19-10.阻害

文字数 5,427文字

〈噴射炎!〉〝シュタインベルク〟戦闘指揮所、索敵手がサブ・モニタの一つへ向けて指。〈13番モニタです!!
 集まる。意識――その先に。
 主たる噴射炎は大きくない。むしろ小刻みな軌道修正、そこで噴き出る炎に差がさほどない――その対比こそが警戒を呼ぶ。
 デミル少佐が舌を打つ。〈揚陸ポッドか!〉
 モニタの映し出す方向表示は、艦隊からは外れている。つまりは先刻接舷を阻んだ一基――、
〈8番!〉声が重なる。
〈2番!〉さらに声。〈2、3基――いや4基!〉
 今度は前方――第6艦隊。
〈何だと……!?〉デミル少佐が眉をひそめた。〈さらに陸戦隊を? ここで!?
 電子戦艦の妨害波が絶えた中、フリゲートの射界へ飛び込んでくるなど無謀というにもほどがある。だが――、
〈見越しているのか!〉デミル少佐が軋らせて歯。〈さっきの最優先コードを!!
 そう――〝シュタインベルク〟が最優先コードで動きを封じられているという、その前提に立つならば。
〈くそ……索敵士!〉デミル少佐が歯を軋らせた。〈火器管制アクティヴ・サーチ! 用意!!
〈ですが受信系を稼働させたら!〉索敵士が言い淀む。〈外から最優先コードが……!〉
〈受信系、閉鎖継続!〉畳みかけ、デミル少佐。〈ハッタリでいい、敵の足を鈍らせろ!〉
〈敵が信じますかね?〉砲雷長席から疑問。
〈接舷するなら減速が要る!〉断言、デミル少佐。〈連中は主機関をこっちへ向ける! その瞬間にぶち込むぞ!!

 ――消えた?
 〝クラリス〟が舌打ちの気配を滲ませる。エアロックから敵の気配が失せていた。
 マリィが命を繋いだとなれば、敵の動きは変わって当然。ならば〝クラリス〟が矛先を向けるべきも、また。
 ――そうね、邪魔な〝放送〟を潰さなきゃ。
 切り替えた。感覚を向ける先――通信スタジオ横、調整室。

〈〝キャス〟が最優先コードを見付けたら、〉キースがタロスから操縦士を引きずり出しつつ、〈全力で解析と改修に当たらせる! オオシマ中尉、今のうちに通信中枢を黙らせろ――物理で!!
〈今やってる〉オオシマ中尉からは端的に、〈3分稼げ〉
〈〝ネイ〟!〉接舷ハッチ横からロジャー。〈掩護を!!
〈どっちみち、〉〝ネイ〟の声に不満の色。〈いま艦のデータ・リンクは盗れないわ!〉
〈シンシアを呼べ!〉キースが気絶中の操縦士を内壁へ押し出す。〈ネクロマンサ経由! 味方の短艇でもいい! とにかく敵を引っかき回せ! 連中、最優先コードに乗せて妨害してくるぞ!!
〈艦内の妨害波は敵さんが止めちまったから――か〉ロジャーは人の悪い笑みを含みつつ、〈携帯端末網でデータ・リンクは繋がるな。けどレーザ通信機のダメージは?〉
〈正面はな〉壁面上、キースが操縦士を拘束にかかる。〈敵のレーザは陰まで回ったわけじゃない。〝ハンマ〟中隊の短艇もミサイル艇も中継に使え!〉
〈ああ、そういうこと〉言う間に〝ネイ〟がコール、シンシアへ。
〈宇宙港もだ! 中継に使えるものは片っ端から巻き込め!〉キースが手を動かしつつ言を継ぐ。〈とにかく敵のデータ・リンクをジャムらせろ!!

