18-9.干渉

文字数 2,891文字

「駄目です!」ドレイファス軍曹が舌を打つ。
 軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室。視覚、ネットワーク図の一角に踊って警告の赤――救難艇〝フィッシャー〟。
「レーザ通信は維持してるはずだろう!」バカラック大尉の声が焦れる。「割り込めんのか!?
「プロテクトのレヴェルが無茶苦茶です!」ドレイファス軍曹が両の手を掲げる。「これじゃ味方も通れませんよ!」
 そこへ、ふと文字情報――『防壁通過:〝トリプルA〟』。
『ヤツめ』バレージに苦笑一つ、『隠し玉は一つや二つではないということか』
「わざわざ知らせてよこしたのは?」バカラック大尉が疑問符を踊らせる。。
「危ないってことでしょう」即答、ドレイファス軍曹の声が低い。「多分、近寄ると巻き添えを食らいます」
「任せるしか、ないってことか」バカラック大尉が頭を掻く。
 と、そこへ。
 警告音――。
『待って下さい!』〝カレン〟が飛ばして警句。『宇宙港区画に……!』
 視覚、戦術マップが宇宙港外壁をズーム・アップ――そこに。
「揚陸ポッドが……!」
 外壁、取り付いていた揚陸ポッドが――動く。
「陸戦隊か!」バカラック大尉が歯を軋らせた。
『1基――いえ3基!』〝ホリィ〟に悲鳴。『4基……まだ増えます! 6基――8基!!

 ――プロセッサごと壊せばいいと思った?
 救難艇〝フィッシャー〟の電脳空間越し、〝キャサリン〟の意志が〝ウィル〟へと届く。元と映るのは通信中枢、いかにも罠。
 ――あれで終わりだと思うかい?
 言葉の上では強気に〝ウィル〟。
 ――こっちこそ、あれで終わりだと思う?
 〝キャサリン〟の意志が弾みを帯びる。
 ――そいつァ楽しみだね。
 〝ウィル〟に不敵。
 ――じゃ、もっと楽しみなさいな。
 途端に過負荷、ヒューイの生命維持装置。
 弾く。〝キャサリン〟の手が読める。思考と感覚、プロセッサが加速する。
 ――見ィつけた。
 向いた。〝キャサリン〟。その意識。ヒューイの――全身。ナノ・マシン、その数は――40兆にも及ぶ。
 ――!
 〝キャサリン〟から戦慄。もはや隠しもしないその気配。ナノ・マシンが同期、並列演算でクラッシャを〝キャサリン〟へ叩き込む。
 消えた。〝キャサリン〟。置き土産――クラッシャをヒューイへ打ち返す。だが冗長性に優れる並列演算は、一部を叩かれたところで止まらない。むしろ相手の痕跡を手繰り、その源へクラッシャを叩き込む。
 揺らいだ。〝キャサリン〟。その気配――だが。
 ――そこまでよ。
 〝キャサリン〟の気配が拡がる――艇全体へ。
 ――眼の付けどころはいいけど、まだ脇が甘いわね。
 ネットワーク図が強制展開、艇全体の回路網からズーム・イン――通信中枢。
 ――おやすみ。
 悟る。一時的にでも通信中枢を獲られれば、〝カロン〟は接続を維持できない。〝ウィル〟に戦慄。
 ――やめ……!
 そこへ違和感。減速――艇全体。処理能力が傍目にも見えて落ちていた。このままでは〝キャサリン〟さえ停まる。
 〝ウィル〟に理解が走る。
 ――飽和クラッシャか!
 あらゆるプロセッサに忍び込み〝無害な演算〟が幾何級数的に増殖していく。他ならぬ〝ウィル〟が〝キャス〟ともども〝キャサリン〟に嵌められた、それは手口ではなかったか。
 ただ一つ、問題は――、
 〝キャサリン〟の気配が、揺れて――と見る間に失せていた。
 ――逃げ、た?
 遅れて〝ウィル〟に実感が芽生える。だが〝フィッシャー〟全体が、飽和、したなら、いずれ、ヒューイの、生命、も……。

