蘇った記憶    前編(執筆者:金城 暁大)

文字数 3,787文字

 シオンには受け入れ難かった。
 シオンは今まで、神とは善良な人々を救い、福音を授けてくれる存在だと信じていたからだ。しかし、この世界の神は違う。

「言ったでしょ?」

 考え込むシオンを慰めるようにシェロが言った。

「この世界では、神様は忌み嫌われる存在なの。災厄の象徴として、ね」
「……僕の前にいた世界の神様とは随分違うんだね」

 すると、シュートは組んでいた腕をほどき、テーブルに腕を乗せながら言った。

「確かに俺もここに来る前は神は人味方だと思ってたよ。未来、希望、理想、愛、光……そんな風に善良な象徴だって思ってたんだ。
 でも、この世界に来て世界の真理を……神を知ってからは真逆。そんな考え方は一瞬でぶっ飛んじまったよ。なぁ、知ってるか?」

 シュートはテーブルに軽く身を乗り出し、声を顰めながら言った。

「この世界の神は他の世界にも干渉する事が出来るんだ。そしてこの世界にしているのと同じ様に、災厄をもたらす事だって出来るんだ。
……シオン、お前は覚えていないか?お前の世界で起こった災厄の事を」

 災厄

 その言葉が脳内で反響する。
 そして、ソレはいつしか不協和音となり、記憶の底から歪な感情を湧き起こさせた。

 災厄

 そうだ。

 僕は知っている。

 その言葉の意味を。
 それがもたらした結末を。

 脳裏に徐々に忌むべき日の光景が蘇り始めた。

 逃げ惑う人々。

 泣きわめく子供。

 助けを求める女性。

 崩れゆく家の数々。

 割れる地面。

 その中を、自分は何かを背負いながら走っている。
 無我夢中で、一心不乱に走り続ける

 そして、その背中の何か……誰かに話しかけている。

 何だ……いや、誰なんだ?


 君は一体……誰なんだ?


…………ちゃん

……にぃ…ゃん

『お兄ちゃん!!』

『怖いよ……助けて!お兄ちゃん!!』






「う……う、うぁああああああ!?」

 突如、シオンは頭を抱え、テーブルに伏した。

「シオン!?どうしたのシオン!?」
「シオン君!?」
「どうした!?何が起きたんだ!?」

 俯きながら絶望の悲鳴を上げるシオンに3人が驚き、どうにかシオンを落ち着かせようとする。

「うああああああああ!?怖い……怖いよ!僕は、僕はぁあああああ!!」
「シオン!しっかりして!落ち着いて私を見て!」

 シェロは何とかシオンを落ち着かせようと声をかける。しかし、シェロの声はシオンには届いていない。
 何故なら、シオンの意識は自らの中に――――記憶の中にあったのだから。





 そう、僕は覚えている。

 災厄を。

 あの日の出来事を。



『怖いよ!シオンお兄ちゃん!!』



 シオンの脳裏に、“彼女”の顔が鮮明に蘇った。
 そしてその瞬間、足元の地面が裂けた。その先には無明の闇が広がっている。

 抗う暇もなく、その闇に二人は吸い込まれていく。

 響く悲鳴。そして自分の名を呼ぶ“彼女”の声。

『お兄ちゃん!!助けて!!』

 闇に呑まれながらも“彼女”の手を掴もうと、自分は必死に手を伸ばす。
 けれど――――その手は何も掴むことは出来ず、ただ虚しく空を切っただけだった。


――――マ……リ!!


――――ヒマリ!!





「ヒマリ!!」

 シオンは無意識のうちに叫んでいた。

「はぁはぁはぁはぁ……ヒマリ。そうだ、ヒマリは!?」

 シオンの言葉に3人は心配そうな表情を浮かべながらも、シオンに訊ねる。

「ヒマリ?誰なの、その子は?」

 シェロの言葉に、シオンは彼女の肩を掴んで揺さぶりながら叫ぶように言った。

「ヒマリは僕の妹だ!何処だ?一体、何処にいるんだ!?」
「落ち着いて、シオン!妹さんは少なくとも此処にはいないの!私たちも知らないの!だから落ち着いて!」
「ヒマリ……大変だ。僕と一緒に地割れに呑まれて……ああぁ!!」

 シオンはシェロから離れると、頭を抱え始めた。

「思い出したか……」

 頭を抱えているシオンを見下ろしながら、シュートは呟いた。

「ヒマリ……!ヒマリ!!あんなものに呑まれたら、きっとヒマリは……!!」

 シオンが絶望に呑まれかけた、その時だった。

『やっと思い出したんだね』

 突如、シオンとシュート、そしてトウラの脳内に声が聞こえた。突然の事に3人は驚き、身構える。
 しかし、シェロには聞こえていないらしく、3人の突然の変化に首を傾げていた。

