ジェイド・ブローカス    後編《執筆者:number》

文字数 3,025文字

俺は暗い世界を漂っていた。
 光もなく右も左を分からない。その中で俺は肉体も心も無くしただ存在するだけだった。

 それは何時(いつ)の事だったらだろうか?
 暗黒の世界に一筋の光が差し込んだ。
 その光は周りの闇を照らし形の無い俺を引き寄せた。
 近づくにつれて辺りの闇は消え光が俺を包み込む。
 その光は暖かく俺を癒していった。






 目がさめるとそこにあるのは見知らぬ天井だった。
 しかしこの部屋には見覚えがあり、その証拠として俺の顔を覗くのがあのローブを着た怪しい男だったからだ。

「ふふっ目覚めたかい?いやはや、流石に僕も久々の蘇生(・・)に疲れてしまった」

 男は肩を竦め、何か呆れたようにつぶやく。
 その呟きにジェイドは急に夢から覚めた感覚を感じた。

「俺は何故ここにいる⁉︎あの赤い化け物に殺されたんじゃなかったのか⁉︎みんなは、他の人狼はどうした!」

 全身を鎖で巻かれたような倦怠感を感じる体に鞭を打って無理矢理立ち上がる。
 その様子を見た男は鼻で笑うと立っているだけで必死のジェイドに言い放った。

「ああーそういえば、あの雑魚共は要らないからって殺しちゃったんだわ」

 その言葉が飲み込めずただ呆然と立ち尽くすジェイドに追い打ちをかけるよう言葉を続ける。

「なんかほざいてた気もするけどなぁー……あっ!思い出したわ!確か……「人狼達はお前達に屈したりしない!我らの誇りにかけてお前を倒してやる!」だっけ?まぁその1秒後にぶち殺してやったけどなハッハッハッハ」

 その瞬間、ジェイドの中で何かが壊れた。
 その壊れたものが何かは分からない。
 ただ、1つだけ。
 ジェイドはこのふざけた男を殺す事に自らの()を棄てた。

「あ゛ア゛ァ゛ァァァァァァァァァァァ!!!!」

 喉が裂けんばかりの絶叫を上げ男に飛びかかるジェイド。動かない体を無理に引きずっているせいか。
 所々に血が噴き出している。
 だがそれでも動きを止めはしない。
 ジェイドは分かっていた。仲間たちの誇りが穢された心の痛みは……苦しみは……こんなものでは無かったから。

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 振り降ろされた凶爪が男の体に触れる瞬間……その攻撃は見えない壁によって阻まれた。

「……は?」

 身体中がボロボロとはいえ目の前の男を爪で切り裂く程度、容易だと思っていた。そして目の前の現実的には起こりえない筈の現象がジェイドの心を揺さぶっていた。
【見えない壁に自分の爪が阻まれている】
 その現象に意識が向くことによって、彼の殺意は少しだけ削がれることになった。

 その瞬間を狙い男は口を開く。

「まぁまぁ落ち着いてくれたまえ。君の仲間を侮辱したことは悪かった。しかし僕は君を試していたんだ」

「……試していただと?」

 話を聞く姿勢を見せたジェイドを見て明らかに安心した素振りを見せて続けた。

「ああ、僕達の組織(・・)は人員不足でねぇ、力が強そうな亜種族をスカウトしようと言う方針に決めたんだ……でも君たちの仲間は試練に耐えられなかった」

「組織?試練?何言ってんだてめぇ!訳の分からねえ事を言って同族を殺した罪を有耶無耶にしようとしてんじゃねぇよ!」

 その言葉をジェイドが叫んだ瞬間辺りの空気が一気に凍える。
 それが目の前の男の殺気によるものだという事実は隔絶(・・)した実力差があるジェイドにとっては計り知ることのない情報であった。

