計画    前編(執筆者:市川 雄一郎&かーや・ぱっせ)

文字数 4,694文字

「気持ちは落ち着いたかしら、シオン?」

「うん、だいぶね。ありがとう、シェロ」


 喫茶店にて、甘いココアで心を落ち着けたシオンは、十九歳ながらも大人びた女性冒険家・シェロと行動を共にすることとなった。


「――うん。顔色も良くなってる。それじゃあシオン、出発しましょ」

「出発? どこに行くの?」

「決まってるでしょう? 御飯よ、御飯」

 シオンは突然御飯を食べに行くと言い出すシェロに対して困惑気味な表情で見つめるしかなかった。  
 しかし確かにお腹の音が鳴るので食べに行くことを決心したのであった。と言うか、シオンがシェロの考えに反対出来るわけがないのだから。

「――分かった。行こう、シェロ!」


 ◆◆◆◆その頃◆◆◆◆



 マキナはカルナと共にある町から外れた小さな工場へと到着した。工場に到着するとカルナは入口前で疲れからかスヤスヤと眠ってしまい、仕方なくマキナ1人で工場の奥へと移動したのである。


「くそ――シェロを捕らえ損ねた!! それにさっきのガキ……一体なんだったんだ……!?」

「――やあ、マキナさ~ん。今回はダメだったみたいだね~。大物竜騎兵がそんなものかい?」

「大きなお世話ですよケイキさん。一体どこで見ていたんですか……ちょっと誤算があって、失敗しただけです」

 マキナに話しかけてきたのは長年の親友であり剣豪として名高い「ケイキ・ガクトワ」である。背中には自分の身長より長い「名刀・クサナギ」を背負っている。そのケイキは、マキナがシェロを捕らえるのを失敗したのをどうも知っていたようであった。

「君が言い訳とは珍しいねえ。まあ……だからといって捕まえるのに失敗したわけだから君もまだまだだなぁ」

「くっ――!」

 不敵な笑みを浮かべるケイキとは対照的にマキナの表情は悔しさと怒りが交じっていた。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆



 マキナがケイキに絶賛馬鹿にされてたころ、シオンはシェロの戦闘機に再び乗り込み、空を悠々と飛んでいたのであった。


「ねえ、シオン?」

「どうしたのシェロ?」

「あなた、もしかして……」

「もしかして……?」

「いや、何でもないわ。それより――」

「?」

 シェロは何か言いたげな様子ではあったが、一案し、それ以上は続けず話を変えてきた。

「あと30分くらいしたら目的地に着くわ」

「(30分……結構かかるなあ) 一体どこへ行くの?」

「辺境の都市……ルイドよ」

「る……ルイド……?」

「この都市にはあまり人は住んでいないけど転生者と思われる人々が住んでる場所があるの。もしかしたらあなたのこれからのカギを握る人物がいるかもしれないわ」

「カギを握る人物が…………!?」

 転生者の仲間がいると聞いて期待の気持ちが大きくなるシオンだったがいつの間にか期待のことより空から見る景色に目を奪われ始める。

「うわあ……村が小さく見える! しかも海の上に鬼の形をした島もあるよ!」

「ふふ。空の旅は素敵でしょ?」

 村や島を眺めて空の旅を楽しむシオン。その視界に突如、巨大な火山が並ぶ山脈が映り込んだ。

「うわあ……。大きな山脈だぁ!」

「――この山脈はレッドマウンテンズといって、火山地帯の山脈なの。昔からこの山脈はこの世界の住民にとって神様のような存在(・・・・・・・・)なの」

「神様のような……?」

「この山は世界になにかが起こるときに一斉に大噴火するのよ。噴火したら世界に関わる重大なことが起きるとされているから神様のお告げとして昔から伝えられてきたの」

「……?」

「この世界の神様はさっきも言った通りの存在だから誰も敬うどころか憎しみの対象でしかないの。だからこの山脈が神として崇められているのよ」

「そうなんだ」

「……って宗教の本に書いてあった」

 そのまま戦闘機から転げ落ちるところだった。

「つまり、この世界では神様の変わりにこの山が敬われてきたってこと」


 まだこの世界のことを詳しく知らないシオンだが、神様が災いの元であるということ、その神様が引き連れてきたとされる転生者は嫌われていること、そして代わりにこの火山地帯が神として信仰されていること……これらのことは身に染みるように学んだのであった。しかし疑問もあった。

 なぜ神様が嫌われて火山地帯は敬われているんだろう。何かが起きるという意味ではどっちもどっちなんじゃないかなぁ……?

 シオンのそんな小さな疑問はシェロの声によってかき消された。

「シオン、もうすぐ着くわよ。着陸するから私に捕まってて!」

「う、うん!」

 シオンはシェロの身体を掴むと、戦闘機は着陸するために町へと向かう。

「行くわよ!」

 戦闘機はまさに墜落するような速度で地面に近づいていく。シオンはこのまま地面に激突してしまうのではないかと不安になったが、着陸寸前の急な減速、無事、町に着陸出来た。

「さ……さすがプロのパイロットなだけあるね」

 シオンはシェロのパイロットとしての腕前をこの身で実感した。……でも、急な減速は止めて欲しいな、うおぇぷ。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆



 戦闘機が着陸した先は給油所であった。

「シェロ? こんなところで僕達、御飯を食べるの?」

「あ……ごめんなさいねシオン。御飯はこの子――私の戦闘機(・・・・・)の。もうガソリンギリギリなのよ」

「ドテッ!!」

 なんと、御飯とは戦闘機のガソリン給油のことであった。芸人のように転ぶシオンだったが、まあ仕方ないかという表情であった。
 すると給油所の経営者だろうか、まさにパイロットというような装いの男性が小走りに近づいてきた。

