15-10.途絶

文字数 4,735文字

〈何があった!?〉シンシアの声に問い。〝ウィル〟が網膜に映すデータは、マリィからの発光信号が途絶えたことを示している。
〈こっちが教えてほしいぜ〉問われた〝ウィル〟の声にも疑問が燻る。
〈アクティヴ・サーチは!〉咆えるような問いをシンシアが上げた。〈デミル少佐、マリィの身に何があった!?

〈そう吠えるな、マクミラン〉〝シュタインベルク〟の艦橋で、艦長席のデミル少佐が苦い声を返した。その声を艦橋内に向け直す。〈アクティヴ・サーチ! 何でもいい、〝ジュエル〟の手がかりを暴き出せ!〉
 直後、〝シュタインベルク〟がマリィへ向けてアクティヴ・サーチ。たとえ消し炭であろうとも、その存在を暴き出すほどの電磁波の束を、マリィがいるはずのその空間へ向けて打ち放つ。
 そして――帰ってきた反応はただ皆無。マリィに接近しつつあるフリゲート〝リトナー〟、その存在を含めてさえも。

 ノース軍曹の視覚へ、そのメッセージが飛び込んだ。
 あらゆるネットワークから隔離した携帯端末、そこで展開した圧縮データ。それを眼にした途端、脳に焼き付くそのイメージ――マリィ・ホワイトは何も知らない。ヘンダーソン大佐の嘘、〝サラディン・ファイル〟の改竄、そして大佐の独裁志向――その主張。
「――デタラメだ……」力なくも声に出して呟く。だが、その言葉とは裏腹に心の奥底、ざわめく疑念が止まらない。「……嘘だ……」
 マリィ本人の手によるというその前提、ヘンダーソン大佐の言と真っ向から矛盾するその内容。そしてその説得力。
〈どうした、ノース軍曹!?〉ニールセン大尉の声が遠く聴覚を騒がせる。〈何があった!?
 ノース軍曹は手元、携帯端末の電源を落とした。この疑念を拡めまいと、ただそれだけを念じて。

〈消えた!?〉救難艇〝フィッシャー〟のブリッジ、シンシアの口を衝いてその一語。〈んな馬鹿な!〉
 データ・リンク越しに判る、〝シュタインベルク〟が放ったアクティヴ・サーチ――それが暴き出した結果は無の一語。あと一歩――その思いがなおシンシアの言を苦くする。
〈まさか……!?
 その先を言葉にするには、ためらいが先に立った。そして思い至る、もう一つの矛盾――敵艦〝リトナー〟の姿がない。
〈やられた!〉データ・リンクを駆けた声――〝シュタインベルク〟のデミル少佐。〈アクティヴ・ステルスか!!
〈何だと!?〉思わずシンシアが問い返す。
〈ゴーストだよ〉デミル少佐に低く声。〈編隊を組んでアクティヴ・サーチの反射波にカウンタを当てたんだ。電磁波どころか光信号さえ微弱化させるヤツだ〉
 理屈としては光さえも電磁波の一種に過ぎない。逆位相の波を重ねられれば打ち消される道理ではある。
〈ちょっと待て、てことは……〉
〈〝リトナー〟の反応が消えたのもそのせいだと考えれば合点がいく〉デミル少佐が続ける。〈ミス・ホワイトはまだ生きてる可能性が高い〉
〈そうか……いや、にしても……〉シンシアが思い至る、その可能性――そして戦慄。
〈ああ、そうだな〉声をさらに苦らせてデミル少佐。〈〝リトナー〟はミス・ホワイトに接触したと見て間違いない。彼女を生かしておく理由が、これで連中にもなくなった〉

〈最優先目標の反応消失! ……いえ、〝リトナー〟もです!〉フリゲート〝オサナイ〟の戦闘指揮所、オペレータの悲鳴じみた報告が上がる。
〈アクティヴ・ステルスか〉艦長席、ハリス中佐の声に動揺はない。〈最優先目標の推定軌道を算出! 進路修正、捕捉にかかる!!
〈目標を引っかけたらどうするんです!?〉副長の声が険を帯びる。
〈その前に〝リトナー〟が止めてくれるだろうよ〉ハリス少佐に楽観、というよりは確信に満ちた未来絵図。〈とにかく電子戦機隊の懐に飛び込むのが先決だ。大佐一人にミス・ホワイトの独占は認めん!〉
〈最優先目標の予想軌道、出ました!〉声を張り上げてオペレータ。〈慣性飛行が前提のデータです。〝リトナー〟の干渉で軌道要素がどう変化するか……〉
〈迷っていても事態は動かん!〉ハリス中佐は頑として折れる気配も見せない。〈相手の懐、これへ飛び込まなければ始まらん。機関微速、加速開始!!
〈機関微速!〉機関長が復唱。そこで艦橋の空気が据わった。〈加速開始!!

