近づく悪意と裏切り《執筆者:鈴鹿 歌音》
文字数 4,897文字
シフォンが洞窟の奥から戻ってきた頃、ようやく雨があがり、薄日が射し始めた。
「うーん……」
薄日の眩 しさにヒマリは目を覚ました。ハートの膝の上に頭を乗せて寝ていたみたいだ。これは、れっきとした膝枕ってやつだろう。
「ごめんね、ハート。あたし、寝ちゃってたみたい……」
「そんな事気にしなくても良いわ。シフォンもゆっくり休めた?」
ハートの言葉にシフォンは、ビクリと肩を震わせた。
「どうかしたの、シフォン」
「何でもありません。そろそろ出発しましょうか。次のイリス・キャンプまでは、まだ少し距離がありますから」
シフォンは、荷物を纏 めると先に洞窟の外に出ていった。ヒマリは不審に思ったが、何も言わずに、ハートと一緒に洞窟の外に出た。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
激しい急勾配の山道が続く。木々も目の前まで迫る。ヒマリたちは、デカフォニック渓谷 を登ってきた。
暫 くすると下り坂が続き始めた。
「そろそろイリス・キャンプに到着します」
シフォンの声が冷たく感じた。今までこんなに冷たい声は聞いたこと無い。
「イリス・キャンプには、何があるの?」
「言ってしまえば何もないキャンプ地です。前までは、イザベラ・キャンプと同じぐらい栄えていましたが、4ヶ月前、組織に襲撃されて壊滅したみたいです」
「人々はどうなったの?」
シフォンは、声を低くしてヒマリとハートにイリス・キャンプで起きた4ヶ月前の事件を話し始めた。
「ここイリス・キャンプには、沢山 の人々が冒険者・行商人たちを支えていました。しかし、4ヶ月前の新月の夜、ここを組織が襲撃しました。ヒマリさんが気にしていた人々ですが、大人子供関係なく惨殺 されました。その組織は、スペードキングダムで結成された巨大な凶悪組織で、名前を『スペアニア』と名乗りました」
「『スペアニア』? どこかで聞いたことあるわ」
ヒマリは、凶悪組織と聞き、恐怖を覚える。しかし、ハートとシフォンは知っている……。
ヒマリはまだメルフェールの事を知らない。知らないことが多すぎる。
贈り物 に関してもそうだ。何故、人々が贈り物 を持ってこの世に産み落とされるのかも理解できていない。
「その『スペアニア』ってどんな凶悪組織なの?」
「ヒマリ、『スペアニア』っていう凶悪組織は、血も涙もない人たちが集まって作られた組織よ。組織に逆らった者、蔑 ろにした者に待っている運命は『死』よ。出来る限り私は会いたくないけど、組織が本拠地としているのは、イリス・キャンプとスペニア・キャンプの中間地点なの。リーダーは、確か『グレイシア』とか言ったわ」
ハートが知っているのは、ここまででこれ以上は知らなかった。ヒマリは、ハートの話を聞いている途中、話の内容に不信感を持った。
「あたし、何か『グレイシア』って名前どこかで聞いた記憶があるの。何時 だったか忘れたけど……」
「そういえば誰かが言っていたわね」
ヒマリとハートは、頭を悩ませているうちにイリス・キャンプの入り口に到着した。昼下がりでちょうどお腹がすく時間帯でもあった。
しかし、イリス・キャンプには、人の気配が全くなく、氷に包まれた廃墟だけが遺 されていたのだ。
「シフォンに話があるんだけど」
「ハートさん? どうかしたのですか?」
「どうしてこのキャンプは氷づけなのかしら?
この有り様……あなたが関係しているんじゃないのかしら?」
ハートの言葉が、シフォンの心に突き刺さる。シフォンは何も言わない。ヒマリも思い出せなかった事を漸ようやく思い出した。その事は決定的だった。
「確かシフォンは、出会ったときにあたし聞いてたの。『グレイシアお兄様』と……」
ヒマリの勘は当たってしまった。シフォンがロミオが立ち去り際に言っていた刺客となる。ヒマリは、信じられずにいる。
「バレてしまいましたか……。私 の正体が……。私 は、グレイシアお兄様に忠誠を誓っている……いいえ、誓わないとならないのです。兄妹ですから……。これ以上、私 という異物 が入る訳にはいけません」
「シフォン、どういう事よ。本当の事を言いなさい!!」
「シフォンは、本当にお兄ちゃんの事好きなの?
