望んでいない別れ《執筆者:かーや・ぱっせ》
文字数 3,407文字
「う、んー……」
「あ。シオン、やっと起きた」
「おはようシオン」
目が覚めたシオンのベッド脇から、アザミとフリージアの顔が見える。身体を起こしたシオンは辺りを見回した。
「ここってシャール村の――」
「ボク達の部屋だよ」
「戻って来たの。和尚さんを助けるために。でも……」
黙ったフリージアが目を潤ませると、両手で顔を隠してしまった。そうして肩を震わせたまま声を詰まらせる。
「まさか深海和尚は――」
「うん。死んだよ。蛇の毒が回りきっちゃったんだ」
フリージアの横で訃報を告げるアザミの表情は、冷たい。
そんなアザミの目の前へ、シオンはベッドから下りた。
「どうしてそんなに淡々と言えるんだよ。今までお世話になった人が亡くなったんだぞ?」
「ボクはただ真実を伝えただけだよ」
「は?」
シオンがアザミの肩を掴む。
「その態度ふざけてんのか?」
「ふざけてないよ。ボクはいたって真面目だよ」
「いやふざけてる。馬鹿にしてる! 人が死んだことを軽く見てるからそんな態度でいられるんだ!」
「そんなつもりはないよ――」
「じゃあなんで表情一つ変えないんだよ! アザミは人が死んで悲しくないのか!?」
「……伝えるだけなのに感情が必要なの?」
「てめえいい加減にしろ!」
一声したシオンはアザミを突き倒した! 骨ごと打ち付けたような音を上げて倒れたアザミの胸ぐらをシオンは掴む!
「屁理屈言ってんじゃねえよ! 人の死は悲しむもんだろ!?」
「だったらシオン怒らないでよ」
「お前が怒らせたんだろ!」
「シオンやめて!!」
間に入ったフリージアの声ににらみを利かすシオン。フリージアは思わず身をよじった。
「怖いよ、シオン……」
涙ながらに呟いたフリージア。その表情にシオンははっとする。
「……ごめんフリージア。アザミも、ごめん」
手の力を緩めながら小さく謝ったシオンは立ち上がり、部屋の外への扉に手をかけた。
「ちょっと外の風に当たってくる」
自分の部屋を出たシオンは祈りの間までやって来た。高い天井から注ぐステンドグラスからの光が、レッド・マウンテンズを模した黄金の聖像を照らす。久しぶりに目にしたそれは相変わらずの荘厳さだったが、シオンはそれに背を向け、出入口へ向かった。
「お目覚めですねシオン君!」
それを追いかけるような女性の声が響き、シオンは足を止めた。
声に振り返るとそこには、シスターセリアが礼服を翻しながらこちらに駆ける姿があった。そんな彼女は、片腕に黒い布らしきものを大事そうに抱えている。
「おはようございます、シスター」
「おはようございますシオン君。外へ出られるのでしたら、こちらを羽織って下さいね」
シオンを前に片膝をついたセリアは、片腕で抱えていた布らしきものを広げ、シオンの後ろへ手を回した。
「これは何ですか?」
「この村の喪服です。弔いが終わり、司教や参列者が帰ってくるまでの間、お悔やみとしてこちらを着用する決まりなのです。暑苦しいでしょうけど、我慢なさって下さいね――」
袖を通して下さい、という声かけに応じながらシオンは、シスターが持ってきた喪服に身を包んでゆく。
「弔いって、やっぱり――」
シスターはこれに答えることなく着付けを続けた。
裾広がりなその服は、手元も足下もすっぽり隠してしまった。肩にかかる重みはまるで、毛布を掛けられた感覚だ。これでは嫌でも気分が沈んでしまう。
「はい、できました」
そんな彼の気持ちに寄り添うような微笑みは、善良な女神を思わせた。ここの神もそうであったら良かったのに、と思ってしまったシオンは結局肩を落とす。
「そのような顔をなさらないで下さい。深海様が安らかに眠れませんよ」
「だったら僕はどうすれば良いんだ!! 腹を抱えて笑い飛ばせば良いのか?! 悲しまずにさっさと忘れれば良いのか?!」
シスターの胸ぐらを掴みながら言ったシオンは、目を真っ赤にしていた。