『マリィ、〝フィッシャー〟からの信号が妙です』〝アレックス〟の声が硬さを帯びる。『しきりに繰り返してます――〝マリィ、応答せよ〟……』
『こっちの信号が届いてないの?』
『しまった! アクティヴ・ステルスか!』触れ合わせたヘルメット越し、声を振動としてハーマン上等兵が直に伝える。『電子戦艦の電子戦機が出張ってきてるんですよ!  連中、この一帯から出て行く電磁波にカウンタを当ててるんです!!
『――どういうこと?』
『早い話が外から〝視えなくする〟んです!』もどかしげにハーマン上等兵。
『そんなことができるの!?
 どうやって、と訊きかけたマリィはその言葉を呑み下した。すでにそれを説明されて、なおかつ頭が追い付いていない。訊くだけ無駄と寸前に解る。
『電子戦艦が載んでるゴーストの編隊なら』ハーマン上等兵が必死で言葉を噛み砕く。『戦闘機の1個大隊くらいは包み込んで隠し通しますよ。プログラム通りに動けばね』
『〝プログラム通り〟?』マリィがハーマン上等兵のただし書きに食い付いた。
『なんせ光速で飛ぶ電磁波に干渉しようってんですからね』不意を衝かれつつもハーマン上等兵。『観測してからカウンタ波を計算してるんじゃ、その間に波が通り過ぎて行っちまうんです。だから予め……』
『アドリブに弱いってこと!?』荒っぽい要約をマリーがぶつける。
『……ええまあ、こういうことになります』
『じゃ、使い回しのデータ飛ばしてるから妨害されてるってことね!?
『……驚いた』心底からの驚愕、というより畏怖の念を窺わせてハーマン上等兵。『その通りです』
『じゃ、何とかライヴで音声を送れない?』
『発光信号機でですか?』ハーマン上等兵の声に戸惑いが漂う。『こいつ手動ですよ』
『妨害波じゃ光は防げないんでしょ?』なお食い下がってマリィ。『けど光は光でもモールス信号じゃ単純すぎて妨害できちゃうってことよね? アドリブのライヴ音声が発光信号に乗せられたら!?
『ちょっと、ちょっと待ってください、ええと……』ハーマン上等兵が頭を押さえる。『スイッチのオンとオフの接点にそれぞれケーブルを繋ぐとしたら……それをナヴィゲータで制御すれば……圧縮音声のストリーミングくらいなら何とかなるかも……』
『できるのね!?』その一点にマリィが食らい付く。
『回路の加工が要ります』ハーマン上等兵は勢いに押されつつそう答えた。『ええと……10分下さい』
『ええ、お願い』
 ハーマン上等兵が救難キットを漁り始める、しかしその背後にマリィはうそ寒い気配を感じた。
 思わず振り返る――宇宙港〝サイモン〟の方向、そこから迫り来る昏い影。星々の光を確実に遮りながら、その影は見る間にも存在感を――だけではなく、大きささえも増していく。
 そこから放たれる、一条の光芒――噴射炎。細くも鋭いその光は、マリィ達2人をかすめて過ぎる。
『〝リトナー〟だ!』気付いたハーマン上等兵の声に戦慄が滲む。『いつの間に!?
『あれが?』
 見る間に〝リトナー〟の巨体が相対速度を詰めてくる――どころかマリーら2人のほぼ至近、迷いも窺わせずに滑り込む。
 相対停止。その装甲――恒星〝カイロス〟の光を浴びた黒く滑らかな表面を見せつけながら、フリゲート〝リトナー〟が威圧を放つ。その一角、細かな噴射炎の連なりを放って離れた物体がある。
『短艇です!』
 ハーマン上等兵の指がさし示す、その先から短艇の影が迫り来る。こちらはより近く、文字通り眼と鼻の先でその天面を現し――静止。眼前、表面の注意書きさえ読み取れるほどの、その距離。
 ハッチが動いた。一段中へと引きこまれ、それから外へと向かって――開く。
 隙間から赤く警告灯。それが拡がり、矩形を成した――その中に浮かんで人影――1人。戦闘用宇宙服。
