8-3.発覚

文字数 3,817文字

「厳戒態勢だ」バレージは簡潔に答えを返した。「潜り込むどころの話か」
 〝クライトン・シティ〟潜入の可能性を尋ねられた、その返答。現地は挑発行為が飛び交う一触即発の臨戦態勢、すり抜けようにも紛れる物流そのものが断たれている。
「そうか」ジャックが鼻の頭に指をやる。「じゃ戦闘のどさくさに紛れて突っ込むことになるな」
 背後、ジャックは中古のフロート・バイク――FSX989に腰を預けた。
「肝っ玉が太いのは結構だがな」バレージは鼻息一つ、「そのまま討ち死にされては面白くも何ともない」
「他にいい考えがあったら教えてくれ」ジャックは小さく手を振る。「こちとら別に派手な花火上げたいわけじゃない」
「なあ、」ロジャーが腕を組んで訊く。「お前さんは、ジャーナリスト解放がお流れになるって踏んでるわけだよな?」
「当たり前だ」ジャックは片手をひらつかせ、「連中がそんな素直なタマか」
「ゲリラが?」
「連邦がだ。これだけ追い詰められて、何もしないって方がどうかしてる――そう思わないか?」
「なるほど――でもまァ、問題はそこじゃねェ」ロジャーは指を一本立てた。「連邦もこのカードは欲しいだろ。仕掛けるとすりゃ、解放の後じゃねェのか」
 ジャックは顔をしかめて天を仰いだ。額に手をつき、舌を打つ。
「そう、」ロジャーが頷きかける。「ドンパチ始まる頃にゃ、お姫様は向こうへ渡っちまってる。鍵があっても開ける手がなきゃ、宝箱は開かねェぜ」
「くそったれ!」コンテナの天井を睨んで悪態一つ、「勝てる目はないか、勝ち目は……」
「確認だが、」もう1台のFSX989に体重を預けて、スカーフェイス。「彼女はただじゃすまないと踏んでるんだな」
「〝惑星連邦〟は口実を欲しがってる」ジャックの眼がスカーフェイスへ。「実際に確かめる気はないな」
「火付けの口実に使われるってわけだな」スカーフェイスは、細めた両眼に火種を宿す。「じゃ、その前にこっちで火を付けてやるまでだ」
「――それしかないな」考えを一巡りさせてから、ジャックが頷く。
「結局は花火じゃねェか」ロジャーはむしろ楽しそうに身を乗り出した。「いいねェ、こういう展開」
「お前ら、人の話を聞いてるのか?」バレージが訊く声に不機嫌を隠さない。「その火事場をどうやって突破するつもりだ」
「経験済みだ」ジャックがバレージに向き直る。「ゲリラは連邦軍を引っくり返す。連邦軍は俺達どころじゃなくなる」
「どうやって?」バレージが眉をひそめる。
「〝ハミルトン・シティ〟じゃ連邦軍の同士討ちが始まった。今回も仕掛けてあるはずだ」
「よりにもよって当てにするのが敵方かい」
 苦い声でロジャーが舌を出す。
「だとして、」バレージが腰に手を当てる。「ゲリラはどうする?」
 ジャックは指を立て、指先を回した。
「引っくり返った連邦軍を始末するのに奔走するさ。その間に、」
 データをそれぞれの端末へ送る。〝クライトン・シティ〟のほぼ全域に拡がる地下街――その構造図。
「地下街へ潜り込む。ガタイのでかい戦闘車輌は入ってこれない」
「どこまでおめでたく出来てるんだ」バレージが首を振りつつ、「とても正気とは思えん。第一どうやって軌道エレヴェータへ潜り込むつもりだ?」
「決まったのか?」
 ジャックが訊いた。ジャーナリスト解放の場所は公開されていない。バレージはこともなげに答える。
「宇宙港〝クライトン〟、B-4ターミナル」
「あっちゃー……」今度はロジャーが額に手を当てた。「静止衛星軌道かよ」
「まだだ」スカーフェイスが腕を組む。「まだ彼女が軌道に上がったと決まったわけじゃない」
「調べる価値はある」ジャックがバレージへ声を向けた。「端末を貸してくれ。パワーのあるヤツを」
「そもそも今の居所は掴めるはずだな? 〝ハミルトン・シティ〟で使った手がある」
 スカーフェイスが組んだ腕から指を立てた。マリィの端末に仕込んだ追跡プログラムのことだと悟って、ジャックが問いを向けた。
〈〝キャス〟?〉
〈残念だけど、〉〝キャス〟から即答。〈追跡プログラムなんてとっくに削除されちゃってるわ。第一、向こうにはシンシアがいるんでしょ? こっちの手は筒抜けよ〉
 スカーフェイスへ向けて、ジャックは首を振った。
「どうせお前のこった、コンタクトの手は残してあるんだろ?」
 ロジャーが訊いた。ジャックが指を立てて応じた。
「――試してみる」

