11-11.計略

文字数 2,904文字

 乾いた音が、その場に響く。
 鼻を一つ鳴らして、フェデラー兵長は拳銃を引いた。遊底を引き、初弾を装填する。銃口はセイガー少尉らに向けたまま、背後へ身体を流して船内電話へ手を伸ばす。左手一本で受話器を取り、医務室の番号を叩く。
「こちらブリッジ」
『遅かったな』モロー伍長がフェデラー兵長の横顔を確かめて応じた。『どうだ?』
「連絡が取れないってのはどうやら本当のようです。連中の方から通信を遮断した可能性もあります」
『くそ!』
「どうします? 1人くらい殺して放り出しますか?」
 間。船内電話の向こうから、真剣に考え出したらしい沈黙が降りてくる。セイガー少尉の背が改めて冷気を覚え始める――。
 そこへ電子音。コンソール上の通信モニタが呼び出しのシグナルを点滅させた。
『何だ!?
 船内電話越しに問うてモロー伍長。フェデラー兵長は音源、通信モニタへ眼を飛ばした。戦闘データ・リンク経由のコール、音声通信と表示にある。
 その中に相手の名があった――ロジャー・エドワーズ。

『この艇の陸戦要員か?』
 コールに応じたのは、見覚えのない相手。戦闘用宇宙服のヴァイザを上げ、素顔を晒す相手の襟には兵長の階級章が覗く。マークスの後に続いて着艦デッキ、視覚に投影された映像を吟味しながら、ロジャーが発して第一声。
「ちょっと違うかな」
『じゃ、誰だ?』相手が剣呑そのままの感情を問いに乗せる。
「相手の名前を訊く前に名乗るのが、」柳に風とロジャーに鉄面皮。「礼儀ってもんじゃないのかい?」
 相手の表情が強ばる、そのさまが視覚に映った。
『顔も見せない方がよっぽど失礼だと思うがね』
 ロジャーは肚の中で舌を出した。ロジャーの顔を捉えているカメラはない。
「いいだろう。行きがかりの客――まあそんなとこかな。名前はロジャー・エドワーズ」
『つまり我々の艦を乗っ取った連中だ』嫌悪丸出しに相手の声。『違うか?』
「乗っ取ったってのはちょっと違うね」構わずロジャーが軽く返す。「乗員を解放しただけ……」
『同じことだ』相手が遮る。『こちらは救難艇を制圧した。大人しく投降しろ』
「こっちは名乗ったぜ」たしなめるようにロジャー。「あんたの名前を訊いたっていいだろう」
『時間を稼ごうったって無駄だ』
「やだね、余裕のないヤツってのは」ロジャーが肩をすくめる。
『もう一度言うぞ、投降しろ』
「こっちはあんたのお仲間押さえてんだぜ」何気なくロジャーがカマをかける。「一方的な話し方は……」
『制圧したと言ったろう』相手の語気が荒くなった。『こっちには人質がいる』
 手応えあり。ロジャーは心もち眼を細めた。
「OK、じゃ人質交換てわけだ」
『こっちの人質はデリケートでね』相手がロジャーの声をはねつける。『これだけ言や判るだろう。交換どころか動かすのもホネだぞ』
「……外道め」
 ロジャーが密やかに舌を打った。これで確定――相手は負傷者を人質に取っている。
 が、見えてきたことがある――少なくとも1人は医務室に籠っている、その事実。
 同時、視覚に文字情報。ボーディング・ブリッジに向かっているキースから。
 ――ボーディング・ブリッジに敵2名を確認。あと1人の居場所を特定しろ。
 シンシアの防衛線を突破した陸戦隊員は5人。ブリッジにはいま話している1人、ボーディング・ブリッジに張り付いて2人、医務室にも最低1人――ここまでは判った。残るは1人。
『何とでも言え』開き直った相手の声。『ここまで後生大事に運んできたからにゃ、見捨てるつもりはないよな?』
「こっちの連中がお仲間を八つ裂きにしたがってるぜ」
 せいぜい冷淡に聞こえるよう突き放す。相手が応じて口を開き――かけたところで、眼が逸れた。横から割り込む声があったのか、小さく頷く。
『少し待て』
 コンソールへ手を伸ばすさまが映った。と、別の顔が現れる。船内電話の受話器を片手にした、これも戦闘用宇宙服。
『〝シュタインベルク〟陸戦隊、モロー伍長だ』
 ロジャーは背景へ眼をやった。覗いて白のカーテン――つまり医務室。
「やっと話が通じたな」
『何を期待しとるか知らんが、』モロー伍長が重く言い放つ。『こちらの要求は変わらんぞ。そちらの投降、これには〝シュタインベルク〟の〝惑星連邦〟将校および曹士を含む』
「自由になった連邦兵にもっぺん捕虜になれってか?」ロジャーは苦笑を隠さない。「無茶もいいとこの話だな」
『無茶かどうかはそちら次第だ』モロー伍長はにべもない。『あんたらの実力なら制圧し直すこともできるだろう』
 ロジャーは鼻を鳴らした。どう聞いても無理難題、となれば時間稼ぎに来ていると見て間違いない。
 事実、宇宙港側には強襲揚陸艦〝イーストウッド〟が控えている。その陸戦隊が一部なりとこちらに回ってくれば、どこまで保つか知れたものではない。
 そこへモロー伍長が畳みかけた。
『お仲間は大事なはずだな? 返事は5分待つ』
「で、答えなかったら?」
 ロジャーの問いに、モロー伍長が左手をひらつかせて答えた。
『1人ずつあの世行きだ。それから……』
 おもむろに背後へ眼配せをくれる。陸戦隊員の最後の1人が、人質を連れて視界に入った。
『本人の強い希望でな』モロー伍長が告げて重い声。『彼女が最初の1人になる』
 視界、陸戦隊員にコマンドーを突き付けられて佇むマリィがいた。

