12-17.拘束
文字数 3,339文字
「痛ッ!」ヘルメットを外されたラッセル伍長が抗議の声を上げた。「くそ、そんなに締めるな!」
プラスティック・ワイアで伍長を縛った戦闘用宇宙服は耳を貸す風もない。
『静かにしてろ』
ヘルメットのヴァイザは下ろしたまま、小型スピーカを通じて〝グレープフルーツ〟班長が命じた。ラッセル伍長が食い下がる。
「こっちは怪我人と素人だぞ」
ラッセル伍長の背後、意識を失ったままのシンシアにも同様に拘束を施す宇宙服がいる。
『時間稼ぎならやめておけ』
図星を衝いて班長が斬り捨てる。回転居住区から後背を衝いて現れた〝グレープフルーツ〟に投降したのは事実そのためだった。そもそも頭数にしてからが5対1、しかも相手は陸戦隊。これを相手に回してラッセル伍長が独りで支え切れようはずもない。
「捕虜の扱いは……」
『そいつと仲良くのされたいか』
刺を声に含ませて、それきり班長はラッセル伍長を意識の外に置いた。ヘルメットのスピーカを切り、データ・リンクに指示を乗せる。
〈〝荷造り〟が終わったらそいつらは放り出しておけ。目標を追う〉
咄嗟にキースはマリィを突き放した。反動で身体が動く、その差を埋め合わせてタロスが機動――キースの眼前へ。
反射――キースの右手が伸びてケルベロスへ。
だが相手の方が早かった。構える前にキースを掻き抱き、腕ごとその動きを封じる。
にわかに圧力。装甲を貫いて余りある殺意。締め上げられる痛みにキースの口から呻きが洩れる。その手から離れたケルベロスが宙に浮く。
「やめて!」背後にマリィの声。「殺さないで!」
敵は一顧さえしたか知れない。側壁を蹴り、タロスの肩に取り付いたマリィが装甲を叩く。
キースの骨が軋る。血が逆流する。
ふとマリィが手を止めた。気付いたように身をかがめ、宙へ手を伸ばし――次の瞬間にはケルベロスを手にしていた。
「放して!」タロスの頭部へケルベロスを突き付ける。「早く!」
答えに代えてさらなる圧力。キースの肺腑から絞られて苦悶の息。それを合図にマリィが撃つ。頭部センサ・ユニットに散って火花――が、それだけに過ぎない。
それを見たマリィが、いきなり銃口を自らの顎へと向けた。
「やめなさい!」
圧力がやんだ。戸惑ったかのような間がタロスに兆す。
「欲しいのは私でしょう!」昂然とマリィが言い放つ。「彼を殺したら私も死ぬわよ!」
〈こちら〝グレープフルーツ・ボトル〟〉データ・リンクに声が乗る。〈目標は自決の構え。指示を請う〉
〈こちら〝ソルティ・ドッグ〟、〉揚陸艇〝ソルティ・ドッグ〟の指揮所、小隊長はタロスから送られる映像を前に顎をしごいた。〈こちらにも見えている。無闇に刺激するな〉
モニタの向こうでは、目標――マリィ・ホワイトが銃口を自らの顎に擬している。
〈〝バーテンダ〟、こちら〝ソルティ・ドッグ〟〉眼をモニタ、マリィの瞳に据えたまま、小隊長は陸戦大隊司令部を呼び出した。〈目標を捕捉なるも、想定外の抵抗に遭遇。指示を請う〉
〈こちら〝バーテンダ〟、マニング中佐だ〉第3艦隊陸戦大隊長はすぐに応じた。〈私が交渉に出る。現場に繋げ〉
『ミス・ホワイト、』キースを抱えたタロスが外部スピーカへ声を乗せた。『こちらマニング中佐。第3艦隊陸戦大隊司令部からその機体を中継して話している。聞こえるかね?』
マリィは固唾を一つ呑んだ。震えそうになる声を押さえ込んで言葉を返す。
「この部隊の責任者と考えてよろしいのかしら?」
『そう考えていただいて結構』
マリィの背後、回転居住区入り口に人の気配――フラッシュ・ライトの光条が差し込む。眼で確かめるには危険に過ぎるが、パワード・スーツの伴ってきた部隊であろうことは察しがつく。
「部隊を退いていただきましょうか」
『それはできない相談だ』
「私の、」マリィはケルベロスの撃鉄を起こした。「命を懸けても?」
『要求が釣り合わないと言っている』
マニング中佐の声はむしろ素っ気ない。
「そうかしら?」マリィの声はあくまで強い。「次の機会があるのとないのとでは随分な違いがあると思いますけど?」
