テトリミノ☆フィーバー《執筆者:ラケットコワスター》

文字数 10,916文字

「……あ゛ぁ゛」



 一方湖畔の戦艦内では。カーボベルが銀のコップに残ったコーヒーを飲み干し小さく声を漏らしていた。



 ラ・カサエルでの一件の後、カーボベルとリシュリューはなんとか生き延び、戦場を脱していた。必死で敵の追撃から逃れ、三日三晩逃げ続けやっと戦艦に追いついた二人はそれ以来乗員らの本国帰還を目標にラ・カサエルとのコンタクトをなんとか取ろうとしていた。



 が、ラ・カサエルは非情であった。彼らは国からの裏切りにあってしまった。



 本来、黒十字軍など存在はしない。あの一件はラ・カサエルの強さを求める純粋さゆえの狂気がもたらしたリアル過ぎる演習だったのだ。二人はその演習を成功に導くために本国から送り込まれた人材であったのだが、思いのほか‘派手に’なってしまった演習を前に、足がつくことを恐れたカサエルに国に帰ることを禁じられてしまった。本国は二人に対する支援を行うと言ってはいるが、秘密裏に行うにはやはり無理があった。



 国を恨む気持ちはある。自分らは命令に従っただけなのに何故こんな仕打ちを受けなければならないのか。しかし今は巻き込まれてしまった民を無事にラ・カサエル本国へ送り返すことが先決だ。今は甘んじて‘謀反者’を演じよう。二人は無言のうちにそう決めていた。



「カーボベルさん」

「おう、どうした」



 と、そこへ一人の船員が現れた。あの激戦を乗り越えたためか、以前よりたくましい顔つきになったように見える。



「回線が復活しました」

「お、ご苦労。他の場所はどうだ?」

「他も、ある程度は。ただ……まだ機関がぐずっているようで……」

「機関か……よりによって機関か……」



 カーボベルが額を押さえる。いくら戦艦とはいえ、エンジンに該当する機関が駄目ではただの砲台にしかならない。



 カーボベルは乗員に機関の修理を急ぐよう指示を出す。それを受けた乗員は急ぎ足で部屋を出ていき、入れ替わりでまた別の乗員とリシュリューがなにやら重厚な造りのやや大きい金属の箱を持ってきた。





「カーボベル、こっちもしゅうりおわったっす」

「お。そうか、悪いな」



 箱を受け取ったカーボベルはそのまま机の上にそれを置き、側面に取り付けられたアンテナを立て、二倍程の長さまで伸ばした。



「しかしカーボベルさん……急に通信機の修理を急げだなんて……一体どうしたんです?」

「ちょっと妙案を思いついてな……いくら戦艦があるとはいえ、このままふらふらしているわけにもいかないからな。どこかに売り込もうかと思って、な。あぁもちろんこの艦の乗員をどこかの軍隊に編入しようってんじゃない」

「どこかの庇護を得ようということですか?」



 カーボベルが頷く。



「そこからお前達を帰国させる。俺達はまだしも、お前達は巻き込まれた、って国は周りに言ってるからな。ならカサエルがお前達を拒絶することはないだろ」

「……その‘どこか’って……どうするつもりっすか?」

「ピークにコネがある、と言ったら?」

「……うそでしょ」



 リシュリューの表情が呆れ顔に近い形を取る。



「あるんだなぁこれが。おっさんの経歴舐めちゃいけませんぜ、っと……」



 そう言ってカーボベルが無線機のダイヤルをいじり始める。ダイヤルを捻る毎に通信機は妙な音を立て、聴覚を刺激した。

 そこそこいいやつだが随分劣化してるな、とカーボベルが呟く。対してリシュリューはぽかんと口を開けながらそんな中年の背を見つめていた。



「……!」



 突然、雑音が激減した。ちょうどラジオの電波が合った時のような豹変ぶりだった。



「よし、これでいい」

「でもカーボベル、コネって……いつのまにそんなものつくってたっすか?」



 リシュリューの問いにカーボベルが口角を吊り上げ悪童のように笑う。



「お前がまだ騎士団に来る前の話だよ。一度、ピークとラ・カサエルで精鋭部隊を出し合って、秘密裏に合同演習をやったことがあったんだ。その時にちょっと……友達ができてな。お前が騎士団に来てからしばーらく連絡を取ってなかったがこの際だ。ピークに売り込んでみようと思う。ちょうどいいことに向こうも結構偉くなってるみたいだしな」

