13-4.企図

文字数 3,064文字

〈何が……起こってる?〉
 苦しげな声でシンシアが訊いた。
〈マリィが連れていかれた〉
 返すキースの声に険が交じったのは否めない。シンシアの眼に、非常灯の中でもはっきり負の力が窺えた。
〈みすみす……!〉声を上げかけてシンシアが思い直す。〈……いや、なら何でオレ達が生きてる?〉
〈マリィが命を張って敵を止めてる〉
〈……! 待て、ちょっと待て、〉苛立ちを隠しもせずにシンシアが頭を振った。考えをまとめようとして額を指で押さえる。〈それじゃ今は……〉
〈そうだ。逃げ支度だ〉
〈何のつもりだよ!?
 掴みかからんばかりのシンシアを制してキース。
〈俺達が敵の射界の外へ出ないと手も足も出しようがない〉キースは盛大に眉をしかめたシンシアへ、〈今は〝ハンマ〟中隊の連中が頼みの綱だ〉
〈……まだ、〉シンシアの眼に宿った凄味がキースにも見えた。〈あきらめるにゃ早いって考えていいんだな?〉
〈当たり前だ〉断じたキースの声は、しかし収まりを欠いていた。〈……他力本願だがな〉
〈くそ、ザマねェな……〉シンシアはキースから視線を外した。彼女とて他人のことが言えた口ではない――その自覚。
〈焦れてるのはこっちも同じだ〉言葉の間にもキースの奥歯が軋る。〈もうしばらく大人しくしてろ〉
 〝フィッシャー〟の船務システムは未だ回復していない。この場を離れたラッセル伍長も目と鼻の先、回転居住区を出たところで立ち往生している姿が現実としてある。そしてできることが何もない、その一事が焦りをさらに募らせる。
〈あー、こちらブリッジ〉ニモイ曹長の声が降ってきた。〈ラッセル伍長にヘインズ、聞こえるか? 聞こえてたら手を……〉
 声は通路のスピーカから。キースがすかさず手を挙げる。
〈OK、いま船務システムが起ち上がった〉恐らくはラッセル伍長の反応も確かめたであろうニモイ曹長が続ける。〈ハッチを開ける。ラッセル伍長、炉の方を頼む〉
 キースは船内電話に飛び付いた。ブリッジを呼び出すとすぐにニモイ曹長が応じた。
〈ヘインズか、〉発信元から察しを着けたか、ニモイ軍曹は短く告げた。〈手短に頼む〉
〈あとどれだけかかる?〉
〈これで〝ウォー・ハンマ〟を中に入れられるし、手も借りられるようになったが……〉ニモイ曹長の言も歯切れを欠く。〈そもそも炉がイチから立ち上げ直しだ、あまり楽観的な時間は口に出せんね〉
〈時間は!?〉畳みかけてキース。
〈早くて――〉ニモイ軍曹の間に悪意は匂わない。〈――そうだな、30分〉
〈くそ!〉だがキースとしても悠長に構える余裕はない。
〈どっちみちさんざ奮闘したんだろ〉ニモイ軍曹からの声には呆れにも似た感情が乗る。〈今のうちに身体休めとけ〉
〈ニモイ曹長の言う通りだな〉割って入ってセイガー少尉。〈まだ終わったって決まったわけじゃない〉
〈解ってる〉キース即答。〈〝クロー・ハンマ〟にチャンスをやれるかどうかが勝負になるはずだ。手を貸せないか?〉
〈手が使えないからって頭を使うつもりか〉セイガー少尉が食い付いた。〈――考えがあるのか?〉
〈撹乱情報を流すのは?〉
〈手短にと言ったろう〉言いつつニモイ曹長も拒まない。〈発光信号くらいなら何とかするが、どんな話でっち上げる気だ?〉
〈暗号でいい〉キースはしばし考えを巡らせて、〈――発信のタイミングは揚陸ポッドが向こうに接舷する時を狙う。文面は――そうだな、『〝ソルト・ボトル〟から〝ソルト・ポッド〟へ、プレシジョンAM-35の傷がコリンズ家の母屋を出た』〉
〈何の符牒だ?〉訝しげにニモイ曹長。
〈意味より大事なのは符牒を見せびらかすことだ〉返してキース。〈〝ソルト・ポッド〟はマリィを乗せてったポッド、〝ソルト・ボトル〟は俺が使ったタロスのコードだ。あとはプライヴェートな話だ。通じるかどうかは運に任せる〉
〈てことは〉ニモイ軍曹が声を低める。〈思わせぶりに発信すればいいのか?〉
〈そうだ〉キースに頷き。〈肝心なところで気を引ければ〉
〈了解〉ニモイ曹長が索敵システム、〝ソルト・ポッド〟の艇影に目を落とす。〈光学データからすれば――タイミングはもうじきだな〉