 急ぐ気はないと言わんばかりに跳ぶ人影――ただしマリィへ迷いなく。
 マリィに直感。そこに敵意。ホルスタからケルベロス、その銃口を思わず擬する――自らの顎へ。
『マリィ!』
 ハーマン上等兵が止めに入る、しかしその手をマリィは振り払う。眼は短艇からの戦闘用宇宙服、それを睨んで動かない。
 戦闘用宇宙服が、鷹揚に片手を掲げた――まるで友好のしるしとでも言わんばかりに。
 ただ、一連の所作に隙はない――近付く。
 漂流中のマリィのこと、離れようにも口実もなければ手段もない。そして距離が着実に詰まる。
 ――急いで。
 ハンド・サインを、ハーマン上等兵は相手へ送った。表向きマリーは瀕死の状態、救助に来たならその処置は最優先されるのが筋というもの。戦闘用宇宙部服が手をマリィへと伸ばした。代わってハーマン上等兵がその手を取ろうとした――その時。
 差し出されて掌。手助け無用、そう言わんばかりの所作で戦闘用宇宙服がマリーを抱きかかえにかかる。
『動かないで!』
 マリィは思わず声を上げたが伝わる道理はない。事実、妨害波と真空に隔てれられていては伝わったはずもない――その道理に頭が追い付くまでに、数瞬。わずかに遅れて相手の手がゆっくりとマリィに触れた――その刹那。
 極められた。後ろ手に右腕、マリィに呻き。引き鉄を絞る隙さえない。
『相変わらず油断がならんな、ミス・ホワイト』接触した宇宙服を伝って第一声――問題はその声。覚えがあるどころではない、その言葉。『私を覚えておいでかな?』
 訊かれるまでもなく、瞬時にその名は頭に浮かんだ。だがその名が――喉をつかえて通らない。
『……まさか……』
『恐らくその〝まさか〟――ケヴィン・ヘンダーソンだ。階級は大佐』笑みを含んだ声が腕を伝って鼓膜へ届く。『挨拶が遅れたな。直にお眼にかかるのはこれが初めてになる。以後お見知りおきいただこう』
『そう、これで私は用済みってわけ!?』マリィの声に覚悟が滲む。最後に確かめたシンシアの無事、あとはせめてもキースの身さえ――そう思った時だった。
『勘違いしないでいただこう』むしろ大佐の声に検はない。『あるべきピースが、然るべき場へ収まるだけの話だよ。心配には及ばん』
『動くな!』ハーマン上等兵が大佐へ突き付けて――銃口。
 得物は救難キットの信号拳銃――武器としての能力を期待するものではないが、宇宙服の表面で炸裂するなら話も違う。
『残念だな』ヘンダーソン大佐に嘆き声、ただし動きのかけらも招かない。
『あなたに訊きたい!』ハーマン上等兵の声が上ずる。『〝惑星連邦〟の首脳部と……!!
『それが脅しになると思うかね?』ヘンダーソン大佐が重ねて問い。『撃ったとしてだ、彼女も貴官もタダでは済まんぞ』
『……!』ハーマン上等兵が答えに詰まる。
 確かに銃身の先端で炸裂した信号弾は、至近にあるものを蒸散させずにはおかない――ヘンダーソン大佐の肉体、どころかハーマン上等兵の半身以上、そして何よりマリィの身体さえも。
『フリゲートの防空網を甘く見んことだ』言葉を重ねるヘンダーソン大佐は、あくまでも淡然と並べて事実。『貴官の頭ごとき、狙い撃てないとでも思うのか?』
『だとして……!!』ハーマン上等兵に激昂。
『詰んでいると言っている』ヘンダーソン大佐の声に、静かな凄味。『それとも死体になりたいか?』
 腕をわななかせ、迷い――そして叫び。ハーマン上等兵の音程を外した声が轟き、震え――やがて潰えた。
『決まりだな』どこまでも冷徹に下して大佐。『貴官らの身柄、この私が預かった』
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