「ともだち……?」

「まぁ見てろって」



 そう言うとカーボベルはリシュリューや乗員らの視線をよそに機嫌良く小さなボタンを押し始めた。

 単調に機械音が等間隔で鳴り、周囲が黙りこんでいく。

 数秒の呼び出し音のあと、ぶつん、という音と共に回線がつながった。



「俺だ」

「……俺って名前の知り合いはいないが」



 受話器はぶっきらぼうな様子の相手の声を届けた。何やら先程気に食わないことがあったかのような不機嫌な声だった。



「アヤナミだ。カーボベル・アヤナミだよ」



 瞬間、電話の相手が黙り込んだ。

 カーボベルの口角がわずかに上がる。相手の反応はカーボベルの予想通りだった。自分は今追放中の身なのだ。それに対して相手は現職のピーク軍人。おおむね好意的な反応をされるとは思っていない。



「……アヤナミ卿、でしたか。非礼をお詫びします」



 やがて相手がカーボベルの出方を探るように重苦しい言葉を返してきた。

 交渉開始だ──カーボベルの頭の中でゴングが鳴り響く。



「卿なんてよしてくれよ。前もそう言ったじゃないか」

「いえ、そうは言っても目上ですから……ところで、何用で? 随分ご無沙汰ではないですか」

「実は……ちょっとした売り込みをだな……」

「匿ってくれ、と言いたいのですか?」



 思わず声が漏れる。図星でしたか、と相手は軽く笑った。



「……そうだ。実はその……今、わけあって国に帰れない状況でな」

「先日の演習の件でしょう?」

「……お見通しだったか」



 次第に二人の声が明るくなってくる。久しぶりの友人の声に懐かしさが溢れかえったようだった。

 が、突然カーボベルが諦めた顔になった。



「そこまで知ってるなら……やはり駄目か?」

「いえ? できない話ではありませんよ」

「何だって?」



 俯き気味だったカーボベルが顔を上げる。



「ピークうちは王国とは言いますが、実際は自治区の集まりです。ある程度の融通は利きます。表通りは歩けませんが」

「マジか……」

「それに、あなたには個人的に話したいことがありまして」

「ん? 何だ、何かあるのか? だったら別に今ここでも──」



 その瞬間、艦内が大きく揺れた。カーボベルだけでなく、背後に立っていた乗員達もバランスを崩しリシュリューにいたっては部屋の中をころころと転がった。

 慌ててカーボベルが周囲を見渡す。



「カーボベルさん! 外! 外!」



 乗員の叫びにカーボベルが窓に駆け寄り外を見る。するとそこには無数の人間が血走った目でこちらを見据えていた。先頭の集団が爆薬と松明を握っており、先程の爆発はこの集団によるものだと容易に察しがついた。



 戦ってはマズい。カーボベルは瞬時にそう察した。



 そうなったら即座に思考が切り替わる。相手は見たところ数百。村三つ分の人数は居る。対してこちらは動けない戦艦に十数人。しかもほとんどが付け焼き刃の技術で戦うことになる。そもそも彼らはただ巻き込まれただけの無辜の民であり、これ以上危険に晒すわけには絶対にいかない。





「……篭城だ! 乗員達を全員居住スペースに押し込め!」



 カーボベルが受話器を握ったまま指示を飛ばす。状況を飲み込めていた乗員達はかろうじてパニック寸前で持ち直し、あわただしく動きはじめた。



「食料庫からありったけの食料を運びこんでおけ! 手が空けば弾薬もだ! 持ち込めない分は全部窓から捨てるかできなければ水をかけろ!」

「アヤナミ卿! どうしました!」



 受話器から切羽詰まった声が届く。



「あー……すまない、ちょっと急用が入っちまった。後でかけなおす! すまん!」

「待ってください、助力を……」



 そのままカーボベルは通信を切った。相手が最後何か言っていたような気もするが気にする余裕は無かった。



「急げ急げ……ありゃ話し合う気は無いぞ……リシュリュー!」



 カーボベルが思いついたように振り返りながら叫ぶ。しかし既に部屋の中にリシュリューの姿はなかった。



「また先走りやがって……」





◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







「……」

「……隊長」

「すぐに場所を特定しろ。あいつの予言が当たっているのならアヤナミ卿を今死なせるわけにはいかない」



 オウルニムスとの会談の後、程なくしてマキナはピーク城下の駐屯地へ帰った。そこで自分なりに友人だと思っている相手に片っ端から連絡を取っていたのだった。比較的新しい友人だったケイキにフられ、次は誰と連絡をとるべきかと思っていた時、懐かしい友人アヤナミ卿からの連絡を受け取ったのだった。



