ロミオの反乱《執筆者:鈴鹿    歌音》

文字数 4,945文字

 燃え(さか)るキャンプにロミオの反乱。逃げ惑まどう人々と崩れゆく家々。所々には、倒れている人たちや半狂乱状態に陥っている人たちがいる。

 イザベラは、体力が尽きたのか膝から地面に崩れ落ちた。



「イザベラ! 大丈夫!?」



 ヒマリは、イザベラに駆け寄り、イザベラの隣に寄り添った。

 イザベラは、ピンク色に輝く瞳に涙を浮かべ、



「あたいは、守れなかった……。このイザベラ・キャンプを……。お父さんとお母さんが、遺のこしてくれた宝が……」

 と悔しそうに歯を食い縛りながら言う。





「イザベラのお父さんとお母さんは……」

「あの『ロミオ』っていう男に殺されたんだ!! だから、次はあたいがここを守るって決めた……なのに!!」



 涙を浮かべるイザベラは、鋭い目つきでロミオを睨み付ける。



「ちっ、あの時殺しておけばこんな事にならなかった。今度こそあんたも冥土(めいど)に送ってやるよ。そこで両親と揃って仲良く暮らしな。『幻想世界の(イリュージョン・ラブビジョン)』」

「私わたくしの邪魔はさせないわ。『氷の(アイス・パビリオン)』っ!」



 ロッドを構えたシフォンが熱い(ほのお)に包まれた世界に氷の(いしずえ)を作り出す。

 ヒマリとイザベラは、シフォンの異能によって出来上がった氷の城で、ロミオの異能から逃れることが出来たのだ。



「イザベラ、今のうちに逃げよ!! あたしたちは、生きてこのキャンプを守らなくちゃ!!」

「でも、あたいには守るものがもう……」



 イザベラは、座りこみその場を動こうとしない。ヒマリは、必死に声をかけ続ける。


「ヒマリちゃん、あたいの事はどうでも良いわ。ヒマリちゃんやハートちゃん、シフォンちゃんをこのキャンプから無事に脱出出来るように協力するわ」

「そんな事、私たちは望んでいないわ」

「ハートちゃん……」

「ロミオの狙いは、『私』よ。イザベラの事も私たちが守るわ。今は、一度退却するわよ」



 ハートの言葉は、いつも人々の心に響く。ヒマリは、再びイザベラに手を差しのべる。



「行こうよ、イザベラ。あたしたちでイザベラ・キャンプを守ろうよ」

「あたいも出来ることあるのか?」

「沢山たくさんあるわ。私たちに協力して、イザベラ。あなたの異能は、全てを守ることが出来るわ。ロミオを追い払いましょ」



 イザベラは、決心した。再び戦うことを。

 イザベラは、ヒマリの手を取り、再び立ち上がった。



「ごめんな、ヒマリちゃん。あたい、まだやらないといけないことがあるんだ」

「イザベラがやらないといけないこと?」

「あたいは、このイザベラ・キャンプの(おさ)として、ロミオを排除するつもりだ!!」



 その時、シフォンの作り出した氷の城が崩れ始める。



「ごめんなさい、そろそろ限界です」

「急いで、2人共!! 崩れ落ちる前に!!」



 ハートの声にヒマリとイザベラは顔を見合せ、ハートとシフォンのいる方向に向かう。



「後で、ヒマリちゃんたちに話すつもりだ」

「うん、お願いね」



 ヒマリたちは、氷の城が崩壊する音に紛れて姿を消した――イザベラを引き連れ、一度この場から退却する事を選んだのだった。





「逃げられたか……。でも、逃げられる所も限られている……。僕は、『ジュリエット』に会うためにこの戦いに勝利し、あの男をぶっ潰す。その前に『ハート様』を消し去り、あの少女を殺す。そうでもしないと僕は……」



 ロミオの呟きは、燃え(さか)るイザベラ・キャンプの喧騒(けんそう)によって聞こえることはなかった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 再びヒマリたちは、イザベラの屋敷に戻ってきた。最初に来た頃のキャンプの風景は、地獄絵図になってしまった。イザベラの落ち込みも相当酷い。