〈敵のデータ・リンクを!?〉シンシアの語尾が跳ね上がる。〈無茶言いやがる!!
〈最優先コードを解析する間の話だ〉データ・リンク越しにロジャーが告げる。〈とにかく撹乱かまして第6艦隊の介入を防ぎてェ。できるか!?
〈お手軽にぶっこいてんじゃねェぞ!〉シンシアは噛み付きつつも思案顔。〈下手に繋いで最優先コードぶち込まれてみろ。このポッドが乗っ取られちまうじゃねェか!!
〈〝ハンマ〟中隊のリンクからでも?〉ロジャーが問いを置く。
〈そりゃ直接じゃねェけどな〉シンシアが舌を口の端へ覗かせる。〈手繰られたらぶち込まれるぜ〉
〈敵に邪魔させなきゃいいのね?〉そこへ落ち着いた声――〝カロン〟。
〈いい手でも?〉ヒューイが後部隔壁へタロスを張り付かせつつ、〈確かに〝トリプルA〟は電子戦艦に潜ってるが〉
〈怪我人は耐G姿勢を維持してて〉〝カロン〟が釘を刺す。〈加速ヴェクトルに正対してなきゃ、2G加速にだって耐えられないわよ〉
〈加速!?〉ロジャーから怪訝声。
〈戦力が要るだろうがよ、物理で!〉シンシアが打ち返す。〈こちとら軌道計算と医療用ナノ・マシンの設定詰めてる真っ最中だ。遊んでるわけじゃねェんだぞ!!
〈いいけど、〉〝カロン〟は声に落ち着き一つ、〈〝トリプルA〟がいま動けるとは限らないでしょ? 宇宙港にしたって、配信局は電子戦用の施設じゃないわ〉
〈いい手が?〉それだけシンシア。
〈敵の電子戦艦、〉〝カロン〟が指摘。〈いま妨害波を出してないでしょ? 理由はともかく、中身は〝遊んでない〟はずよね〉
〈要点は!?〉シンシアは苛立ちを隠さない。
〈私が仕掛けるのよ〉〝カロン〟が断言。〈電子戦艦に、宇宙港を経由して〉
〈できるんなら!〉ロジャーが食い付いた。
〈乗っ取れるわけじゃないわよ〉〝カロン〟が刺して釘。〈手持ちの時間も大してないわ。せいぜい引っかき回して時間を稼ぐだけ。〝裏口〟のコードを〉
〈いま必要なのァ時間だ〉ロジャーの声が色を成す。〈頼む〉
〈くそ、マリィを押さえられたら元も子もねェか〉シンシアが口の端を小さくなめつつ、〝裏口〟コードを送信。〈いいさ――頼んだぜ、〝カロン〟〉

『そういうわけで』〝カロン〟の声がスピーカから。『レーザ通信、回線ちょっと借りるわね』
「何の話だ?」軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室、室長席のバカラック大尉は怪訝顔。
『これは録音だから応答は期待しないで。念のため』〝カロン〟の声は揺らぎもみせず、『使い道は敵へ潜入するルートの一部、ってことにしといてちょうだい。これ以上は知らない方がお互いのためね』
「軍曹」バカラック大尉が声をオペレータ席、ドレイファス軍曹へ。「特定は?」
「無茶言わんで下さい」ドレイファス軍曹はむしろ楽しげに、「連中、そんなヘマしてくれると思います?」
「確認はしとけ」バカラック大尉は右の掌をひらつかせ、「尻尾が出てないならそれもいい」
「しかし何だってまた?」ドレイファス軍曹が走査卓へ指を走らせつつ、「そりゃ、〝K.H.〟の後押しは望むとこですが」
「まあ、こいつは推測だが」バカラック大尉がモニタ上、戦術マップへ眼を投げる。「艦隊の指揮権、こいつを外したいってんなら理解はできる」
「確認終了――異常なし」そこでドレイファス軍曹が顎を掻きつつ、「リスク分散ですかね?」
「だろうな」バカラック大尉が腕組み、「〝放送〟を見てても裏コードやら何やらが飛び交ってる――ってのは察しがつくからな。保険は多いに限るってとこだろう」
「保険、ね」ドレイファス軍曹が顎先、指を止めた。「てことは、手は多い方がいいってことになりますな」
「これ以上?」バカラック大尉は訝しげ。「何の支援を?」
「例の、」ドレイファス軍曹が声を潜める。「おっかないマフィアの幹部ですよ」