 カサエルの一件は表向きには軍人の暴走、と公表された。しかしそれを鵜呑みにするほどピークも単純ではなかった。かつて程の力は無いとはいえ、一度はヒューマニーの超大国となったピークだ。情報網は衰退していない。あの一件がラ・カサエルの自作自演であったことは既にマキナの知るところであった。





「カルナ!」



 マキナが叫ぶとレンガの窓に突然大きな影が現れた。マキナの相棒、飛竜カルナだ。

 マキナはその姿を認めると指で指示を出し、カルナが飛び立つのと同時に自身は部屋の奥へ向かい、そこに置かれたくすんだ色の外套と鎧に手をかけた。



「……」



 が、そこでマキナの動きが止まる。ゆっくりと鎧にかけた手を下げ、少し首を回す。



「……部下に手を出してないだろうな」

「さぁ……?」



 声がする。振りかえるとそこにはやや厚手のポンチョと太いマフラーを着用したうさんくさい雰囲気の子どもが立っていた。髪は長く、見事なプラチナブロンドを三つ網にしてまとめていた。仮面で目元を隠し、表情はうかがい知れないがかろうじて見える怪しい笑みが放つ雰囲気が真人間ではないことを物語っていた。



「どこから入った。俺の執務室は一般には公開してないはずだが」

「一般……っていうのは普通、とか凡庸って意味……大丈夫……私は普通の人じゃない……私がいても大丈夫でしょ……?」



 マキナが腰のホルスターから銃を抜いた。あまりの速さに仮面はわずかにあとずさりする。そのまま両手を上げ、機械で加工されたような奇妙な声色でのらりくらりと答えた。



「バルキリアといいアンタといいなんで変質者は屁理屈が好きなんだ?」

「ひどい……」



 仮面が残念そうに言う。

 ──マキナの真横で。



「!」



 突然耳元で囁かれたマキナは即座に横を向き距離を取る。

 何が起こった? マキナが必死に思考を巡らせた。



「それ……向けるのやめて……?」



 また隣で声。素早く飛び退き銃口を向ける。



「アンタ……何者だ」

「あっ……やっと聞いてくれた」



 仮面はそう言うとポンチョの中から分厚い一冊の本を取り出し、非常に緩慢な動きで両手を広げ天井を仰ぎ見た。



「私……コロブチカ……偉大なるラスプーチン閣下の一番弟子……運命に導かれて来たの……」

「ラスプーチン……? 聞かない名だ」



 マキナが銃を握ったまま眉をひそめる。それを聞いた途端、コロブチカが豹変した。先程とは打って変わって素早く顔をマキナに向け、怒りの表情を浮かべた。



「知らない……!? ラスプーチン閣下を知らない!? てめェ! 神変の人、神が使わした奇跡、大ロシアの英雄たるラスプーチン閣下を知らない!? ふざけんな! ぶち殺すぞ!」

「ロシア……? ああ、そうかアンタ……」



 豹変し、マキナを口汚く罵るコロブチカ。先程までの大人しさはなく、まるで別人のようだった。しかしマキナは動じない。それよりも彼はコロブチカの口から飛び出した‘ロシア’という単語に気を止めた。マキナはこの単語に聞き覚えがあった。確かこの単語は奴らの口から聞いたことがある。



 銃声。唐突にコロブチカの胸に穴が開いた。



「転生者か」



 コロブチカが倒れる。マキナは銃を構えた右手を下ろし、倒れたコロブチカに大股で歩みよった。倒れたコロブチカは虚ろな目で天井を見つめていた。その視界に唐突にマキナの顔が現れ、眼球に近寄ってくる。



「女か」

「ああそうだよ」



 仮面が割れ、その下から現れたコロブチカの素顔は色素の薄い幼い少女だった。近くで見ると顔はアルビノかと疑う程に色白だ。本当に血が通っているのか疑わしい。おおよそ子どもらしからぬ美貌の持ち主であった。気をつけなければ見とれてしまいそうな程だ。



 蒼い瞳がマキナの顔を見据える。コロブチカは心臓を撃ち抜かれた割には何もなかったかのように投げかけられた質問に返答した。



「‘救済の使徒’だな? でなきゃここへは来ないだろ」

「……うん」



 また大人しい話し方に戻り、つまらなそうに答える。今度はマキナの背後で。

 ──背後で?



