謎の老人    中編(執筆者:金城 暁大)

文字数 3,003文字

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「まぁ、楽にせい。少々長話になるでの」

 4人は各々、部屋のベッドや木組みの椅子に腰掛けた。
 木造の枠組みがむき出しになった、漆喰の壁で囲まれた部屋。
 頭上にひとつだけある明光石のランプが、部屋を暖色光で照らしている。
 老人は懐から、使い込まれた瓢箪(ひょうたん)型の水筒を取り出すと、中身を一口飲み、そして口を開いた。


「まず、儂の話をする前に、お主達の事を話そう。いや“お主達にとって必要な事”とでも言おうかの」
「爺さん、まるで俺達の事を知っている様な言い振りだな」
「知っておる知っておる。お主達“転生者”の事は、儂は昔からよぉく知っておるよ」

 シュートは目を細めた。

「こちらの事はあらかたお見通しって訳か……爺さん、あんた何者だ?」
「ホホホ。名乗る程の者ではない。だが、あえて名乗るなら、オウルニムスと名乗ろう」
「オウルニムスですって!!?」

 老人の名前が明かされた途端、シェロが腰掛けていた椅子から立ち上がる勢いで老人に迫った。

「ホッホッホ。やはりお嬢さんは知っておったか」
「シェロ、誰なの? オウルニムスって」
「大賢人・オウルニムス。又の名を“叡智の梟”
 彼は、この世界が生まれた時に、神より遣わされたとされる人々、“預言者”の末裔なのよ。
 しかも彼らは伝承の中でしか語られない存在で、決して表の世界には出てこないと言われているの。けど、世界の変革の時には必ず姿を現して、時の権力者や民を率いるとされているわ。
 今まで私が読んできた歴史書にも、彼等を指し示すと思われる言葉は数多くあったんだけど、実際に存在した、という決定的な証拠は、これまでの冒険では見当たらなかった――」

 シェロの饒舌な語り振りは、部屋にいる全員を圧倒させていた。
 ぽかんとする3人と、白髭を撫でながら微笑むオウルニムスを、シェロの語りは更に突き放してゆく。

「――どうして証拠が見つからないかというとね、彼等は本来名前が無くて、時と場所によっていくつもの名前で呼ばれるからなの。
 ちなみにオウルニムスという名前は、彼が持つ知恵を象徴した“梟”から取った呼称よ。
 とにかく、彼がもし歴史書にあるオウルニムスなら、私達は今、生きた伝承を目の前にしている、という事なのよ……!」

 シェロがひとしきり語り終えると、オウルニムスは朗らかに笑った。

「さすが冒険家を名乗るだけあって知っているのう。空賊と呼ばれるのがちと惜しいの」
「あら……その事も、お見通しなのね。それもやはり、“覚者の魔眼”のなせる技なのかしら?」
「その通りじゃ」
「覚者の魔眼って、何?」
「見ただけでその者の過去、現在、未来の記憶を知ることが出来る眼のことよ。彼、オウルニムスだけがが持っている技なんだけど、……流石だわ。噂に聞くだけはあるわね」
「そんなことが……まるで魔法使いみたいだね」
「殆どそのままよ」

 シェロの言う通り、オウルニムスの風貌は、お伽話に出てくる魔法使いそのものだった。
 一見、浮浪者にも見えるが――白く長い波だった髪、禿げ上がった頭頂部、胸元まである白い顎鬚、曲がった腰、まるでボロ雑巾の様に擦り切れた薄茶色のローブ。
 そして、身長よりも頭一つ程長い、使い込まれた木製の杖を胸に抱える出で立ちは、一層伝承じみたものにさせた。

