ハジマリノ語り(執筆者:あかつきいろ)

文字数 5,554文字

とある1日。その日は何も変わらない日の筈だった。少なくとも大勢の人々にとって、何の変哲もなしただの1日として過ぎる筈だったその日、

_______世界は激変した。

 突如として発生した巨大地震。
 それだけであったのなら、きっと誰も何も言わなかっただろう。日本にすれば耳にしない訳ではないし、海外の国々からすれば未曾有の大災害だがそれでもあり得ない訳ではない。


 だが、もしも________それが同時多発的に起こったなら?


 アメリカ、中国、ロシア、イギリス、フランス、ドイツ、日本を始めとした先進国の国々。そして発展途上の国々すら襲った、まるで狙いすましたかのように起こった大厄災、後に『崩落の日』と呼ばれたその日。
 ________彼らもまた人々と同じように、なす術もなく、ただ逃げ回っていた。


「ヒマリ、こっちだ!」

「シオン、もう無理だよ!」


 何の力も持たない双子とおぼしき少年少女、そしてその少年におんぶされた少女は壊れ果てた街並みを走っていた。ちょうど先日、避難訓練を受けたばかりの2人は高台へ避難しようとしていたのだ。
 しかし、走っている途中で足をくじいてしまった少女は少年に自分をおいて逃げるように言った。
 このままでは共倒れだと、シオンだけでも生き残ってくれと、そう、少女は言ったのだ。
 それがどういう意味なのか、理解していても尚、少女はそう少年に伝えるのだ。

 けれど、少年はその言葉を振り払った。
 未曾有の大災害、少女を捨てでも生き残るのが正しい道なのかもしれない。
 けれど、そんな道はくそ食らえだ。そんな選択を少年は肯定することはできなかった。
 たとえ、ここで少女を見捨てたとしても生き残れるとは限らない。こんな大災害だ。両親も生き残っている可能性は限りなく低いと言わざるを得ない。だとするなら、少年にとって今生きている家族は目の前にいる少女だけなのだ。

 しかし、それ以上に。
 ここで少女を見捨てることなど少年にはできなかった。なぜなら、生まれてからずつと一緒に生きてきた妹なのだ。自分の命惜しさに妹を見捨てるなど、それこそくそ食らえというものだ。
 ……自分はバイクに乗って颯爽と困った人々を助けるヒーローではない。
 この惨状で人に手をさしのべる事のできる余裕のある者ではない。
 だからこそ、せめて自分の目の前にいる家族だけは助けたいと、そう願ったのだ。


「もう止めてよ このままじゃあたしもシオンも死んじゃうんだ。あたしを見捨てて、シオンだけでも生き残って!」

「うるせぇ! お前が何と言おうと、俺は絶対にお前を助けることを諦めない! いいか、絶対に、だ! だから、黙って助けられてろ!」

 少年は諦めない。
 誰が何と言おうとも、助けることを諦めない。絶対にその心が折れることは決してあり得ない。
 たとえ、視界の端に潰れている人の死骸を見たとしても。助けを求める声を聞いたとしても。
 少年は振り返らずに走り続ける。


 しばらくそのまま走っていると、ようやく避難しようとしていた高台が見えてきた。これで助かる そう思ったその瞬間、再び巨大な地震が起きた。行かせはしないと言っているかのように、その地震はピンポイントで少年たちの地面を揺らした。

 あまりにも巨大なエネルギーに少年は立っていることが出来なかった。地面に亀裂が入り、少年と少女を呑み込もうとしている。
 少年は何とか逃れようと必死に走ろうとした。けれど、所詮はまだ成熟しきっていない子供の全力だ。
 亀裂から逃れる事は叶わない。

 亀裂に呑まれた少年は見てしまった。底すら視界に入れることができないほどの広大な暗闇が、そこには広がっていた。
 岩肌に捕まることすらできず、少年と少女は墜落していく。
 何とか少女を離すまいと奮闘していたが、遂には少女から離れてしまう。
 何とか手を伸ばし、もう一度掴もうとする少年と少女。必死に伸ばした互いの手、少年と少女の指が触れ合い