「ヒマリちゃんたちに話すわね。あたいのお父さんとお母さんが何故いないのか、を」

 イザベラは、ポツリポツリと今までに自分の身に何が起きたのか話し始めた。



「あたいは、お父さんとお母さんと一緒にこのイザベラ・キャンプを運営していたの。この時は、(おさ)では無かったし、裕福な暮らしはお父さんが作り出してくれていたの。でも2年前、あの男にこのキャンプを襲撃されたの。その時、お父さんとお母さんがあの男の異能を受けてしまって……」

「その後、どうなったの?」

「狂ってそのまま崖から飛び降りて死んでしまったの」

「それは、(むご)い話だわ……」



 ハートも言葉が出てこない。



「でも、それと引き換かえにあたいは、とある女神様の贈り(ギフト)を手にしてしまったの」

「「「 とある女神様の贈り(ギフト)? 」」」



 ヒマリたちは、その言葉にくいついた。



「うーん、よく分からないんだけど……。その時は、あたいも必死だったし……。でも、確かに感じたの。あたいの中で何か弾けたような気がしたわ。その時まであたいは、贈り(ギフト)が何か分からなかったけど、いきなり贈り(ギフト)が使えるようになった感じかな」

「何かがトリガーになるのかもしれないわね」



 ガタン、と物音がした。シフォンが一番驚いていたかもしれない。ロミオが近くに迫ってきている。



「時間がないわ」

「あたいが『マリア様の祈り《マリア・プレイヤー》』を使うわ。この贈り(ギフト)があれば、ヒマリちゃんたちを守りながら戦うことが出来るわ」

「じゃあ、あたしたちの背後はイザベラに任せるね」



 話をしている時だった。



「遂に見つけたぞ!! 冥土(めいど)に行く前の準備は済ませたか?」

「いいえ、冥土(めいど)に行くのはあなたよ、ロミオ!!」



 ハートの怒りをこめた言葉にロミオは顔を歪ゆがめる。



「『ハート様』がこの僕を冥土(めいど)に送ると……。今は、何の権力もない女にこの僕を?」

「ハートを侮辱するならあたしが相手になるわ」



 ハートの前にヒマリが立つ。ロミオは、気にくわない表情を浮かべる。



「子供の癖にこの僕に楯突(たてつ)くと痛い目見るぞ」

「いいえ、あたしたちは勝てるわ」



 ロミオは、嘲笑うかのようにヒマリを見つめると、



「面白い……。ここは、1つ戦争(クリーク)を始めよう。精神をも崩壊させる狂気の戦争(クリーク)を……」



 ヒマリたちは、ロミオを怒りをこめた視線で見つめた。そんな視線を振り払うかのように、ロミオが戦争(クリーク)の火蓋を切った!





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 イザベラ・キャンプで燃え盛る(ほのお)は渦を巻いている。壊れゆくキャンプを、人々は茫然(ぼうぜん)と見つめることしか出来なかった。しかし、屋敷にいるヒマリたちは違った。ロミオが贈り(ギフト)を発動させる毎に、イザベラやシフォンの贈り(ギフト)がそれを防ぐ――これ以上の好きにはさせないと、ヒマリたちはロミオに挑み続けている。



「今度こそ死ね!! 『幻想世界の(イリュージョン・ラブビジョン)』!!」

「イザベラにご加護を……『マリア様の祈り《マリア・プレイヤー》』!!」



 歪んだ空間をイザベラの贈り(ギフト)がヒマリたちや人々を包み込み、その場をやり過ごす。



「ちっ、また殺やり損ねたか……。次こそ決める。ジュリエットの為にも僕はこの人たちを殺して先に進まなくてはいけない。『幻想世界の(イリュージョン・ラブビジョン)』っ!!」

