16-6.決着

文字数 3,854文字

 ゴーストの主機関が悲鳴を上げた。
 保護殻を貫いた自由電子レーザ、これに内部の推進剤をプラズマと化されて、主機関が裡から弾け飛ぶ。
 加速のGが失せた――どころかゴーストの機体が中から裂ける。反射で〝キャス〟が切り離して制御モジュール――すぐ側をかすめて主機関の成れの果て。しがみついたキースには、息つく暇さえありはしない。
〈どこから撃たれた!?〉キースが真っ先に飛ばして問い。
 言葉も惜しんで〝キャス〟の応答――視覚、戦術マップに赤いタグ。付された暗号名は〝ヴァルチュア・リーダ〟。

〈制御モジュールが!〉〝リズ〟が描く戦術マップに新たな輝点。半壊の〝レイヴン03〟から分離したと思しきそれは、慣性軌道を描いてネクロマンサ〝レイヴン00〟へ――追い付かない。
〈こいつだ、〝リズ〟!〉ガードナー少佐に直感。〈照準を……!!
〈危ない!〉〝リズ〟の悲鳴が、ガードナー少佐の聴覚に弾けた。
 蹴飛ばすような横G。ガードナー少佐の視覚に遅れて警報――群がるアクティヴ・サーチ、集まる敵意。
〈くそ!〉軋る歯から少佐が呪詛を絞り出す。〈気付かれたか!!

〈惜しい!〉舌打ち混じりに〝キャス〟の声。〈悟られた!!
 咄嗟に操作の手を伸ばしたのはフリゲート〝ダルトン〟の火器管制。〝ヴァルチュア・リーダ〟へ集めて火線――それが寸前でかわされた。さらに手を伸ばして至近、制御の奪取に成功したフェンリルとマナガルム――その総て。

〈駄目です!〉〝リズ〟が音を上げる。〈敵にマークされました!!
 ガードナー少佐の視覚に重なってアクティヴ・サーチの照射源――それが多数。フリゲート〝ダルトン〟、〝シュタインベルク〟、さらには〝ヴァルチュア13〟を筆頭としたフェンリルとマナガルムの一部からも放たれた、それは殺意。敵に乗っ取られたとはいえ味方機を撃つわけにも行かず、ガードナー少佐が歯噛みする。
〈敵の頭脳を!〉血の滲むような、それは選択。〈一撃でいい、〝レイヴン03〟の制御モジュールに!〉

〈――来る、な〉何の根拠があるでもない、それは呟き。キースが腰のP45コマンドーへ手を伸ばす。
〈そんなのが何の役に立つっての!?〉突っかかって〝キャス〟。
〈ヤツら、タダで引き下がると思うか?〉キースの口に不敵な問い。〈逃げを打つ前に置き土産を――最後の一撃を目論むはずだ。軌道予想を〉
〈できてりゃ世話はないっての!〉
〈なら位置情報をよこせ〉キースが戦術マップ上、翻弄されるかに見える〝ヴァルチュア・リーダ〟の軌跡を眼で追う。〈相手が負けん気の強いやつなら、仕掛けてくる――間違いない〉
〈――誘導してみるわ〉
 〝キャス〟が砲撃パターンを組む。それまでの経験情報から予測を巡らせた、アクティヴ・サーチの照射パターン。〈方位182-175、邂逅まで約3秒!〉
 構える。速射。P45の全弾、9ミリ拳銃弾16発、それをものの2.5秒で撃ち放つ。
〈来るわよ!〉
 そして、〝ヴァルチュア・リーダ〟がキースの制御モジュール目がけて襲いかかる。

 すれ違いざまに一撃をくれる――そのはずだった。
 相対速度、秒速にして実に3キロ。キースの放った9ミリ弾はその相対運動エネルギィを武器にフェンリルの表層装甲へ突き立ち、表面装甲と融合、超高温の軟体合金と化して機内へ弾け――そして一穴を穿ち抜く。索敵装置が真っ先に逝った。次いで2発目、今度は姿勢制御機器が機能を喪う。
〈機体制御が!〉〝リズ〟に悲鳴。〝ヴァルチュア・リーダ〟は戦闘機動の制御を喪失し、直線加速運動に転じる。そこへ群れをなしてアクティヴ・サーチ。光速のタイム・ラグをおいて対宙レーザの集中砲火が〝ヴァルチュア・リーダ〟の推進剤タンクを貫く。一気に推進剤がプラズマ化、その圧力に耐えかねた〝ヴァルチュア・リーダ〟が爆散する。