_________けれど、その手が結ばれることはなく、ゆらりとその手は離れていった……。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 そして2人は墜ちていく。
 果ての見えない奈落へと墜落し始めたのだ。
 光源は遥か遠く、最早彼らの周りに光は一切として存在しない。少年の中にはただ、絶望と虚無感、そして現実に対する無力さだけが存在していたのだ。
 ただ墜ちていき、何も出来ない。
 このまま地面に叩きつけられて死ぬぐらいしか道はないだろう。そう思った瞬間、突如として強烈な光源が生まれた。あまりにも強烈に過ぎたソレに、少年は視界を覆わざるを得なかった。
 けれど、それでも、うっすらとだが見てしまったのだ。
 ……光の先に呑まれていく妹の姿を、少年は見てしまった。
 その光が一体何であるのかなど、少年には分からなかった。それでも、何もすることの出来ない自分に対して絶望した。どうしてこんなにも力がないのかと、そう思ってしまうほどに。
 少年の心の中に生まれていた絶望の感情がより強くなっていった。

 どれだけの時間、墜ち続けているのか分からない。1分かもしれない、10分かもしれない。はたまた1時間かもしれない。
 どれかは分からないけれど、最早少年にとってはそんな事は些末事でしかなかった。そんな事よりも、自分の無力さが何よりも呪わしかったからだ。

「くそっ、どうして俺はこんなに無力なんだ!?」

『諦めるのか?』

 少年以外、誰の姿も見られない暗闇の中で声が響いた。
 あまりにも不可思議で、あり得ないと称しても良い程の事態に対して、少年は何とも思わなかった。こんなにもあり得ない事ばかり起きているのだ。自分にあり得ない事が起こっても仕方がないと思っていたからだ。

「 じゃあ、どうすりゃ良いんだよ。父さんも母さんも多分死んでる。アイツだって、訳の分からないモノに浚われちまった。
 このまま落ちて死ぬ以外選択肢がない俺に、一体どうしろって言うんだよ?」

『それは君しだいだ。ここで諦めるもよし、抗おうとするもよし。どのような選択をするかどうかは君の自由である。
 このまま諦めるのなら、死ぬだけだろう。けれど、もし君が抗う事を諦めないと言うのであれば、

 ________君に妹を救う選択をさせてあげられよう!』


 君に妹を救う選択を出したその神の言葉は、絶望と諦観によって支配されていた少年の心に灯をともした。それは最早何もない少年にとって、唯の縋る縁とも言える物だったからだ。否、それぐらいしか少年が求める存在はもはや残されていないのだ。だからこそ、条件反射的にその言葉に反応した。いや、してしまったと言うべきだろうか。

「どういう意味だ!?」

『あの少女は_________君の妹はとある世界に送られた。幻想渦巻く世界、分かりやすく言えば異世界という奴だ。そこに君の妹は送られた。
 そして、私は神だ。君をその世界に送る事ができる。もし、君が抗う道を選択するというのならば…… 私が君に選択肢を与えてやろう』

 それはまるで砂漠で与えられた水のように甘美な提案。罠かもしれないし、詐欺のように騙しているだけなのかもしれない。
 けれど、その選択をしないという選択肢こそ少年の中には存在していないのだ。それだけが少年の心残りであるが故に。

 だからこそ、少年は手を伸ばすのだ。

 たとえそのをした結果に自分がどうなるとしても頓着しないだろう。ここで手を伸ばさずに諦めてしまえば、それこそ後悔する事になってしまう。それだけは、絶対に認める事ができない。
 たとえ悪魔に魂を売り払う事になっても大切な家族だけは守ってみせると少年は自分自身に誓ったのだから。

「抗う。抗ってやる! 俺は絶対にアイツを取り戻してやる!
 ……だけど、その前に訊かせてくれよ!」

『ふむ、まだ時間はあるだろう……良いぞ。何なりと聞くがいい、答えられる範囲で君に答をあたえよう』

「あんたの口振りだと……この地震は誰かの手による物なのか?」

 この時、まだ12にも満たない年月しか生きていない少年の生涯の中で最も頭が回っていた。誰かが聞いたのならあり得ないと言いたくなるような事だが、それでも少年の頭の中にはそんな予兆があった。
 だって、誰だっておかしいと思う筈だ。
 多発する大地震。これだけ巨大な、底すら見えないほどの深すぎると言わざるを得ない亀裂。先ほど妹を浚っていった謎の光。
 そして、今少年に語りかけている神と名乗る謎の存在。
 1から10まで不可思議どころかありえない事のオンパレードだ。まだ、誰かの思惑によって起こっていると言われた方が納得がいくほどに。

