19-3.証拠

文字数 4,113文字

 ハリス中佐の背後から圧――銃口。
「もう一度訊いておく」ハリス中佐は歯を軋らせ、「貴官ら本気か?」
『独立のためです』応じて低い声。『それとも無用な流血をお望みで?』

〈あらあらあら、〉〝キャサリン〟に嘲弄、〈そんな物が何の役に?〉
 向かい合ってキース、コマンドーを擬しつつ軋らせて歯。
〈第一、〉重ねて〝キャサリン〟。〈撃ったら〝キャス〟が戻って来れなくなるわよ?〉

 ハリス中佐の視界に――文字列。ナヴィゲータ〝シンディ〟からのメッセージ。
「手伝うつもりはないんだな?」肩越し、銃口の主へハリス中佐。
『真実は一つで足りますよ』背後、さらに圧。『さあ、両手を頭の後ろに』
「決裂だな」ハリス中佐に苦く声――と同時に。
〈今!!〉〝シンディ〟がハリス中佐へと告げる。
 上体ごと振り返り――ざまに銃口を払う。発砲――軟体衝撃弾が叩いて壁面。見もせずハリス中佐はフックを相手のこめかみへ。
 命中。よろめく相手の手元からライアット・ガンを鷲掴――んだところで。
 相手に力。動きが止まる。相手の肘が迫りきて――、
 横。吹き飛ぶ。視界が開け――、
 傍ら、銃口。陸戦隊員。『今のうちに!』
 飛び付く。ハリス中佐。携帯端末から伸ばしてケーブル、エアロックの操作端末へ。
〈発動!〉〝シンディ〟が告げる。〈行きなさい――〝ウィル〟とやら!〉

 ――間に合え!
 〝ウィル〟。飛び込む。エアロック。
 〝ミーサ〟の置き土産を見付けたのはただ僥倖という言葉だけが相応しい。ハリス中佐の携帯端末に逃げ込めていなければ、今頃はカオスへ還っていてもおかしくない。
 発動――シンシアの元で洗い出した裏コード、〝裏口〟をこじ開け干渉命令。
 動き出した排気ポンプ――はしかしアナログ制御。干渉が利かない。
 ――どうやって!?
 疑問。回路を洗う。起動結線が――排気ポンプの非常停止ボタンへ。

 警告音――。
 平衡感覚の怪しくなってきた視点を、マリィは音源へ。
 出どころは至近――眼と鼻の先、操作端末。その画面に表示――『KILL THE 〝KILL SWITCH〟(〝非常停止スイッチ〟を切れ)』。
 眼を落とせば赤いスイッチに矢印、回転方向。すかさず回す。ボタンが戻る――だがそこまで。
「どいて! 下さい!」荒い息でハーマン上等兵。
 マリィが位置を譲る。ハーマン上等兵が端末へ。非常停止スイッチ周り、パネルのビスを外しにかかる。
「……できる、ことは……?」訊いたマリィの息が上がる。
 耳鳴りが塞いで聴覚、答えがあっても聞こえない。
 ビスを外した。引き出す。非常停止スイッチ――その根本。
 見るものが見れば判る細工。配線が1本だけ多い。
 息が詰まる。腕が重い。
 ハーマン上等兵が工具を取り出す――その手付きがすでに危うい。
 腕が震える。手から力が抜けていく。音が遠ざかり、耳鳴りが――、
 低い――唸りを、マリィはそこに重ねて聞いた。

『バースト通信!』〝トリプルA〟から声。
 揚陸ポッド、シンシアの視界へ映像データ。〈こンの……大佐ァ!〉
 映ったのは密室、中に人影――マリィともう一人、ハーマン上等兵。
『流すよ』確認だけを〝トリプルA〟。
〈やっちまえ!〉

