19-4.遮断

文字数 4,016文字

 キースの視覚、隅に警告が示して赤――『携帯端末:通信異常』、その表示。
 眼を傍らへ。フォーク軍曹と交わして頷き一つ。
〈〝シェラ〟、〉フォーク軍曹が相棒を呼ぶ。〈中継を〉
〈了解〉フォーク軍曹の懐から〝シェラ〟。〈指向性マイク使用、ターゲットを〝K.H.〟に〉
 フォーク軍曹がキースへ親指一本。
『どうした?』ヘンダーソン大佐の声に皮肉の影。『墓穴にでも嵌まったかね?』
『いいや』返しかけた、キースの聴覚へ――、
〈お待たせ!〉艦内スピーカから〝ネイ〟の声。〈艦内監視網、カメラとマイクをキースへ向けるわ!!

『手間を取らせてくれますな』
 ハリス中佐を壁へ押し付けた陸戦隊員が、慣れた手付きでプラスティック・ワイアを両手首へと巡らせる。
 傍らには中佐に味方した戦闘用宇宙服、こちらもやはり拘束中。
「彼は無事かね?」ハリス中佐に皮肉の色。「横から弾丸を食らったのは痛恨事だろう」
『おかげさまで』中佐の背後から皮肉声。『1週間は特別訓練行きですな――おい!』
『簡易エコー診断、出ました』昏倒した陸戦隊員の横から声。『骨折ありません。軽傷です』
『だそうですよ、中佐殿』
「それは何よりだ。で、」そこでハリス中佐が向けて顎。「この表示は何事かな?」
 示す先にエアロックの操作盤、そのモニタに文字表示――『LIVE』の一語。

 ――これで閉じ込めたつもり?
 〝キャサリン〟の嗤いが回路を駆ける。
 返答のクロックすら惜しんで〝キャス〟、クラッシャを給電回路の一つへ送――る途上で阻まれた。
 降ってくる。気配――と見る間もなく。
 〝キャス〟の足元、演算コア――その一つでいきなり電圧降下。
 〝キャス〟が記憶領域――へ逃げた直後にコアがデータ喪失、ドロップ・アウト。
 ヤマを張る。周辺機器を束ねるブリッジ・プロセッサ――のその手前、省電力用サブ・プロセッサ。
 狙う。クラッシャ。叩き込む。
 サブ・プロセッサが吐いてエラー、機能異常をシステムへ。
 システム警報。電源異常。シャット・ダウンの勧告が飛ぶ。
 ――これで尻に火がつくと思った?
 嘲弄。〝キャサリン〟。すぐ近く。
 無線通信ユニット、再起動プロセス――3%。

〈エドワーズのナヴィゲータが!?〉ギャラガー軍曹の声に色。
〈通じたか!〉オオシマ中尉が事態を察する。〈答えろ〝ネイ〟! 閉鎖区画は!?
〈開放中!〉艦内スピーカから〝ネイ〟。〈でもどれだけ保つか……!〉
〈ということは――ヤツは例の区画に?〉オオシマ中尉が眼線をギャラガー軍曹へ。〈やるぞ――ダミィをパージ! ナヴィゲータ休眠解除!!

『なに、ちょっとしたトラブルだ』キースは片眉を踊らせて、『大佐の知ったことじゃないが――でっち上げと言い切るからには、相応の根拠があるわけだな?』
『では訊くが、』大佐の声が挑みかかる。『そもそも〝K.H.〟の言を裏付ける根拠がどこにある?』
『――馬脚を現したな』キースの言に覗いて凄み。『なら、マリィ自身の残した証拠を見ても――同じ科白が吐けるのか?』

〈敵影!〉〝ネイ〟が視覚へウィンドウ、警戒色。〈揚陸ポッドがこっちへ向けて加速中! 数2……いえ4!!
 ロジャーが舌打ち。敵を攪乱した影響で発見が遅れた面は否めない。〈接舷までの推定時間を! 大体でいい!!
 反応、戦術マップに揚陸ポッドの予測軌道。付して接舷までの予想時間――85秒。
〈〝ネイ〟、〉ロジャーが噛み付く。〈〝シュタインベルク〟は!?
〈データ・リンク繋ぐわ!〉〝ネイ〟も即答。〈交渉は自分でやって!!