彼の叫びは残響となり、やがて静寂を連れてくる。そのような中でも、シスターは微笑みを崩さなかった。
それを見てうなだれてしまったシオンを、シスターは両腕でそっと包むと、彼の背中を優しく叩く。
その腕の中でシオンは、肩を震わせ、ひっそりと嗚咽した。
この一方で。
子ども部屋にいたはずのフリージアとアザミは、部屋の出入口で騒ぎ立てていた。
「シオンの所に行くの! アザミ君!」
「いいよ! ボクは、行かないよっ!」
部屋と廊下の間を仕切る壁につかまって動こうとしないアザミを、フリージアが引き剥がそうとしている。
繰り返される、行くの! 行かないよ! の押し問答。この長い戦いの末、勝ったのはフリージアだ。彼女の両腕に抱きかかえられたアザミはじたばたしたが、そうするほどにかかえる力が強くなり、やがてアザミは動けなくなった。
「どうしてボクらが行く必要があるの? 戻って来た時で良いと思うんだけど」
「謝るのは早い方が良いの! だから行くの!」
そう言ったフリージアは、祈りの間への道を真っ直ぐ見つめながら、片足ずつ踏み出していった。そんな彼女に話は通じないと悟ったアザミは、がっくりと頭を垂れてそのまま動かない。これらの状況は端から見ると、少女が一人、等身大の人形を持って歩いているようだった。
えいさ、えいさと、祈りの間の扉に辿り着いたフリージア。身体全体で扉を押すと、思ったよりも軽い力で開いてしまった為にごろり。二人は床に倒れてしまった。
「ああごめんなさい! 思い切り扉を引いてしまって!」
大丈夫ですか? と、手を差し伸べたのはシスターセリアだった。大丈夫です、と答えたフリージアと、アザミは、シスターの手を借りて立ち上がった。
「あの、シオンを見ませんでしたか?」
「見ましたよ。外へ出る、と、先ほどここを出たところです」
「ありがとうございます! アザミ君、行こ!」
とアザミの手を握ったフリージアが進もうとした所をなんと、お待ち下さい! と、シスターが両腕を広げて遮った。
「二人ともいけませんよ? 皆さんが帰って来るまでここを出ないようにと、言われませんでしたか?」
「ちょっとシオンとお話したいだけなの! お願い行かせて!」
「お話は帰って来てからでも出来ますでしょう?」
「そうだよ。シスターの言うとおり、待っていようよ」
「だ か ら! 謝るのは早い方が良いんだってば!」
「あら、喧嘩しちゃったんですか?」
フリージアの言葉を聞いたシスターは、広げていた腕を縮め、立ち上がる。
「でしたら、話が変わりますね――」
と呟きながら、二人の後ろへしずしずと回り込んだシスターは、それぞれの背中へ手を置いた。
「シオン君の元へ行きましょう。私と一緒でしたら、きっと何も言われませんでしょう」
「ありがとうございます、シスターさん!」
シスターに背中を押されながら、教会の外へと向かってゆく。フリージアは表情が晴れやかなのに対して、アザミは僅かに顔をしかめていた。
「何があったのかは分かりませんが、謝るのは早い方が良いですよ?」
「ボクは悪くないよ。シオンが勝手に怒ったんだ」
ふてくされたような口調のアザミをなぐさめながら、シスターは教会の外への扉を開く。
「シオン君? お二人からお話があるそうで――」
シスターの言葉が途中で止まった。
やがて、辺りを見渡し始めたシスターの顔から、徐々に血の気が失せてゆく。
「シオンいないね。どこに行ったんだろう」
シオンはいなくなっていたのだ。
「やだよ……いやだよお……!」
フリージアは大粒の涙をぼろぼろ落とし、地面へ崩れるようにへたってしまった。
「大丈夫ですよ。私が探してきますからね――アザミちゃん、フリージアちゃんを連れて、お部屋に戻っていてくれますか?」
教会への扉を開けたシスターは、二人を中へ入れるとすぐさま教会を離れた。
教会から村の外への道はひらけている――誰がどこを歩いているのかは明確だ。しかし、シオンらしき人はいない。