『では、こう言おう』返す言葉に余裕の間。『君が死んだらお仲間には後を追ってもらうことになる』
マリィは二の句を継ぎ損ねた。呑んだ息に中佐が重ねて言葉。
『妥協点はその辺りにあると思うが、どうかね?』
「……冷静でいらっしゃるのね」
マリィの声に棘。
『光栄だ』受け流して中佐の声。『我々は君の身柄と〝サラディン・ファイル〟が欲しい。君はお仲間の命を救けたい――交換条件というところでいかがかな?』
「兵を退いて」
『君が我々にその身柄を預けて下さるなら、それも呑もう』
「やめろ!」
キースが割って入る。タロスが左腕、一体化したレーザをキースの頭に擬した。
『人質が口を挟むな』
中佐が一言の下に斬って捨てる。キースが奥歯を軋らせる、その表情がマリィには解った。
「保証をいただきたいわ」
『そうだな、』マニング中佐からは一考、それだけの間を置いて言葉が返ってきた。『君の武装は解除しない。我々の対応に不満があれば、いつでもご自分を撃てばいい』
マリィの頭を考えが巡る――裏をかかれる、その可能性。
そもそもマリィがこの艇を離れてしまえば、第3艦隊が砲撃しない理由はなくなる。それを抑止するのはマリィの集中力と指先一つ――どこまで時間を稼げるか。
とは言え、他に手が見当たらないのもまた確か。となれば肚をくくる――それしかない。
「……いいでしょう」
マリィの答えに、はっきりと息を呑むキースの気配。
『では決まりだ』勝ち誇るでもなく、しかし確とマニング中佐が宣する。『こちらへ』
「艇の部隊を引き上げるのが先よ」
余裕の笑みを含んでマニング中佐の声。
『最後の人員とともにポッドへ移っていただく。それでよろしいな?』
「結構よ」
『〝ソルティ・ドッグ〟各員へ告ぐ!』マニング中佐の命令、恐らくは通信回線に乗せたものがタロスのスピーカを通じてその場に流れた。『こちら〝バーテンダ〟! 即時撤収! 繰り返す、即時撤収せよ!』
タロスの腕の中でキースが頭を全力で回している、マリィにはそれが判る。その間にもマニング中佐の指示が続く。
『〝ソルト1〟は〝ウォトカ・ポッド〟へ。〝グレープフルーツ〟は〝ソルト〟を回収して〝ウォトカ・ポッド〟へ、〝ウォトカ〟は〝レモン〟を回収し、ミス・ホワイトと共に〝ソルト・ポッド〟へ引き上げろ。時間を優先する』
『戦死者は……』
問う声が、やはりタロスから聞こえてくる。
『ミス・ホワイトとの取り引きを優先する、急げ』厳と答えてマニング中佐。『現時点では生存者のみを回収せよ』
『……了解』
キースの背後、戦闘用宇宙服の群れが回転居住区の入り口側へ。キースの薙ぎ倒した兵たちを抱えて戻ってくる。更にその奥から一団が続いた。その間、キースは微動だにせずただマリィを見つめていた。
兵が引き上げ、最後にタロスがキースを放す。その機体がキースへの警戒を解かぬまま、滑るようにマリィの傍らへ。
『さて、ミス・ホワイト』マリィも、恐らくキースすらも打開策を思い付けぬうちに告げてマニング中佐。『ご一緒いただこう。〝サラディン・ファイル〟のクリスタルもお忘れなく』
マリィはキースを見つめた。視線が絡む。キースが顔を歪めてなおマリィに眼を据えていた。その懐へ、マリィが伸ばして細い腕。すぐにデータ・クリスタルを探り当て、引き上げる――その手首をキースが掴んだ。
「……行くんじゃない……!」
「今は、」決然と首を振ってマリィ。「これしかないのよ」
タロスに促され、マリィは床を蹴る。今この時、キースを助けるにはこれしかない。ポッドの接舷ハッチ前、無事を確かめるように振り返る。
「キース、」マリィはキースへ声を向けた。「救けに来てくれて、ありがとう。嬉しかった」
キースの表情が傍眼にも判るほど打ちのめされる。その眼がマリィの瞳にすがる。捨てられた仔犬のそれを思わせて哀しげな光。
「だから、」マリィは言葉を継いだ。「待ってるわ」
言い置いて、マリィは自らハッチをくぐった。その足元、接舷ハッチが硬質な音を響かせて空間を隔てる。
