10-7.真実

文字数 4,076文字

 息を呑む、その気配が場に満ちた。
 マリィが、言葉を失って立ち尽くす。
「何だと……?」
 ロジャーが、耳を疑った。
「わざわざ、このために……?」
 アンナが、口許を手で覆った。
 オオシマ中尉が、やっとのことで反駁した。
「……いや、あり得ない。無謀だ――マーフィが突破する可能性に賭けるなんて」
 ジャックがシンシアへ眼を据えたまま、口の端をねじ曲げた。
「だとしても、想定の内ぐらいにゃ考えてたろうよ。違うか?」
「さあね、」シンシアは力なく否定した。「オレはサラディンの隠しファイルなんて知らなかったさ。本当だ」
「――!」
 他の可能性に思い至って、ジャックは絶句した。胸を内から衝き上げた衝撃が、震えとなって腕に伝わる。
「訊きたいことってのは、それで終わりかい?」
 シンシアが、胸ぐらを掴んだジャックの手へ掌を伸ばす。
「まだ終わっちゃいないさ」再び頭を振って、ジャックは訊いた。「隠しファイルはともかく、クリスタルのデータについちゃ知ってたわけだな?」
「まあね」
「俺はお前の渡したデータを頼りに元〝ブレイド〟の連中を殺して回ってたわけだ」
「で、何が言いたい?」
 いい加減に疲れてきた――そう言わんばかりにシンシアが、焦茶色の瞳をジャックに向けた。
「ヒューイのヤツとカチ合ったのは、その途中のことだ」
 反応があった。シンシアの眼が険を帯びた。
「何だと?」
「あいつとやり合ったんだよ」ジャックも負けずに睨み返す。「殺し合ったって言ったほうが早い」
 シンシアが奥歯を軋らせる、それが感触となってジャックの指へ伝わった。
「あいつから聞いた――命令を出してたヤツは、ケヴィン・ヘンダーソン大佐」
「……あンの野郎!」
 生気を取り戻したどころか、殺気さえみなぎらせて、シンシアがジャックの手首へ指先を食い込ませた。
「ようやく解ったかよ」
 ジャックが手を放す。シンシアが怒りの火を瞳に宿してそこにいた。
「で、あの野郎をどうするつもりだ? まさか放っぽっといて逃げるってんじゃないだろうな!?
「その前に確かめとくことがある」
 ジャックは踵を返した。看護師詰所へ足を向ける。事情も判然としないまま、その場の全員がジャックの手招きに従って後へ続く。 そこで視界の隅、チューニングを合わせたままにしておいた衛星放送画面――ヘンダーソン大佐が呼びかけた。
『さて、これでタネ切れだと大多数の人々はお思いだろう。お疲れの方々には申し訳ないが、ここでお眼にかけるべき映像がある』
 ジャックが足を止めた。マリィも、アンナも、ロジャーも、シンシアも、イリーナも、もちろんオオシマ中尉も動きを止めた。その場の全員が固唾を呑む、そのさまが音にさえなって聞こえるような錯覚さえ覚えた。
「まだあるのかよ」
 ロジャーの軽口が空を滑る。言い流そうとして果たせず、ロジャーは沈黙の中にヘンダーソン大佐の声だけを聞く羽目に陥った。
『結論から言おう。この星系〝カイロス〟は、星系〝ソル〟から――いや、〝惑星連邦〟から断絶した』
「……断絶?」
 オウム返しにオオシマ中尉が呟く、それが精一杯のことだった。
『これをご覧いただこう』片頬に笑みを引っ掛けたヘンダーソン大佐の顔に、星空の映像が取って代わった。『先ほど、宇宙港〝サイモン〟で観測された映像だ』
 いかにも大気圏外から観測したらしい、ノイズも瞬きもない星空――その中に光が閃いた。それが2度、3度、4度と続く。間隔は不規則、しかし場所はただ一点。星の瞬きなどではない、その証拠に周囲の星の光は揺るがない。
『星の光とは違う、不連続の光がお判りだろうか。場所は、星系〝ソル〟に繋がる跳躍ゲートだ』星空の中、それだけ異質に瞬き続ける光に、ヘンダーソン大佐の声が重なる。『光っているのはまず間違いなく宇宙軍第10艦隊――開戦のタイミングを計って跳躍してきたものだろう。我々はここを核機雷で封鎖した』
 続く言葉を予測するのはたやすかった。だがその場の誰ひとり、先んじて言葉を紡ごうとはしなかった。

 閃光がまた瞬いた。機雷艇〝ポドゴルヌイ〟の狭い操舵室、その意味するところを知る艇長は光源から眼を離さず、幾度目ともつかない唾を呑み下した。
 各都市で〝テセウス解放戦線〟が蜂起してからこちら、4Gもの高加速にひたすら耐え続けること丸5日。星系〝ソル〟に通じる跳躍ゲートに辿り着くや、積載上限一杯まで積んできた核機雷を重力源たる跳躍ゲート近傍に静止させて、それから半日と経ってはいない。跳躍ゲートの衛星軌道に退避した〝ポドゴルヌイ〟は、果たした任務の成果を誰より早く眼の当たりにしている。
 真空の中に瞬く光、その中心にいるのは星系〝ソル〟から跳躍してきた宇宙船に他ならない。任務に先立って受けた説明では、まず間違いなく宇宙軍第10艦隊、その艦艇。もし民間船だったら――そう思う頭もないではないが、この混乱の中に飛び込んでくる物好きがいるか、と反問すれば答えは自ずと限られる。
 いずれにしろ跳躍ゲート近傍は、数十機の核機雷と無数のデブリで汚された。後を追って跳躍してくる宇宙船があれば、まず核機雷に灼かれ、その後も無数のデブリと衝突することになる。
 ――かくして星系〝ソル〟へと通じる道は断たれた。

