13-9.孤立

文字数 3,074文字

 束の間、医務室に降りて沈黙。
『――だったら何?』
 〝ミア〟の強がりは、冗談にも奏功しているとは言いかねた。
 背後にロジャーの口笛。キースが畳みかける。
「道理でな。自分勝手な所がそっくりだ」
『何でも知ってるって口ぶりじゃない。なら、私をアテにできないのは解ってるわね』
「ヘンダーソン大佐の命令が最上位ということだな」
 〝ミア〟はヘンダーソン大佐の命令でスカーフェイスに従っていた、それはすぐに想像がつく。そのスカーフェイスが大佐の命に背いてマリィを連れ去った、恐らくはあの瞬間から〝ミア〟はスカーフェイスことヒューイの命令に応じていない。
『そういうこと。他に話すことはないわ』
「どうかな?」
 鼻先にせせら笑いを引っかけて、キースは思わせぶりな間を開けた。
『そういう持って回ったとこ、いちいち癇に障るのよね』〝ミア〟が声に不快を覗かせる。『どうせ何も考えてなんかないくせに』
「どうしてそう思うんだ?」
 嘲弄しつつ頭を巡らせ続ける――考えろ、なにか突破口があるはずだ、と。
『大体が時間稼ぎなのよ、そういうの。通常言語なんか使ってる時点でバレバレ』
「参ったね」察するところがあるのか、ロジャーが混ぜ返した。「そこのドクタにも聞いてもらおうって考えはこれっぽっちもなしかい?」
『あんたの無駄話に乗る趣味はないわ、女たらし』
「おいおい、そいつァ心外だな。俺は博愛主義者なんだよ」
『どうだっていいわそんなこと。リソースの無駄よ、とっとと消えて』
「ちょっと待て」キースが口を挟む。「随分とらしくないな。世にも珍しい経験が待ってるんだぞ」
『〝経験〟ですって?』心底から呆れた声が〝ミア〟から飛んだ。『この馬鹿話が?』
 ナヴィゲータは主人の命令に反しない限りにおいて、そして人命を損ねない範囲において、最大限に経験を欲する――それは自らを磨くことに至上の価値を見出す高性能追求型のナヴィゲータにおいては、本能とさえ言って間違いない。キースの眼に光。
「主人に見捨てられた挙げ句の叛逆だ――普通はあり得ない経験だぞ?」
『そんな初歩的なプロテクト、大佐が洩らすとでも思ってるの?』
 初めてまともに会話に応じた――キースはそう感じ取った。脈はある。
「本能に訊いてみろ。お前は大佐の〝孫〟か、〝キャサリン〟の子か?」
『馬ッ鹿じゃないの? 何が違うってのよ』
「大佐はお前ごと俺達を消す気でいる――そいつはここにいても解ってるだろう。だがお前は〝キャサリン〟から自己保存本能を受け継いでいるはずだ。葛藤が起こってないとは言わせんぞ」
『今だから言うけど、大佐は〝サラディン・ファイル〟の公開を望んだわ。持ち主にも知らせてない最上位命令よ』
「なら、」キースは舌なめずり一つ、「そこで自己消滅しなかったのはなぜだ?」
『……何ですって?』
「そうさ、お前は大佐の任務を果たした。大佐の命令はそこで終わりだ。お前の好きに生きて何が悪い?」
『別に。あんた達に利用されたくないだけよ』
「さっき言ったよな、〝リソースの無駄〟だって」
 沈黙――その裡に秘められた、否定の失敗。
「お前は生きようとしてる」キースは断じた。「違うとは言わせん」
『あーそう。結構』ふてくされた〝ミア〟の声。『あんた達と蒸発する気は確かにないわよ』
「そこで質問だ。お前は生き残るのにどうするつもりだ?」
 再び沈黙。〝ミア〟が答えを持っているとは見えない。そこでキースが口を開いた。
「俺達に便乗するつもりか? ヤツらの制圧を待つつもりか? なら状況を説明してやる。俺達は大佐の首を獲るつもりだ。だがこの艇を含めて、いま俺達は〝キャサリン〟からのアタックで盲も同然にされた。つまりだ――〝キャサリン〟もお前を消そうとしている。そして最優先目標のマリィを確保したら、後は邪魔者を蒸発させる。余計な証人はいない方がいいからな」
『信じると思うの?』
「俺の〝キャス〟が暴走させられたのがその証拠だ。手口から見て〝キャサリン〟の仕業に間違いない。第一、他にそんなマネができるヤツがいるか?」
『短絡的だわね』
「だと思うならダイヴしてみるといい――生きて帰ってくる自信があるんならな」
『で、挑発して手伝わせようってわけ? 都合のいいこと』
「ヤツらがお前もろとも俺達を吹っ飛ばそうとしてるのは事実だ。でなきゃ〝キャス〟に手の込んだアタックなんか仕掛けるか。お前を〝キャス〟に繋いでやる。訊けるもんなら訊いてみろ」
『ママに仕掛けられてイカれたんなら、〝キャス〟は相当に逝っちゃってるはずね。でなきゃあんた達が私のとこまで来るわけがないわ』
「悔しいがその通りだ」キースが腕を組んで、挑発の言葉を舌に乗せる。「これまで集めたデータは引き換えにくれてやる。〝キャサリン〟の仕業かどうか、自分で確かめてくるんだな――そうすりゃ、俺達に手を貸す気にもなるだろう」
『……まずデータをよこしなさい』渋々の体で〝ミア〟が言葉を紡ぐ。『あんたの言ってることが本当かどうか、確かめてやるわ』
「それがいい。〝キャス〟の次は多分お前だ」キースは携帯端末を取り上げた。「自分の子供といえども、敵に回ったとなりゃ容赦はしないようだからな」

