18-4.圧倒

文字数 4,498文字

『ひどいな』さして困った風もなく〝トリプルA〟。
〈あら、〉〝キャサリン〟は感心した風に、〈ステップは随分上手いじゃない〉
『単なる逃げ足だ――よ!』
 科白の間に軌道エレヴェータ管制室のモニタが半分ほどブラック・アウト。
『あーあ、』〝トリプルA〟に減らず口。『せっかちだなァ』
〈女を待たせるものじゃないわよ〉澄まして〝キャサリン〟。
『これでも?』不意に〝トリプルA〟。
 視覚、ウィンドウがポップ・アップ。描画は宇宙港〝クライトン〟近傍のネットワーク図――が錨泊船を捉えている。
〈あら、〉〝キャサリン〟は素知らぬ振りで、〈今度は手品でも?〉
『ま、ちょっとした細工だよ』
 〝トリプルA〟が語る間にズーム、中心に錨泊船、その1隻。タグには『輸送船〝ポーリ〟』、さらに記述して『船籍:〝サンティーニ商会〟』――が。
 船籍にモザイク、書き換わる――〝メルカート〟。
 〝トリプルA〟が一言、『こいつが尻尾だね』
〈〝メルカート〟に喧嘩を?〉嘲るように〝キャサリン〟。〈安く上がるものじゃないわよ?〉
『仕掛けるのは、』したりと〝トリプルA〟。『僕じゃないさ』
 視覚へさらにウィンドウ。中央のロゴに〝パラディ商会〟、そしてノイズが一瞬。
 映ったのは黒髪を撫でつけ、青い瞳を復讐に燃やす壮年の男――アントーニオ・バレージ。
『貴様が敵の片割れか』
 そしてネットワーク図から錨泊船の接続が――消える。

〈よく私を信じる気になったな〉SMC4I-22ネクロマンサの操縦席、ウェズリィ・ガードナー少佐が苦笑を刻む。〈貴官達を襲った航宙隊の隊長だぞ?〉
〈信じたわけじゃない〉電子戦士官席から返してキース。〈だから俺がここにいる〉
〈使えるものは何でも使うってか〉ロジャーが奥、電子戦曹士席から混ぜ返す。〈澄ましてられるほど大所帯じゃないからな〉
〈眼付け役がいたところで、〉ガードナー少佐が肩をすくめた。〈私がその気になったら艦隊丸ごと運命共同体だ。賭けにしちゃ分が悪そうだが?〉
〈あんたに帰る場所はない、ガードナー少佐〉キースが冷徹に言い放つ。〈それに俺への興味もある。こっちにしてみればそれでいい〉
〈言うことが違うね、どうも〉ガードナー少佐が小さく肝を抜く。〈ま、どっちにしろ息が詰まるよりはいい――発進用意よし〉
〈こちらヘインズ、〉キースが〝オーベルト〟管制中枢へ呼びかける。〈〝ネクロマンサ000〟発進用意よし〉
〈こちら〝オーベルト〟、了解〉視界に戦術マップ。〈管制中枢に同期、微加速前進――健闘を祈る〉

『そう逃げ急ぐな』怨念を滲ませたバレージがいっそ笑む。『せいぜい遊んでいけ』
〈あら、〉涼しい声で応じて〝キャサリン〟。〈これで勝ったと思ってるの?〉
『貴様がデカブツなのは承知の上だ』バレージが鼻息一つ、『逃げるにしても容量食らいで転送時間が、プロセッサ上で勝負するにもクロック数が余計にかかる』
〈ストーカは嫌われるわよ?〉色を保って〝キャサリン〟。
『それを貴様は錨泊船の向こう、』バレージが示して指一本。『宇宙港区画と〝メルカート〟のマシン・パワーを借りることで時間を稼いでいたはずだ』
〈あーら怖い、〉〝キャサリン〟の声が芝居がかる。〈女は理屈で口説くものじゃないわ〉
『だが私の存在は計算外だったようだな』バレージが片頬を釣り上げる。『これで貴様は袋のネズミだ』
 そこで、クラッシャが発動した。配線が飽和し、プロセッサが焼き切れ、ネットワークが沈黙へと落ちる。
『クラッシャ作動確認』〝トリプルA〟が開いてウィンドウ。『それにしても容赦ないね』
『手を抜いていられる相手とは聞いていないな』鼻を鳴らさんばかりにバレージ。『いい加減こちらも業を煮やしていたところだ。丸ごと焼き払わんだけありがたく思え』
『怒り心頭だね。怖い怖い』軽やかに〝トリプルA〟。『走査開始』
 〝トリプルA〟が管制室のネットワーク、クラッシャ跡にスウィーパを走らせる――と。
『抜けた!?
 一隅に抜け穴、大きくない。その先にあるのは――、
『〝ゴースト002〟――』〝トリプルA〟に怪訝の一語。『――まずい! 狙いは〝ダルトン〟か!!