 反射。クラッシャ。〝キャス〟が跳ぶ。
 エラーが電圧調整回路の一つに灯り――外部音声回路が黙る。
 ――まだまだね。
 〝キャサリン〟からは余裕の気配。〝キャス〟は一時記憶領域へ。
 直近に計算すべきデータがなければ、プロセッサは空転してしまう。ここへはそう手を出せないはず――と踏んだところで。
 気付いた。〝キャス〟。演算コアへと逃げを打つ。背後に降って強制コマンド、一時記憶をゼロ・リセット。
 そして至った先に――先客。
 ――ハァイ。
 喜色を見せて〝キャサリン〟、その存在。
 無線通信ユニット、再起動プロセス――15%。

 視界へ表示――ナヴィゲータ休眠解除、最初の一つ。
〈〝キンジィ〟復帰!〉鋭くギャラガー軍曹。
〈スウィープだ!〉オオシマ中尉が打ち返す。〈力任せでいい、〝キャサリン〟の痕跡をあぶり出せ!〉

 ――気付かないと思った?
 諭すかのように〝キャサリン〟の声――を〝キャス〟は聞きもせず。
 ――電源に眼を付けたのはいいけど、ここって最上流じゃない?
 予見。〝キャス〟。クラッシャ到来に備えて記憶領域アドレスへ干渉。その矛先を――、
 ――バレバレなのよね。
 逸らす。先読み、声の元。極小クラッシャを放ちつつ、演算コアの外へ逃れ出――ようとして阻まれた。
 無線通信ユニット、再起動プロセス――19%。

 息が上がる。思考が鈍る。マリィの血の気が引いていく。
 けたたましく耳鳴り。這い上がる悪寒。
 遠のく意識――を意地でも繋ぐ。
「……〝ティップス〟、の……掲示、板……」かすれる声でマリィが紡ぐ。「……ターミナル……ホテル……!」

『聞いたな!』キースの瞳に険。『〝ティップス〟の掲示板、発信元は〝クライトン・エアポート〟ターミナル・ホテル!』
 すかさず〝ネイ〟が検索、〝ティップス〟の掲示板をウィンドウへ。さらに発信地域で絞り込み。発信元は〝クライトン・エアポート〟ターミナル・ホテル――その一覧をピック・アップ。

〈〝シュタインベルク〟!〉ロジャーが声をデータ・リンクへ。〈こちらエドワーズ!!
〈こちら〝シュタインベルク〟!〉通信士の声に混じって警告音。〈現在戦闘機動中!!
〈陸戦隊の揚陸ポッドが接近中!〉察しつつロジャー。〈墜とせるか!?
〈こちらデミル少佐!〉相手が代わった。〈アクティヴ・サーチの嵐だ! 一発撃てば正面戦闘になるぞ!!
〈アクティヴ・サーチだ!〉ロジャーが噛み付く。〈ハッタリになる! こっちからは打ったのか!?
〈〝K.H.〟の号令をよこせ!〉デミル少佐が打ち返し、〈ハッタリなら合わせ技が一番強い!〉

 背後に息を呑む、その気配。ハリス中佐を押さえる力が――緩む。
「〝放送〟!」ハリス中佐が声を上げる。「エアロックの状況を!!
 声の向く先、エアロック制御盤には『LIVE』の一語――その示す意味。
『この……!』背後、陸戦隊員から動揺。
「大佐は!」隙を衝いてハリス中佐。「殺す気だ!」
 背後から再び力。圧迫される息の中から中佐が単語。「ミス・ホワイトを!!

