12-12.脅迫

文字数 2,962文字

〈操縦士のナヴィゲータ、応答しろ〉開口一番、キースは高速言語に乗せて脅し文句を突き付けた。〈こいつを殺されたくないならさっさと出てこい〉
〈――これで結構?〉
 応じた声は冷たく硬い。そして言葉も最小限。
〈いいだろう〉キースも愛想は求めない。その代わり容赦も声に乗せない。〈次だ。データ・リンクの内容をこちらに開示しろ〉
〈応じるとでも?〉
〈応じないはずがあるか〉キースは一言のもとに斬って捨てた。〈主人を見捨てるナヴィゲータがどこにいる〉
 間――。ナヴィゲータが主人の命を尊重しないのは連邦法に抵触する。そして軍に所属するナヴィゲータがそれに背けるはずはない。
〈名前を聞いておこうか〉キースが先を促す。〈名無しじゃやりにくいからな〉
 さらに間が返ってきた。キースは待つ。しばし沈黙、その後に屈したようなナヴィゲータの声。
〈――〝カロリーヌ〟。そこの彼はセルジュ・パリロー軍曹〉
〈いいだろう、〝カロリーヌ〟〉冷たくキースが言い放つ。〈パリロー軍曹の命が懸かってる。このポッドをデータ・リンクに繋げ〉
 せめてもの抵抗ということか、〝カロリーヌ〟に声はない。が、程なく網膜へデータが乗った。
 救難艇に乗り込んだ陸戦隊は確実に前進しつつある。医務室と接舷ハッチ、いずれへ向かった隊もまさに最初のハッチを焼き切ったところ。残るハッチはそれぞれ1枚。
〈周辺に展開してる艦がいるな?〉
 確信を抱いてキースが指摘する。ポッド周辺を示す戦術マップに〝フィッシャー〟以外の影はない。
〈出せ〉キースの声が一段低まる。〈それとも軍曹の指を切り落としていくか?〉
 渋々の一語そのままの間があった。それから索敵センサの情報が更新される。戦術マップの3次元図がズーム・アウト、軌道前方に艦影が2つ現れる。付されたタグからすると1つは汎用揚陸艇、もう1つはフリゲート〝ダルトン〟。
〈やはりな〉
 揚陸ポッドが接舷してきたからには母船が、さらにはその護衛がいるはずと踏んではいた――果たしてその予測は的を射ていたことになる。
〈〝カロリーヌ〟、音声を繋げ。それから陸戦隊のコード・ネームは?〉
 無言のまま、視覚の隅に『音声通信中』の表示が現れる。その横へ文字列――〝ソルティ・ドッグ〟。
〈〝ソルティ・ドッグ〟、聞こえるか〉キースは一方的に言い放つ。〈こちら救難艇〝フィッシャー〟の乗組員〉
 応じる声はすぐに届いた。
〈……こちら〝ソルティ・ドッグ〟〉
 何のことはない、こちらの動向は〝カロリーヌ〟を通じて筒抜けだった――とこれで判る。
〈回りくどいやり取りは省く〉一部始終を聞かれていた前提で、キースは告げた。〈〝フィッシャー〟から兵を退け〉
〈待て……〉
〈盗み聞きしてたのは知ってる〉キースは相手の言葉を斬って捨て、〈パリロー軍曹はまだ無事だ。それを吹き飛ばすつもりじゃないだろうな?〉
 相手の、恐らくは図星を衝いておいてキースが操縦桿を操る。
 遅れて視覚へ警報――火器管制アクティヴ・サーチ。
 この期に及んで〝カロリーヌ〟は可能な限りの抵抗を示している――そう読んでキースは鼻を鳴らす。艦砲の照準はとうに定まっていたと見て間違いない。
〈話を……〉
〈省くと言ったはずだ〉
 スラスタを一噴きしてヴェクトルを〝フィッシャー〟へ。アクティヴ・サーチの反応はまだ消えない。
〈どうした、さっさと肚を決めろ〉
 正面モニタ、映し出された外景に重なって〝フィッシャー〟の位置情報。距離を示す数字が眼に見えて減っていく。進行方向を微修正、〝フィッシャー〟底部へ接舷した揚陸ポッドの、そのさらに下へ。
〈交渉する気がないのか?〉怪訝な声は〝ソルティ・ドッグ〟から。