〈心配、か〉低くキース。〈他人より自分を心配するんだな〉
〈?〉怪訝――〝キャサリン〟。〈何を考え……〉
 発砲。コマンドー。操作端末が灯を失う。
〈短気なのね〉一転、艦内スピーカから声――〝キャサリン〟。〈彼女が心配?〉
〈下手なハッタリだ〉キースに断言。〈使える救難ポッドがこれ1基だとでも?〉
〈あら、つまらない〉〝キャサリン〟が悪びれた風も見せず、〈じゃ、この場の勝ちはもらっていくわよ〉
〈さあ、〉キースに不敵。〈どうだろうな? ――やれ!!
 そこで反応、非常電源。切る。照明が消え――ずに復して通常灯。キースがひそめて片眉。
〈はい残念、〉〝キャサリン〟に鼻息一つ、嘲弄の色。〈非常電源ごと? 発想はいいけど、ちょっと詰めが甘かったかしら〉
〈区画を開放したわけか〉キースが傾げて小首。
〈ご明察〉〝キャサリン〟の声が小さく踊る。
〈確かに、その手もある。だが――〉不敵をキースは片頬に乗せ、〈これで終わると思うなよ〉

 監視カメラ越しにマリィの姿、並べて操作端末の気圧表示――がチャンネル035へ。
『ケヴィン・ヘンダーソン大佐!』シンシアの啖呵が走る。『手前、スカした顔しやがってやるこたァこれか!!

『ふむ、』チャンネル001、〝放送〟映像でヘンダーソン大佐が傾げて小首。『〝K.H.〟が新手の情報操作を繰り出してきたようだな』
 隣へ声を向けた先、〝本物〟のマリィが迎えて頷き。
『〝本物〟は、ここにいる私です』

 マリィの眼に自身の虚像。耳にノイズ、しかし虚像の唇が紡ぐ単語の形――〝本物〟。
 反感。憤怒。衝き上げる。重い左腕を壁の端末へと運び、カメラにかざして左手首。
 端末から問い、文字表示。『何を?』
「……映して……!」渾身、マリィにかすれ声。
 作動。端末の内蔵カメラが、焦点をマリィの左手首へ――そこにプレシジョンAM-35。

『感あり!』告げて〝トリプルA〟。『バースト通信!!
〈ぶち上げろ!〉即座にシンシア。〈こいつァ……!〉

 瞬間。開く。ウィンドウ。キースの視覚へ――チャンネル035。
 プレシジョンAM-35が大映し、その左上には刻み付けたような傷一つ。
〈キース!!〉高速言語――〝キャス〟の声。
〈ァはン、〉〝キャサリン〟の声が低くなる。〈面白いじゃない〉

『星系〝カイロス〟へ全域へ告げる!』監視カメラへ昂然とキース。『こちら〝K.H.〟、フリゲート〝オサナイ〟より発信中!』
 軌道エレヴェータ〝クライトン〟管制室。チャンネル035を預かるドレイファス軍曹がキースの姿をバスト・アップ、〝ウィル〟からの映像を背景へ。
「〝K.H.〟が顔を出したか」管制室長席、バカラック大尉が指を組む。「さて、大佐を相手にどう立ち回るかな?」
「こいつが〝K.H.〟の切り札らしいですからね」バカラック軍曹が映像編集、マリィの左手首をズーム・アップ。「面白いことになりそうだ」
 〝放送〟の背景映像にプレシジョンAM-35――その左上に刻み傷。

 反応――が〝キャス〟の感覚へ。
 有線中継プロセッサ、その一つ。すかさずクラッシャを叩き込んで記憶領域を一掃、続けて再起動コマンドを送り出す。
 区画丸ごと電源を断って一網打尽――とは行かない。〝キャサリン〟ごと一帯のデータを消し去りたいのはやまやまだが、その間にマリィが謀殺されては元も子もない。
 手繰る。隣接のプロセッサ。無線中継機に気配――プローブ・プログラム。その先、データの流れを遡り――、
 忽然、ゴミのようなテキスト・ファイル。その名に一言――『甘いわね』。