「この声は……奴か!」

 トウラの言葉に、シュートの眼の色を変えた。

「神!!」

 シュートもトウラもまるで獣のような目つきをしている。シェロが二人の黒い髪が逆立っているかのように感じられるほど、二人は強烈な怒りを露わにしていた。

『良かったよ、シオン君が思い出してくれて。シュート君にトウラ君。君たちには感謝しなければならないね。彼の……キングの記憶を呼び覚ましてくれて』
「おい、何処にいる!?出てきやがれクソ神!」

 シュートは凄い剣幕で外に向かって叫んだ。シェロや周りの客たちは何事なのかとシュートを見るが、彼はお構いなしだ。いや、彼には構っている余裕などないのだ。

「キング?……ゲームのつもりか、神!」

 トウラの言葉に声の主――――神は笑いながら答えた。

『そう、これはゲームだ!壮大なストーリーの上で行われるゲームなんだよ!君たち転生者はその駒、という訳さ』
「ふざけんな!テメェのその気紛れのためにどれだけの人が死んだと思ってんだ!」
『そんなのエンディングのための感動要素でしかないよ。物語には必要だろう?ハッピーエンドのための、バッドストーリーはさ』
「テメェ……!」

 シュートはギリギリと拳を握り締めた。

「この声の主が、神……」

 シオンは自分の想像上の神と似ても似つかない非道さに、ただ呆然とするしかなかった。

『安心してね、シオン君。君の大切な妹のヒマリちゃんはちゃんと生きているから。僕が生かしておいてあげたんだ』
「えっ!?本当ですか!?ヒマリは、生きているんですか!?」

 シオンは飛び上がりそうと思えてしまう程高い声を出した。

『ハハハハハハハ!やっぱり妹が大切だよね?本当さ。ちゃーんと生きてるよ
ただし……この世界とは異なる世界――――メルフェールでね?』
「えっ……」

 シオンの表情から感情が消えた。
 さっき聞いた話では、このヒューマニーからメルフェールへ行く手段はない。それが意味するところ。それはつまり、シオンとヒマリは永遠に会う事が叶わないという事だ。

『アハハハハハハハ!そうそう!僕はそういう顔が見たかったんだよ!
中々いい顔が出来るじゃないか!きっと、君は将来有望な役者になれるよ!』

 その人道外れな神の台詞にシュートは食ってかかる。

「クソ神……テメェ、いい加減にしろよ!とっとと出てこい!俺がこの場でぶっ殺してやるからよぉ……!」
『おお怖い怖い。シュート君、そんな言葉遣いじゃ傍の美女に嫌われちゃうよ?』
「うるせぇんだよ……ふざけんのもいい加減にしろよ」
『やれやれ……これだから人間って奴は血の気が多くて嫌なんだよ。
 まぁ、でも安心して良いよ?シオン君。君たちの世界からメルフェールに行く方法はちゃんと用意してあるんだ。いや、この場合は残っている、という表現が正しいのかな?』

 神の言葉にシオンは再び希望の光を宿した。

「……本当なんですか?」
『本当も本当さ。それにしても、君は律義な子だね?僕みたいな奴に態々敬語を使うなんてさ。そこの二人を見てみなよ。クソだのなんだの好き放題だ。君も自由に喋って良いんだよ?』
「……どうやったらそこに行けるんだい、神様?」
『フフフ……さぁ?それは君自身で探しなよ。それが、君の冒険譚という奴なんだからね。吟遊詩人アイツじゃないけど、言わせてもらうよ。それが君の物語の始まりだ、ってね。
細やかながら、シオン君の冒険に幸運があらんことを願わせてもらうよ』

 それだけ言い残すと、神はブツリと交信を断った。
 暫くすると、シュートは荒々しく椅子に座った。それでも我慢ならないのか、テーブルに拳を叩きつけた。

「あのクソ神が……舐め腐ってやがる」
「ああ、同感だよ……」

 シュートとトウラは歯軋りするほどに歯を噛み締め、その顔には苛立ちと怒りの感情浮かべていた。

「言うに事欠いて駒だってよ。ふざけてるよな」
「ああ。あんな奴に弄ばれていると思うと、その事実だけで殺したくなってきやがるよな……!」

 2人の怒りは最もだ、とシオンは思った。神とは到底思えないあり方。アレはまるで、人をおちょくる事を何よりの楽しみにしている愉快犯そのものだ。
 絶望や苛立ち、何より怒りで立ちすくむ3人に状況がまったく理解できないシェロが声をかけた。

「……落ち着いた?それじゃあ、そろそろ何が起きていたのか説明してくれるかしら?」
「ああ、すまない。さっきのは……」

 シェロに声をかけられ、ようやく感情を少し制御できるようになったシュートはシェロに説明を始めた。

 
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