12-16.悲鳴
文字数 3,387文字
空中で狙い澄まして一撃、キースは先頭の1人を撃ち倒す――だがそれまで。
2人目がマリィの身体へ手をかける、その光景をタロスの巨体が遮った。それからは装甲と火力に物を言わせてキースの反撃と接近を封じにかかる。
手が出せない。すぐそこなのに届かない。多勢に無勢の言葉そのまま、取り返すどころか足を止めることすらかなわない――だが、ここであきらめることなど無論できるはずもない。
キースは眼を凝らした。赤色灯の光が洩れるハッチ跡、その前を塞ぐタロスが仁王立ち。さらにその手前――、
下へ跳んでキース。弾幕がその後を追う。が――怯んだように、それが止まった。キースの前には意識を失くした敵陸戦隊員。
えげつなさに呆れたか、あるいは倫理に眉をしかめたか、とにかくキースはそこへ付け込んだ。
敵兵の身体を抱え、前へ押し出して盾にする。あまつさえその陰からライアット・ガンを撃ち放ち、反応の遅れた敵の1人へ見舞って衝撃弾。
陸戦隊員の姿がハッチの向こうへ消えた。〝レモン・ボトル〟が慎重さを滲ませて前に出る。味方の回収は諦めたか後に回したか、ともあれマリィの回収を優先させたと眼に映る。
であれば――時間はキースの敵に回る。
討って出た。陸戦隊員の身体を突き飛ばす。反動で側壁へ、さらに転じて天井へ。弾着の音と衝撃が後を追う。
スラスタを噴いて〝レモン・ボトル〟。無骨なシルエットが肩から迫る。
キースがタロスへ向かって天井を蹴った。芯を外してタロスの肩へ手を着く。丸めた身体がタロスの装甲表面で転がった。大質量が天井へめり込む。鈍い振動、金属の悲鳴、重い音。
キースの身体がスピンに陥る。四肢を伸ばして回転を殺し――切れずに側壁へ。受け身を取ってなお余る勢いで跳ね返る。その際で壁を一蹴り、姿勢にせめてもの修正をくれた。
そこへ背後から一撃。空気抵抗を受けて平たく広がった軟体衝撃弾が、キースの軌跡をかすめて過ぎた。先刻の一蹴りがなければ命中していた――と、遅れて気付く。そしてキースの向かう先にはハッチ跡、〝レモン・ボトル〟にしてみればそこさえ狙っていればいい。さらに身体は宙の只中――次はもはや避けようがない。
そして銃声が轟いた。
〈こちら〝ソルティ・ドッグ〟、〝レモン〟応答せよ。生き残っているのは〝レモン・リーダ〟か?〉
応答なし。
〈こちら〝ソルト1〟! やられた、〝レモン〟の状況が確認できない!〉
マリィを担いだ戦闘用宇宙服――〝ソルト1〟が初めて背後を振り返る。回転居住区の入り口、〝ソルト〟の面々がハッチに群がって敵を阻む、その背中。
〈〝ソルティ・ドッグ〟より〝ソルト1〟へ。最優先目標の回収を優先する〉
〈しかし……!〉
〝ソルト1〟に躊躇の声。命令は味方を見捨てろと言うに等しい。
〈〝ソルト1〟へ。繰り返す、最優先目標の回収を優先せよ〉
指示が反論を封じて耳に刺さる。あの敵を止められるのか――言下に含まれた問いに返す答えはない。
〈〝ソルト1〟、了解〉
声に渋いものを混じえつつ、〝ソルト1〟はそのまま床を蹴った。
軟体衝撃弾の気配を、キースは感じた――命中しない。
確かめる暇はない。まだ戦える、ただその事実。キースの左手に擲弾銃。先刻の陸戦隊員から奪ったその引き鉄を、狙いもそこそこに絞る。
〈当たった!?〉
ラッセル伍長が視界の端、キースの姿を捉えた――その軌跡に変化はまだない。
回転駆動部の整備ハッチから赤外線センサ越し、照星の向こうには、〝レモン・ボトル〟の腕がある。火を噴いたばかりの銃身には、絡みつくように軟体衝撃弾。狙いを逸らすことはできた、それを実感する前にタロスがスラスタを噴いた――自分を無視して宙のキースを追いかける。
〈あッくそ!〉
ポンプ・アクションと共に銃口を振り向ける。
その視界に暴力的な白――そして爆圧が感覚を叩きのめした。
ハッチへ群がっていた〝ソルト〟の残り2人が、揃って爆圧で吹き飛んだ。散弾こそないものの、閃光衝撃榴弾の叩き出す衝撃は榴弾のそれと変わらない。
〈くそッ!〉