「少し落ち着けよ……犬ッコロが」

 その言葉の1つ1つにジェイド・ブローカスを殺す意思が伝わって来る。
 流石のジェイドも大量に冷や汗をかき冷静にさせられるのにはそう時間はかからなかった。

 圧倒的な力の差を本能で感じ取ったのだろう。
【自分は殺される】そう確信した次の瞬間、陽気な声が響く。

「いやぁジェイド君が落ち着いてくれて助かった。これで話が進められるね!」

 お前が落ち着かせたんだろう、とは言えない。
 しかし、話し合いが出来るのにはジェイドにも好都合であった。
 このまま隙を伺い奴の喉元に喰らいつく時を待つ事が可能になるからだ。
 しかし男の提案はジェイドにとって無視できないだった。

「君は同族ともう一度会いたいかい?」

「……っどういう事だ?」

「簡単な事さ、蘇生すれば良いだけのこと」

「蘇生だなんてそんなの無茶に……っ!!」

 ジェイドは自分の体の異変に気付く。
 そう、首を刎ねられて死んだ筈の自分が新たな体を持ち再び命を授けられたという事。
 つまり、仲間達と暮らせる日がいずれ来ると。

「ああ、君の肉体もそうだが、僕は生物を蘇生する事ができる。それも無条件で何の制約も無しに……」

 ジェイドの思考は考える事はせず、仲間と再び会える事を想像し喜びを噛み締めた。

 常人では考えもつかない思考へと飛ぶのも人狼だからと言うわけでもない。
 (ジェイド)の頭の良さは人族にも引けを取らないほどであった。
 しかし、この蘇生の代償(・・)が彼を絶望へと引きずり込む始めの一手だった。










 同族が殺されて二年経った今でも(ジェイド)の周りに人狼は居ない。
 それは男からの条件を満たしていないことと、ジェイド自身同族の蘇生を諦めている事が理由づけられる。
 (ジェイド)には男を含めたあの一番隊(・・・)の連中から数十のトラウマを植え付けられた。
 この事から、(ジェイド)はもう無駄な抵抗を辞め神に従う道を選んだと自覚している。
 神は生物の心を揺さぶるのが得意だし、生物が苦悩し悲しむ姿を見ると喜ぶ。
 そして彼は、交信中であるこの瞬間に昔の思い出を脳裏に浮かべていた事を後悔した。

「ーーーだからそこら辺の仕事は任せたよ」

 神々しいと聞かれればジェイドは「別に」と答えるであろう男の声は、まるで友人に語りかけるかのように優しい声であった。
 その意味は話を聞いて無くて(・・・・・・・・)も怒りはしない(・・・・・・・)の裏付けであった。
 つまり神はジェイドの心の隙を突いて来る。(ジェイド)がそう思った瞬間、神は言い放った。

「もうそろそろ、君の仲間(同族)の体が用意できそうだ」

 ジェイドの体がピクリと動く。
 よく観察すると、体が痙攣しているようにも見えた。
 そこからたたみかけるよう神の言葉が結界の中に響く。

「なぁ?ジェイド君。君がこの仕事さえ終わらせてくれれば僕達の関係は全て終わるんだよ?」

 ジェイドの体は震え最早、跪く姿勢を維持するのにも困難に見えた。

「仕事内容は簡単だ……僕のお気に入りに引っ付く虫を……殺せ」

 ジェイドが姿勢を解き直立する。
 ここに神崇部隊がいたならば不敬罪でなぶり殺しにされてもおかしくないほどの過誤だ。
 しかし神をそれを見ても何も咎める事は無く、寧ろ声には喜びが入っているように見える。

「ターゲットの死体で体がちょうど揃う。だから遺体は出来るだけ傷つけるなよ?因みにターゲットの名はヒューマーニーにいる……ノアと言う者だ」

 ジェイドはその言葉を聞き目を閉じて頷いた。
 そして結界と共にお告げの能力を消し身を翻す
 これまで彼には無かった殺気を身に纏わせて。
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