「シオン君は一体、どちらへ――?」
「あ。シオン、やっと起きた」
「おはようシオン」
目が覚めたシオンのベッド脇から、アザミとフリージアの顔が見える。身体を起こしたシオンは辺りを見回した。
「ここってシャール村の――」
「ボク達の部屋だよ」
「戻って来たの。和尚さんを助けるために。でも……」
黙ったフリージアが目を潤ませると、両手で顔を隠してしまった。そうして肩を震わせたまま声を詰まらせる。
「まさか深海和尚は――」
「うん。死んだよ。蛇の毒が回りきっちゃったんだ」
フリージアの横で訃報を告げるアザミの表情は、冷たい。
そんなアザミの目の前へ、シオンはベッドから下りた。
「どうしてそんなに淡々と言えるんだよ。今までお世話になった人が亡くなったんだぞ?」
「ボクはただ真実を伝えただけだよ」
「は?」
シオンがアザミの肩を掴む。
「その態度ふざけてんのか?」
「ふざけてないよ。ボクはいたって真面目だよ」
「いやふざけてる。馬鹿にしてる! 人が死んだことを軽く見てるからそんな態度でいられるんだ!」
「そんなつもりはないよ――」
「じゃあなんで表情一つ変えないんだよ! アザミは人が死んで悲しくないのか!?」
「……伝えるだけなのに感情が必要なの?」
「てめえいい加減にしろ!」
一声したシオンはアザミを突き倒した! 骨ごと打ち付けたような音を上げて倒れたアザミの胸ぐらをシオンは掴む!
「屁理屈言ってんじゃねえよ! 人の死は悲しむもんだろ!?」
「だったらシオン怒らないでよ」
「お前が怒らせたんだろ!」
「シオンやめて!!」
間に入ったフリージアの声ににらみを利かすシオン。フリージアは思わず身をよじった。
「怖いよ、シオン……」
涙ながらに呟いたフリージア。その表情にシオンははっとする。
「……ごめんフリージア。アザミも、ごめん」
手の力を緩めながら小さく謝ったシオンは立ち上がり、部屋の外への扉に手をかけた。
「ちょっと外の風に当たってくる」
自分の部屋を出たシオンは祈りの間までやって来た。高い天井から注ぐステンドグラスからの光が、レッド・マウンテンズを模した黄金の聖像を照らす。久しぶりに目にしたそれは相変わらずの荘厳さだったが、シオンはそれに背を向け、出入口へ向かった。
「お目覚めですねシオン君!」
それを追いかけるような女性の声が響き、シオンは足を止めた。
声に振り返るとそこには、シスターセリアが礼服を翻しながらこちらに駆ける姿があった。そんな彼女は、片腕に黒い布らしきものを大事そうに抱えている。
「おはようございます、シスター」
「おはようございますシオン君。外へ出られるのでしたら、こちらを羽織って下さいね」
シオンを前に片膝をついたセリアは、片腕で抱えていた布らしきものを広げ、シオンの後ろへ手を回した。
「これは何ですか?」
「この村の喪服です。弔いが終わり、司教や参列者が帰ってくるまでの間、お悔やみとしてこちらを着用する決まりなのです。暑苦しいでしょうけど、我慢なさって下さいね――」
袖を通して下さい、という声かけに応じながらシオンは、シスターが持ってきた喪服に身を包んでゆく。
「弔いって、やっぱり――」
シスターはこれに答えることなく着付けを続けた。
裾広がりなその服は、手元も足下もすっぽり隠してしまった。肩にかかる重みはまるで、毛布を掛けられた感覚だ。これでは嫌でも気分が沈んでしまう。
「はい、できました」
そんな彼の気持ちに寄り添うような微笑みは、善良な女神を思わせた。ここの神もそうであったら良かったのに、と思ってしまったシオンは結局肩を落とす。
「そのような顔をなさらないで下さい。深海様が安らかに眠れませんよ」
「だったら僕はどうすれば良いんだ!! 腹を抱えて笑い飛ばせば良いのか?! 悲しまずにさっさと忘れれば良いのか?!」
シスターの胸ぐらを掴みながら言ったシオンは、目を真っ赤にしていた。