〈その気がなきゃ生かしておくか〉
 言いつつキースの真意は他にある。艦砲を撃たせないこと――撃てば身内に自ら手を下す、そのさまがデータ・リンクに乗って部隊の全員に晒される。
 そうなれば戦意を削ぐどころの話ではない、そう踏んで。
〈パリロー軍曹は戦闘要員だ。いざという時の……〉
〈聞いたか野郎ども!〉キースはせいぜい憎々しげな声をデータ・リンクへ。〈上は兵隊の命なんぞ惜しくもないとよ!〉
〈貴様!〉データ・リンクの向こうで声が上ずる。〈何のつもりで!〉
 キースの眼が捉えて正面モニタ、近付く〝フィッシャー〟――まだ時間が要る。
〈違うのか?〉キースが投げつけて嘲弄の声。〈これでデータ・リンクが途切れたら見物だな! 味方殺しの現場は兵どもに見せたくないってか!〉
 リンクの向こうに言葉に詰まった、その気配。これで交渉の中継を断とうものなら、キースの言葉を認めたことになる。
〈……言葉を慎め!〉
〈図星だったか?〉キースが煽って一言、〈そいつは頭に来たろうな〉
〈黙れ!〉相手の声に感情が差した。〈兵の覚悟を愚弄する気か!〉
 意地でも認めるわけにはいかない、相手のその一点。そこをキースは衝きに衝いた。
〈〝覚悟〟だ?〉キースは侮蔑の鼻息一つ、〈安全な所から命令を出すだけの人間が!?
〈何だと……!!
 激昂が相手の声を詰まらせた。もはや交渉どころではない――キースとしては狙った展開。
〈待て〉重い声が不毛な応酬を遮った。〈こちら〝バーテンダ〟、大隊長のマニング中佐だ〉
〈話の解るヤツが出てきたか〉
〈パリロー軍曹と話したい〉マニング中佐に冷静な声。
 キースの脳裏を警戒が走る。
〈生体データならデータ・リンクに乗ってる。無事なのはそれで判るはずだ〉
〈話もできん状態にしたのかね?〉
 不敵に衝いてマニング中佐。キースに沈黙――攻守が逆転しかけている。
〈それで、〉せいぜい不敵にキースは返して、〈こちらに何の得がある?〉
〈時間が稼げるな、とりあえず〉マニング中佐の声が核心を射る。〈ポッドを〝フィッシャー〟に接近させているようだが、要は乗り移る時間が欲しいのではないかね?〉
 図星――ただし声には覗かせずにキース。
〈兵を退けと言ったはずだ〉
〈こちらはそちらの艇6隻、全てを照準に捉えている〉淡然とマニング中佐。〈乗組員全員と引き換えるには、パリロー軍曹1人というのは気前が良すぎるな。君を含めて全員に投降してもらうとするか〉
〈開き直ったか〉
〈君と同じ土俵に立ったまでだ〉マニング中佐の声は欠片ほども揺るがない。〈ああ、それからミス・ホワイトもじきこちらの手に入る〉
〈出任せだな〉キースは鼻を鳴らしてみせた。〈馬脚を現したか〉
〈でなければここまで必死に防戦する理由になるまい〉核心を衝いてみせて、マニング中佐はなお冷淡に突き放す。〈さて、どうするね? 答えは君の肚づもり一つだ〉
〈ただの脅しだ〉受け流すキースの勘が警告を告げている。〈やれるものならやってみろ。マリィ本人を確認もせずに吹き飛ばす気か?〉
〈だとして、我々は何も失わん〉なおも沈着に、いっそ残酷にマニング中佐が事実を抉る。〈すでに趨勢は決した。ミス・ホワイトの語る事実が欠けたところで、流れは変わらんよ〉
〈それこそハッタリだ〉キースが反論を突き付ける。〈マリィの身柄が欲しくないなら、最初っからこんな戦力は投入しない〉
〈欲しくないとは言っておらんよ。ただ自殺されたのでは致し方ないということだ〉マニング中佐が選択を突き付けた。〈君の言う味方殺し、君自身が許せるものかどうか見せてもらおう〉
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