『こちらへ』宇宙空母〝ゴダード〟陸戦隊、戦闘用宇宙服が銃口越しに指招き。『通信スタジオへご案内します』
「銃で、脅して?」マリィの荒い息に棘。
『そちらの銃を』陸戦隊員が肩を一つすくめて見せて、『渡していただければ、その時は』
「交渉の余地はないな」ハリス中佐がライアット・ガン越し、「専門家の束を前に丸腰など」
『残念です』陸戦隊員はこだわる様子も見せず、『ではここに?』
「何が言いたいの?」マリィが声を低める。
『我々を疑っているのだろう?』汎用モニタ向こうからヘンダーソン大佐。『〝放送〟の改竄を恐れるなら、隙は小さい方がいい――違うかな?』
「自分から、細工を、仕掛けておいて?」ハーマン上等兵がマリィの肩を支えつつ、「しかも、その通信スタジオで」
『仕掛けたのは私ではないがね』ヘンダーソン大佐は掌を一つ振って、『細工を恐れるなら、私と同じカメラに収まるのも手だ――この映像さえ監視すればことは済む』
「なら、」マリィは声を低めて、「キース達にもアクセス権を」
『わざわざ?』ヘンダーソン大佐が首を振る。『細工を助長するのは主義ではないな。ではそこに留まるのが望みかね?』
「何を」ハリス中佐が眼を細める。「考えておいでかな?」
『〝放送〟の機会』薄く、ヘンダーソン大佐に笑みの色。『私一人が独占というのは、面白くなかろう?』
 重く――間。
「監視の眼は、」ハリス中佐が口を開く。「多いに越したことはない――ということですかな?」
『少なくとも、』ヘンダーソン大佐が小首を傾げ、『艦内監視網を挟むよりは、心配が減る』
「そしてあなたは、」ハリス中佐の声が硬い。「ミス・ホワイトの身柄を押さえておける――と?」
 語らず、ヘンダーソン大佐は肩をすくめた。
「艦長……!?」ハーマン上等兵が問いを向ける。
「賭け、だな」ハリス中佐の声が低い。「虎児を得んとするなら――か」
「罠じゃないの!」マリィの声もかすれる。
「考えがある」ハリス中佐は眼を陸戦隊員達へ向けたまま、声を上げた。「先導しろ――通信スタジオへ!」

 ――面倒な。
 〝クラリス〟がまた一つ、敵のプローブと思わしきプログラムを吹き飛ばす。
 第6艦隊〝ゴダード〟、通信スタジオ横――調整室。
 ――何よこの数は!?
 〝放送〟に関わるデータが集中する一点、即ち調整室に眼を付けたまではよかった。だが本命のチャンネル001、ヘンダーソン大佐の〝放送〟までをも遮るわけにはいかない。勢い走査は精密手術の様相を帯び、しかも囮や邪魔が絶える間もない。
 ――このままじゃ埒が明かないわね。だからって旗艦の中を分断して回るのも癪ってもんだわ。
 チャンネル001が映して推移――マリィとハリス中佐、それにハーマン上等兵の3人は陸戦隊に囲まれ通路を移動中。
 ――なら……ミス・ホワイトの中継を絶やさなければいいって話よね。
 艦内ネットワーク図を展開、〝クラリス〟がマリィ周辺の監視カメラをピック・アップ。自らデータ送出経路を設定して一言、
 ――じゃあ私が中継さえ繋いでおけば、カメラ周辺は洗い放題ってわけよね?

