16-1.接線

文字数 4,886文字

「感あり!」〝オサナイ〟の戦闘指揮所に索敵手の声が上がる。「数2! 〝リトナー〟と――その短艇と推定!」
「アクティヴ・サーチ継続!」フリゲート〝オサナイ〟の艦長席からハリス中佐の指示が飛ぶ。「相手の懐へ入り込んだか?」
 電子戦機が組む編隊、その内側へ入り込めば探知も有効になる道理ではある。ハリス中佐が問いを投げる。「最優先目標は?」
「……見当たりません」索敵手が困惑を声に乗せる。「回収されたか、あるいは……」
「ここまで来て彼女を消す理由があるか」ハリス中佐の声は揺るがない。「〝リトナー〟へレーザ通信!」
「あっちが受けますかね?」副長が思わず呈して懐疑。
「こちらは最優先任務の遂行中だ」ハリス中佐はむしろ言い切る。「横取りするつもりなら、それだけのものを見せてもらわねばな。レーザ通信送れ!」
 〝オサナイ〟のレーザ通信装置が〝リトナー〟へ向けて通信用レーザを照射する。装甲表面でそれを感知した〝リトナー〟が、同じくレーザ通信装置を〝オサナイ〟へと向ける。両艦の間に、傍受不可能なデータ・リンクが確立された。
『こちらフリゲート〝リトナー〟』〝リトナー〟から応答。『〝オサナイ〟へ、感度良好』
「こちらフリゲート〝オサナイ〟、』ハリス中佐はいきなり主導権を取りに動く。『艦長のスコット・ハリス中佐である。貴艦に確認したいことがある――最優先目標マリィ・ホワイトの身柄について」
『――失礼しました、ハリス中佐』メイン・モニタに〝リトナー〟側、面食らったような通信士。振り向いて一言二言交わし、『艦長に替わります』
『こちら〝リトナー〟艦長ピョートル・グロモフ中佐』メイン・モニタに映る顔が、顎髭をたくわえた壮年の細面に切り替わる。『率直に訊きたい。〝最優先目標について〟とは?』
「言葉通りの意味だ、グロモフ中佐」押し返してハリス中佐。「貴艦が最優先目標に接触したものと当方は見ている。正確な情報を問い合わせたい」
『残念ながら』神妙な表情を眉に乗せ、グロモフ中佐が答えを返した。『ご期待には沿いかねる』
「本艦は最優先任務を遂行中だ」ハリス中佐が押す。「それを妨げてでもという話か?」
『お待ちいただきたい』軽く両の掌を見せてグロモフ中佐。『本艦には、最優先任務を妨害する意図はない』
「だが現に、」ハリス中佐の語気は揺るがない。「当宙域にあるはずの最優先目標の姿がない」
『誤解しないでいただきたい』言葉を選びつつグロモフ中佐。『貴艦の最優先任務を妨害しないと申し上げた。ここで最優先任務の目的が果たされた、と語ったら納得していただけるか?』
 ハリス中佐が眉をひそめる。ヘンダーソン大佐が最優先命令として発したのはマリィ・ホワイトの身柄をケヴィン・ヘンダーソン大佐の許へ届けること――この宙域でそれが達せられたとするならば、意味するところはただ一つ。
「今の今まで連邦一の詐欺師と相対してきた我々に向かって、」片頬を釣り上げてハリス中佐。「その言葉を無条件に信じろと?」
『これは失礼』グロモフ中佐が額に指を当てつつハリス中佐を押し留める。『貴官を挑発する意図はない。ただし、こちらも不用意なことを言えた立場ではないことをご理解いただきたい』
「ヘンダーソン大佐の事情がどうあれ!」論理を飛ばして、ハリス中佐が科白を衝き込んだ。「第3艦隊の生き残りとして、私は最優先目標の尋問に立ち会う責任と権利を主張する!!