〈くそ!〉
 キースは口中に毒づいた。
 ボーディング・ブリッジは眼と鼻の先。ロジャーが救難艇のブリッジに開いた回線、これを傍受していたところへ飛び込んできた、それは光景。
〈連中、やると思うか?〉隣のシンシアが気密ヘルメットを触れ合わせ、声を伝えてくる。
〈マリィのことは捕まえたいはずだ〉思考を巡らせながらキースが返した。〈いや、どっちにしろ賭ける気はないな〉
〈てことはだ、〉シンシアが声を低める。〈勝負はさっさと着けるに越したこたねェな〉
〈ああ、これで5人目だ。あとは花火を上げるだけだが……〉キースが唇を噛む。〈急げよ、ロジャー〉

「恥を知らないどころか嘘も平気なのね」後ろ手に拘束されたまま、マリィからモロー伍長へ冷ややかに声。「人質は私一人のはずでしょ?」
「言ったろ、なりふり構っちゃいられないってな」神経を逆撫でされたモロー伍長に憮然の声。「心配しなくても、あんたは最初に殺してやる」
「ヘンダーソン大佐は私を〝捕えろ〟って言ってなかったかしら?」
 マリィが指摘する、その声にモロー伍長は眼元を小さく引きつらせた。
「そうだな、じゃ命乞いしてくれ」
「伍長殿……」マリィの背後、拳銃を突き付けるコーベン1等兵が頼りない声を上げた。
「お前は黙ってろ!」癇癪を弾けさせてモロー伍長。マリィに向き直って、「随分と絡むじゃないか」
「命は惜しいものね」負けじとマリィ。
「だったらその口を閉じといたらどうだ?」モロー伍長の声が凄む。「それともさっさと殺されたいのか?」
「そうね、あなたは卑怯者だったわね」マリィが眼を細める。「交渉の前に私を死体にしたって平気でしょうね」
 モロー伍長が拳銃を抜いた。
「伍長殿!」「やかましい!」
 怒号が交差する。モロー伍長の掌中、正面から昏い銃口がマリィを見つめた。
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