『マリィ、』〝アレックス〟がマリィの聴覚へ呼びかけた。『〝ティップス〟の掲示板に書き込みが出ました』
 マリィの眼前にはアンナとシンシア。応じるわけにはいかないのを承知してか、〝アレックス〟は文字情報を網膜に流した。
 ――タイトルは〝プレシジョンAM-35の傷〟、内容は〝いまコリンズ家の上階か?〟
 思わずマリィは息を呑んだ。ジャックと示し合わせたキィワードがそこにある。
「ごめんなさい」マリィはソファから腰を浮かせた。「お手洗い」
 トイレのドアをくぐって閉じる。奥の壁に背をもたせかけ、声を潜めて訊く。
「(〝アレックス〟、どういうこと?)」
『先ほどのサーチでヒットしました』
 〝アレックス〟が全文をマリィの網膜へ映し出す。といっても先ほどの文字情報そのまま、それ以上のものはない。
「(ジャックだわ)」確信を込めてマリィは頷いた。「(でも〝コリンズ家〟って……)」
 ジャックと2人で世話になったコリンズ家は2階建て、その〝上階〟ということは――、
『あなたの居場所を探りたいのでは?』
「(そうね……)」
 マリィはこめかみに指を当てた。ジャーナリスト解放の場所に思いを巡らせる。伝え聞いたのは軌道エレヴェータ上、上空35000キロにある宇宙港〝クライトン〟。
「(上階、イコール、軌道エレヴェータの上、ってことかしらね)」
 ジャーナリスト解放の場所は、ニュースで流されていたか――記憶を辿った結果は否。ジャックらは、それすら掴みかねているかも知れない。
『あるいは』
 マリィは肘を抱えた。
「(いいわ、掲示板に書き込みはできそう?)」
『多分』
「(ならこうしましょ。〝プレシジョンAM-35の傷(左上)より。今はコリンズ家の庭にいる〟)」
 マリィの口述を〝アレックス〟が文章に直し、それを網膜に映していく。
「(続けて――〝空が青くて綺麗なので、庭で犬と遊んでいるところ。犬が離してくれない。時計は14時08分〟)」
 〝庭〟に軌道エレヴェータ外、〝空〟に空港、〝犬〟にシンシアの意味を込める。さらに部屋番号1408。ジャックが無事解読してくれるのを、その前に無事書き込めるのを祈りつつ、送信――。
『書き込み――できました』
 安堵の溜め息。
 時期を見計らってトイレの水を流し、手を洗って、マリィは戻る。ジャックとのコンタクトを頭の隅に置きながら。

〈ジャック、反応よ〉
「来たか」
 〝キャス〟の声に、ジャックの声が小さく踊った。コンテナの中、バレージを含めた3人から視線が集まる。
 反応があったのは〝ティップス〟の掲示板。〝キャス〟が書き込まれた内容を視界に描く。いわく、〝プレシジョンAM-35の傷(左上)より。今はコリンズ家の庭にいる。空が青くて綺麗なので、庭で犬と遊んでいるところ。犬が離してくれない。時計は14時08分〟。
「早かったな」
 ロジャーが感心する。ダイレクト・コールを手はじめとして、音声・文字メッセージやニュース広告、果ては〝コスモポリタン・ニュース・ダイジェスト〟気付の投稿に至るまで、他にも手を尽くしている最中の手応えだった。
「ツイてた」ジャックが小さく手を振る。「〝ティップス〟の掲示板、キィワードは〝プレシジョンAM-35の傷〟だ」
「またマニアックな」〝ネイ〟へ指示を出しつつロジャーが反応する。「どういういわくだ?」
「彼女のブツだよ」
 ジャックが言い捨てる。ロジャーが交ぜ返そうとしたところへ、バレージが口を挟んだ。
「傷の場所がどうこうってことは、マリィとやらに間違いないんだな?」
「ああ」
 ジャックがロジャーから眼を離して、頷きを返す。
「〝コリンズ家の庭〟――1階じゃないのか」
 ロジャーが眉を寄せた。
「〝空が青い〟ってからには、軌道上じゃないな」ジャックが舌なめずりを一つ、「〝庭〟か……軌道エレヴェータの外、か」
「〝空〟と引っかけて、」今度はスカーフェイス。「空港ってことじゃないか」
「それだな」ロジャーが手を叩いて頷く。「こいつはめっけもんだぜ。手が届きそうだ」
「が、〝犬が離してくれない〟、と――こりゃ見張りってことか?」
「シンシアかもな」
 スカーフェイスが小さく、しかし鋭く指摘する。
「あり得るな」
 ロジャーとジャックが同時に苦く頷いた。
「何者だ?」
 バレージから、当然の疑問。
「顔見知りさ」
 ロジャーが言いさしたところで、バレージが左手を掲げた。ナヴィゲータ〝ビアンカ〟の声に耳を傾ける。
 青いその眼がジャックらを射た。
「おいお前たち、黒のストライダに乗ってきたな?」
「ああ」ロジャーが嫌な予感を覚えつつ答えた。
 バレージが知っているとばかりに続ける。
「ナンバはKTW044326」バレージの眼に冷たい光。「貴様ら、尻尾を掴まれたな」
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