〈〝ソルト・ポッド〟減速します〉
 揚陸艇〝ソルティ・ドッグ〟のブリッジで、航法士が戦術マップへ眼を注ぐ。小隊長が脇から見つめる中、揚陸艇の至近で〝ソルト・ポッド〟――最優先目標を抱えているはずのマーカが緩やかに接近する。
〈相対速度、3、2、1――相対停止〉
〈敵に動きは?〉
 小隊長が問うた声は、尖っていないとは言いかねた。航法士が眼を操作卓上、パネルに開いた複数のウィンドウへ走らせる。
〈見られません――〝ソルト・ポッド〟、続いて距離を詰めます。距離15、12……〉
 小隊長が視覚、データ・リンクに意識を傾ける。航法士がカウントを続けた。
〈……6、3、さらに減速……接舷します〉
 直後、船殻がごく緩やかに震えた。
〈エアロック開放します〉
 問うでもなく艇長が小隊長に声を向けた。小隊長も頷きを返し――、
〈観測情報!〉そこで航法士が鋭く声。〈艦隊からです――敵ミサイル艇群に熱源反応!〉

〈熱源反応3、いや……5! 敵ミサイル艇群です!〉
 ニール・ドネリィ大佐の眼前、第3艦隊旗艦〝オーベルト〟戦闘指揮所の空気が揺らぐ。敵の融合炉が息を吹き返した、そのことが誰の眼にも明らかに映る。
〈早すぎる……!〉
 参謀副長が声を噛み潰した。
〈〝キャサリン〟!〉電子参謀が小さく、しかし鋭い声を骨振動マイクに拾わせる。〈どういうことだ!?
〈あら、ご覧の通りよ〉返ってきた声は戦闘指揮所のスピーカを通じて全員の耳に届いた。〈敵の足は止めたわ。復旧の時間まで保証した覚えはないわよ?〉
〈貴様、〉電子参謀の声が跳ね上がる。〈手心を!?
〈失礼ね〉〝キャサリン〟が不満げな声を投げ返す。〈こっちが送り込んだクラッシャに向こうが対応しただけ〉
〈簡単に対応されるような代物か!〉
〈ご冗談。〝クライトン・シティ〟にぶち込んだやつにアレンジ加えたのよ。敵ながらあっぱれぐらい言ったらどう?〉そこで〝キャサリン〟は声を低めた。〈クラッシャを過信したのはそちらの責任。違う?〉
〈覚えておけ、〉電子参謀が声を噛み殺して、〈このままにはしておかんぞ〉
〈あなた方に何ができるのか、聞いてみるのも楽しそうだけど、〉〝キャサリン〟には一向に恐れ入る気配がない。〈こんなことで私にかまけている暇があるのかしらね?〉
 言葉に詰まった電子参謀の顔に憤怒。その熱を鎮めるように横から揚陸参謀。
〈目標は確保している。手を出される前に捕捉すれば済む話では?〉
〈その意見に理がある〉ドネリィ大佐が判断を下した。〈時間を優先。現場へ艦を差し向け、これを制圧。選抜急げ〉
〈所要時間では〝オサナイ〟と〝カケハシ〟が最短です〉オペレータがフリゲート2艦の名を上げる。〈〝イーストウッド〟の直掩を引き剥がすことになりますが〉
 作戦参謀は、確認の眼をドネリィ大佐へと向けた。
〈構わん。艦体司令代理の名で特命を出せ〉作戦参謀の敬礼を確かめながら、大佐は不服顔の電子参謀へ声を向けた。〈いずれ手を出してくる艦があるわけでもなかろう〉
〈……は!〉

〈機関全速!〉
 艇長が号令するが早いか、〝イェンセン〟艇内のあらゆるものに6Gの高荷重が襲いかかった。耐Gシートにめり込む身体を自覚しながら、オオシマ中尉がデータ・リンクへ声を乗せる。
〈総員、敵近傍に到着次第部隊を展開、制圧行動を開始する! ぶっつけ本番だが条件は向こうも同じだ、手加減なしでねじ伏せろ!〉
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