ヴァイザが反応して遮光したが遅きに失した。キースを狙っていた眼は閃光を受けて今は何も映さない。
そこへ、やはり視界を失った〝レモン・ボトル〟が突っ込んだ。
突き抜けた――背後から衝撃波。マリィの身体に乗った慣性を支えつつ突き当たって外殻、着地するところで〝ソルト1〟が平衡を崩しかける。その足へ伝わる、重い振動。
〈〝ソルト4〟、〝ソルト5〟!〉
耳に入る通話に戦慄の色が乗っていた。
〈〝ソルト4〟、〝ソルト5〟、応答しろ!〉
データ・リンクに乗ってくる戦況は背後の敵を阻んで戦闘中――そこに変化。
〈〝ソルト1〟! こちら〝ソルティ・ドッグ〟、急げ!〉
視界に示された〝ソルト〟班の現状を示すタグが次々と書き換わる――『状況不明』。
状況をすぐには呑み込みかねて、〝ソルト1〟は思わず訊き返した。
〈一体……!?〉
〈敵が来る!〉〝ソルティ・ドッグ〟からの声が失って色。〈逃げろ! ポッドに立て籠もれ!〉
思わず背後を振り返る。
回転居住区入り口に惨状。タロスの巨体が側壁にめり込んでいた。その隙間から宙へ力なく伸びる脚が複数。
その対面、ハッチ跡から覗く人影。
〝ソルト1〟の肌に恐怖が走った。
〈〝レモン・ボトル〟! ヤツだ、ハッチ跡! 今だ! 今だ!〉
〝ソルト1〟から悲鳴にも似た声が飛ぶ。
センサを眩まされた〝レモン・ボトル〟の視覚に重なって人の姿。〝ソルト1〟の捉えたキースの位置がデータ・リンクに乗っていた。識別信号なし――すなわち敵。半ばめり込んだ側壁からはね起き、タロスがハッチ跡へ跳ぶ。その腕を振るって敵へ。
呆気ないほどに軽い手応え。装甲越しに骨が砕ける鈍い音。次いで違和感――簡単すぎる。
そこへ衝撃。
操縦士の頭上に光、追いかけて爆圧。衝撃波が首の関節部、装甲の失せたその一点を突き破り、破片を巻き込んで機体内部へ押し寄せた。拳銃弾など比にもならないその威力は、操縦士のヘルメットを突き抜けて中の頭蓋を打ち砕く。
〈〝レモン・ボトル〟!?〉
閃光がタロスを呑み込んだ――と見る間もなく、〝レモン2〟は襲い来る衝撃波に弾かれた。
閃光衝撃榴弾、恐らくは〝レモン〟の誰かが取り落としたもの――その考えが頭に形を成しかけたところで、〝ソルト1〟は壁に叩き付けられた。目標――マリィの身体が手を離れる。
全身に乱雑な打撃。マリィの意識が繋がった。
「?」
視覚には非常灯の赤、聴覚には甲高い麻痺の感覚。肌に風、上下感覚は失せて奇妙な浮遊感――かと思えばさらに打撃。
混乱――。
最初に焦点が合ったのは壁、次いでその横に宇宙服――。
襲われた、その記憶が脳裏に疾る。悲鳴が口を衝いて出た。
聴覚に悲鳴――。
キースは擲弾銃を放り出して飛び出した。外部マイクが拾うその声の主は覚えているどころではない――マリィその人。
力なく側壁に跳ね返ったタロスの機体を避けつつ、声の元へ眼を向ける――いた。
傍らには戦闘用宇宙服、その姿は衝撃波で姿勢を崩したものと窺える。
反射でライアット・ガンを擬した。引き鉄を絞る。撃ち出された軟体衝撃弾が宇宙服を弾き飛ばす、その様を確かめる間もそこそこに側壁を蹴る。悲鳴の尾を曳くマリィの元へ。
「マリィ!」ヴァイザを開けてキースが叫ぶ。「俺だ!」
マリィは錯乱の底に落ちていた。身体を強張らせ、引きつったような声で絞り出し、伸ばしたキースの手さえ拒むように暴れ出す。
思わずキースはマリィを抱きすくめた。
「落ち着け」マリィの耳元へ、優しく声をかける。「もう大丈夫だ」
悲鳴がかすれた。震える声が嗚咽に変わる。キースはマリィの背を撫でた。
「やっと追いついた。怖かったろうな」
恐る恐る頷く気配。マリィがキースの背に絡み、次いですがり付く。声にならない息吹が、安堵を物語って空気を震わせた。続いて涙に濡れた声。
「……キース……」
応じてキースの腕に力。
「俺はここだ。側にいる」
「キース、キース、キース……」
マリィの腕になお力。キースはマリィの頭に手を添えた。
そこへ光。背後から非常灯の赤を切り裂いて白、その照り返し。
「!」
