11-5.威嚇

文字数 3,758文字

『状況は?』
 オオシマ中尉から管制室へ、直接の問いが飛んできた。管制室に入っていたマルケス兵長が戦術マップを眼に入れながら答えを返す。
「第3艦隊から接近する艦があります。強襲揚陸艦〝イーストウッド〟、フリゲート〝ダルトン〟、〝シュタインベルク〟!」
 会議室へ戦術マップのデータを流す。宇宙港からやや距離を取って展開していた第3艦隊から、護衛のフリゲートを伴って接近する強襲揚陸艦――宇宙港の直接制圧に乗り出してきた、そうとしか理解のしようのない光景。
『まだ揚陸艇は出てないんだな?』
 探るような、オオシマ中尉の声。
「まだ確認できません」
 答えつつ、マルケス兵長は宇宙港の外周監視映像から眼を離さない。今になって第3艦隊が動き出したからには、何かきっかけがあったに違いない――そう察して、ナヴィゲータ〝ルーシィ〟にも当たらせている。
 と、手応えがあった。電波灯台C-25からの観測映像。
「くそ、こいつだ! ブロックF-37、回転居住区の衝突防止灯をいじってるヤツがいます!」
 観測映像の隅、衝突防止灯が不自然に明滅を繰り返していた。映像に付されたタグが示す場所は、軌道エレヴェータを取り巻く宇宙港のさらに外側、回転居住区。
『くそ!』回線の向こうから上がったのはロジャーの声。『制圧に回せる手がないのを見越してやがるか!』
『警備中隊の残党が潜り込んだら、』横合いからキースの声が加わる。『細工も朝飯前ってことか』
『送電を切れ!』オオシマ中尉の指示が飛ぶ。
「了解。〝ルーシィ〟!」
『F-37……これね、切断!』
 送電制御へ潜り込んだ〝ルーシィ〟が、ブロックF-37への送電を断つ。衝突防止灯を含めて1ブロック丸ごとの灯が消えたのを、マルケス兵長は観測映像に確かめた。

「時間がないな」
 オオシマ中尉が苦いものを噛み潰しながら呟いた。
「いつ揚陸艇が出て来てもおかしくないな――せいぜい30分がいいところか」
 管制室から流される戦術マップを見やりながら、キースも暗然と応じる。
「何にしてもこちらの状況は筒抜けと見て間違いないな」肚をくくってオオシマ中尉。「仕掛けも何もあったもんじゃない。尻をまくって逃げ出すぞ――〝ハンマ〟中隊総員、出港急げ!」



〈宇宙港近傍に船影あり! 数は6!〉
 強襲揚陸艦〝イーストウッド〟、戦闘指揮所に策敵士の声が上がる。指揮卓の戦闘情報モニタに転送された索敵画面には、逃げるように宇宙港〝クライトン〟を後にする船影が6つ。
〈識別信号は?〉艦長の問いが飛ぶ。
〈識別信号、応答ありません〉策敵士が答えつつ、探知した船影データをデータベースへ流し込む。〈船影解析――結果出ました。ミサイル艇〝イェンセン〟、〝カヴール〟、〝シュルツ〟、〝ディミトロフ〟、〝ハギンス〟、救難艇〝フィッシャー〟。ミサイル艇は友軍の対ハイジャック艇、救難艇は空間警備隊の所属です〉
〈あれが例の裏切り者か〉艦長は眉をひそめた。
 宇宙港の最外縁、回転居住区に逃げ込んだ味方が、衝突防止灯を使って存在を報せてきた〝裏切り者〟――つまりは〝ハンマ〟中隊。無重力区画、すなわち港湾区画はすでに陥落しているというから、そこから出てきた船の乗組員、その素性は推して知れる。
〈〝オーベルト〟より通信〉通信士が艦長に告げた――旗艦からの命令。〈『我、船影を敵と認む。〝イーストウッド〟、〝ダルトン〟は所定の任務を続行せよ。〝シュタインベルク〟は敵船の拿捕に当たれ』〉
 続いて通信士から声が上がった。
〈揚陸艇部隊〝マティーニ〟、〝ソルティ・ドッグ〟、〝ゴッド・ファーザ〟より報告、発進準備完了!〉
〈〝エクソシスト〟と〝サイド・カー〟、用意急がせ!〉
 陸戦隊長の激が飛ぶ。数秒遅れて〝エクソシスト〟と〝サイド・カー〟の発進準備完了が、相次いで報告された。
〈よし、上陸部隊発進!〉