「『氷の(アイス・パビリオン)』!!」



 シフォンのロッドから作り出された氷の礫つぶてがロミオの周囲に降り注ぎ、大地を凍らせる。



「このままだと埒らちがあかないわ!!」

「ハート……あたしたちはどうしたら良いの?」

「私のせいでまた、あなたたちをまきこんでしまったわ……。私の贈り(ギフト)が使えたらこんなことにならなかったのに……」



 ハートは、拳を握りしめ、俯うつむく。ヒマリは、何も出来ない自分に怒りを覚える。





 その時だった。



 誰かの声が聞こえてきた。





【お前は、この状況を何とかしたいだろ。お前なら出来るだろ? このままだとみんなあの男に殺されるぜ?】



(そんな事はさせない。あたしがみんなを守るんだから……。でも、どうしたらみんなを守れるの?)



【お前には普通の人が持てない贈り(ギフト)があるだろ? それさえあればみんなを守れる。答えは決まっているだろ?】



(あたしは、みんなを守る!! 絶対に誰も死なせない!!)



【よろしい……では、お前の本気をあの男に見せてやれ。ここは1つ、戦争(クリーク)といこうか】





 ここで声が途切れる。それと同時にヒマリの身体の中で弾けるような何かが芽生える。



「ヒマリ、目が金色に輝いているわ!! まさかあの時と同じ……」



 堂々とした歌声がイザベラ・キャンプに響き渡る。低音で大地をも揺るがす歌声は、ロミオの戦力を喪失させるには効果は抜群だった。





 ロミオは頭を抱え、後ろに退く。それと同時に幻想世界の入り口が全て閉ざされ、空間の歪みが無くなり、何事も無かったかのように夜が明け始めた。



「くっ……夜が明けてしまったか……。今回は、あんたたち命拾いしたな。まあ、いい」



 ロミオは、(きびす)を返し、イザベラ・キャンプから出ていく。朝日に照らされ、立ち去る姿はまるで本当の騎士みたいだ。



「そういえば、あんたたちに伝えていない事がある。僕が知っている限りだと『ハート様』の近くに刺客がいる。それだけだ……。次会った時は、あんたたちを殺すから」





 ロミオの姿が見えなくなってからハートは、1人で悩んでいた。



「どうしたの、ハート」

「あっ……ヒマリ。大丈夫よ。ちょっと考えていただけだから……」

「さっきの『ロミオ』さんが言っていたこと?」

「私の近くに刺客がいる……。どういうことなのかしら……」



 ハートは、朝日を眩しそうに目を細め、眺める。



「長い夜が終わったわ!! この戦争(クリーク)は、私たちの勝利よ!!」



 ハートの声に、散らばっていた人々がキャンプに戻ってくる。しかし、表情は暗い。それも分かりきっている話だ。



「わ……我々の中継地が……」

「一瞬にして燃えてしまった……」

「お母さん、どうしたら良いの?」

「……」



 人々は嘆いた。涙を流す者もいれば無言で壊滅的な被害を受けたイザベラ・キャンプを見つめる者もいる。

 黙っていたイザベラが声を人々を鼓舞するように大きな声をあげた。



「みんな、あたいを誰だと思ってるんだ!! あたいは、ここのイザベラ・キャンプの(おさ)だ!!」

「でも……」

「弱気は吐かない!! 今日からイザベラ・キャンプは、再建の時を迎えるだけだ!! 無くなった訳ではない!! みんな、あたいたちは再び立ち上がるときが来たんだ!!」

「全て無くなったと言うのに何故そこまで言えるんだ」



 イザベラが一本の木を指差す。とても立派な大きな樹木だ。樹木は、何事も無かったかのようにピンク色の花をつけている。



「この木は、さっきの戦争クリークにまきこまれながらも堂々としている。あたいたちは、前さきの長おさであるあたいのお父さんの大事な遺品を失わずにすんだ。だから、あたいたちも立ち止まってられない。そうだろ?

 イザベラ・キャンプは、今日をもって再建の時を迎える!! みんな、あたいに続くんだ!! あたいたちの新たな小さな革命のために!!」



 人々は、小さな革命のために立ち向かうため、イザベラの言葉を受け、再び立ち上がったのであった。
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