腕の中、マリィの身体が再び強張る。息を呑む、その気配。キースが振り返る――そこへ伸びる、金属の腕。
2人目がマリィの身体へ手をかける、その光景をタロスの巨体が遮った。それからは装甲と火力に物を言わせてキースの反撃と接近を封じにかかる。
手が出せない。すぐそこなのに届かない。多勢に無勢の言葉そのまま、取り返すどころか足を止めることすらかなわない――だが、ここであきらめることなど無論できるはずもない。
キースは眼を凝らした。赤色灯の光が洩れるハッチ跡、その前を塞ぐタロスが仁王立ち。さらにその手前――、
下へ跳んでキース。弾幕がその後を追う。が――怯んだように、それが止まった。キースの前には意識を失くした敵陸戦隊員。
えげつなさに呆れたか、あるいは倫理に眉をしかめたか、とにかくキースはそこへ付け込んだ。
敵兵の身体を抱え、前へ押し出して盾にする。あまつさえその陰からライアット・ガンを撃ち放ち、反応の遅れた敵の1人へ見舞って衝撃弾。
陸戦隊員の姿がハッチの向こうへ消えた。〝レモン・ボトル〟が慎重さを滲ませて前に出る。味方の回収は諦めたか後に回したか、ともあれマリィの回収を優先させたと眼に映る。
であれば――時間はキースの敵に回る。
討って出た。陸戦隊員の身体を突き飛ばす。反動で側壁へ、さらに転じて天井へ。弾着の音と衝撃が後を追う。
スラスタを噴いて〝レモン・ボトル〟。無骨なシルエットが肩から迫る。
キースがタロスへ向かって天井を蹴った。芯を外してタロスの肩へ手を着く。丸めた身体がタロスの装甲表面で転がった。大質量が天井へめり込む。鈍い振動、金属の悲鳴、重い音。
キースの身体がスピンに陥る。四肢を伸ばして回転を殺し――切れずに側壁へ。受け身を取ってなお余る勢いで跳ね返る。その際で壁を一蹴り、姿勢にせめてもの修正をくれた。
そこへ背後から一撃。空気抵抗を受けて平たく広がった軟体衝撃弾が、キースの軌跡をかすめて過ぎた。先刻の一蹴りがなければ命中していた――と、遅れて気付く。そしてキースの向かう先にはハッチ跡、〝レモン・ボトル〟にしてみればそこさえ狙っていればいい。さらに身体は宙の只中――次はもはや避けようがない。
そして銃声が轟いた。
〈こちら〝ソルティ・ドッグ〟、〝レモン〟応答せよ。生き残っているのは〝レモン・リーダ〟か?〉
応答なし。
〈こちら〝ソルト1〟! やられた、〝レモン〟の状況が確認できない!〉
マリィを担いだ戦闘用宇宙服――〝ソルト1〟が初めて背後を振り返る。回転居住区の入り口、〝ソルト〟の面々がハッチに群がって敵を阻む、その背中。
〈〝ソルティ・ドッグ〟より〝ソルト1〟へ。最優先目標の回収を優先する〉
〈しかし……!〉
〝ソルト1〟に躊躇の声。命令は味方を見捨てろと言うに等しい。
〈〝ソルト1〟へ。繰り返す、最優先目標の回収を優先せよ〉
指示が反論を封じて耳に刺さる。あの敵を止められるのか――言下に含まれた問いに返す答えはない。
〈〝ソルト1〟、了解〉
声に渋いものを混じえつつ、〝ソルト1〟はそのまま床を蹴った。
軟体衝撃弾の気配を、キースは感じた――命中しない。
確かめる暇はない。まだ戦える、ただその事実。キースの左手に擲弾銃。先刻の陸戦隊員から奪ったその引き鉄を、狙いもそこそこに絞る。
〈当たった!?〉
ラッセル伍長が視界の端、キースの姿を捉えた――その軌跡に変化はまだない。
回転駆動部の整備ハッチから赤外線センサ越し、照星の向こうには、〝レモン・ボトル〟の腕がある。火を噴いたばかりの銃身には、絡みつくように軟体衝撃弾。狙いを逸らすことはできた、それを実感する前にタロスがスラスタを噴いた――自分を無視して宙のキースを追いかける。
〈あッくそ!〉
ポンプ・アクションと共に銃口を振り向ける。
その視界に暴力的な白――そして爆圧が感覚を叩きのめした。
ハッチへ群がっていた〝ソルト〟の残り2人が、揃って爆圧で吹き飛んだ。散弾こそないものの、閃光衝撃榴弾の叩き出す衝撃は榴弾のそれと変わらない。
〈くそッ!〉
ヴァイザが反応して遮光したが遅きに失した。キースを狙っていた眼は閃光を受けて今は何も映さない。
