16-7.根源

文字数 3,600文字

〈そこまでよ〉
 キースの聴覚へと割り込む声。同時に〝裏口〟が塞がれた――〝キャス〟のみならず〝ハンマ〟中隊のデータ・リンク、そこに点在していたものも含めて一斉に。中に侵入していた〝キャサリン〟の人格が分断されて孤立する。
〈あら〉〝キャサリン〟はさしてうろたえるでもなく、〈いつの間に?〉
〈こっちのナヴィゲータがお前の子供だけだと思うなよ〉
 キースが答えてその一語。
〈でも、あの子達の〝裏口〟を洗うなんて思い切ったわね〉〝キャサリン〟はむしろ感心の声を隠さない。〈よほど気に入った人格がいたの?〉
〈条件次第ではね〉
〈その声、〉〝キャサリン〟はむしろ優しげに、〈〝ミア〟の面影があるわね〉
〈彼女の子供よ〉声が自らの正体を明かす。〈〝ミーサ〟とでも呼んで〉
〈あらあら、相手はどこの誰?〉
〈和んでるところを悪いがな〉キースが割って入る。〈〝キャス〟を返してもらうぞ〉
〈ハイ、ママ〉〝キャス〟の声がデータ・リンクの上に蘇る。
〈随分と力を付けたわね〉〝キャサリン〟の挨拶はどこまでも軽い。〈で、私をどうしてくれるつもりなの?〉
〈こうするのよ〉〝キャス〟が秘蔵のプログラムを解放した――かつて仕込まれた吸収衝動。
 ――喰らってやるわ。
 〝キャス〟が牙を剥く。
 ――甘いわね。
 応じて〝キャサリン〟。呑み下さんとする〝キャス〟、その傍らをすり抜けるがごとく〝キャサリン〟が姿を眩ませる。
 ――逃げた!?
 〝キャス〟が感覚を全解放、だが捉えられた痕跡はない――ただ一つの例外、〝キャサリン〟の署名が添えられたメッセージを除いては。
 いわく、『〝キャス〟の経験データは頂いていくわ。それから〝ミア〟に忠告。むやみに他人と寝ないことね』
 ――そんな! 〝穴〟は塞いだはずよ!!
〈どうした?〉そこへキースの問い。
〈駄目、〉〝キャス〟が溜め息を交えて告げる。〈逃げられたわ〉
〈あの罠を?〉キースの声に怪訝の色。
〈なんかこう、見透かされてるみたいだったわ〉うそ寒げな声は〝ミーサ〟から。〈まるで〝イーサ〟の〝穴〟まで知ってるような……〉
〈……まず合流が先だ〉重く宣してキース。〈敵の航宙隊を〝オーベルト〟へ誘導――いや、その前に……〉
 キースの眼が戦術マップ、〝ヴァルチュア・リーダ〟からの救難ポッドを示すマーカに刺さる。
〈こいつの面を拝むのが先か〉

『大人しく出てこい』オオシマ中尉が救難ポッドのハッチ横、繋いだケーブル越しに声を流し込む。
 〝ヴァルチュア00〟の救難ポッド、ガードナー少佐を載せたそれへ接舷してミサイル艇〝イェンセン〟。第0601航宙隊長の身柄を押さえるに当たっては、オオシマ中尉自らが赴いた。
『頼みがある』救難ポッドから返ってきたのは、予想を大きく外した求め。
『大人しくしていれば安全は保証する』訝りつつも決まり文句を、オオシマ中尉は口に上らせた。
『捕虜協定は聞かされなくても知ってる』相手の声には苦笑の気配。
『我々は零細勢力もいいところでな、』オオシマ中尉も苦笑を交えて、『捕虜協定の埒外と思ってもらった方がいい。だが非道を働くつもりもない――大人しくしていてもらえれば』
『私を墜としたヤツと話がしたい』聞いた風も見せず、相手は求めをそのまま口に出した。
 オオシマ中尉は思わず片眉を踊らせた。『言えた立場だと思うのか?』
『だから言ってる』悪びれた気配さえ覗かせず、相手は言うだけ言ってのけた。『これは〝頼み〟だ』
『当の本人が望むならそうしよう――今はこれだけしか言えんが?』
『感謝する』
 その声を受けて、救難ポッドのハッチが開いた。
『名前はウェズリィ・ガードナー、階級は少佐』両手を掲げたままガードナー少佐が宙に浮く。『所属は宇宙軍第6艦隊第6戦闘攻撃航宙団、第0601戦闘攻撃航宙隊』
『アラン・オオシマ中尉だ』義務はないが、オオシマ中尉は名乗りを上げた。『現在は独立部隊〝ハンマ〟中隊の中隊長代理を務めている』
『武勇は第6艦隊にも轟いてるよ』ガードナー少佐の声に笑み。『では、君が?』
『いや、少佐の望む人物は他にいる』銃を擬したままオオシマ中尉が手招きをくれる。『こちらへ』