「ッ!?」



 マキナの全身に鳥肌が立つ。



「どうしたの……? びっくりした……? 驚いたか? あぁ?」

「なんだと……確かに心臓をぶち抜いたぞ……!?」



 コロブチカは左胸に穴を開けたままへらへらと笑っていた。よく見ると傷口から一滴も血が流れていない。



 マキナは急に目の前の幼女が不気味に思えてきた。転生者、しかも救済の使徒の構成員という時点でそれなりの覚悟はしていたがここまで得体の知れない者だとは思わなかった。



「しかし見損なったぞ英雄サマよ。子どもをためらいなく撃つとはよ。子どもに乱暴……しないって……聞いてたのに……」



 ころころと口調と雰囲気が変わるコロブチカ。一度に二人の相手をしているようで気味が悪い。



「俺を聖人君子か何かだと勘違いしてないか? あいにく俺には気にするような誇りはない。それなりの矜持を持ってはいるが、誇りに縛られて動けないなんて馬鹿な真似はできないからな。そもそも救済の使徒って時点で引き金をためらうわけ無いだろ」

「……嘘……撃つ時以外……撃つ直前以外、銃口ぶれてたじゃねェかよ」

「黙れ」



 そう言ってマキナが左腕で机の上に置かれた水の入った瓶を素早く取り上げる。が、そのまま取り落とした。



「無理すんなよ」



 マキナの腹部に衝撃が走った。一拍遅れて背中にもっと強い衝撃が走った。体の痛みを脳内で処理した後、そこでやっとマキナは自分が壁に叩きつけられたと理解した。



「げほっ……」

「左手……怪我してて……上手く使えない……使えないんだろ? やめとけそんなんでアタシに勝てるかよ」

「うるっ……せぇな……ガキのくせに」



 次の瞬間、マキナの目の前にコロブチカが現れる。先程までと変わらない唐突さだ。



「そのガキに……乱暴されて……どんな気持ちだよジジイのくせによ」



 そう言ってコロブチカがマキナの左腕を踏みつけた。



「……うっ……あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」



 マキナが絶叫した。一切の余裕の無い腹の底からの絶叫だった。ここまで大きい声で叫べば騒ぎを聞きつけた兵やカルナが帰ってきそうなものだが、不思議なことに誰も部屋に入ってこなかった。



「ほら。ほらほら。どうだよ、どんな感じだ? 感想……聞かせて……叫んでるだけじゃ……わからないから……」

「ああああああぁぁぁぁっ……ぐう、あああっ! こ、の、クソガキがあぁっ!」



 断末魔の中、突然マキナが反撃に出た。すぐ近くに置いてあった花瓶をあいている右手で手に取ると、コロブチカのわき腹に思い切り叩きつけた。



「うぐっ!?」



 コロブチカが吹き飛ぶ。左腕の重しが無くなったマキナは肩で息をしながらふらふらと立ち上がり、そのまま同じく肩で息をしながらうずくまって震えているコロブチカを見据え魔法を行使した。



「Jack got a great treasure. There was a way to a dream there.《ジャックが得た宝は、善徳であった。駆け上がれ》」



 瞬間、花瓶に収められていたバラが急成長し、茨の鞭のように伸びるとコロブチカを拘束した。



「ハァ……誰が……ジジイだ……俺はまだ二十代だ……どいつもこいつも……!」

「何が英雄だ……ただの野蛮人じゃねェか。いつかの戦争で閣下を悲しませたあいつらを思い出すよ」

「他の世界の……思い出話はやめろ……ついていけん。ハァ、さて……どうして、やろうか……」

「A flame summoned from a hell《陛下より烈火は来たれり》」



 マキナが言うと即座にコロブチカが呪文を唱えた。すると暖炉の火がうねり、茨を包み幼女を拘束から開放した。



「I will give my feet to Leviathan. Let's walk on land with me.《海龍よ、陸を往く足を送る。思う存分蹂躙せよ》