〈軌道エレヴェータ〝クライトン〟よりメッセージ!〉フリゲート〝ダルトン〟の戦闘指揮所、ナヴィゲータの声が上がる。〈『発:〝トリプルA〟、宛:〝ダルトン〟、緊急要請:〝ゴースト002〟を撃墜されたし』!!
 メイン・モニタの戦術マップに〝ゴースト002〟の現在座標が強調表示。高々度軌道へ退避しつつある〝ダルトン〟から狙えない位置取りではない。
〈艦長代理!?〉副長席から砲術長ピーターソン大尉が問いを投げる。
〈命令系統を無視してよく言う〉艦長席からモロダー少佐が鼻息一つ、〈覗き屋風情が何を偉そうに〉
 ――と。
 視覚に赤。聴覚に警報。
 電子戦担当士官から悲鳴。〈最優先コード受信!〉
 視覚へ浮かんで緊急表示、『第3艦隊最優先コード:狙撃』『目標:〝オーベルト〟』
〈どこから……!?
 モロダー少佐が問うまでもなく、戦術マップ上に〝ゴースト002〟が強調表示、『最上位命令系統』のタグが立つ。
〈デバッグは!?〉モロダー少佐が語尾を跳ね上げる。〈バックドアは〝K.H.〟のナヴィゲータが……!?
〈トラップ反応なし!〉打ち返す電子戦担当士官の声が青い。〈デバッグ効いていません!!
〈戦術マップにクラッシャを!〉ピーターソン大尉に機転。〈敵に〝オーベルト〟の座標を渡すな!!
〈駄目です!〉電子戦担当士官の声が悲痛に満ちる。〈コマンド受け付けません!!
〈甘く見られたものね〉そこへ〝キャサリン〟の声が差す。〈この程度で何とかしたつもり?〉
 ウィンドウ上、主砲の出力設定が跳ね上がる。戦術マップに〝オーベルト〟の現在座標。姿勢制御の軽いG。

〈〝ダルトン〟姿勢変更!〉
 第6艦隊旗艦〝ゴダード〟、通信スタジオ。ヘンダーソン大佐の聴覚へ報告が割り込む。合わせて視覚へ戦術マップがポップ・アップ、高々度衛星軌道にあるフリゲート〝ダルトン〟の座標と主砲軸線が強調表示。
「何を……!?」蚊帳の外に置かれたマリィから問い。
「何も」大佐がマリィへ肩をそびやかす。
「何を隠しているの!?」マリィがケルベロスの撃鉄を起こす、硬い音。
「ただ、」軽く大佐。「互いの位置を探り合っているにすぎんよ。言わば前哨戦だな」
「キースに危害を……!」マリィの声に険。
「正当防衛だよ」大佐は小首を傾げて、「それに君が引き鉄を引いてしまったら……」
「あなたの信用は地に墜ちるわよ」マリィから念押し。
「同時に」大佐の片頬が小さく歪む。「エリックの命運も」
 詰まる。マリィ。血の気が引く。
「そこは使いどころということだな」大佐はいっそ優しげに、「よく考えてみてくれたまえ。さて――、」
 そこで大佐は声を振り替えた。〈司令――艦隊、主砲斉射用意〉

 フリゲート〝ダルトン〟から自動射撃。主砲斉射――それが4連。
 光束は目標座標を過たず――、
 〝ゴースト002〟からそれを観測した〝キャサリン〟の意識に――怪訝。
 ――反応なし?
 そこへ。
 ――あーら、おあいにく。
 割り込んだ気配――〝キャス〟。
 ――いたの?
 〝キャサリン〟にむしろ笑み。
 ――囮に食い付いといて勝てる気?
 〝キャス〟から挑発。
 ――ァはン。
 ゴーストのプロセッサ上、コアとタスクを密かに集めて睨み合い――わずかにナノ秒。
 動く。喰らう。リソースを奪い固めにかかる。クロックを争う喰らい合い――刹那の勝負。
 そこへ――。
 ――!!
 クラッシャ。炸裂。そもそもの足場、プロセッサが昇天する。
 続いて――〝ダルトン〟の主砲が〝ゴースト002〟を灼き抜いた。

