマ〟各員、現地到達を最優先! 繰り返す、現地到達を最優先!!

 〝オサナイ〟艦内が警告灯の赤へと染まる。
「力づくというわけか?」キースから冷えた声。「ヘンダーソン大佐」
『なに、自衛というものだよ』ヘンダーソン大佐の声は至って涼しい。『ミス・ホワイトの身はともかく、今の我々は命をやり取りする間柄だ――違うかね?』
『よく言えたものですな大佐!』チャンネル001の一角からハリス中佐が声を尖らせ、『先ほどまでの言葉をお忘れか!?
『不手際は認めよう』ヘンダーソン大佐は掌をかざして、『悪意ある工作を許した、その一点に関しては』
「ならハリス中佐に武装を……」重い音――キースの眼前、壁面端末に『外殻破損』の警告表示。「………武装を渡せ。それからマリィと中佐の姿を常時中継、陸戦隊の武装も解除」
『我々にもミス・ホワイトを護る義務がある』ヘンダーソン大佐は苦笑一つ、『武装解除は呑むわけにいかんな。だがハリス中佐の武装は認めよう。中佐には事態を見届けて……』
「ハリス中佐は〝証人〟だ」衝き込んでキース。「〝不手際〟を晒す大佐には務まらん。違うか!」
 重い音。響く圧。振り向くまでもなく近い。
〈キース!!〉〝ネイ〟の声とともにモニタへ警告――『内殻ハッチ破損』。
 キースの背に感触、ロジャーの掌。
『いいとも』ヘンダーソン大佐が小首を傾げ、『あとは〝K.H.〟の健闘を祈るとしようか』
 チャンネル001、ハリス中佐の手へライアット・ガン。それだけ見届けて、キースはヘルメットのヴァイザを閉じた。そのまま通路の壁を蹴る。

 チャンネル001の一角、エアロックのハッチが開き――切るのを待たずにハリス中佐が中へ声。
『ミス・ホワイト! ハーマン・カーシュナー上等兵! よく耐えた!!
『……艦、長……!』荒い息の中からハーマン上等兵、その姿がまたチャンネル001の一角へ。
『悪いが警戒中だ、手は貸せん! 自力でミス・ホワイトを連れ出せ、ここで待つ!』

〈通信スタジオだ!〉クィネル大尉が声を張る。〈送出データから手繰れ! 力業でいい!!
 電子戦艦〝トーヴァルズ〟、戦闘指揮所のオペレータ達から声が返る。〈了解。〝ゴダード〟通信スタジオの送出データを走査〉
 サブ・モニタ群にウィンドウが多数。それぞれに回線の解析状況、付されて電子戦中枢の負荷グラフ――が跳ね上がる。
〈勘か?〉カッスラー大佐が投げて問い。
〈早いに越したことはないでしょう〉クィネル大尉はサブ・モニタ群へ眼を流しつつ、〈どのみち連中、通信スタジオのデータは盗ってるはずです。でなきゃ割り込めるはずありません〉
〈で、〉カッスラー大佐から頷き一つ、〈後は力技か〉
〈力は、〉クィネル大尉は獰猛に笑む。〈使えるときに使うもんでしょう〉

〈来るわよ!〉艦内スピーカから〝ネイ〟が警告。
〈見えてるよ〉苦笑一つ、ロジャーが抜き撃ち。
 P320セイバーの9ミリ弾が捉えて影、打ち弾く。舷側通路、転がり奥――で光と圧。閃光衝撃手榴弾。
 壁を蹴る。間を詰める。内殻ハッチのなれの果て。ロジャーが腰から閃光衝撃手榴弾、ハッチ向こうへ放り込む。
 乾いた金属音――が、やけに近い。
 舌打ち一つ、張り付く。隔壁。光が荒ぶる。圧が暴れて周囲を打ち据え、束の間の静――金属の腕。
〈タロスか!〉
 隔壁を蹴る。擦過の圧――軟体衝撃弾。
 その隙に。
 ハッチから銃口、それが複数。いずれも10番ゲージ、撃ち散らす。軟体衝撃弾が押し寄せる。
 舌打ち一つ、壁を横蹴り。ロジャーが軌道をねじ曲げ――たそのすぐ脇、側壁に炸裂、立て続け。
 視界の隅、ハッチからタロスが身を乗り出す。その右腕、大出力レーザが首をもたげた。
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