〈お父様〉ヘンダーソン大佐の聴覚に〝キャサリン〟の囁き。〈面倒なことになってきたわよ〉
 短艇内、ヘンダーソン大佐の眼前には、武装解除したマリィとハーマン上等兵の姿がある。いずれ劣らず不屈の意志を眼に宿し、ヘンダーソン大佐を真っ向見据えて離さない。
〈邪魔でも入ったか?〉二人の眼光を弾き返してヘンダーソン大佐。
〈残念ながらそう〉〝キャサリン〟がひどく淡然と事実を告げる。〈〝オサナイ〟のハリス中佐、ここに割り込むつもりでいるみたい〉
『何を話してるの?』外の妨害波を遮る艇殻内、マリィが宇宙服の無線に飛ばして問い。
『なに、なかなかの活躍ぶりだったらしいな、ミス・ホワイト』与圧中の艇内、赤色灯の中でヘンダーソン大佐に通常言語。『君の一挙手一投足に魅入られている人間が、少なからずいるようだ』
〈ハリス中佐の鼻息ね、〉その間にも〝キャサリン〟の声は続く。〈この艇を押さえるのに一戦交えるくらいはやりかねないわよ〉
『じゃあ私は公開処刑?』マリィに挑発を帯びた声。『私を魔女にしたいんでしょ?』
『だとしてだ、先に魔女裁判が必要になるな』大佐は口の端に乾いた笑みを引っかけた。『――それ以前に、命が惜しくないのかね?』
『殺すつもりでないなら』マリィの声は鋭く硬い。『体のいいおしゃべり人形に仕立て上げるってとこかしら?』
『持久戦を覚悟するなら』ヘンダーソン大佐は落ち着きを見せて指を立てた。『まずもって体力の温存を考えるべきだな』
『おおかた洗脳でもするつもりなんでしょうに』マリィの言に滲んで敵意。『余裕の一つも見せようって魂胆?』
『そう尖ることはない』大佐の右手、凪いだ水面を匂わせて掌。『心理戦には平常心が大切だ』
『ああまでして嵌めておいて?』マリィの語気が怒りをはらむ。
『どうしてそのまま放っておくのか』いなすようにヘンダーソン大佐。『そこを疑う気はないのかね?』
『……、』マリィが虚を衝かれて言葉を呑んだ。確かにマリィの意識に用がないなら、捕まえた瞬間に当て身一つでことは済む。『何を企んでるの?』
 そこで大佐の掌中にケルベロス。
『今度は脅し?』マリィが努めて声に険。
『だと思うかね?』笑みさえ声に含んで大佐。『では、よく見ておくといい』
 ヘンダーソン大佐がケルベロスの銃把へ両手を添えた。包むように――弾倉を抜き取り、無重力の宙へ置く。
『何の真似?』マリィが声を尖らせる。
『こうするのさ』大佐が遊底にかけて左手、そのまま――後ろへ。
 排莢。薬室の10ミリ弾が宙へ躍り出た。左手一本でそれを掴み取り、弾倉ともども懐へ。
 残弾を失い遊底の退がったケルベロス、その銃身を掴んで左手、ヘンダーソン大佐は銃把を――マリィへ向けた。
『ここに10ミリの弾薬はない』左手、大佐が返してケルベロス。『これだけなら害にはならん。持っているといい』
 マリィの右手、動く指先にはっきり怪訝。
『〝彼〟の持ち物ならば、君には価値があるだろう』
 視線に棘――それでもマリィは動かない。肩を一つすくめて、大佐はケルベロスをマリィへ押し出した。
 そこで与圧の完了を示して緑色灯。しばし沈黙、そしてヘンダーソン大佐が自ら外してヘルメット。
 その隙を捉えるように、マリィがケルベロスを宙から奪い取る。
「君の協力が要る、ミス・マリィ・ホワイト」その視線――ヘンダーソン大佐の瞳が射てマリィの眼。
『協力も何もないもんだわ』だが、言葉とは裏腹にマリィの胸をざわめきが襲う。『これだけの犠牲を出しておいて』
「これだけの犠牲で済ませたのだ、とは考えられんかね?」大佐が静かに打ち返す。「実際に独立戦争が勃発したとしたら、どれだけの血が流れたろうな?」
『詭弁だわ』マリィはケルベロスを胸に抱く。
「では〝K.H.〟の目論む〝テセウス解放〟とは――」眼を細めてヘンダーソン大佐が問いを衝き込む。「どう成し遂げられるはずだった?」
『だからって……』束の間、マリィが言葉に詰まる。『あなたのやり口が正当化できるわけじゃないわ』
「答えたまえ。〝サラディン・ファイル〟を公表した君になら答えられるはずだ」ヘンダーソン大佐は眼を揺るがせもせず、問いを重ねる。「〝テセウス解放戦線〟の成し遂げるはずだった独立劇、その顛末はどうだったかね?」
『……』マリィが息を呑む、その気配さえも響かんばかりの沈黙が満ちる。『……正面からの独立戦争よ』
「必要悪、という言葉がある」笑みさえ頬に浮かべて、ヘンダーソン大佐は言葉を舌先に転がした。「無差別大量の犠牲と選ばれた少数の犠牲、避け得ないとすればどちらを取る?」
『――それで丸め込んだつもり?』
「この先を話し合うには時間が要る」大佐の笑みに余裕が覗く。「外には大砲を持ち出してまで我々の対話を聴きたがっている向きもあるようでね。ここは一つ、腰を落ち着けようじゃないか」
〈本気?〉〝キャサリン〟の意外げな声が大佐の聴覚へと届く。
〈最優先目標をここまで届けた功績は確かだ〉ヘンダーソン大佐が〝キャサリン〟に応じて高速言語。〈功績には正しく報いねばな。これからの組織を掌握するにも、避けて通れる道ではあるまい〉
〈あらそう、〉〝キャサリン〟の声に興味の色。〈それじゃ、お手並み拝見といこうかしら〉