〈ヒューイ!〉シンシアの声が悲痛に歪む。〈ヒューイ!!
 眼前、生命維持装置。モニタに浮かんだバイタル・サインが眼にも見えるほどに動きを弱め――、
「心臓マッサージ!」ドクタから一喝。「人工呼吸も! できんなら代われ!!
 シンシアの眼に色。取り付く。身体が覚えた動きでヒューイの胸へと掌を添える。
「ヒューイ!」掌にヒューイの心拍を覚えつつ、シンシアはヒューイの酸素マスクを外す。「頼むぜヒューイ!!
 覗き込む。ヒューイの顔。息はある。ただその眼が――、
 開いた。
 シンシアが息を呑む。ヒューイの瞳が、空を漂い――。
「ヒューイ!!
 反射。シンシアが叫ぶ。眼が合った。
 焦茶色の瞳に表情――驚き。
「ヒューイ……っ!!
 喉がつかえた。唇が震える。いつしか声が濡れていた。
 そしてヒューイの唇に、声にも満たぬ――言葉。
「マク……ミラン……?」
 顔を寄せる。生きた表情。ヒューイの瞳にシンシア自身の瞳が映る。
 重ねた。唇。温もり。息吹。
「死なせやしねェ!」シンシアの決意が涙に濡れる。「何が何で……も……?」
 視覚に、違和感。静止――が未だに訪れない。むしろ常態へ復しつつある、その気配。
「何……だ?」
 意味を測りかねて、声が呆けた。至近にヒューイ、その瞳。吸い込まれそうな、焦茶色――、
〈悪いな、〉そこで〝ウィル〟の声。〈ちょっと急ぐ〉
 血が上る。シンシアの相貌、耳まで朱。
「な……!!
 慌てて離れる。視野が拡がる。ドクタの苦笑が眼に入る。
「そこ何笑って……ッ!」シンシアの声が裏返る。
『いいところを悪いね』スピーカから〝トリプルA〟の苦り声。
 そこで気付く。生命維持装置、刻むリズムが――元のテンポへ戻りつつある。
「何……があった?」シンシアから戸惑い。
『これは推測だけどね』注釈付きで〝トリプルA〟。『恐らくクラッシャとワクチンを組み合わせたんだろう』
『なるほどね』〝ウィル〟もスピーカへ声を乗せる。『〝キャス〟や〝キャサリン〟がプロセッサを飽和させたヤツか。道理で』
『なら納得だね』軽く〝トリプルA〟。『〝キャサリン〟自身はクラッシャの厄介さを知っていたわけだ』
「そういうことかい――けどよ、」シンシアは〝キャサリン〟の飽和クラッシャを思い返し、「あいつ、そう簡単に引っ込むタマか?」
『……ちょっと待ってて、』〝カロン〟がその意を汲んで、『ネットワークは復旧中……何てこと』
 半拍遅れて視覚、ネットワーク図のノイズが一気に晴れる――と、そこで。
「――!」シンシアが息を呑む。
 戦術マップ、周辺宙域。迫りくる輝点が8――揚陸ポッド。

〈今のうちだ!〉ニールセン大尉がデータ・リンクへ飛ばして檄。〈救難艇を獲れば勝ち目はある!〉
 視覚に戦術マップ、進路に救難艇〝フィッシャー〟。味方は救難ポッド8基。即応を重視はしたものの、選抜した顔ぶれに抜かりはない。
 ポッドが反転、減速G。この際時間は金より重い。戦闘機動さえ省いた直線軌道、目標に反撃の暇を与えない速攻こそが鍵。
 幸いにして敵はアクティヴ・サーチの一つも打っていない。むしろ打ちようがない。そう言い聞かせるが、心臓は納得してくれない。
 視覚、戦術マップの救難艇が迫り来る。衝突せんばかりの勢いで急接近、そこでブラック・アウト寸前の全力噴射。
〈小隊総員、こちらニールセン大尉〉データ・リンクに投げて声。〈飽和クラッシャ警戒! 以降の判断は各自に任せる!〉
 小刻みな姿勢制御G。
〈データ・リンク切断!〉ニールセン大尉から檄。〈接舷!!
 戦術マップの救難艇に――接舷、重い音。
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