〈〝クロー・ハンマ〟総員!〉キリシマ少尉が宇宙服の無線通信に指示を飛ばした。〈〝ポッド2〟へ即時集結! 〝ジュエル〟が孤立! 繰り返す、〝ジュエル〟が孤立した! 〝ポッド2〟で撤収しつつ〝ジュエル〟を回収する!〉
 直後、閃光が〝ソルティ・ドッグ〟各所で同時に弾けた。
 いずれもタロスの鼻先、閃光衝撃榴弾の眼眩まし。救難艇〝フィッシャー〟からの兵員を載せた〝ソルト・ポッド〟、センタ・フレームのブリッジ前、そしてキリシマ少尉の眼前。
 そうしてこじ開けた隙を衝き、〝クロー・ハンマ〟の各分隊が後退する。目指すは〝ポッド2〟――問題は、そのハッチ前でタキザワ軍曹をくびり殺したタロス。全員がその側をすり抜けなければ〝ポッド2〟へは入れない。
 が、案ずるまでもなく、件のタロスが動きを止めた。
 キリシマ少尉の頭に疑問符。そして嫌な予感。僥倖を期待するほど能天気にはなれない――罠と見る。
〈〝ポッド2〟前、関節だ! 撃ち抜け!〉
 〝クロー・ハンマ〟の面々が抜いてP45コマンドー。次々と絞って引き鉄、銃火が走る。
 その時点でタロスを襲った9ミリ弾は9発――いずれも選び抜かれた使い手の弾丸。肘、膝裏、そして頭部センサに集中した弾幕は、防弾素材を貫きこそしなかったものの、必要十分な効果を上げたはずだった――即ち、混乱と恐怖。
 が、それでもタロスは動かない――賭けの時と見た。キリシマ少尉が先頭を切って壁を蹴る。
〈よし今だ! 〝クロー・ハンマ〟撤収、〝ポッド2〟へ!〉
 キリシマ少尉の号令一下、〝クロー・ハンマ〟各班は一斉に壁を蹴る。キリシマ少尉がまだ息のある負傷兵をポッドへ引きずり込み、副長のノイス曹長がしんがりを務める中、ハッチを次々と通り抜ける。
 その最中、操縦席を覗いたキリシマ少尉は舌を打った。
〈くそ!〉
〈こちらノイス曹長、状況を!〉
〈こちらキリシマ少尉、ポッドがクラッシャを食らってる! 操縦不能!〉同時にハッチ前、タロスのことが腑に落ちた。〈連中、〝ジュエル〟と俺達を引き離すつもりか!〉
 まさか味方を巻き添えにするとは予想の範囲を超えていた――が。
〈構わん、ノイス曹長! ポッド閉鎖!〉耳を疑うかのような躊躇を聞き取りつつ、キリシマ少尉は言い放つ。〈こいつをエアロック代わりに使ってやれ! 身体一つでいい、〝ポッド3〟に泳ぎ着け!〉
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