嵐の前の静けさ《執筆者:鈴鹿    歌音》

文字数 2,573文字

 (ふくろう)の鳴く声が遠くから聞こえてくる。辺りは静けさを取り戻し、()き火がパチパチと燃える音がキャンプの中心部から聞こえてくる。

 ヒマリたちは、イザベラの屋敷の温泉に()かっていた。ハートは、岩場にもたれ掛かり、ヒマリは温泉で泳いでいる。シフォンは、端っこの方にある岩場に隠れるようにしてヒマリとハートを見守っていた。



「あぁ~、極楽極楽」



 ハートがおばあちゃんみたいな事を言っているのを聞いたヒマリは、ハートに抱きついた。



「どうしたの、ヒマリ」

「何か、あたしのお祖母ちゃんみたいな事言っているなぁ、と思って懐かしくなったの」

「ヒマリには、家族がいるのよね?」



 ヒマリは、表情を曇らせ、首を横に振る。



「あの日、災害が起きた時にみんな死んじゃった。お兄ちゃんもあの日、一緒にいたけどはぐれちゃった」

「ヒマリ、そんな表情しないの。あなたにはやるべき事があるでしょ。今は、それを成し遂げないといけないわ。その先にきっとあなたのお兄さんはいると思うわ」



 ハートの言うことは何でも正しい。ヒマリは、ハートといるのが好きだ。仲間が増えるともっと嬉しい。ヒマリは、再びハートに笑顔を見せた。



「何か変な事言ってごめんね、ハート。あたしは大丈夫だから」

「それならよかったわ。それに、シフォンもそんなところに隠れてないでこっちに出てきなさいよ」



 ハートは、シフォンが隠れているであろう岩場に向かって話しかけた。

 すると、シフォンからも返答がある。



「出ていくって裸をさらけ出すって事ですよね?」

「そうよ。もうシフォンの裸は見ちゃったから遅いわよ。胸が大きいの(うらや)ましいわ。私の胸はあまり大きくないのに……」



 ハートは、自分のスレンダーな体つきを見て1人で落ち込んでいる。



「ハートの胸は、あたしのよりは大きいから大丈夫だよ。誰も胸の大きさで選んだりなんかしないから」

「ヒマリは優しいわね。私、ヒマリに出会えて良かったわ。シフォンにも出会えて良かった。私は、幸せ者ね」



 ヒマリたちは、一夜の温泉を楽しむのであった。





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





 温泉から上がり、ヒマリたちは用意された部屋に行った。そこには、4人部屋なのか2段ベッドが2つ備え付けられており、テーブル1つと人数分の椅子が置かれていた。それ以外にヒマリは、家族が写った大きな写真が飾られているのを見つけた。



「そういえばイザベラ、家族の話しなかったよね? どうしてだろう?」

「それは分からないわ。もしかすると今はもう生きていないのかもしれないわね」



 ハートの言った言葉にヒマリは言葉を失う。ハートの言った言葉にシフォンが口を挟む。



「人の命は美しくも儚いものです。だから、イザベラさんは話さなかったのでしょう。(わたくし)も両親を早くに亡くしていますから……。それに、明日は早いです。そろそろ休みましょう」

「そうね。シフォンの言うとおり今は休むのが良いわね。ヒマリももう寝なさい」



 ヒマリは、2段ベッドの上に上がり、温かい布団を被る。が、なかなか眠れない。シフォンの寝息が(かす)かに聞こえてくる。



 ヒマリは何度も寝返りをうった。ヒマリの下のベッドで眠っているハートに申し訳ない、と思いながら。



 その時、優しい歌声が部屋に響き渡った。

 誰の歌声なんだろう、と考える。お母さんの歌声に似ていて落ち着く。

 ようやく、睡魔が訪れたヒマリはそのまま意識を歌声に預けた。







 ……………………。







「……あれ……ここはどこ?」



 ふと目を開けたヒマリは真っ白な空間にいた。



「あたしは、イザベラ・キャンプにいたはずなのに……」



 どこまでも続く白の領域に、ヒマリは恐怖を覚える。



「ハート? シフォン? イザベラ? ねぇ、どこにいるの?」



 辺りを見回してもハートやシフォン、イザベラの姿は見当たらない。まるで、世界でひとりぼっちにされてしまったようだ――。





「あたし、可笑(おか)しくなったのかな? 今までの冒険は全て嘘なの? 無かった事にされたの?」

「ヒマリ――」



 その時、懐かしい声と共に、目の前に1人の少年が現れた。

 その面影は、ヒマリの記憶の中にある大好きなあの人にそっくりだった。



「……お兄、ちゃん?」

「ヒマリ、迎えに来たよ」



 ヒマリは、懐かしい双子の兄を前にして涙を浮かべる。ここまでの武勇伝を語らいたい、とヒマリは兄に抱きつこうとした。

 しかし、それが出来なかった。ガラスが飛び散るかのように兄の姿が砕け散ったのだ。それと同時に世界は暗転し、ヒマリのみ取り残される。



「い……いや……お兄ちゃん。どうして……」



 その場に座りこみ、涙を流すヒマリを嘲笑(あざわら)うかのように、夢は悪夢に置き換えられる。



「お兄ちゃん……。あたし、どうしたら……」

「……マリ、……て」



 暗転した世界に手を差し伸べるかのように声が聞こえる。



「誰?」

「……から……きて」



 この声は、聞き覚えのある声――。





 ハートだ。ハートの声だ。





「ハート?」

「……変な事に……なってるの」



 聞き取れる所と聞き取れない所がある。夢の中で発生しているノイズのせいだ。ヒマリは、耳をすませ、ハートの声を聞き取ろうとした。





「ヒマリ、起きて!! 敵襲よ!! 今、あなたは何者かの贈り(ギフト)でダメージを与えられているわ。早く起きないと手遅れになるわよ!」



 敵襲?

 ヒマリの頭の中はぐちゃぐちゃになってしまう。早く起きないと……。でも、どうやって?

 焦りと混乱が芽生える。



 ヒマリは、辺りを見回すと光が射し込んでいる小さな穴を見つけた。そこから声が聞こえる。不思議とヒマリは、恐怖を感じることはなかった。





 ヒマリの意識は、徐々に浮上していく。この夢は無かった事には出来ない。

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