『これは とんだジョーカーを引いたものだな』

「おい! どうなんだよ!?」

『君の聡明なる智慧に敬意を表し、応えたいところではあるんだが_______どうも時間がないらしい。不運だったな少年……』

「なっ!」

 地面の動く音がする。
 この亀裂を作り出している壁が元に戻ろうと動き始めているのだ。それはまるで、不要な事に気付いた少年を消そうとしているかの如く。
 この瞬間少年は間違いなくこんな大災害を起こした黒幕がいる事を理解した。そして、絶対にそいつだけは許さないと決める。

『先程も言ったが、君がこれから赴く世界は幻想渦巻く異世界だ。戦う力を持ち、自らの大切な者を守らんと戦いを続ける世界でもある。そんな世界に今の君を送ったところで、軽く10回は死ねることに間違いはないだろう』

「だったらどうするって言うんだよ!?」

『君に力を与えよう。戦うための力を。生き残るための力を。君がこれから赴く世界で生き残り、無事に君の妹を助けるために必要な力を。ただし、当然リスクはついてくぞ。
 人はご都合主義的な力に頼ってはならないのだから』

「なんだよ、ケチ! このケチ神め!」

『人生で最も危険な事を避けさせてやろうというのに、言うじゃないか。報酬には代価を、これは古来よりの習わしなんだ。君も甘んじてそれを受け止めたまえ』

 どこからもなく、音が響き渡る。その音は少年の身体を縛り、何かをその身体に注ぎ込んでいく。その瞬間、少年は絶叫という表現すら生易しい程の叫びをあげる。
 しかし、それは当然の事。元来持つはずのない物を直接身体に植え付けられているのだ。痛みがない筈がない。
 激痛は身体中を舐めつくすように奔る筈だし、肉体は風邪なんかの時とは比べ物にならない程の熱量が植えつけられている筈だ。
 文字通り、身体を業火の中に突っ込んでいるような物だ。
 意識が抗う事を諦めれば、その瞬間に少年の身体は灰となって消え去るだろう。
 その事を少年は理解している。だからこそ、せめて心の中では抗う心を捨てない。妹を救ってみせるという決意だけは絶対に捨てない。その一心で耐えきっている。
 その間にも壁はじりじりと近づいていき、少年の身体を押し潰さんとしている。事態は最早、少年が最後まで耐えきれるのが先か、それとも壁によって押し潰されるのが先かというデッドヒートに直行していた。

「負けて、たまるかぁあぁああああ!!」

『時は満ち足りたぞ! 
 さぁ、少年よ行くが良い! 人は何かの犠牲なしに何かを得ることは出来ない。それは翻って言えば、何かを犠牲にする覚悟のある者だけが何かを得られるという事だ。その事を、君は努々忘れてはならない!
 最後に、この言葉を君に送っておくとしよう!

_______リスクを負う者だけが自由なのだ。挑戦する事を恐れるな。
 

 君が真実、妹の救済を願うのなら 君の果たすべき役目を果たすがよい!』



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 少年が漆黒の闇に呑まれ、大地の壁はピタリとくっついた。1ミリの隙間もない程にピタリと合わさったソレの上即ち、地上には竪琴を持った不思議な青年が立っていた。
 その竪琴の弦は先程まで竪琴を奏でていたのか、微かに揺れていた。

「ふう______何とか間に合ったかな? まったく自分が好き勝手するのは好きな癖に、他人に好き勝手されるのは嫌いというんだから堪った物ではないな。
 この星にしてもこれだけ好き勝手にして 後で怒られても知らないぞ」

 大災害という言葉が相応しい被害に、ため息を吐く青年。まるで何もかもを知っているかのような態度を取るこの青年を見る者がいたとすれば、きっとこう問うだろう。

『あなたは一体何者なんだ?』

と。

「なんにしても、まずは己の役割を果たすとしようか」

 青年はそう呟くと手を広げながら、誰もいない空を見上げ朗々と謳いあげた。

「______皆々様!これにて舞台は整いました!
 あの少年と少女はいかなる道を辿るのか? 未だ結末の定まらぬ劇の開幕に私は感動が絶えません!
 どうか、彼らの行く末に祝福あれと願わずにはいられません!
 しかし、彼らの行く道は決して容易い物ではない。
 故にどうか!
 彼らの綴る物語を!

 幻想と現実交わる奇想譚を!

 どうか、心行くまでお楽しみください!」

 青年がそう口にし、いつの間にか持っていた帽子をかぶると姿形残さず消え去っていた。
 そして暫くすると、地震など最初からなかったかのように平凡な、いつも通りの光景がそこには広がっているのだった。

        
         ハジマリノ語リ 完
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み