好きならお兄ちゃんが悪いことしようとしているなら止めるよ。どうしてシフォンは、お兄ちゃんと一緒になって悪い事するの? 」
シフォンは、口を閉ざす。下を向き、くつくつ笑っているのも分かる。
顔を上げ、ヒマリとハートに満面の笑みでこう言った。
「それはですね……私 がグレイシアお兄様が大好きだからですよ。だから、ごめんなさい。ヒマリさん、ハートさん。『氷の城 』!!」
辺りに氷の礫 が舞い上がり、ヒマリとハートに吹き付ける。目を開けているのもやっとだ。
ヒマリとハートは凍っていく地面を見ながら、堪 えることしか出来なかった。
吹雪が止やみ、辺りを見回すとシフォンの姿はなかった。
「シフォン……どうして……」
「ヒマリ、こんなものが落ちていたわ!!」
ハートは、地面に落ちていたハガキを拾い、読み上げる。
「『ヒマリさん、ハートさん。ごめんなさい。本当はこんな事はしたくなかったです。これも私 がグレイシアお兄様を叱る事が出来なかった責任でもあります。私 は、スペニア・キャンプでヒマリさんとハートさんを待っています。シフォンより』」
ハートの読み上げたハガキには、シフォンの胸中にこめられていた言葉が並んでいた。シフォンは、『グレイシアの事が好き』だと思う。だからこそ、好きな人の考えた事だからシフォンも止められず、今に至ったのであろう。
ヒマリとハートは、シフォンに裏切られたというよりは、何も出来なかった自分達に怒りを覚えていた。
「ハート……お願いがあるの」
「ヒマリ……私もヒマリにお願いがあるわ」
「「 シフォンを『スペアニア』の悪の組織から助けだそう!! 」」
ヒマリとハートは、同時に同じ事を口走った。
考えが同じと分かったヒマリとハートは、改めてイリス・キャンプに目を向ける。氷に包まれた、廃墟になったイリス・キャンプは物悲しく見え、まるで助けを求めているよう……。
ヒマリとハートはシフォンを止めるため、急いでイリス・キャンプを出発した。
険しい下り坂や崖が続き、ヒマリとハートはその度に足止めをくらった。それでも、ヒマリとハートは跳ねる泥や土埃 を気にせず、スペニア・キャンプに向かう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
その日の夕方、空が茜色に染まり始めた時間帯。沈みゆく太陽の光が崖に当たり、木々の間から薄い光が射し込み、周囲をオレンジ色に照らしている。
漸 く、ヒマリとハートは、スペニア・キャンプに到着した。
しかし、スペニア・キャンプも、イリス・キャンプと同じで人が住んでいる気配がなく、辺りは氷で包まれていた。
「ここも『スペアニア』の被害に遭ったのね……。酷すぎるわ」
「でも、ハート。シフォンは、ここに現れるんだよね? あたし、ここがスペードキングダムに行くのに最後に通るキャンプ地って、シフォンから聞いていたから」
「そうよ。ここを抜ければハートアイランドの領地ではなく、スペードキングダムの領地よ」
イザベラ・キャンプでマリア・イザベラと出会い、ロミオをキャンプから追い出すため、共闘した。イザベラ・キャンプからイリス・キャンプに向かう途中で雷雨にあい、洞窟でヒマリは、ハートとシフォンにとてもではないが、甘えた。
しかし、氷に包まれたイリス・キャンプでシフォンの裏切りが発覚し、シフォンがいなくなってしまった。ヒマリとハートにとってシフォンの裏切りは、とても悲しいものだった。
それでも、シフォンと一緒に過ごした時間は、裏切らない。その時のシフォンの笑顔をヒマリとハートは覚えている。偽りのない本当の笑顔だった。
だからこそ、ヒマリとハートはシフォンを悪の組織『スペアニア』から守りたい、と心に誓った。それが、ここスペニア・キャンプに到着して、心が折れそうになっている……。