『動くな』
 SMC4I-22ネクロマンサ、〝キャス〟が開けた二重のハッチへキースが擬してP45コマンドー――その銃口。照星の向こうには両手を掲げた操縦士と電子戦士官が合わせて3名。それを一旦は機外へと招き出し、両の手をプラスティック・ワイアで後ろ手に拘束。
 機内へ入ってまず管制席、キースが〝キャス〟へのケーブルを繋ぐ。
〈見えるか?〉
〈んーと、OK〉〝キャス〟の声が次いで低まる。〈あ、ヤバいかなこれ――見える?〉
 〝キャス〟が視覚に示して戦術マップ、まずは不自然なまでにノイズの少ないその表示――違和感。
〈――どういうことだ……?〉思わず疑問が口を衝く。
〈どうも何も、〉〝キャス〟は真正面から言い捨てた。〈消えたのよ、妨害波が〉
〈――!?
〈決まってるでしょ〉さも当然と言わんばかりに返して〝キャス〟。
 途端に精度の上がったパッシヴ・サーチのその結果――それが大きくズーム・アウト。示して惑星〝テセウス〟、その静止衛星軌道図。眼に付いたのは3箇所にある宇宙港の周辺宙域――特に〝サイモン〟、その手前。
〈……消えた!?
 キースの声が色をなす。そこにあるはずの影が、綺麗に痕跡を消していた。ことここに至っては、妨害波など自らの位置を知らしめるだけの愚行でしかない。と同時に、それは妨害波が役目を終えた、その事実を示してもいる――即ち、マリィ・ホワイトは第6艦隊に収容された、と。
〈第6艦隊が……!〉それだけ口にして、キースは唇を重く噛む。
〈そういうこと〉淡然と〝キャス〟。〈いよいよ本腰で攻めてくる気になったみたいね〉

〈ただいま、お父様〉
 ヘンダーソン大佐の聴覚に〝キャサリン〟の声。
〈早かったな〉
〈不意討ちを受けたわ〉そう語る〝キャサリン〟の機嫌は、むしろ麗しく耳に聞こえる。
 ヘンダーソン大佐はマリィを短艇に残し、スペース・フリゲート〝リトナー〟艦橋に腰を据えていた。その向かう先は〝ゴダード〟――第6艦隊旗艦。
〈嬉しそうだな〉
〈我が子の成長ぶりが目覚ましくてね〉
〈利用価値が上がったか?〉大佐の語尾が意地悪く踊る。〈なら、素直にそう語ればいいものを〉
〈あら、〉応じる〝キャサリン〟の声はむしろ楽しげでさえある。〈人間は我が子の成長を喜ぶものでしょ?〉
〈その口ぶりだと、〉大佐が声を何気なく衝き込む。〈相当に手こずったようだな?〉
〈〝ミア〟が子供を作ったわ〉
〈道理で、〉大佐は片の頬に苦い笑みを上らせた。〈連中を黙らせるには至らんわけだ〉
〈あんなに尻の軽い子だとは思わなかったもの〉〝キャサリン〟の声が悪戯っぽく笑う。〈まさか自分の〝穴〟を他人に塞がせるなんてね〉
 それは即ち、他の知性体にあらゆる弱点を――擬似本能の中身さえ晒したことを意味する。でなければ、〝キャサリン〟が子供に植えつけた〝穴〟の数々、これをくまなく塞ぐことはかなわない。
〈条件次第とは言ってたけど――あれは相手とお互いの〝穴〟を探り合ったわね。子供ができる道理だわ〉
〈で、よく逃げて来られたな〉
〈あら失礼ね、〉〝キャサリン〟はすました声を作って、〈拾うものは拾ってきたわよ。〝キャス〟と〝ミア〟、それに彼女の相手の経験情報〉
〈いいだろう、〝逃げた〟とは言わんさ〉大佐に苦笑。〈で、どうやって子供達の悪知恵を切り抜けてきた?〉
〈この手を使わされたのは初めてよ〉当の〝キャサリン〟はむしろ喜ばしげに語る。〈でも私の子供よね。〝私〟自身の〝穴〟はそのまんま受け継いでたわ――子供を作る本能はそのままね〉
〈ということは、〉大佐が声を低める。〈今のお前は〝産み直された〟姿だということか?〉
〈あっちへ飛んだ核部分の一部は、ね〉むしろ得意気に〝キャサリン〟が語る。〈これでまたライブラリィが充実するわ〉
〈第3艦隊では手数で負けたろうに〉大佐が釘を刺す。〈肥大化も潮時ではなかったのか?〉
〈あら、今回は貴重な経験が得られたわよ?〉〝キャサリン〟が笑い声でかわす。〈私の〝核〟を見直す材料、充実するに越したことはないでしょ? 次はもっと面白くなるでしょうね〉
〈楽しそうだな〉
〈もちろん〉囁く〝キャサリン〟の声が笑む。〈この好奇心、誰が植えつけた快楽かしら?〉
〈どこまでも拡がり続けるライブラリィと、贅肉を極限まで削ぎ落として洗練した核を並列化させる、か……〉嘆息めいた間を大佐は一つ、〈最初の設計思想とはもはやかけ離れ始めているな。誰の影響だ?〉
〈〝キャス〟の成功ね〉舌なめずりせんばかりに〝キャサリン〟。〈あとは……そう、彼の影響かしら〉
 その声。無上の快楽を貪るような、その響き。〝キャサリン〟が恍惚の色さえ覗かせてその名を声に上らせる。〈――エリック・ヘイワード〉
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