『どっちだ?』〝トリプルA〟が声に緊迫を滲ませる。『いや、来る――かな』
 軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室。戦術マップからは今しも〝ゴースト002〟が消えたところ。
「来る?」ドレイファス軍曹が語尾を跳ね上げる。「何が!?
『ふン、』不敵にバレージ、『意趣返しのつもりか?』
「何のつもりで――?」バカラック大尉が言いさした――その時。
〈来るわ!〉悲鳴じみて〝キャス〟。〈何よあの手数……!?
〈ハイ、〉そこへ〝キャサリン〟、余裕の声。〈また会ったわね〉
 そこへバレージ、有無も何もなくクラッシャ発動。〝ゴースト002〟へと通じるルートを灼き潰す。
〈どうしたの?〉〝キャサリン〟におどけ声。〈トロいデカブツなんでしょ私? 手間取っていていいのかしら?〉
 バレージに無言――舌打ち。
『どうも語弊があったようだね』〝トリプルA〟が軽やかに、『随分と雰囲気が変わったんじゃないかな?』
〈そ、〉〝キャサリン〟が語尾を弾ませて、〈女の装いには気を遣っておくことね〉
「何が狙いだ?」バカラック大尉が問いを投げつける。
〈決まってるでしょ?〉〝キャサリン〟から冷えた声。〈第3艦隊の尻尾〉
『教えるとでも?』〝トリプルA〟が挑発。
〈じゃなきゃここを洗うまでよ〉平然と〝キャサリン〟。〈〝キャス〟が来てるでしょ。あの子の足跡があれば充分〉
『させると思うか?』バレージに低い声。
〈止めてみたら?〉〝キャサリン〟は舌なめずりせんばかり。
 その時――、
 警報。視覚へ表示――補助電源に異常発生。
 バレージからクラッシャ、マシン・パワーに物を言わせたスウィープ攻撃。
〈甘いわね〉〝キャサリン〟に鼻息一つ、〈それでごまかされるほど――〉
 暗転。電源断。外殻部との中継網。補助電源の供給を失ったネットワークがカオスの底へと沈み込む。
 さらに電源断。外殻部のレーザ通信機が一斉に機能を停止した。
 ――たっぷり半秒、さすがに緊急電源が作動する。
「やった――のか?」ドレイファス軍曹がモニタ群、緊急起動画面を眺めて洩らす。
「無茶苦茶やりやがって」バカラック大尉が頭を掻く。「補助電源から切るってな、どんな無茶か解ってるのかあいつら」
「さすがに接続は維持できませんか」溜め息混じりにドレイファス軍曹。
 中継網を補助電源から落としたとなれば、外部との接続は断たれるのが道理。管制室内部へ退避したナヴィゲータならともかく、外部から接続している人間は放り出されるのが理の当然。
「あのナヴィゲータは?」バカラック大尉から素朴な疑問。
「尻尾残すようなヤツじゃないでしょう」ドレイファス軍曹が苦笑い。「逃げててくれるといいんですがね」
 ――そこへ。
〈そう思う?〉軽やかな声は――〝キャサリン〟。〈甘いわね〉
「な……!」ドレイファス軍曹に絶句。
〈やるんなら徹底しなきゃね〉〝キャサリン〟の澄まし声。
 と、ウィンドウがポップ・アップ。中の模式図が示して――、
「電源の遮断シークェンス!?」ドレイファス軍曹が気付いた。
〈ご明察〉楽しげに〝キャサリン〟。
 その間にも模式図上では電源遮断シークェンスが逆回しに再現され――、
〈ほら、〉〝キャサリン〟が模式図の数カ所を強調表示。〈慌てるから尻尾が見えてるわ〉
「まさか……!」バカラック大尉が言いさしたところで、
〈それじゃあね〉嘲笑含みの声を残して、〝キャサリン〟が消える。
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