そんな中でハートは、氷づけにされたスペニア・キャンプの廃 れ具合を確かめていた。
「……ここが氷づけにされてから、まだそんなに時間が経過していないわ。ほら、ヒマリもにおいを確認してみなさい」
ヒマリは、ハートに言われた通り、辺りのにおいを嗅かいでみる。
「あっ、夕食のかおりがする」
「そうよ、ヒマリ。ここが狙われたのは、私たちが到着するちょっと前。……その辺りの茂みに隠れてるんでしょ? 早く出てきなさい、シフォン」
ハートは、シフォンの名前を言う。ヒマリは、ハートが指差す茂みを見つめるとガサガサと音を立てて揺れる。
すると、シフォンとシフォンに似た青年が顔を見せた。青年は、シフォンと同じ銀色の短髪で鋭い赤褐色の瞳。黒のローブを棚引かせ、シフォンの後ろに立っていた。
「また会えるなんて私 、嬉しいですわ、ヒマリさんにハートさん」
「「 シフォン!! 」」
「うるせぇ。お前は王族として育てられたんじゃねぇのかよ、死んだと思っていた憎 きハートアイランドの女王様。
今は追われる身。落ちぶれたものだな。それに、今日ここがお前たちの墓場になるんだからな」
青年のくつくつ笑っているのを見たヒマリは、怒りを覚える。ハートは、怒りを堪 え、下を向いている。
「そうね……。何となく分かっていたわ。あなたがシフォンのお兄さんのグレイシアね」
「そうだとも。このオレが、気高き『スペアニア』のボス、グレイシアだ。憎 きハートとその付き人ヒマリの命をいただく者だ」
グレイシアと名乗った青年は、天を仰ぎ、盛大な笑い声をあげた。それに便乗するかのように部下に当たる者たちが熱烈的なアプローチを送ってくるのも分かる。
「……るさない」
「はぁ? オレに口出しする前にお前らは死ぬんだからな。シフォン!! 野郎共!!」
「はい、グレイシアお兄様」
「ハートとヒマリを殺せ」
「え……」
シフォンにとって残酷な事を告げてみせたグレイシアは、不敵な笑みを浮かべている。
「でも……グレイシアお兄様。私 には、そんな事……」
「オレの忠実な妹なんだからそれぐらい出来るだろ?」
「うぅっ……」
シフォンは、何も言うことが出来ず、ロッドを構え、ヒマリとハートに向き直った。
「嘘でしょ!!」
「シフォン、その男に騙されちゃダメだよ!!」
しかし、シフォンの目の焦点は合っておらず、ヒマリとハートに向かってあの言葉を発した。
「『氷の城 !!』」
氷の礫 が、ヒマリとハートに向かって吹き付ける。前と同じ光景に、ヒマリとハートは何も出来ない。
グレイシアは大きな笑い声をあげ、周りの部下たちを鼓舞した。
「さあ、今宵 の戦争 を始めようではないか!!」
ヒマリとハートは、シフォンに近づく事が出来ず、ただ今の状況をどのように変えるかしか考えることが出来なかった。
「うーん……」
薄日の
「ごめんね、ハート。あたし、寝ちゃってたみたい……」
「そんな事気にしなくても良いわ。シフォンもゆっくり休めた?」
ハートの言葉にシフォンは、ビクリと肩を震わせた。
「どうかしたの、シフォン」
「何でもありません。そろそろ出発しましょうか。次のイリス・キャンプまでは、まだ少し距離がありますから」
シフォンは、荷物を
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激しい急勾配の山道が続く。木々も目の前まで迫る。ヒマリたちは、デカフォニック
「そろそろイリス・キャンプに到着します」
シフォンの声が冷たく感じた。今までこんなに冷たい声は聞いたこと無い。
「イリス・キャンプには、何があるの?」
「言ってしまえば何もないキャンプ地です。前までは、イザベラ・キャンプと同じぐらい栄えていましたが、4ヶ月前、組織に襲撃されて壊滅したみたいです」