 ――介入?
 〝ウィル〟が警戒。
 通路のマリィ達を追う監視カメラ群、そのデータ伝送網へ――、
 正式コマンド。カメラへ接続、正面からの映像取得。裏から阻めるはずもなく、マリィの姿が艦内監視網へ。
 ――まずい!
 〝ウィル〟が監視映像を予備ルートへ。分散処理――と、そこへ。
 タスク報告コマンド。しかも束。立て続け。草の根も分けんばかりの力業。
 偽装ルートが一つ、暴かれ潰されまた一つ。
 ――こいつが狙いか!
 監視カメラ、映像データへクラッシャとプローブを次々と紛らせる。
 マリィの中継映像を絶やさぬのが約束ごとであるからには、敵が自前で中継を始めようと何ら非には当たらない。そして中継データの送出ルートを確保したなら、あとはそれ以外のルートを洗わぬ理由も流れて消える――それが〝ウィル〟を含めた〝掃除〟を意味していたとしても。
 ――間に合うか!?
 映像データに乗せたプローブ・プログラムが――消えた。
 クラッシャ発動。伝播。複数。侵蝕。干渉のくる、その元へ。
 乱れた。映像。すかさず繋ぐ。干渉を手繰る。遡る――索敵中枢。
 そこへ――横槍。絡む。乱される。干渉の跡が見る間に霞み――、
 ――くそ!
 ここで逃げればマリィが危ない。
 賭けた。展開――迷宮防壁。

 ――まずい!
 〝イーサ〟が見せて歯噛みの気配。
 マリィを映す監視カメラ群、そのデータ伝送ルートへ敵の走査が集中しつつある――のみならず。
 暗号変換パターンが次から次へと、中継機単位で書き換わる。〝ウィル〟からのデータ伝送ルートが狭まり、見る間に監視カメラが孤立していく。
 ――マリィの中継ぶった切る気か!?
 ネットワーク図を覆う赤――検索不能領域が、マリィの周囲を埋めていく。
 検知できたからと言って対抗できるとは限らない。敵の介入は正規コマンド、さらには膨大なマシン・パワーを背景に持つ力押し。
 ――くっそ、出番かよ!

 ――やっぱりね。
 〝カロン〟が侵入、〝トーヴァルズ〟。〝裏口〟の一機能、艦内データ通信量を垣間見る――全開。
 ――これなら何やっても撹乱にはなりそうけど。
 クラッシャを撒く。艦内ネットワーク、今の今で手の届く中継ユニットへ。
 ――〝トリプルA〟には悪いけど、細かいことは任せるわよ。

〈敵噴射炎、変化!〉索敵士が声。〈13番モニタ! 揚陸ポッド、反転! 減速姿勢!!
 〝シュタインベルク〟戦闘指揮所、ひたすら艦外監視映像に食い付いていた面々も続く。
〈2番来ました!〉〈8番も!〉
〈よし今だ!〉艦長席からデミル少佐。〈アクティヴ・サーチ、打て!!

 ――かかった!
 〝クラリス〟が気配だけで笑む。意識の向く先、プローブ失探。迷宮防壁、その気配。その示す意味――追い詰めた。
 押し込む。走査。叩き込む。力任せにねじ伏せる。
 電子戦艦のマシン・パワー、そして何より管理権限。フルに使えば非正規の小細工ごとき、ものの数にも入らない――そのはずが。
 ――!
 警報表示。赤が差す。パッケージ〝P-S〟、異常検知。機能低下。
 ――あと少し!
 陰る。負荷グラフ。〝トーヴァルズ〟のマシン・パワー。何より敵の侵入、その事実。だが眼前、迷宮防壁は機能停止まで――あとわずか。
 腹を括る。注ぎ込む。マシン・パワーをありったけ――迷宮防壁へ。
 ――これで、最期!!
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