8-1.緊迫

文字数 3,105文字

『〝ベイティ・ニュース・アーカイヴ〟、テオドール・フェデラーです。速報をお伝えします。〝テセウス解放戦線〟が先ほど声明を発表しました。保護したジャーナリストの身柄を護送中、〝惑星連邦〟軍の襲撃を受けたということです。これは民間人の殺害を意図したものだとして、〝テセウス解放戦線〟は〝惑星連邦〟を激しく非難しており……』
『〝テセウス解放戦線〟は、ジャーナリストを護送していた宇宙船の内部映像を公表しました。内壁には特殊部隊の突入した跡が生々しく残り……』
『〝フェアチャイルド・グローバル・ニュース〟、本日のトップは惑星〝テセウス〟情勢、〝惑星連邦〟による宇宙船襲撃事件です。ジャーナリスト解放が注目されている中……』



「見てみな」
 シンシアがマリィに促した。
 〝クライトン・エアポート〟、ターミナル・ホテル1408号室。軌道エレヴェータを窓外に望むその部屋で、一報を知ったシンシアは部屋のディスプレイへニュース映像を送った。
 映った映像、リポータが示す先に、護送中に襲撃を受けたとされる一行――遠目にも憔悴した顔が並ぶ。その中に、小さく映ったアンナの姿をマリィは認めた。
「そんな……」
 マリィが息を呑んだ。口元を押さえたその顔から血の気が見る間に引いていく。
「結局そんなもんさ」シンシアの声が冷気を帯びる。「連中、あんたらのことなんざ考えちゃいないんだよ」
 マリィは力なく、ソファへ背をもたせかけた。眼はディスプレイ、ニュース映像から離れない。映っているのは、仕立てのいいスーツに身を包んだ痩身の男――テロップには〝ハミルトン・シティ〟領事とある――力なくコメントを拒む、その姿。
「このニュース……」
「普通に流れてる。どこ観てもこの話で持ちきりだ」
 シンシアはニュース・チャンネルを切り替えた。大同小異、伝えている内容は変わらない。
「まあ、使わない手はないよな」
 シンシアがディスプレイを消した。マリィも眼を閉じた。