「人々はどうなったの?」
シフォンは、声を低くしてヒマリとハートにイリス・キャンプで起きた4ヶ月前の事件を話し始めた。
「ここイリス・キャンプには、
「『スペアニア』? どこかで聞いたことあるわ」
ヒマリは、凶悪組織と聞き、恐怖を覚える。しかし、ハートとシフォンは知っている……。
ヒマリはまだメルフェールの事を知らない。知らないことが多すぎる。
贈り
「その『スペアニア』ってどんな凶悪組織なの?」
「ヒマリ、『スペアニア』っていう凶悪組織は、血も涙もない人たちが集まって作られた組織よ。組織に逆らった者、
ハートが知っているのは、ここまででこれ以上は知らなかった。ヒマリは、ハートの話を聞いている途中、話の内容に不信感を持った。
「あたし、何か『グレイシア』って名前どこかで聞いた記憶があるの。
「そういえば誰かが言っていたわね」
ヒマリとハートは、頭を悩ませているうちにイリス・キャンプの入り口に到着した。昼下がりでちょうどお腹がすく時間帯でもあった。
しかし、イリス・キャンプには、人の気配が全くなく、氷に包まれた廃墟だけが
「シフォンに話があるんだけど」
「ハートさん? どうかしたのですか?」
「どうしてこのキャンプは氷づけなのかしら?
この有り様……あなたが関係しているんじゃないのかしら?」
ハートの言葉が、シフォンの心に突き刺さる。シフォンは何も言わない。ヒマリも思い出せなかった事を漸ようやく思い出した。その事は決定的だった。
「確かシフォンは、出会ったときにあたし聞いてたの。『グレイシアお兄様』と……」
ヒマリの勘は当たってしまった。シフォンがロミオが立ち去り際に言っていた刺客となる。ヒマリは、信じられずにいる。
「バレてしまいましたか……。
「シフォン、どういう事よ。本当の事を言いなさい!!」
「シフォンは、本当にお兄ちゃんの事好きなの?
好きならお兄ちゃんが悪いことしようとしているなら止めるよ。どうしてシフォンは、お兄ちゃんと一緒になって悪い事するの? 」
シフォンは、口を閉ざす。下を向き、くつくつ笑っているのも分かる。
顔を上げ、ヒマリとハートに満面の笑みでこう言った。
「それはですね……
辺りに氷の
ヒマリとハートは凍っていく地面を見ながら、
吹雪が止やみ、辺りを見回すとシフォンの姿はなかった。
「シフォン……どうして……」
「ヒマリ、こんなものが落ちていたわ!!」
ハートは、地面に落ちていたハガキを拾い、読み上げる。
「『ヒマリさん、ハートさん。ごめんなさい。本当はこんな事はしたくなかったです。これも
ハートの読み上げたハガキには、シフォンの胸中にこめられていた言葉が並んでいた。シフォンは、『グレイシアの事が好き』だと思う。だからこそ、好きな人の考えた事だからシフォンも止められず、今に至ったのであろう。
ヒマリとハートは、シフォンに裏切られたというよりは、何も出来なかった自分達に怒りを覚えていた。
「ハート……お願いがあるの」
「ヒマリ……私もヒマリにお願いがあるわ」
「「 シフォンを『スペアニア』の悪の組織から助けだそう!! 」」
ヒマリとハートは、同時に同じ事を口走った。
考えが同じと分かったヒマリとハートは、改めてイリス・キャンプに目を向ける。氷に包まれた、廃墟になったイリス・キャンプは物悲しく見え、まるで助けを求めているよう……。
ヒマリとハートはシフォンを止めるため、急いでイリス・キャンプを出発した。
険しい下り坂や崖が続き、ヒマリとハートはその度に足止めをくらった。それでも、ヒマリとハートは跳ねる泥や
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その日の夕方、空が茜色に染まり始めた時間帯。沈みゆく太陽の光が崖に当たり、木々の間から薄い光が射し込み、周囲をオレンジ色に照らしている。