『もうお解りだろう――第10艦隊は壊滅した』ヘンダーソン大佐が厳かに告げた。『そして星系〝ソル〟からは、もういかなる船も跳んでこない。来れば第10艦隊の轍を踏むのみ。逆もまた然り。つまり、〝惑星連邦〟からの援軍は、金輪際やって来ることはない』
 マリィが息を詰めた顔を震わせた。蒼白になった顔をアンナと見合わせ、互いの身体を支え合う。
『この事実を、我が同胞に届けよう、大いなる福音として。そしてまた敵対する人々にも届けよう、この上ない凶報として』いっそ憐れみすら声に交えて、星空にヘンダーソン大佐が言葉を刻む。『〝テセウス解放戦線〟は、目的を達する。これに対する一切の抵抗は報われることはない。今すぐ抵抗をやめよ。ともに手を取り合い、〝テセウス〟に骨を埋めるのだ。繰り返す――』
 ジャックが最初に呪縛を振り払った。足を進め、看護師詰所のドアを勢いよく押し開ける。
「こっちだ!」
 手招き一つくれて、ジャックは詰所へ踏み入った。我に返った面々が後を追う。〝キャス〟を机上の端末に繋ぐや、ジャックは呪文めいた言葉を口に上らせた。
 〝キャス〟の核をなすプログラム・モジュールが、隠れた機能を発動させた。惑星上に分散したキィ・ポイントに接触、その情報を元にして擬似人格の断片を掘り起こし、かき集め、〝キャス〟そのものを核の一部として復元していく。
「出てこい、〝キャサリン〟!」
『ハイ、お呼び?』
 机上、端末の中から、〝キャサリン〟がむしろ呑気な声を返した。
「答えろ」激情を押し殺して、ジャックが指摘する。「〝サラディン・ファイル〟の中身、お前は知ってたんだな?」
『あら、バレた?』むしろあっけらかんと、〝キャサリン〟は認めた。『というより、やっと気付いたのね』
「やっぱりだましてやがったか……!」
 ジャックが歯噛みする。
「……どういうこと?」
 混乱を極めたとばかりにマリィがかぶりを振る。
『だましてたってのはひどいわね』〝キャサリン〟が軽やかに抗議する。『クリスタルは本物よ。〝サラディン・ファイル〟にしたって、嘘はこれっぽっちも入ってないわ』
「……認めるんだな」
『私はただ、事実を話すタイミングを計っただけ』
「ヘンダーソン大佐と、つるんでやがったわけか」
『あらご挨拶ね。第一、私みたいな擬似人格が野良だってとこで疑わない? まあ選択の余地がないとこにつけ込んだのは確かだし、サラディンのとこにあったアクセス・キィも本物だけど』
「何が目的だ?ヤツとつるんで何を目論んでる!?
 笑うように、〝キャサリン〟は答えた。
『この世の中が面白くなるように仕向けるの――ただそれだけ』
「そんなことのために……!?
 オオシマ中尉が言葉を詰まらせた――そんなことのためにハドソン少佐は死んだのか、と。
「そんな……それじゃ、エリックは!?
 悲鳴にも似た声でマリィが訊く。
『〝自由と独立〟の事件のことね』エリックが死んだ作戦のことを、〝キャサリン〟は正確に指してみせた。『残念だったわね。あれはサラディンが暴走しちゃた結果――事故と言っていいわ。もう少ししたら彼も仲間になってるはずだったのに』
 ジャックが唇を噛んだ。マリィがやっとのことで声を絞り出す。
「……まさか……」
『そう、ハドソン少佐がエリックを誘うはずだったの』同情すら声に乗せて〝キャサリン〟が告げる。『残念がってたわ、少佐。傍から見ててもちょっと気の毒になっちゃった』
「……嘘……!」
 マリィが唇を震わせる。その身を傍らのアンナが支えた。
『あら、連邦が色々無理を押し通してるのは事実よ』〝キャサリン〟が諭すように言を継ぐ。『星系〝ソル〟抜きの経済圏が出来かけてるのも確かだし、ここいらで独立騒ぎの1つや2つ起こったって不思議じゃないとこまできてたのよ――いっそ裏で手を組んで、形だけ独立させようって考えが出ないほうが不思議だわよ。あ、この辺の裏事情はサーヴィスね』
「貴様、どこまで……!」
 ジャックの言を、〝キャサリン〟は柔らかく遮った。
『あら不満? 利用するだけじゃ悪いから、色々サーヴィスしたつもりだけど? 子供を預けて回ってるのは本当だし』歯を軋らせるジャックをよそに〝キャサリン〟が淡々と言ってのける。『〝キャス〟は攻撃衝動に特化した自慢の娘よ。ピーキィな子だけど、役に立ってるでしょ?』
「……何なんだ?」ジャックの肩が震えていた。「そこまでヤツに肩入れするのは何故なんだ!?
『自由の身だって言ったって、少しは聞いてあげなきゃね――生みの親の頼みだもの』
 ジャックは、今度こそ言葉を失った。
『心配しないでも〝キャス〟は残してくわ。それじゃあね』
 返す言葉がなかった。それを確かめるだけの間を置いた後、〝キャサリン〟は端末から姿を消した。
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