 バレージが片頬を釣り上げた。浴びせる凝視が怨念をはらむ。ジャックの肌に殺気が刺さる。返すジャックの眼にも力。血に熱。腕に緊迫。
 覚えがある、どころではない。ジャックに賞金をかけた〝メルカート〟――その幹部の一人、アントーニオ・バレージ。尻尾を出したことこそないが、裏流通ルートにひとたび関われば、知らずにいる方が難しい顔。それが、縄張りを外れたはずのここにいる。
「こんな所で会えるとはな」瘴気さえ吐かんばかりにバレージ。「探したぞ」
「そうかい」ジャックも声に鋭さを隠さない。「気が合わないな」
「しかもこいつは、」バレージの眼がジャックからスカーフェイスへ。「なかなかの手品じゃないか」
 スカーフェイスは無言――わずかに首を傾げた。
「そうつれなくするな」バレージは笑みさえ浮かべて、「これだけ興が乗ったのも久しぶりだ。言い訳ぐらい聞いてやる」
「ということは、」スカーフェイスが眼を細めた。「よほど応えたようだな」
「〝応えた〟?」バレージの眉が小さく踊った。「吠えるな、雑魚が。貴様など蚊ほどにも感じるか」
 バレージが指を一つ鳴らした。コンテナ内の護衛が6人、揃って懐から自動拳銃――マーズMP352ヴァンガード。
「だがそういう科白を吐くからには黒幕がいるわけだな」バレージが眼を鋭く細めた。「とっとと吐け」
「命令を出したのはゲリラの幹部だ」あっさりと認めてスカーフェイス。「〝テセウス解放戦線〟、知ってるだろう」
「殊勝なことだな」バレージに冷笑。「飼い主にさっさと見切りをつけたか」
「飼い主どころか」ジャックの片眉が言葉をはね返す。「ヤツらは仲間の仇だ」
「大した変わり身だな。いっそ這いつくばって命乞いでもしたらどうだ」バレージの声に鋭い侮蔑。「挽き肉にする前に死なせてやらんこともないぞ、ん?」
「頭に来てるのはこっちも同じだ」ジャックの声が、静かに熱を帯びる。「ヤツら、知ってて利用しやがった」
「よく回る舌だ」バレージは小さく頷く。「もう少し付き合ってやろう。さえずってみろ」
「ヤツらには切りたい尻尾があった」ジャックは右手に指を1本立てた。
「俺はそれに利用された」ジャックに2本目の指が立つ。「――そういうことだ。どうやら尻尾にあんたの関係者が混じってたようだな」
「信じる理由が」バレージに鼻息一つ、「どこにある?」
「俺はゲリラに用がある。あんたの身内かどうかは知ったことじゃない」ジャックはスカーフェイスへ親指を向け、「こいつの場合はもうちょい大雑把だったようだがな――何なら確かめてみちゃどうだ?」
「そいつはいい」おどけたように、バレージは額に手を当ててみせた。「連中の骨に刻んででもあるのか?」
「ベン・サラディン――覚えてるか?」
 〝自由と独立〟――かつて一勢力を成した独立派ゲリラ組織、その首魁。
「負け犬だな」バレージが小さく首を傾げる。「で?」
「そいつの作ったリストがある」
「〝死人に口なし〟だな」一転、バレージは退屈の息を鼻から洩らした。「くたばってからなら何とでも言える」
「日付は2年前」構わず、ジャックは左手をゆっくりと懐へ。「ヤツのくたばる直前だ。ちゃんと量子刻印も入ってる」
 銃口が一斉にジャックを向いた。
〈あら、先にギャングに教えちゃうわけ?〉〝キャス〟が不満げな声を聴覚へ割り込ませる。〈私を差し置いて〉
〈ちょうどいい、お前にも見せてやる〉
「もう終わりか、つまらん」バレージは右手を上げかけた。
「データを見せてやる」眼を据えたまま、ジャックは誘うように笑んでみせる。「こっちへ繋げ」
「よこせ」
 バレージが招くように指を折る。
「がっつくな。中身を見てからでもいいだろう」懐から左手、指の間にデータ・クリスタル。懐を開き、相手の眼の前で端末に読み取り機を繋ぎ、クリスタルを挿し込む。
 ジャックは〝キャサリン〟を呼んだ。
〈――あら、切羽詰まってるみたいね?〉
〈連中にファイルの〝さわり〟を見せてやれ。あと〝キャス〟にも〉
 ジャックからユゴーへ、ユゴーからバレージへ、接続キィ・コードが飛ぶ。一時的なアクセス権を得て、バレージのナヴィゲータ〝ビアンカ〟が〝キャサリン〟の解読したデータ――正確にはその一部――に触れた。
 内容がバレージの視覚に現れる。
 アルバート・テイラー、ルイ・ジェンセン、ポール・デュヴィヴィエ……ここ数週間の間に死んだ人物を含め、連なっていたのは軍人と元軍人の名。武器を横流ししていたという、一団のリスト。
 バレージは眉をひそめた。データの作成時期は2年前、ベン・サラディンのサイン・データも記してある。そして何より書き換え不可能なオリジナルの量子刻印。
「なるほど、」バレージは肩をすくめた。「お前が狙ったのは、確かに我々ではないかも知れん」
 そこでバレージの視線に冷気。
「だが我々に手を出した事実は事実だ」
「話は最後まで聞けよ」ジャックは続ける。「これから、あんたの言う〝黒幕〟ってヤツに一泡吹かせに行く」
 不意を衝かれた――バレージの眼が物語る。
「――何だと?」
「早い話が、」ジャックは断じた。「俺達の敵はあんたの敵だ」
「吐け」バレージの眼が血気を帯びた。
「〝キャサリン〟、連中のトップを教えてやれ」
 ジャックの指示で〝サラディン・ファイル〟の深部にあったデータが示される。そこにある名は――、
 バレージが息を呑む、そのさまが傍目からも見て取れた。
「そう、〝テセウス解放戦線〟と連邦の首脳部、両方だ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み