 左腕を押さえながら面倒くさそうにマキナが呪文を唱えると、先程取り落とした瓶の水がうねり、一本の太い水流となって火にとびかかり消火した。



「I give life to smoke. But smoke should not be considered. My words are absolute.《有象無象よ、私がお前に意味を与えよう。思考は禁だ。私に委ねよ》」



 消火の過程で生まれた煙が大きな拳に形を変えマキナに襲い掛かる。



「Friends, great friends, please protect me with your breath《偉大なる先人よ、我をその息吹をもって護りたまえ》」



 壁にかけられた写真に写った人間達が突然動き出し、一斉に息を吹きかけ煙を発散させた。



「……」



 煙が晴れる。すると煙の中から銃を向けたマキナと薄ら笑いを浮かべたコロブチカが現れた。



「魔法は無意味だ。やめておけ」



 二発の銃声。同時にマキナが前に素早く飛び出す。



「そうする……そうしとくよ」



 コロブチカが弾丸をかわし、続けて飛び出してきたマキナの拳を時計回りに側転してかわす。その勢いのまま転がるかと思いきや、宙に浮いた。



「飛べるなんて聞いてないぞ」

「当たり前……当たり前だろ馬鹿か? 言うわけねェだろ」



 宙に浮いたコロブチカが側転の勢いのまま一回転するようにマキナの右腕を右手ではたいた。右腕が上がる。返す刀で次に現れる右足が今度はわき腹を目指して飛来する。

 が、それを横から伸びてきたマキナの左手が受け止める。マキナは顔を歪め、そのまま右足を掴むと左腕を戻す勢いで力任せに放り投げた。壁の引き出しに突入し、書類が派手に舞い上がった。



「ひどいよ……いってェ」



 その隙にマキナが銃の弾倉から一発一発空薬莢を抜き取り、新たな弾薬を突っ込んでいく。

 またコロブチカがマキナの目の前に現れた。左頬に衝撃。体が宙に浮き部屋の隅に置かれた本屋に突っ込んだ。



「油断……しすぎ……」

「……時でも止めてるのかこの野郎……相変わらず転生者の異能は意味わかんねぇ……」



 本に埋まりながらマキナが悪態をつく。そのまま即座に右手を上げ引き金を引いた。

 弾丸は真っ直ぐにコロブチカに飛来し、彼女が蹴立てた小さなテーブルに突き刺さった。



「どうだろうなァ」



 テーブルの影からコロブチカが飛び出し、一気に距離を詰めるとマキナの顔面に向けて拳が振り下ろした。間一髪の所でマキナは転がりそれを回避し、近くにあった本のページを数枚破り取るとそれを宙に放り、叫んだ。