気の遠くなるような闘いに備えて、マリィは唇を噛み締めた。
プラスティック・ワイアで伍長を縛った戦闘用宇宙服は耳を貸す風もない。
『静かにしてろ』
ヘルメットのヴァイザは下ろしたまま、小型スピーカを通じて〝グレープフルーツ〟班長が命じた。ラッセル伍長が食い下がる。
「こっちは怪我人と素人だぞ」
ラッセル伍長の背後、意識を失ったままのシンシアにも同様に拘束を施す宇宙服がいる。
『時間稼ぎならやめておけ』
図星を衝いて班長が斬り捨てる。回転居住区から後背を衝いて現れた〝グレープフルーツ〟に投降したのは事実そのためだった。そもそも頭数にしてからが5対1、しかも相手は陸戦隊。これを相手に回してラッセル伍長が独りで支え切れようはずもない。
「捕虜の扱いは……」
『そいつと仲良くのされたいか』
刺を声に含ませて、それきり班長はラッセル伍長を意識の外に置いた。ヘルメットのスピーカを切り、データ・リンクに指示を乗せる。
〈〝荷造り〟が終わったらそいつらは放り出しておけ。目標を追う〉
咄嗟にキースはマリィを突き放した。反動で身体が動く、その差を埋め合わせてタロスが機動――キースの眼前へ。
反射――キースの右手が伸びてケルベロスへ。
だが相手の方が早かった。構える前にキースを掻き抱き、腕ごとその動きを封じる。
にわかに圧力。装甲を貫いて余りある殺意。締め上げられる痛みにキースの口から呻きが洩れる。その手から離れたケルベロスが宙に浮く。
「やめて!」背後にマリィの声。「殺さないで!」
敵は一顧さえしたか知れない。側壁を蹴り、タロスの肩に取り付いたマリィが装甲を叩く。
キースの骨が軋る。血が逆流する。
ふとマリィが手を止めた。気付いたように身をかがめ、宙へ手を伸ばし――次の瞬間にはケルベロスを手にしていた。
「放して!」タロスの頭部へケルベロスを突き付ける。「早く!」
答えに代えてさらなる圧力。キースの肺腑から絞られて苦悶の息。それを合図にマリィが撃つ。頭部センサ・ユニットに散って火花――が、それだけに過ぎない。
それを見たマリィが、いきなり銃口を自らの顎へと向けた。
「やめなさい!」
圧力がやんだ。戸惑ったかのような間がタロスに兆す。
「欲しいのは私でしょう!」昂然とマリィが言い放つ。「彼を殺したら私も死ぬわよ!」
〈こちら〝グレープフルーツ・ボトル〟〉データ・リンクに声が乗る。〈目標は自決の構え。指示を請う〉
〈こちら〝ソルティ・ドッグ〟、〉揚陸艇〝ソルティ・ドッグ〟の指揮所、小隊長はタロスから送られる映像を前に顎をしごいた。〈こちらにも見えている。無闇に刺激するな〉
モニタの向こうでは、目標――マリィ・ホワイトが銃口を自らの顎に擬している。
〈〝バーテンダ〟、こちら〝ソルティ・ドッグ〟〉眼をモニタ、マリィの瞳に据えたまま、小隊長は陸戦大隊司令部を呼び出した。〈目標を捕捉なるも、想定外の抵抗に遭遇。指示を請う〉
〈こちら〝バーテンダ〟、マニング中佐だ〉第3艦隊陸戦大隊長はすぐに応じた。〈私が交渉に出る。現場に繋げ〉
『ミス・ホワイト、』キースを抱えたタロスが外部スピーカへ声を乗せた。『こちらマニング中佐。第3艦隊陸戦大隊司令部からその機体を中継して話している。聞こえるかね?』
マリィは固唾を一つ呑んだ。震えそうになる声を押さえ込んで言葉を返す。
「この部隊の責任者と考えてよろしいのかしら?」
『そう考えていただいて結構』
マリィの背後、回転居住区入り口に人の気配――フラッシュ・ライトの光条が差し込む。眼で確かめるには危険に過ぎるが、パワード・スーツの伴ってきた部隊であろうことは察しがつく。
「部隊を退いていただきましょうか」
『それはできない相談だ』
「私の、」マリィはケルベロスの撃鉄を起こした。「命を懸けても?」
『要求が釣り合わないと言っている』
マニング中佐の声はむしろ素っ気ない。
「そうかしら?」マリィの声はあくまで強い。「次の機会があるのとないのとでは随分な違いがあると思いますけど?」