彼の叫びは残響となり、やがて静寂を連れてくる。そのような中でも、シスターは微笑みを崩さなかった。
それを見てうなだれてしまったシオンを、シスターは両腕でそっと包むと、彼の背中を優しく叩く。
その腕の中でシオンは、肩を震わせ、ひっそりと嗚咽した。
この一方で。
子ども部屋にいたはずのフリージアとアザミは、部屋の出入口で騒ぎ立てていた。
「シオンの所に行くの! アザミ君!」
「いいよ! ボクは、行かないよっ!」
部屋と廊下の間を仕切る壁につかまって動こうとしないアザミを、フリージアが引き剥がそうとしている。
繰り返される、行くの! 行かないよ! の押し問答。この長い戦いの末、勝ったのはフリージアだ。彼女の両腕に抱きかかえられたアザミはじたばたしたが、そうするほどにかかえる力が強くなり、やがてアザミは動けなくなった。
「どうしてボクらが行く必要があるの? 戻って来た時で良いと思うんだけど」
「謝るのは早い方が良いの! だから行くの!」
そう言ったフリージアは、祈りの間への道を真っ直ぐ見つめながら、片足ずつ踏み出していった。そんな彼女に話は通じないと悟ったアザミは、がっくりと頭を垂れてそのまま動かない。これらの状況は端から見ると、少女が一人、等身大の人形を持って歩いているようだった。
えいさ、えいさと、祈りの間の扉に辿り着いたフリージア。身体全体で扉を押すと、思ったよりも軽い力で開いてしまった為にごろり。二人は床に倒れてしまった。
「ああごめんなさい! 思い切り扉を引いてしまって!」
大丈夫ですか? と、手を差し伸べたのはシスターセリアだった。大丈夫です、と答えたフリージアと、アザミは、シスターの手を借りて立ち上がった。
「あの、シオンを見ませんでしたか?」
「見ましたよ。外へ出る、と、先ほどここを出たところです」
「ありがとうございます! アザミ君、行こ!」
とアザミの手を握ったフリージアが進もうとした所をなんと、お待ち下さい! と、シスターが両腕を広げて遮った。
「二人ともいけませんよ? 皆さんが帰って来るまでここを出ないようにと、言われませんでしたか?」
「ちょっとシオンとお話したいだけなの! お願い行かせて!」
「お話は帰って来てからでも出来ますでしょう?」
「そうだよ。シスターの言うとおり、待っていようよ」
「だ か ら! 謝るのは早い方が良いんだってば!」
「あら、喧嘩しちゃったんですか?」
フリージアの言葉を聞いたシスターは、広げていた腕を縮め、立ち上がる。
「でしたら、話が変わりますね――」
と呟きながら、二人の後ろへしずしずと回り込んだシスターは、それぞれの背中へ手を置いた。
「シオン君の元へ行きましょう。私と一緒でしたら、きっと何も言われませんでしょう」
「ありがとうございます、シスターさん!」
シスターに背中を押されながら、教会の外へと向かってゆく。フリージアは表情が晴れやかなのに対して、アザミは僅かに顔をしかめていた。
「何があったのかは分かりませんが、謝るのは早い方が良いですよ?」
「ボクは悪くないよ。シオンが勝手に怒ったんだ」
ふてくされたような口調のアザミをなぐさめながら、シスターは教会の外への扉を開く。
「シオン君? お二人からお話があるそうで――」
シスターの言葉が途中で止まった。
やがて、辺りを見渡し始めたシスターの顔から、徐々に血の気が失せてゆく。
「シオンいないね。どこに行ったんだろう」
シオンはいなくなっていたのだ。
「やだよ……いやだよお……!」
フリージアは大粒の涙をぼろぼろ落とし、地面へ崩れるようにへたってしまった。
「大丈夫ですよ。私が探してきますからね――アザミちゃん、フリージアちゃんを連れて、お部屋に戻っていてくれますか?」
教会への扉を開けたシスターは、二人を中へ入れるとすぐさま教会を離れた。
教会から村の外への道はひらけている――誰がどこを歩いているのかは明確だ。しかし、シオンらしき人はいない。
「シオン君は一体、どちらへ――?」