「The word becomes a blade and slash evel!《言の葉は力を得た、切り裂く刃をも得てお前を裂く!》」



 紙が鋭利な刃に変わり、コロブチカに飛来する。



「魔法……意味無いって……あなたが言ったのに……」

「Bomb《発破》!」



 瞬間、紙が爆発した。



「ッ!?」

「うおおおっ!」



 小爆発のすぐ後にマキナが飛び出す。真っ直ぐに銃口を向け、一瞬の隙を突いて限界まで距離をつめ、コロブチカの額に銃口を押し付けた。



「!」

「その話し方、矯正してやるッ!」



 銃声。同時に、飛び出したマキナの動く方向が九十度横に変わり、勢いよく壁に叩きつけられた。



「おえっ……」

「びっくり……した……驚かせやがって」



 対してコロブチカは横なぎにはらった左腕を上げたまま、右手で額に新しくできた穴を触っていた。



「化け物めッ……!」



 マキナがわき腹を押さえながら忌々しげに言う。



「頭ぶち抜けば死ぬとでも思ったか? 心臓撃たれて死なねェ奴が頭撃たれて死ぬかよ」



 またマキナの前へ瞬間移動。



「万事……休す……八方塞がりだなァ」



 そう言うコロブチカをマキナは睨み返すだけだった。銃は先程の一瞬で奪われ、本にももう手が届かない。というより、攻撃手段が手の届く範囲にない。



「それじゃあ……目的……果たす……」

「俺を殺すのか……?」

「うん……そう……言われた……」

「そうかよ……」



 そう言ってマキナが目を閉じる。コロブチカはそれをマキナが観念したものだと捉え、銃を向けた。



「バイバイ……あばよ」



 撃鉄が起こされる。引き金に指がかかる。狙いをつけて──



「Crocell’s sword is cold and angry!《公爵殿下の怒りは冷たく冴え渡る!》」



 突然マキナが叫んだ。その瞬間、コロブチカの足元にいきなり氷柱が出現した。右脚を貫かれたコロブチカは一瞬驚いたような顔をし足元を見る。



 次の瞬間、一斉に氷柱が現れた。左手を貫き小さな体躯を持ち上げ、次に右手、左脚、胴体と彼女をうつ伏せに串刺しにした。



「うっ……!?」

「ハァ……苦労……させてくれたな」

「どうやって……!? あの水は……火……消すのに使っちゃったのに……!?」

「ああ。あの(・・・)は、な」



 そう言ってマキナは立ち上がり、足元に落ちていた陶器の破片を拾い上げ、コロブチカの前へ放ってよこした。



「別の場所でも水はぶちまけられてたんだよ。花瓶には水入れるもんだって、そのラスプーチン閣下ってのは教えてくれなかったのか?」

「……! A flame《階下より》──」

「おっと」



 コロブチカが言い終わる前にマキナが指を鳴らす。するともう一本氷柱が出現し、コロブチカの口に飛び込んだ。



「死なないならそれはそれで好都合だ。動けないようにするために多少無茶をやってもいいわけだからな」

「むぐっ……!」



 マキナが机の上に置かれたフリップボードを拾い上げる。そのままインク壷にも手を伸ばす、が割れてインクが飛び散っていた。



「ちっ……まぁ口頭でいいか」



 そう言ってマキナはボードを放りコロブチカと向き合った。指を鳴らすと氷柱が一本消える。



「さて、尋問の時間だ。妙な真似はするなよ。舌と頭蓋に穴を開けたくはないだろう」

「……」



 コロブチカが頷く。



「何故今俺を襲撃した。誰の差し金だ?」

「シオン・カガミが……気づき始めた……だから……だからやることを前倒しにした。そんだけのことだ」

「またあのガキか……その‘やること’を計画したのは誰なんだ」

「言わなくても……英雄サマなら……てめェならそのうち出会うよ」

「言わないつもりか……まぁいい。無理に聞き出してもどうせ意味のわからない単語を並べられるだけか」



 その言葉を受けてコロブチカが頭を垂れた。



「次の質問だ。今、どこかでカーボベル・アヤナミと、リシュリュー・ライトという者が襲撃を受けている。お前達の仲間か?」

「……そう」

「やはり、か。場所は? 誰が関わっている」

「……ジュリエット」

「奴か。最近大人しくしていたはずなんだがな……」

「……あとケイキ」



 マキナの体が固まる。急に口をつぐんだマキナを不審に思ったのかコロブチカが顔を上げた。

 見るとマキナが驚いたように目を見開いている。それを見てコロブチカは何かを察し下卑た笑いを浮かべてみせた。



「嘘だろ」

「嘘じゃない……ケイキ・ガクトワは……アタシ達の同志……」

「……」

「隙あり」



 突然、一瞬で詠唱を終えたコロブチカが燃え上がった。マキナが思わず右手で顔を覆ったうちに氷はあっという間に溶けて消えうせ、それどころかその後に生じた水さえも蒸発させてしまった。



「! しまっ……」

「残念ね……残念だったな」



 気づいた頃には既にコロブチカは窓の外でふわふわと浮いていた。額と左胸、それから両手両足に穴を開け浮遊するコロブチカの姿は奇妙そのものだった。



「ちっ……!」

「意外だった……あなた……てめェ、思ってたより骨のあるやつだったよ。また会おうぜ、この穴のお返しもしてェしな」



 そのままコロブチカが姿を消す。まるで初めからコロブチカという人間が存在していなかったかのような静寂が代わりに訪れた。



「隊長! 場所の特定、完了しまし……た……!?」



 程なくして先程通信の逆探知を指示した兵が書類を持って部屋に入ってきた。



「……」

「た……隊長!? これは一体……」



 マキナはそんな兵卒を尻目に肩で息をしながら窓の方へ目をやる。



「……気にするな。しかし……時間がかかったな」

「時間? あれからまだ一分くらいしか経ってないはずですが」

「……何?」
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