〈中継キィが!?〉フォーク軍曹の懐からナヴィゲータ〝シェラ〟。
〈引き継げ!〉咄嗟にフォーク軍曹。〈防壁展開! 回線維持を最優先!!
 そこでフォーク軍曹がキースへくれて指招き。〈艦橋へ! 今のうちに!!
 キースは小さく頷き一つ、〈カメラを頼む〉

 視えた。
 黒く霞みゆくマリィの視界に〝放送〟、映してプレシジョンAM-35――その左上に刻み傷。
 口が渇く。胸がつかえる。平衡感覚が怪しく揺らぐ。
 だがまだ意識は途切れていない。黙ればそのまま死へ堕ちる。
「……これ、は……」浅い息を絞り出す。「……私の、証拠……!」

『ここに証言する!』〝放送〟ウィンドウから、無重力の通路を跳びつつキースが断じる。『今エアロックにいるマリィ・ホワイト、彼女こそが実物だ!!

『ほう?』チャンネル001、ヘンダーソン大佐が細めて眼。『さて、何が実物なるものの証拠になると?』

『証拠はここに映した腕時計、』チャンネル035にキースの答え。『これは真のマリィ以外には持ち得ない。なぜならこれは――』
 一拍、キースの声に重く凄みが差す。『――俺の戦友が遺した形見だからだ』

 咄嗟。〝キャス〟。プローブを捨て――たところへクラッシャ到来。プロセッサの一時記憶をカオスへ還す。
 そこへプローブ、〝キャサリン〟の眼――を。
 手繰る。〝キャス〟。遡る。
 プローブが切れる。気付かれた。
 今度は〝キャス〟の撒いたプローブに感。喰われる。が構わない。位置は知れた――無線中継アンテナ、その一つ。
 飛んでくる。クラッシャ――に囮をくれて〝キャス〟が飛ぶ。狙うはアンテナ、電源回路――と。
 ――まだまだね。
 嘲弄。〝キャサリン〟。電源断――アンテナ周りの中継機。

『なるほど』ヘンダーソン大佐が傾げて小首。
 チャンネル001、〝放送〟内に浮かべてキースの姿――チャンネル035。『それが証拠になるとでも?』
『なら訊くが、』返すキースが声を低めて、『そっちの〝本物〟はどんな〝証拠〟を出してくれるんだ?』

 反転。〝キャサリン〟。区画の外を目指し――た矢先。
 瞬断――。
 留まる。〝キャサリン〟。間一髪。
 中継プロセッサ群、その一部が再起動シークェンスヘ。残る回路に匂わせて罠、〝キャス〟の底意地が透けて滲む。
 ――面白いじゃない、手数じゃ私と勝負にならないものね。
 と、〝キャサリン〟が意識を振り向けて――、
 ――でもね、尻尾が出てるわよ?
 飛んだ。〝キャサリン〟。無線通信――キースの携帯端末へ。

『これは難癖だな』ヘンダーソン大佐が片頬を歪めて、『口先だけなら何とでも言える』
『でっち上げだと思うか?』キースに冷えた声。『なら傷のできた日を当ててみるんだな』
『罠のつもりか?』鼻先一つでヘンダーソン大佐。『答える必要はない。でっち上げのオブジェクトなどに証拠能力はないからな』

 突入。〝キャサリン〟。携帯端末。
 警戒も保険も何もなし。いきなり無線通信ユニット経由、内部回路へ躍り込む。
 ――!
 〝キャス〟の驚愕を聞き流し――たところで。
 背後に空白。トラップの影。通信ユニットが押し黙る。
 敵意を抜き去り、プローブを呑み、一直線に駆け上が――って電源制御プロセッサ。
 トラップ――を抜き、防壁をかわし、演算コアへと殴り込む――そこに。
 ――やっぱり。
 〝キャス〟から――殺気。
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