『では、こう言おう』返す言葉に余裕の間。『君が死んだらお仲間には後を追ってもらうことになる』
マリィは二の句を継ぎ損ねた。呑んだ息に中佐が重ねて言葉。
『妥協点はその辺りにあると思うが、どうかね?』
「……冷静でいらっしゃるのね」
マリィの声に棘。
『光栄だ』受け流して中佐の声。『我々は君の身柄と〝サラディン・ファイル〟が欲しい。君はお仲間の命を救けたい――交換条件というところでいかがかな?』
「兵を退いて」
『君が我々にその身柄を預けて下さるなら、それも呑もう』
「やめろ!」
キースが割って入る。タロスが左腕、一体化したレーザをキースの頭に擬した。
『人質が口を挟むな』
中佐が一言の下に斬って捨てる。キースが奥歯を軋らせる、その表情がマリィには解った。
「保証をいただきたいわ」
『そうだな、』マニング中佐からは一考、それだけの間を置いて言葉が返ってきた。『君の武装は解除しない。我々の対応に不満があれば、いつでもご自分を撃てばいい』
マリィの頭を考えが巡る――裏をかかれる、その可能性。
そもそもマリィがこの艇を離れてしまえば、第3艦隊が砲撃しない理由はなくなる。それを抑止するのはマリィの集中力と指先一つ――どこまで時間を稼げるか。
とは言え、他に手が見当たらないのもまた確か。となれば肚をくくる――それしかない。
「……いいでしょう」
マリィの答えに、はっきりと息を呑むキースの気配。
『では決まりだ』勝ち誇るでもなく、しかし確とマニング中佐が宣する。『こちらへ』
「艇の部隊を引き上げるのが先よ」
余裕の笑みを含んでマニング中佐の声。
『最後の人員とともにポッドへ移っていただく。それでよろしいな?』
「結構よ」
『〝ソルティ・ドッグ〟各員へ告ぐ!』マニング中佐の命令、恐らくは通信回線に乗せたものがタロスのスピーカを通じてその場に流れた。『こちら〝バーテンダ〟! 即時撤収! 繰り返す、即時撤収せよ!』
タロスの腕の中でキースが頭を全力で回している、マリィにはそれが判る。その間にもマニング中佐の指示が続く。
『〝ソルト1〟は〝ウォトカ・ポッド〟へ。〝グレープフルーツ〟は〝ソルト〟を回収して〝ウォトカ・ポッド〟へ、〝ウォトカ〟は〝レモン〟を回収し、ミス・ホワイトと共に〝ソルト・ポッド〟へ引き上げろ。時間を優先する』
『戦死者は……』
問う声が、やはりタロスから聞こえてくる。
『ミス・ホワイトとの取り引きを優先する、急げ』厳と答えてマニング中佐。『現時点では生存者のみを回収せよ』
『……了解』
キースの背後、戦闘用宇宙服の群れが回転居住区の入り口側へ。キースの薙ぎ倒した兵たちを抱えて戻ってくる。更にその奥から一団が続いた。その間、キースは微動だにせずただマリィを見つめていた。
兵が引き上げ、最後にタロスがキースを放す。その機体がキースへの警戒を解かぬまま、滑るようにマリィの傍らへ。
『さて、ミス・ホワイト』マリィも、恐らくキースすらも打開策を思い付けぬうちに告げてマニング中佐。『ご一緒いただこう。〝サラディン・ファイル〟のクリスタルもお忘れなく』
マリィはキースを見つめた。視線が絡む。キースが顔を歪めてなおマリィに眼を据えていた。その懐へ、マリィが伸ばして細い腕。すぐにデータ・クリスタルを探り当て、引き上げる――その手首をキースが掴んだ。
「……行くんじゃない……!」
「今は、」決然と首を振ってマリィ。「これしかないのよ」
タロスに促され、マリィは床を蹴る。今この時、キースを助けるにはこれしかない。ポッドの接舷ハッチ前、無事を確かめるように振り返る。
「キース、」マリィはキースへ声を向けた。「救けに来てくれて、ありがとう。嬉しかった」
キースの表情が傍眼にも判るほど打ちのめされる。その眼がマリィの瞳にすがる。捨てられた仔犬のそれを思わせて哀しげな光。
「だから、」マリィは言葉を継いだ。「待ってるわ」
言い置いて、マリィは自らハッチをくぐった。その足元、接舷ハッチが硬質な音を響かせて空間を隔てる。
気の遠くなるような闘いに備えて、マリィは唇を噛み締めた。