〈スコット・ハリス中佐へ、こちらケヴィン・ヘンダーソン大佐〉
 突然のコールにフリゲート〝オサナイ〟の戦闘指揮所が色を成す。相手は〝テセウス解放戦線〟を今にも掌握しようかという大物、その直通コールというだけでも帯びる意義は軽くない――たとえそれが音声データだけであったとしても。
〈ヘンダーソン大佐へ、こちらスコット・ハリス中佐です〉ハリス中佐は緊迫の面持ちでコールに臨んだ。〈感度良好〉
〈最優先目標の護送任務、ご苦労だった〉まずもって飛んできたのはその宣言――ヘンダーソン大佐直々の受領確認。〈最優先目標の尋問に立ち会いを望んでいると聞いたが?〉
〈事実です、大佐殿〉ハリス中佐は声を低めた。〈そもそも先の救難信号に紛れ込ませたメッセージ――あれを覆すには、大佐お一人では荷が勝ち過ぎましょう〉
〈尋問に証人が要る――という具申だと捉えていいのかな?〉
〈そのように受け取っていただければ結構〉ハリス中佐は続けて声を衝き込んだ。〈そして第3艦隊の生き残りとして、小官にはそれを見届ける責任と権利があると考えますが?〉
〈明け透けによく言う〉ヘンダーソン大佐の声に苦笑の気配。〈だが言いたいことも理解できる。ここは一つ、貴官の助言を容れるとしよう〉
〈感謝します、大佐〉反射的に応じてから、ハリス中佐の中で実感が遅れて付いてきた。〈……ありがとう、ございます……〉
「艦長……」とは副長の絶句。しかし、ログにも記録された大佐の言葉は嘘ではない。「まさか、本当に……」
〈……まさか、〉ハリス中佐自身も驚きの念を隠せない。〈本当に受け容れていただけるとは……〉
〈思っていなかったと?〉ヘンダーソン大佐が先を読んだかのように言葉を重ねる。〈小官の器を試すつもりでいたかね?〉
〈……失礼、〉恥じ入ったかのように、ハリス中佐は言葉を洩らす。〈お言葉の通りです〉
〈いずれ必要になったことだ〉鷹揚の色がヘンダーソン大佐の声に乗る。〈いみじくもミス・ホワイトが指摘した通りに〉
〈では……〉ハリス中佐が問いの声を上げる。〈……そちらへ?〉
〈〝リトナー〟で待つ〉ヘンダーソン大佐は指を一本立てて、〈ただし観客をむやみに増やすわけにもいかん。中佐一人、それから他言無用――この点は呑んでもらおうか〉
〈は〉思わず、ハリス中佐は敬礼を返していた。

〈第0601戦闘攻撃航宙隊、中継地点へ到達〉
 惑星〝テセウス〟低高度衛星軌道上――このとき密かに交わされたレーザ通信がある。
〈上昇用意!〉
 航宙隊長機の操縦席、ウェズリィ・ガードナー少佐の視覚に展開して戦術マップ。
 密集隊形を取っているのは宇宙戦闘機SMF-179フェンリル1個航宙隊14機と宇宙攻撃機SMA-188マナガルム1個航宙隊14機からなる攻撃編隊。
 そしてこれに大型揚陸艇〝アッサム〟、〝ダージリン〟、〝セイロン〟が加わる――腹に擁するは陸戦隊が実に1個中隊。
 この編隊の中心には、電子戦機MC4I-022ネクロマンサが位置を占める。これが率いるのは無人電子戦機SMD-025ゴースト、その数65。
 このゴースト編隊こそは電子戦隊最大の存在意義。航宙隊を覆って展開し、部隊をあらゆる電磁波から隠蔽する――アクティヴ・ステルス。
〈これよりプログラムに従い、上昇を開始する。目標、第3艦隊――3、2、1、上昇!〉
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