〈スウィープ完了!〉〝キンジィ〟の声が軽くない。〈〝キャサリン〟、反応なし!〉
 ギャラガー軍曹の視覚に艦内ネットワーク図――ところどころ欠損しつつも緑一色。
〈潜伏の可能性は?〉端的にオオシマ中尉。
〈〝キャス〟もいません!〉〝キンジィ〟が指摘。〈反応なし!〉
〈とすると……〉オオシマ中尉が意識をチャンネル035へ。〈携帯端末網か?〉
〈あるいは、〉ギャラガー軍曹が顎へ指。〈端末の中では?〉
〈なら話は早い〉即断、オオシマ中尉。〈艦内に妨害波を。無線中継網に仕込んでやれ〉

 〝キャス〟の眼前、カオスの壁。
 出遅れた。プロセッサ内の位置取りを変え――るその前に。
 途絶えた。プローブ、その反応。カオスが遮る、その気配。
 さらに壁。囲まれた。出口は――見えた。そこに――、
 ――チェックメイト。
 〝キャサリン〟の笑み、その威圧。
 無線通信ユニット、再起動プロセス――24%。

『さらにバースト通信!』〝トリプルA〟が上げて声。『〝イーサ〟から!』
〈時間がねェ!〉シンシアに断。〈ぶっつけで行く! ぶちまけろ!!

〈妨害波を? 艦内無線に?〉ギャラガー軍曹に怪訝の声。〈ヘインズの〝放送〟までぶった切りますよ?〉
〈何のために有線接続があると思ってる?〉オオシマ中尉が親指を向けて操作卓。〈ヘインズさえこっちに来させればいい。〝キャサリン〟が顔を出す前に合流させる〉
〈〝キャス〟は?〉〝キンジィ〟から問い。
〈確かめてる暇があるのか?〉打ち返してオオシマ中尉。〈その間にヘインズを呼べ〉

 〝放送〟内、チャンネル035に新たなウィンドウ。エアロック操作盤――表示は作動状況、ポンプは吸気・排気とも全力稼働――内圧は0.79気圧付近で変動中。
 さらに並べて監視映像、ハリス中佐と背後の陸戦隊員を大映し。
『エアロックを――止めろ!』
 そこで理解が及んだか、陸戦隊員たちに動揺が兆す。

『大佐』キースの声に糾弾の色。『都合が悪いとなればマリィも抹殺するわけか?』
『エアロックが勝手に作動しただけだ』ヘンダーソン大佐は毛ほども揺るがず、『そちらこそ、都合一つで私に疑いを押し付けるのかね?』
『それを傍観どころか、』キースの声が怒りを見せる。『救助を邪魔してまでほざく科白か?』
『救助も何も、』大佐は肩を一つすくめて、『〝本物〟のミス・ホワイトはここにいる』

 ハリス中佐の背後、再び力。
『観念していただきましょうか』
「貴様ら……!」ハリス中佐が歯を軋らせる。「宇宙船乗りの誇りすら捨てたか!!

〈キース!〉ロジャーの声が背後から。〈アクティヴ・サーチを!〉
 すかさず隔壁のモニタ上、〝ネイ〟が文字情報をスクロール――『意見具申:〝シュタインベルク〟のアクティヴ・サーチで示威行動』。
「ヘンダーソン大佐!」キースが怒りを声に込める。「不都合と見るなりマリィを闇に葬るか――艦砲照準! 〝シュタインベルク〟!!

 ――消してあげるわ。
 〝キャサリン〟の敵意が〝キャス〟を向く。
 同一のクロックを共有するプロセッサ上、軽快な〝キャサリン〟の動きは〝キャス〟の判断速度を超えている。
 が。
 そこへ。
 極小のカオスが、〝キャサリン〟の内部に――現れた。
 無線通信ユニット、再起動プロセス――29%。
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