海戦を経て(執筆者:かーや・ぱっせ)

文字数 2,539文字

 全員で生きて帰ってくるんだって、そう心に決めたのに。僕のせいで、半分以上の人を見殺しにしてしまった……。



「シオン? いつまでふさぎ込んでいるつもり?」

 無人島から無事に脱出したシオンとシェロ。曇天の中、草原を、燃料がないルノーを押しながら歩いていた。

「大丈夫よシオン。カーボベルとリシュリューが何とかしてくれているわ」
「……」
「……もう!」

 シェロが突如、シオンの両肩をがしと掴む!

「いい加減にして!
 君の気持ちも分かるけど、あれが戦場よ。決断一つで運命が左右されるなんて当然のことなの。
 しかも、もしその決断で最悪の状況を向かえたとしても、それに後悔する隙はないわ。刻一刻と状況が変わる戦場の中で、どうすれば自分は生き抜けるのか、常に考え続けるのよ」

 掴まれたままうつむいている彼を、シェロはただ真っ直ぐ見つめた。

「リシュリューも言っていたじゃない。100人より10人だって」
「そんな事言わないでよ!」

 両肩に乗せた手が振りほどかれる。

「僕は皆を助けたかったんだ!!」

 彼は瞳を濡らし、歯を食い縛っていた。
 訴えるような彼の表情は、彼女の心をきしきしと痛めつけてゆく。




 黙り込む二人の頭上に、浮かぶ雲は未だ厚い。

 どんより漂う空気を振り払うように、シオンがシェロに背を向けた。


「同じ命だってことは変わらないじゃないか。100人でも、10人でも――」

 小さな背中から聞こえた声に、シェロはそっとうなずいた。

「シオンの言う通りだわ」




 やがて、シオンが自分の顔を擦ると、ルノーにそっと、手をかけた。

「行きましょう。ルノーにガソリンを入れに」
「……そうね」

 シェロも同じように、ルノーに手をかける。

「そうしたら、シャールへすぐ戻るわよ。心配で、たまらないでしょうからね」
「はい。10日間も留守にしてしまいましたからね」

 こうして、二人は再び歩いてゆく――。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「シオンとシェロはまだかあああっ!」

 その頃、シャールの村では、教会の宿舎の一室で、トウラが騒ぎ立てていた。

「どうされたのですかトウラ様!」
「どこに行ったか分からねえから迎えにもいけねぇ――シスターセリア! 今日こそ俺は外へ出るぞ!」
「いけませんトウラ様! まだお体が優れていないのですから!」

 騒ぎを聞き付けたシスターセリアが、トウラをベッドへ押し戻す。

「どうか、大人しくお休みになって――」
「心配症だなあ全く。俺は大丈夫だって!」
「いいえトウラ様。魔素の回復には充分な休息が必要だと、ノア様がおっしゃっていましたわ。ですから、しっかりお休みなさった方が良いに決まっています」
「まあ確かにさあ? 山から帰る前に倒れてそれから、三日三晩起きなかったって言うけど。あれからもう一週間経つんだぜ? 休んでばっかじゃあ体が鈍っちまう」

 トウラが自分に手をかざす。

「あら! トウラ様が消えてしまいましたわ!」

 シスターは部屋を飛び出し、トウラを探す声を宿舎中に響かせる。




 一方、トウラは教会の正門でしゃがみこんだまま、胸を撫で下ろしていた。

「はあ。やっとシスターを振り切れた――今日こそ、シオンとシェロを、探しに行くぞ」

 立ち上がろうとするトウラだったが刹那、視界に霞がかかり足を踏み外しそうになる!
 ――何とか踏みとどまったものの、視界は未だにぼやけたままだ。

「ちっくしょお……思うように動けねぇ。久々に転移出来たっていうのによお……」
「相当、(ドラゴン)に頼りっきりだったようだな」

 頭を抱えるトウラの横から、ノアの声がかかった。それをトウラは横目で見る。

「ノアさんこそ。これからは(ドラゴン)の魔素に頼っていくんだろ?」
「俺にとって(ドラゴン)は足しだ。俺は俺の力で神に挑む」
「俺の力って――(ドラゴン)の力だってもう、ノアさんの力じゃないですか」
「ふん、分かっていないな。だから今お前は苦労している」
「別に俺は苦労しているわけじゃねぇぞ。今はただ調子が悪いだけだ。直にいつも通りになる!」
「その“直に”はいつなんだ?」

 問いかけられたトウラが身体ごと振り返った時、ノアは正門を開いていた。

「お前が目覚めてから、俺はその言葉を何回も聞いているぞ」

 そう言い残し、ノアは教会の中へ消えた。


 取り残されたトウラは、一人、正門前でしゃがみこむ。

「確かに、俺が起きてから異能を出したのはさっきの一回きり。今まではいくらやっても決まらなかった。だからシスターセリアを振り切れなかった訳だが……今は違ぇ!」

 トウラが勢いよく立ち上がる。

「こうやって、俺の異能で、俺が行きたい場所へ転移出来た。これは大きな進歩じゃないか! この勢いで、シオンとシェロを探しに行くぞーっ!」

 飛び出すトウラだったがその時、彼の視界が再び霞む。そして――足の踏み場が悪かったのか、彼は正面から道端に突っ込んでしまった!

「痛ぇ……こんなところ、シェロや皆に見られたらたまんねぇぞ……」
「そうね。今のはカッコ悪かったわ」
「 !! 」

 聞き覚えのある声がした方へ顔を上げると、シェロが腕を組んで見下ろしている姿が目に飛び込んだ。

「トウラさん、大丈夫ですか?」

 そんなシェロの横でシオンがしゃがみこみ、トウラの顔を覗き込む。

「シェロ! シオン! をおおおー!」

 現れたシオンとシェロを見たトウラは跳ね起き、そのまま二人に抱き付いた。

「心配だったぜ俺!! 二人に何かあったら、俺は、俺は――!」
「はい……本当に、心配かけました……」
「トウラの気持ちは十分伝わったわ。だから、一旦離れてちょうだい」

「おっと。すまんすまん。無事な二人を見たらつい……」

 くしゃりとトウラは笑った。


「ふう。これでやっとノアさんから話が聞けるな」
「ノアさんですか?」
「ああ――シオンが帰って来たら教えてくれ、話すべきことがあるからな、って、ノアさんに言われているんだ」
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