しかし、スペニア・キャンプも、イリス・キャンプと同じで人が住んでいる気配がなく、辺りは氷で包まれていた。
「ここも『スペアニア』の被害に遭ったのね……。酷すぎるわ」
「でも、ハート。シフォンは、ここに現れるんだよね? あたし、ここがスペードキングダムに行くのに最後に通るキャンプ地って、シフォンから聞いていたから」
「そうよ。ここを抜ければハートアイランドの領地ではなく、スペードキングダムの領地よ」
イザベラ・キャンプでマリア・イザベラと出会い、ロミオをキャンプから追い出すため、共闘した。イザベラ・キャンプからイリス・キャンプに向かう途中で雷雨にあい、洞窟でヒマリは、ハートとシフォンにとてもではないが、甘えた。
しかし、氷に包まれたイリス・キャンプでシフォンの裏切りが発覚し、シフォンがいなくなってしまった。ヒマリとハートにとってシフォンの裏切りは、とても悲しいものだった。
それでも、シフォンと一緒に過ごした時間は、裏切らない。その時のシフォンの笑顔をヒマリとハートは覚えている。偽りのない本当の笑顔だった。
だからこそ、ヒマリとハートはシフォンを悪の組織『スペアニア』から守りたい、と心に誓った。それが、ここスペニア・キャンプに到着して、心が折れそうになっている……。
そんな中でハートは、氷づけにされたスペニア・キャンプの
「……ここが氷づけにされてから、まだそんなに時間が経過していないわ。ほら、ヒマリもにおいを確認してみなさい」
ヒマリは、ハートに言われた通り、辺りのにおいを嗅かいでみる。
「あっ、夕食のかおりがする」
「そうよ、ヒマリ。ここが狙われたのは、私たちが到着するちょっと前。……その辺りの茂みに隠れてるんでしょ? 早く出てきなさい、シフォン」
ハートは、シフォンの名前を言う。ヒマリは、ハートが指差す茂みを見つめるとガサガサと音を立てて揺れる。
すると、シフォンとシフォンに似た青年が顔を見せた。青年は、シフォンと同じ銀色の短髪で鋭い赤褐色の瞳。黒のローブを棚引かせ、シフォンの後ろに立っていた。
「また会えるなんて
「「 シフォン!! 」」
「うるせぇ。お前は王族として育てられたんじゃねぇのかよ、死んだと思っていた
今は追われる身。落ちぶれたものだな。それに、今日ここがお前たちの墓場になるんだからな」
青年のくつくつ笑っているのを見たヒマリは、怒りを覚える。ハートは、怒りを
「そうね……。何となく分かっていたわ。あなたがシフォンのお兄さんのグレイシアね」
「そうだとも。このオレが、気高き『スペアニア』のボス、グレイシアだ。
グレイシアと名乗った青年は、天を仰ぎ、盛大な笑い声をあげた。それに便乗するかのように部下に当たる者たちが熱烈的なアプローチを送ってくるのも分かる。
「……るさない」
「はぁ? オレに口出しする前にお前らは死ぬんだからな。シフォン!! 野郎共!!」
「はい、グレイシアお兄様」
「ハートとヒマリを殺せ」
「え……」
シフォンにとって残酷な事を告げてみせたグレイシアは、不敵な笑みを浮かべている。
「でも……グレイシアお兄様。
「オレの忠実な妹なんだからそれぐらい出来るだろ?」
「うぅっ……」
シフォンは、何も言うことが出来ず、ロッドを構え、ヒマリとハートに向き直った。
「嘘でしょ!!」
「シフォン、その男に騙されちゃダメだよ!!」
しかし、シフォンの目の焦点は合っておらず、ヒマリとハートに向かってあの言葉を発した。
「『氷の
氷の
グレイシアは大きな笑い声をあげ、周りの部下たちを鼓舞した。
「さあ、
ヒマリとハートは、シフォンに近づく事が出来ず、ただ今の状況をどのように変えるかしか考えることが出来なかった。