「シェロ、いつもありがとうな。ちょっと戦闘機に破損らしき部分があったから直しておくよ」

「そうなの? 全く気が付かなかったわ。メルシー、オーナー――」

 そうして、お互いに気さくな態度のまま、世間話が始まった。どうやらシェロと給油所の経営者は知人のようだ。

「――そりゃあ災難だったね、シェロ」

「ええ――積もる話はまた後で。直った頃にまた来るわ」

 ひとしきり話を終えると、シェロはシオンの元に戻って来た。 

「お待たせ、シオン。あの子に乗れるようになるまで時間があるの。だから、私達も食事にしましょ」

 シオンとシェロは、戦闘機の修理が終わるまで、給油所の近くのレストランで食事をすることにしたのであった。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆



 レストランで席につくと、2人は会話を始める。……その様子をじっと見つめるウェイターの男性に、会話に夢中の2人は勿論気が付かない。

「お疲れ様、シオン」

「シェロこそお疲れ様。ところであの破損って……」

「うん。多分追いかけられていたときについたのかもしくは以前にか……」

「え? もしくは?」

「はっきり覚えてないのよ、こんなことが多すぎて、ね」

「そうなんだ……シェロも大変、だったんだね」

「冒険家なのに空賊だとレッテルを貼られて、いつも追いかけられているから――」

 シオンはシェロの話を聞いて彼女の苦労を理解したのであった。すると話が弾む中、先程から2人を見つめていたウェイターの男性が料理を持ってきた。

「こちらがトラン風ケチャップであえたスパゲティー、そしてこちらがルイド風デミグラスソースをかけたハンバーグになります」

「ありがとうございます。私はスパゲティーだったわ」

「僕はハンバーグ。大きなサイズだからお腹が膨れそう!」

 シオンとシェロは心から食事を楽しんでいた。そんなレストランの控え室。先ほどのウェイターがメモ帳を取り出し、ぶつぶつと呟きながら何かを記していた。

「あの二人がマキナの言っていたやつらだね。大体の特徴、性格が分かったぞ――」



 ◆◆◆◆◆◆◆◆



 食事が終わると二人は給油所に移動すると戦闘機の傷は直っており、いよいよ出発できそうだ。

「おかえり、シェロ! 君の飛行機は元通り! 直ったよ」

「メルシー、オーナー。助かったわ」

「こっちこそ、いつもひいきしてくれてありがとう。また何かあったら来てくれよな! ――そういえば、その坊主は見ない顔だが何者で?」

「(ギクッ!)」

 急に経営者の男性がシオンのことをシェロに聞いたのである。勿論転生者だとバレたら何を言われるかわからない……と思いきやシェロは経営者に説明した。

「あ、この子はシオンと言って十二歳だけど私のいとこなの。遠い場所に住んでいてなかなか会えなかったけど最近遊びに来てくれたから、こうして一緒に行動しているの」

「ほぉ、いとこか。それは知らなかった。はじめましてシオン君。わしはシェロの昔からの親友、ジャル・ジャンボーニという。まあ、これからもよろしく頼むよ!」

 シオンがシェロのいとこだと信じた経営者の男性はシオンに握手を求めると彼はそれに応じたのであった。

「僕はシオンといいます! えっと、よろしくお願いします!!」

「じゃあ行くわよ、シオン」

「うん!」


 ◆◆◆◆◆◆◆◆


 シオン達はジャンボーニの給油所を後にして再び空の旅へと向かう。上空から見る景色はやはり良いものだがシオンにはある不安があった。


「あのさ、シェロ」

「なぁに?」

「うん、こうして空を移動するのは楽しいけど竜騎兵とかに襲われたりしないの?」

「どうかしら? 私もいつも不安は有るけどそんなこと言ってられないわ。何かあったら戦うか逃げるかしかないし、その時はその時よ」

「(たくましい人だ……)」

 シオンは何かあれば戦う意思を見せたシェロに対して少し尊敬の念を抱いたのであった。

「あとシオン?」

「え?」

「オーナーに会う前の空で言いかけたことなんだけど……やっぱり君に言うことにしたわ」


 シェロはシオンに背中を向けたまま、語り始めた。


「あなたは顔を見たら転生者だって分かるけど、そういうことを抜きにしても、何かを持っているように見えるわ」

「僕が? どうして?」

「どうしてって言われても……なんて言えば良いかしら。何となくだけど、あの時に見せてくれた以上の力を秘めている気がするのよ」

「……あの時?」

「そう。あの時私を助けてくれた、とっておきの(・・・・・・・)。それ以上のものを、君はきっと持ってる」

 シオンの素質について語るシェロは、自身の素質をどこから見出だしたのか分からなかった。思い出そうとすると、また気分が悪くなりそうだった。

「ま、何が言いたいのかというとね……君は強いっていうこと! だから、何があっても大丈夫。君が思うとおりにやってみるといいわ。そうすれば、道は開くはずよ」


 背中から聞こえる声は、優しくも、強かった。
 頭の中を支配する暗闇に、光がかすかに差し込んでくるような――そんな気がしたのだった。


「……うん。やってみるよ。僕が思う通りに!」

「そうそう、その調子! 君はそうやって前を向いていればいいの。こうしているうちに、ほら!」

 ふとシェロが下を指差した。
 シオンが顔を乗り出し覗き込むと、木や自然に囲まれた中に、木造の家が多数並んでいた。

「もしかしてあれが――!」

「さあシオン、着陸するわよ!」
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