そこへ、やはり視界を失った〝レモン・ボトル〟が突っ込んだ。
突き抜けた――背後から衝撃波。マリィの身体に乗った慣性を支えつつ突き当たって外殻、着地するところで〝ソルト1〟が平衡を崩しかける。その足へ伝わる、重い振動。
〈〝ソルト4〟、〝ソルト5〟!〉
耳に入る通話に戦慄の色が乗っていた。
〈〝ソルト4〟、〝ソルト5〟、応答しろ!〉
データ・リンクに乗ってくる戦況は背後の敵を阻んで戦闘中――そこに変化。
〈〝ソルト1〟! こちら〝ソルティ・ドッグ〟、急げ!〉
視界に示された〝ソルト〟班の現状を示すタグが次々と書き換わる――『状況不明』。
状況をすぐには呑み込みかねて、〝ソルト1〟は思わず訊き返した。
〈一体……!?〉
〈敵が来る!〉〝ソルティ・ドッグ〟からの声が失って色。〈逃げろ! ポッドに立て籠もれ!〉
思わず背後を振り返る。
回転居住区入り口に惨状。タロスの巨体が側壁にめり込んでいた。その隙間から宙へ力なく伸びる脚が複数。
その対面、ハッチ跡から覗く人影。
〝ソルト1〟の肌に恐怖が走った。
〈〝レモン・ボトル〟! ヤツだ、ハッチ跡! 今だ! 今だ!〉
〝ソルト1〟から悲鳴にも似た声が飛ぶ。
センサを眩まされた〝レモン・ボトル〟の視覚に重なって人の姿。〝ソルト1〟の捉えたキースの位置がデータ・リンクに乗っていた。識別信号なし――すなわち敵。半ばめり込んだ側壁からはね起き、タロスがハッチ跡へ跳ぶ。その腕を振るって敵へ。
呆気ないほどに軽い手応え。装甲越しに骨が砕ける鈍い音。次いで違和感――簡単すぎる。
そこへ衝撃。
操縦士の頭上に光、追いかけて爆圧。衝撃波が首の関節部、装甲の失せたその一点を突き破り、破片を巻き込んで機体内部へ押し寄せた。拳銃弾など比にもならないその威力は、操縦士のヘルメットを突き抜けて中の頭蓋を打ち砕く。
〈〝レモン・ボトル〟!?〉
閃光がタロスを呑み込んだ――と見る間もなく、〝レモン2〟は襲い来る衝撃波に弾かれた。
閃光衝撃榴弾、恐らくは〝レモン〟の誰かが取り落としたもの――その考えが頭に形を成しかけたところで、〝ソルト1〟は壁に叩き付けられた。目標――マリィの身体が手を離れる。
全身に乱雑な打撃。マリィの意識が繋がった。
「?」
視覚には非常灯の赤、聴覚には甲高い麻痺の感覚。肌に風、上下感覚は失せて奇妙な浮遊感――かと思えばさらに打撃。
混乱――。
最初に焦点が合ったのは壁、次いでその横に宇宙服――。
襲われた、その記憶が脳裏に疾る。悲鳴が口を衝いて出た。
聴覚に悲鳴――。
キースは擲弾銃を放り出して飛び出した。外部マイクが拾うその声の主は覚えているどころではない――マリィその人。
力なく側壁に跳ね返ったタロスの機体を避けつつ、声の元へ眼を向ける――いた。
傍らには戦闘用宇宙服、その姿は衝撃波で姿勢を崩したものと窺える。
反射でライアット・ガンを擬した。引き鉄を絞る。撃ち出された軟体衝撃弾が宇宙服を弾き飛ばす、その様を確かめる間もそこそこに側壁を蹴る。悲鳴の尾を曳くマリィの元へ。
「マリィ!」ヴァイザを開けてキースが叫ぶ。「俺だ!」
マリィは錯乱の底に落ちていた。身体を強張らせ、引きつったような声で絞り出し、伸ばしたキースの手さえ拒むように暴れ出す。
思わずキースはマリィを抱きすくめた。
「落ち着け」マリィの耳元へ、優しく声をかける。「もう大丈夫だ」
悲鳴がかすれた。震える声が嗚咽に変わる。キースはマリィの背を撫でた。
「やっと追いついた。怖かったろうな」
恐る恐る頷く気配。マリィがキースの背に絡み、次いですがり付く。声にならない息吹が、安堵を物語って空気を震わせた。続いて涙に濡れた声。
「……キース……」
応じてキースの腕に力。
「俺はここだ。側にいる」
「キース、キース、キース……」
マリィの腕になお力。キースはマリィの頭に手を添えた。
そこへ光。背後から非常灯の赤を切り裂いて白、その照り返し。
「!」
腕の中、マリィの身体が再び強張る。息を呑む、その気配。キースが振り返る――そこへ伸びる、金属の腕。