「さて、儂の自己紹介も終わったことじゃし、話の本題に入ろうかの」
「えっ? 僕達の名前は聞かないんですか?」
「ホホホ、もう知っておるよシオン君。そして、そのお嬢さんがシェロちゃん。その後ろの怖そうなお方がシュート君、元気そうな君がトウラ君じゃな」
「凄いなぁ、魔眼の力って……」
「おい爺さん、“君”付けはやめろ」
「ええと、俺も、お願いします」
「私も“ちゃん”はやめて頂きたいわね」
「ホッホッホ。そうじゃな。3人共、年頃の若者じゃものな」

 まるで子供扱いをするオウルニムスに、4人は苦笑い。しかしそれも、彼の老練さ故なのだろうと、シオンは思った。

「さて、話をしようかの。じゃが、もう一点、少し横道に逸れた話をする必要がある」
「何ですか、オウルニムスさん?」

 シオンが尋ねると、オウルニムスは突如、杖でトウラを指し示した。
 突然の指名に、トウラは自分でも自身を指差す。

「俺、ですか?」
「お主、ドラゴンの魔素を取り込んだじゃろう?」

 そういえば、喫茶店の時に言っていたっけ。トウラさんは、規格外の魔素を取り込んだとか、竜化が出来るとか。

 オウルニムスが言っていることは多分、その話だろう。トウラが間の抜けた声で肯定すると、オウルニムスは短く息を漏らし、自分の肩を杖で叩き始めた。

「お主、馬鹿な事をしたのう。あれはお主に扱い切れる様なものではない。“聖獣”を体に取り込むなど、常人が許される事ではないのじゃよ」
「聖獣? 何ですか、それ」
「お主、まさかそんな事も知らずに飲み込んだのか? はぁ。本物の馬鹿者じゃのう」
「オウルニムスさん。聖獣ってなんですか? 僕も知らないので、教えてもらえませんか?」
「……そうか、無理も無い。お主達転生者は、この世界の人間では無いからのう。それに、今では聖獣を知る者は少ない」
「それじゃあ、シェロも知らないの?」
「そうね……名前だけは聞いた事があるわ。なんでも、太古の昔に崇められていた神だそうよ」

 シェロの台詞に、オウルニムスは頷く。

「聖獣は太古の昔――“原初の時代”と言われた時には、この世界の神として崇められておった。しかし、いつしか今の神がこの世界の神として崇められ、そして、やがて神は人に敬われるものではなく、恐れられるものとして変わった。
 じゃが、時代は変われど、聖獣はかつての力を衰えさせてはおらん。人が崇める事を忘れても、我らの生きる姿を静かに見守り続けているのじゃよ。
 ……聖獣はこの世界に無数におる。フェンリル……ラタトスク……ヨルムンガンド……ユニコーン……グリフォン……ペガサス……セイレーン……フェニックス……玄武……白虎……シヴァ……」

 オウルニムスが聖獣の名前を上げるごとに、トウラから血の気が失せてゆく……。

「因みに、お主が飲み込んだ聖獣は“(ドラゴン)”じゃ」
「……じゃあつまり、俺、神様を食べちゃったんですか!?」
「そういう事じゃ」
「えええええっ?! それってかなりヤバいんじゃ……」
「その通りじゃ。下手をすればお主の死に関わる」
「“死”……」

 言葉を口にしたトウラだけではない。それを聞いたシオン達も凍り付いた。

(ドラゴン)の魔素は大きすぎる。(ドラゴン)だけでは無い。聖獣は、強大な魔素の塊なのじゃが、彼等はその強大な魔素を制限する、肉体という制約から解き放たれておる。それ故に、実体を持たないのじゃ」
「え? でも、俺が竜化した時はちゃんと(ドラゴン)の姿になってますよ?」
「それはお主の記憶、幻想、心が、実体を作り出したに過ぎぬ。そしてお主の人としての器、つまり受肉がある故に出来ることじゃ。しかしのう……」

 オウルニムスの金色の瞳が、トウラの紅の瞳を見つめた。
 まるで品定めする様な視線に、トウラは背筋が伸びるのを感じた。
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