『前方を航行中の船舶に告ぐ、機関を停止せよ。しからざれば攻撃す』
 フリゲート〝シュタインベルク〟がお決まりの警告を発した。繰り返すこと3度、それでも無視を決め込んだ6隻を追う〝シュタインベルク〟が宇宙港〝クライトン〟をかすめて過ぎる――その時。
〈宇宙港から船影!〉策敵士の声が上がった。〈数は1……いや2!〉
〈進路は!?〉艦長が問い質す。
〈待って下さい。いま加速を――二手に分かれました!〉
 戦術マップ上に、進路を分かった2隻の船影が描かれる。やや遅れて解析結果――哨戒艇〝シーゲル〟と〝ジョイナー〟の名が船影に付された。併せて描かれた速度ヴェクトルが両者の進行方向を示し――、
〈〝シーゲル〟がこちらへ向かってきます!〉ヴェクトルを読み取った策敵士が告げる。〈〝ジョイナー〟は〝イーストウッド〟へ。いずれも加速中!〉
〈加速度は?〉艦長が訊き返す。
〈目下――6G!〉返して策敵士。
〈無人とは限らんということか〉
 艦長が鼻を鳴らした。いっそ人間では耐え切れない加速を叩き出していれば、斟酌なく叩き潰せるものを――その思いを言下の裡に含ませて。
 実質のところ、艦艇を含む航宙機の加速能力は乗組員の耐性で決まると言っても過言ではない。無人機なら推進機の理論限界まで加速できる道理だが、その荷重には人間の身体が――より具体的には中枢神経系が――耐え切れない。その一方で、有人機の判断力はそうした不利をさえ覆すという事実が厳然と経験則に刻まれてもいる。
 遠隔操縦という発想も出ないわけではなかったが、いかんせん光秒単位の半径で展開される宇宙戦では光速の壁に阻まれて、それも机上の空論と消えた。
 情報は光速を超えられない――無人機と操縦士を隔てる光秒単位の距離は、そのまま判断と挙動の遅れとなって足を引く。結果、血なまぐさい有人戦闘は宇宙空間でも今なお展開されている。
〈〝オーベルト〟より通信!〉通信士が続ける。〈『〝シュタインベルク〟は〝シーゲル〟を牽制しつつ任務を続行、〝ダルトン〟は〝ジョイナー〟を臨検せよ。必要に応じ火器の使用を許可する』〉
〈加速停止!〉艦長の声が戦闘指揮所を圧した。〈転針180度、〝シーゲル〟に正対! 主砲発射用意! 目標〝シーゲル〟!〉
 まずもって臨戦態勢を命じた上で、艦長は発した。
〈〝シーゲル〟へ停船命令!〉
 果たして、度重なる命令に対して反応らしい反応は帰って来なかった。〝シーゲル〟は沈黙を保ったまま追いすがる。曲がりなりにも武装した相手に弱点たるエンジン・ノズルを晒すわけにも行かず、〝シュタインベルク〟は〝ハンマ〟中隊への加速を封じられた形で格下の哨戒艇と対峙させられる羽目に陥った。
〈こちらの肚を試すつもりか〉艦長が口中に独りごちる。〈頭の中身はあると見える〉
 マリィ・ホワイトの身柄を確保するのが最優先命令である以上、その搭乗が否定されるまで撃沈という手段を取るわけにはいかない。それを見越した上での策ということなら、相手はそれなりの狸ということになる。艦長は次の指示を発した。
〈アクティヴ・サーチ!〉
 〝シュタインベルク〟が火器管制センサの電磁波を〝シーゲル〟へ浴びせる――位置を仔細にあぶり出し、照準を定めるその手段。それは発砲の意思表示に他ならない。
〈〝シーゲル〟に反応!〉策敵士が声を上げる。〈加速度ヴェクトル、変動します――戦闘機動!〉
 その機動は戦術マップにも明らかに映った。〝シュタインベルク〟の照準を回避すべく、ランダムな加速をあからさまに開始する。
〈構うな、威嚇射撃!〉艦長が声を上げた。〈主砲一斉射! 波長設定1ナノメートル、出力1メガワット! 正面スウィープ角3度、敵の眼を灼いてやれ!〉
 〝シュタインベルク〟の艦首が〝シーゲル〟を追って小刻みに振れた。融合炉に隣接して艦のほぼ全長を貫く4門の自由電子レーザが、艦首から次々と火を噴く。装甲を貫くには弱い出力だが、繊細なセンサを灼くにはそれでも足りる。
〈目標――、〉策敵士の声が上がる。〈加速に変化なし!〉
 戦術マップ上に表わされた〝シーゲル〟は、加速ヴェクトルを目まぐるしく変えつつも〝シュタインベルク〟へ追いすがる、その軌道から外れる気配をさえ見せない。
〈索敵!〉艦長の鋭い問いが飛ぶ。〈敵は腹を見せたか!?
〈いえ、〉打って返して策敵士。〈正面のみです! 側面を見せません!〉
 機動に合わせて〝シーゲル〟は艇首をわずかに巡らせ、常に正面を〝シュタインベルク〟へ向け続けていた――それが戦術マップの一部を拡大する形で示される。
〈側面のスラスタを潰すには知恵が要るか。凝った細工だ〉艦長の片頬に苦い笑み。〈こいつの制御を仕込んだ奴は狸だな〉
〈ですが、〉副長席からの声は、決起に参加しなかった副長の代役を務める航海長。〈無人と見るにも決め手がありません〉
〈決め手はな〉艦長が頷く。〈だがミス・ホワイトは連中にとっても最優先目標だ。カミカゼもどきの艇に載せると思うか?〉
〈では、どう見極めます?〉
〈答えは単純だ〉艦長に意地の悪い笑み。〈沈めにかかればいい〉
 航海長の眉が跳ねた。〈最優先目標を殺してでも?〉
〈いきなり沈めなければいいだけの話だ〉艦長は航海長からの険を風と受け流す。〈万が一にも載せているなら、慌てて何かさえずるだろうよ。主砲、出力1テラワット! 連射用意!〉
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