 飛び交うアクティヴ・サーチの中、一つ〝ヴァルチュア・リーダ〟の反応が消えた。
〈何が起きた!?
 戦術マップに異変を認めた〝ヴァルチュア01〟、第1小隊長に悲鳴にも似た問い。
〈〝ヴァルチュア・リーダ〟が! ――墜ちました!!
 ナヴィゲータが戦術マップの軌跡を遡る。空間上の一点、そこを超えた時点で〝ヴァルチュア・リーダ〟の軌道に明らかな異変――一切の回避機動が失せていた。その一点に――〝レイヴン03〟の制御モジュール。
〈こいつが!?〉、
 何がどうなったものか想像もつかなかったが、少なくともガードナー少佐は〝レイヴン03〟へ向かって――恐らくは撃墜を試みた、それはまず間違いない。さらに戦術マップの記録を手繰れば、最優先目標たるミサイル艇、その一隻が〝レイヴン03〟にランデヴー、その時点から航宙隊の電子的混乱がいきなり拡大したことも見て取れる。
〈そういうことか……!〉〝ヴァルチュア01〟の声に得心の響き。〈こいつが元凶か!!
 戦闘機動のGにその身を晒しながら、戦術マップに視線を巡らせる。最優先目標は〝ハンマ〟中隊のミサイル艇3隻、しかし邪魔なのはフリゲート〝シュタインベルク〟に〝ダルトン〟からの対空砲火。対する味方が晒すのは、データ・リンクを分断された挙げ句に各個撃破されるがままという醜態。このままでは壊滅は必至、逃げようにも光速のレーザを前にしては追い撃たれるに任せるしかない。ならば反撃の糸口、これを敵の眼と頭に求める――活路を見出すとすればただこれ一つ。
〈〝レイヴン03〟だ!〉〝ヴァルチュア01〟はそう断じた。〈軌道変更!こいつを墜とすぞ!〉

〈アクティヴ・サーチ来てる!〉〝キャス〟の声が緊張をはらむ。〈どこどう見たってこっちを狙ってる!!
〈ぶち上げろ〝キャス〟!〉伝えるキースの声に力。〈全方位へ発光信号――降伏勧告だ!!
 その視覚、戦術マップに救難ポッド――その軌道要素、まっすぐ後ろに〝ヴァルチュア・リーダ〟の爆散地点。
〈こいつを人質に取る!〉キースのその宣言はネクロマンサを通じて〝ハンマ〟中隊の3隻、〝シュタインベルク〟、〝ダルトン〟のそれぞれへ飛び、そこから全方位への発光信号として発せられた。
『Surrender(投降セヨ)』第3艦隊、味方につけた全ての艦艇から全方位へ向けての発光信号。『Otherwise,We’ll kill the rescue pod(サモナクバ救難ポッドヲ撃チ墜トス)』

 ――歯を軋らせた、第0601航宙隊の操縦士が果たして何人いたことか。
 尻に帆かけて逃げ出す策は、光速迸るレーザを前にしては意味をなさない。そして航宙隊最大の武器――アクティヴ・ステルスとその数を利した飽和攻撃――は空振りに終わった。これ以上の抵抗はただ犠牲を増やすのみ。
 折れどころではある。迷いが走る――その間にも敵フリゲートを追うスコル、その数は急速に減じつつある。燻る戦意、しかしそれも最後のスコルが戦術マップ上から消えた、そこで潰えた。
『We surrender(投降スル)』〝ヴァルチュア01〟が宣した、その言葉が重い。その意志が無指向性の発光信号に乗って、周辺空域へ絶望を満たす。
 応じて宣告。やはり無指向性の発光信号。
『Stop your engine and Open your laser communication line(機関ヲ停止シテレーザ通信回線ヲ開ケ)』
 投降したからには否やはない。〝ヴァルチュア01〟はナヴィゲータに命じた。
〈レーザ通信機能を回復〉
〈――了解〉
 そして回線封鎖を解いた装甲表面に〝レイヴン00〟から照射されてレーザ通信、その要求信号。求めに応じて回線を開く――。

〈捕まえた〉そして〝キャサリン〟の、悪戯めいた声がその場に満ちた。

〈電子攻撃!〉
 〝キャス〟から上がった、それは悲鳴。
 宇宙港〝サイモン〟から飛んでレーザ通信――それが捉えて第0601航宙隊。過たず生存全機を捉えたそれは、裏コードを駆使して瞬く間もなく侵入――機体の制御中枢へ。並列に繋いだそのマシン・パワーを足がかりにネクロマンサ〝レイヴン00〟との通信回線、その信号へと割り込んだ。
 叩き込まれて裏コード――群れをなしてその敵意。それが〝レイヴン00〟のみならずその先、通信網の一翼を担う〝キャス〟をも捉え――牙を剥く。
〈ご活躍ね、キース〉いっそ甘くさえある、その囁き。〈随分と手こずらせてくれたわ〉
 キースの聴覚、届いた声の主は――まさしく〝キャサリン〟。
 視覚に警告を示して赤――その増加。見る間にも〝キャス〟の機能が陥ちていく。さも当然と言わんばかりに〝キャサリン〟が〝キャス〟を呑み下す。
〈貴重な経験、どうもありがと〉優しげにしかし、残酷な事実。〈こんな形で拾えるとは思ってなかったわ〉
〈……〝キャス〟をどうした?〉キースの口からかすれ声。
〈元の鞘に収めただけ〉こともなげに応じて〝キャサリン〟。〈随分とたくましくなったけど〉
〈なぜ今なんだ?〉キースが声に挟んで疑念。〈第3艦隊の情報中枢でも同じことができたはずじゃないのか?〉
〈〝分身〟に〉鼻を鳴らさんばかりに〝キャサリン〟。〈そんなキィ・コード持たせとくもんですか〉
〈そうか〉確かめるようにキース。〈――なら、お前は〝本体〟なんだな〉
 そこへ〝フィッシャー〟からレーザ通信――その要求信号。
〈これでおしまい〉〝キャサリン〟の声が勝ち誇る。〈この際だからまとめて制圧させてもらうわね〉
 〝キャサリン〟の操作でレーザ通信回線が――〝ハンマ〟中隊へのデータ・リンクが、開く。
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